東京地方裁判所 昭和36年(行)105号 判決 1962年5月24日
原告 小松紡毛株式会社
被告 東京国税局長
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告の求める裁判及びその請求原因は、別紙添付の訴状及び昭和三七年二月八日附準備書面記載のとおりであり、被告の求める裁判とその主張は、別紙添付答弁書記載のとおりである。
理由
原告の主張する請求原因の要旨は、被告は訴外山本聰次郎の滞納国税の徴収のため、昭和三四年九月七日同人の原告に対する貸金債権及び利息支払請求権を差し押え、その旨原告に通知したが同人の右債権はいずれも右差押前すでに原告の弁済により消滅しているから、被告の右差押処分は違法であるというのであるが、被告は本案前の抗弁として、国税滞納処分としての債権差押に対し、第三債務者は被差押債権の消滅を理由にその取消を求める訴の利益がなく、本訴は不適法である旨主張するので、この点について判断する。
国が滞納国税の徴収のため、国税徴収法により滞納者の第三債務者に対する債権を差し押えた場合、国は被差押債権の取立権を取得し、滞納者に代つて債権者の立場に立ち、その権利を行使し得るに止まるものと解されるから、国は第三債務者が任意に債務の履行をしない限り右取立権を行使するには、民事訴訟法の定めるところにより債務名義を得た上で強制執行する外なく、第三債務者は差押前から滞納者に対しもつているすべての異議、抗弁を国に対抗することができるのである。従つて、被差押債権の不存在を主張する第三債務者(原告)としては、国が差押に基づき債務の履行を求めて来たときは、これを拒絶すれば足り、また将来国が債務の履行を求めて来るかも知れないというような権利関係の不安定を除却するためには、債務不存在確認の訴を提起することがいつそう有効かつ適切な方法であることは明らかである。それ故被差押債権の不存在を主張する第三債務者は、これを理由として差押処分または右処分を是認する審査決定の取消を訴求する利益はないわけであつて、かような訴は、訴の利益を欠くものといわなければならない。
よつて原告の本訴は、不適法な訴として却下することゝし、訴訟費用について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顕)
請求の趣旨
(別紙)
一、被告が昭和三六年七月十七日付でなした原告の昭和三五年度債権差押処分に関する審査請求を棄却するとの決定を取消す。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
請求の原因
一、原告は、訴外山本聰次郎よりつぎのとおり金員を借受けた。
(イ) 借受年月日 昭和三二年五月十八日
借受金 金百四十五万円也
弁済期 同年九月十八日
利息 年一割五分
利息支払期 元金と同時払
(ロ) 借受年月日 同年六月十七日
借受金 金八十万円也
弁済期 同年九月十二日
利息 年一割八分
利息支払期 元金と同時払
二、被告は右訴外人に対する昭和三四年度申告所得に対する滞納金額を徴収するため同年九月七日付で右訴外人が原告に対し有する前記(イ)(ロ)記載の貸金債権合計金二二五万円及び利息の支払請求権をいずれも差押し、この旨原告に通知した。
三、よつて原告は、後記のように、前記貸金債権が消滅しているので被告に対し、昭和三五年九月三十日前記債権差押処分に対し審査請求をなしたところ被告は昭和三六年七月十七日付で右審査請求を棄却すると決定した。
四、けれども原告の訴外人に対する、前記貸金債務は弁済によつて消滅しているものであるから被告の前記審査決定は、不当であるから本訴提起に及びます。
準備書面
第一、原告が訴外山本聰次郎に対する請求原因第一項記載の債務の弁済経過について、
一、原告が請求原因第一項(イ)(ロ)記載の各債務につき弁済金を支払つた 年 月 日及びその金額は別表の通り右合計額は金四、八八五、五〇〇円になる。
