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東京地方裁判所 昭和36年(行)131号 判決 1962年11月29日

原告 尼山英一

被告 人事院事務総長

主文

原告の行政措置要求を昭和三六年六月二〇日付「公審―四六五号」をもつて却下した被告の処分を取り消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用を二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

原告は、原告の行政措置要求を昭和三六年六月二〇日付「公審―四六五号」をもつて却下した被告の処分及び淡路国道工事事務所への配置換処分に対する原告の審査請求を昭和三六年一一月九日付「公訴―八九六号」をもつて却下した被告の処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は、建設技官として建設省近畿地方建設局企画室に勤務していたが、昭和三五年六月一六日付で同局淡路国道建設事務所に配置換された。

二、そこで、原告は、昭和三六年二月六日付で人事院に対し、「(一)配置換の訂正、(二)国家公務員法第一〇〇条の遵守による被害で受けた給与の是正、(三)権力の行使による職務上の不利益の是正と妥当な地位の確保、(四)爾後の不利益行為排除のため関係者の行政処分」の四項目を要求事項とする行政措置の要求をしたところ、被告は、昭和三六年六月二〇日付「公審―四六五号」をもつて、原告の要求事項のうち配置換処分の取消しを求める部分は、人事院規則一三―二第一条第二項により行政措置の要求ができないものであり、その他の付随的措置を要求する部分は、配置換処分の取消を前提とするものであるから、これについても行政措置の要求をすることはできないものである、との理由で原告の行政措置要求を却下し、その旨を原告に通知した。

三、さらに、原告は、第一項記載の配置換処分につき、近畿地方建設局長から昭和三六年八月三一日付配置換理由説明書の交付を受けて、翌九月一日付をもつて人事院に対し右配置換処分につき審査の請求をしたが、被告は、昭和三六年一一月九日付「公訴―八九六号」をもつて、原告は右配置換処分について先に昭和三五年一一月九日付で配置換事由説明書の交付を受けており、この配置換事由説明書は国家公務員法第九〇条にいう処分説明書に相当するから、原告の審査請求は同条所定の審査請求期間を徒過したものであり、その後原告が右配置換事由説明書と同一内容の配置換理由説明書を昭和三六年八月三一日に再交付されたとしても、これによつて、すでに審査請求期間が経過している配置換処分について、あらたに審査請求期間が開始することとなるものではないとの理由で、人事院規則一三―一第八項に基づき、原告の審査請求を却下し、その旨原告に通知した。

四、しかし、被告の各却下処分は、次の理由で違法であるから、その取消しを求める。

1  行政措置要求の却下処分について。

(一)  原告が要求事項とした四項目で求めた内容は、次のとおりである、すなわち、

(1) 「配置換の訂正」とは、原告に淡路国道工事事務所への配置換の内示があつた時、近畿地方建設局の金屋敷企画室長補佐から、「石井淡路国道工事事務所長は原告を技術主任とするといつている」といわれたことがあり、また配置換処分後これをめぐつて近畿地方建設局と交渉中、田口人事課長が原告を少くとも大阪周辺の技術主任にするといつたこともあつたので、そのいずれかを実現して欲しいという趣旨である。

(2) 「給与の是正」を求めたのは、原告が職務上秘密の物件を上司から預り、このことが原因となつて病気になつて昇給が遅れたので、この病気は原告が国家公務員法第一〇〇条を遵守した結果に外ならないから、そのための昇給の遅れは是正されるべきだからである。

(3) 「職務上の不利益の是正」とは、原告は勤務において相当の実績をあげているのに、これを無視した処遇が行われているので、原告の勤務成績を正当に評価して、正しい処遇をして欲しいということである。

(4) 「関係者の行政処分」は、原告がこれまで職務上種々の不利益を受けているので、今後このような行為のないよう関係者に注意等の処分を求めたものである。

従つて、これらの要求事項は、いずれも独立して行政措置要求の対象となり得るものであるのに、被告は配置換処分の「訂正」をその「取消し」と同義に曲解しその余の要求事項は配置換処分の取消しに付随するものであるとの理由で、原告の措置要求を却下したのは、明らかに違法である。

(二)  仮りに被告の主張するように、原告提出の行政措置要求書の記載に不備があつて、その趣旨が明白でなかつたとしても、被告としては、かかる場合には原告にこれを釈明して、明確にする機会を与えるべきなのに、直ちに却下したのは違法である。