二、そして右期間における右(イ)(ロ)債務の計算関係はつぎの通りである。
(イ) 元本 金百四拾五万円也
利息 金七三、八九〇円也
但昭和三二年五月十八日より同年九月十八日迄の間年一割五分の割合
損害金 金四七〇、八八四円也
但同年九月十九日より同三三年十月十九日迄の間日歩金八銭二厘の割合
(ロ) 元本 金八拾万円也
利息 金三四、七一七円也
但昭和三二年六月十七日より同年九月十二日迄の間年一割八分の割合
損害金 金三一五、一六八円也
但同年九月十三日より同三三年十月十九日迄の間日歩金九銭八厘の割合
以上(イ)(ロ)の元利損害金の合計額は金三、一四四、六一九円になる。
三、ところで前記弁済金合計額と前項元利等合計額とを対比すれば弁済額が後者を超過しているから請求原因第一項記載の各債務が弁済により消滅したことは明白である。
支払年月日
支払金額
支払場所
小切手番号
昭和三二年六月一〇日
三六、〇〇〇
東京都民銀行池袋支店
H
O 三八九四四
同 年七月九日
三六、〇〇〇
右 同
〃 六七三六八
同 年七月一〇日
一〇、〇〇〇
右 同
〃 六七三七一
同 年七月一一日
二四、〇〇〇
右 同
〃 六七三六九
同 年七月一六日
二四、〇〇〇
右 同
〃 六七三九二
同 年七月一七日
八〇、〇〇〇
右 同
〃 六七三五四
同 年七月一九日
八〇、〇〇〇
右 同
〃 六七三九三
同 年七月二二日
二〇〇、〇〇〇
右 同
〃 六七三七九
同 年八月九日
二〇、〇〇〇
右 同
〃 八六一五五
同 年八月一三日
三六、〇〇〇
右 同
〃 八六一五五
同 年同月同日
二四、〇〇〇
右 同
〃 八六一五八
昭和三二年八月一六日
八〇、〇〇〇
東京都民銀行池袋支店
H
O 八六一七一
同 年九月七日
二〇、〇〇〇
右 同
〃 八六一七六
同 年同月同日
三六、〇〇〇
右 同
〃 八六一七七
同 年同月同日
二四、〇〇〇
右 同
〃 八六一七八
同 年九月一二日
一〇四、〇〇〇
右 同
〃 八六一七九
同 年九月一三日
二四、〇〇〇
右 同
〃 八六一六九
同 年同月同日
三〇、〇〇〇
右 同
〃 八六一七〇
同 年一〇月一二日
二四、〇〇〇
右 同
J
O 二六六〇一
同 年同月一五日
二四、〇〇〇
右 同
〃 二六六〇三
同 年同月同日
三〇、〇〇〇
右 同
〃 二六六〇五
同 年同月一七日
八〇、〇〇〇
右 同
〃 二六六〇八
同 年一一月六日
三六、〇〇〇
右 同
H
O 八六一九二
同 年同月同日
二〇、〇〇〇
右 同
〃 八六一九一
同 年同月同日
二〇、〇〇〇
右 同
J
O 二六六三五
同 年同月同日
二四、〇〇〇
右 同
〃 二六六三六
同 年同月八日
三六、〇〇〇
右 同
〃 二六六三七
同 年同月同日
二四、〇〇〇
右 同
〃 二六六三八
同 年同月一八日
六、〇〇〇
右 同
〃 四五五〇六
同 年一二月七日
二〇、〇〇〇
右 同
〃 四五五一〇
同 年同月同日
三〇、〇〇〇
右 同
〃 四五五一五
同 年同月同日
三六、〇〇〇
右 同
〃 四五五一七
同 年一二月一五日
三〇、〇〇〇
右 同
〃 四五五三四
同 年同月同日
二二、五〇〇
右 同
〃 四五五二八
同 年一二月一八日
八〇、〇〇〇
右 同
〃 四五五二六
同 年同月同日
二四、〇〇〇
右 同
〃 四五五二七
同 年一二月三〇日
三〇、〇〇〇
右 同
〃 六七四〇五
昭和三三年一月一五日
七〇、〇〇〇
右 同
〃 六七四二五
同 年同月二五日
二八、〇〇〇
右 同
〃 六七四二七
同 年二月一〇日
一五、〇〇〇
右 同
〃 六七四三五
同 年同月一六日
二〇、〇〇〇
右 同
〃 六七四三三
同 年同月一八日
三六、〇〇〇
右 同
〃 六七四二九
同 年同月二一日
八〇、〇〇〇
右 同
〃 六七四三〇
同 年同月同日
二四、〇〇〇
右 同
〃 六七四三一
同 年同月同日
三六、〇〇〇
右 同
〃 六七四三二
同 年同月同日
一一〇、〇〇〇
右 同
〃 九一二〇二
同 年三月一五日
七一、〇〇〇
右 同
〃 九一二一三
同 年同月一九日
一五〇、〇〇〇
右 同
〃 九一二二〇
同 年同月二七日
一三四、〇〇〇
右 同
〃 九一二二五
昭和三三年三月二七日
六、〇〇〇
東京都民銀行池袋支店
J
O 二〇二三三
同 年四月三〇日
六六、〇〇〇
右 同
K
O 三七九五八
同 年五月一日
二二一、〇〇〇
右 同
〃 二〇二三六
同 年同月一七日
一〇四、〇〇〇
右 同
〃 三七九七二
同 年同月二七日
三五、〇〇〇
右 同
〃 三七九七四
同 年六月七日
一四〇、〇〇〇
右 同
〃 五八五一四
同 年同月一五日
三〇、〇〇〇
右 同
〃 五八五〇九
同 年同月三〇日
一五、〇〇〇
右 同
〃 三七九八三
同 年七月一二日
二〇〇、〇〇〇
右 同
〃 五八五四三
同 年同月二五日
三〇、〇〇〇
右 同
〃 七六三五七
同 年同月三一日
四〇、〇〇〇
右 同
〃 七六三六二
同 年八月四日
一四〇、〇〇〇
右 同
〃 七六三七〇
同 年同月二五日
四〇、〇〇〇
右 同
〃 七六三九五
同 年同月三一日
一四五、〇〇〇
右 同
〃 九三一五三
同 年九月一五日
三五〇、〇〇〇
右 同
〃 九三一六三
同 年同月一九日
一五四、〇〇〇
右 同
〃 九三一七八
同 年同月二五日
一〇〇、〇〇〇
右 同
〃 九三一七六
同 年同月同日
三〇、〇〇〇
右 同
〃 九三一七九
同 年同月同日
一〇〇、〇〇〇
右 同
〃 七六三八三
同 年同月同日
一四〇、〇〇〇
右 同
〃 九三二〇〇
同 年九月二〇日
一四〇、〇〇〇
右 同
〃 九三一七七
同 年一〇月一九日
三〇〇、〇〇〇
右 同
〃 九三一八七
答弁書
本案前の答弁
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
理由
原告は、本訴において、被告東京国税局長が訴外山本聰次郎に対する国税滞納処分としてなした訴外人の原告に対する貸金債権及び利息の支払請求権の差押処分は、右請求権が弁済によつて消滅していることを理由に本件差押処分の取消を求めているものであるが、差押を受けた債権の不存在を理由に差押処分の違法を主張し、これが取消を求める訴訟は訴の利益を欠き不適法なものといわねばならない。
けだし、国税滞納処分として債権差押がなされた場合、差押にかかる債権につき国は滞納者に代位して取立権の行使をなしうるにすぎず、第三債務者が債権の不存在を理由にその履行を拒んだ場合には国は同人に対しさらに通常の民事訴訟の方法により給付判決を得たうえでなければ強制執行ができないのであり、差押を前提として、これに続く公権力の行使のごときことはありえないのである。そこで第三債務者としては国から訴訟上又は訴訟外に右債務の履行を求められた際に、右債権不存在の主張をなすをもつて足りるばかりでなく、第三債務者において将来国から請求をうけるかも知れないというような権利関係の不安定を積極的に除去するためには、国を被告として債務不存在確認の訴を提起するのがより適切かつ直接的な解決方法である。従つてかかる場合さらに被差押債権の不存在を理由に(差押手続上の瑕疵と異り、果してこれが差押処分の違法事由たりうるか、民事訴訟法の差押と対比し、いささか疑問の余地もあるが、それはともかく)差押処分の取消(ないし無効確認)を求める訴の利益はないものというべきである。それゆえ、本件訴は不適法であつて、却下さるべきものと考える。
本案の答弁
請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
請求原因に対する答弁
第一項 認める。
第二項 認める。
第三項 貸金債権が消滅しているとの点は争うが、その余は認める。