2  審査請求の却下処分について。

(一)  被告は、原告に対して昭和三五年一一月九日付で処分説明書がすでに交付されているとの理由で却下処分をしているが、原告が右日付に近畿地方建設局長より交付を受けたのは、「配置換事由説明書」と題する書面であつて、人事院事務総長通知によつて定められた処分説明書の様式(甲第七号証)を備えていないから、右書面の交付は処分説明書交付の効力をもたない。なお、その後原告の請求により同局長が昭和三六年八月三一日付で交付した「配置換理由説明書」も、処分説明書の定められた様式に反するものであるが、右書面は、同局長と被告とが相談の上、処分説明書として交付されたものであるから、原告はこれによつてはじめて正規の処分説明書の交付を受けたこととなり、審査請求の期間はこの時から進行することとなるので、原告の審査請求は、審査請求期間を経過した後になされたものに当らない。

(二)  仮りに、先に交付された「配置換事由説明書」が処分説明書交付の効力をもつとしても、処分説明書を二回以上交付してはならないとの法的根拠はなく、そして処分説明書が二回以上交付されたときは、各交付のときからそれぞれ審査請求期間は進行を開始すると解すべきであるから、原告の審査請求は適法である。

(証拠省略)

被告代理人は、原告の請求は、いずれもこれを棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、請求原因第一ないし第三項記載の事実はいずれも認めるが同第四項は争うと答弁し、次のとおり主張した。

一、行政措置要求の却下処分について。

原告提出の行政措置要求書に記載された要求事項は、いずれもその趣旨が明確でなかつたので、昭和三六年六月七日と翌八日に原告が人事院に来庁した際、係官において原告の真意をただしたところ、「配置換の訂正」というのは、原告の真意では配置換処分の取消しを求めるものであり、その余の要求はいずれもその内容が具体的に明確にされず、さらに関係者の処分の要求は原告自身の勤務条件に関するものではないから、原告の行政措置要求はすべて不適法であり、したがつてこれらの要求を却下した処分は適法である。

二、審査請求の却下処分について。

原告は、すでに昭和三五年一一月九日付でその請求により近畿地方建設局長より配置換の事由を記載した配置換事由説明書と題する書面の交付を受けているところ、右書面は国家公務員法第九〇条にいう処分説明書に該当するから、原告の審査請求は同条所定の三〇日の期間経過後になされた不適法なものであり、これを却下した被告の処分は適法である。

なお、右「配置換事由説明書」は、原告主張のとおり、人事院事務総長通知によつて定められた様式にそつていないが、処分説明書の交付は要式行為ではないから、定められた様式にしたがつていないからといつて、効力を生じないものではない。

(証拠一部省略)

当裁判所は、職権で原告本人尋問をした。

理由

一、請求原因第一ないし第三項記載の事実は、いずれも当事者間に争いがない。そこで、被告のした各却下処分の適否につき、以下順次判断する。

二、行政措置要求の却下処分について。

行政措置要求の対象となる事項と不利益処分の審査請求の対象となる事項の区別については、証人笠川不三男の証言によれば、人事院においては、積極的な不利益処分(不作為により消極的に不利益を与える結果となつた場合を含まない。)の取消しを求める場合のみが審査請求の対象となり、その他の勤務条件に関する要求はすべて行政措置要求事項の範囲に含まれると解する取扱いであつて、例えば、不利益な配置換処分についてその取消しを求める場合には、審査請求によるべきであるが、配置換処分を訂正して、従前の勤務先以外にどこか適当な勤務地へ再配置換を求めるというような場合や、他の職員を昇給させながら自分のみを昇級させなかつたのは不当であるからその是正を求めるというような場合は、行政措置要求として請求すべきものと解していると認められるところ、人事院の右取扱いは、国家公務員法の趣旨にそうものと解され、当裁判所も、この見解を是認するところであるから、かかる見地に立つて、原告の要求事項が行政措置要求の対象となるものであるかどうかを判断する。

被告は、原告のいう「配置換の訂正」の要求とは、原告自身にその真意をただしたところによれば、要するに配置換処分の取消しを求めることにあり、その余の要求事項は内容不明確であり、また原告の勤務条件に関するものでない旨を主張し、証人笠川不三男の証言中には、原告との話合いの結果、結局、原告は配置換処分の取消しのみを求めることに帰着した旨の供述がある。しかし、同証人の話合いの経過に関する証言に原告本人尋問の結果をあわせ考察すると、原告が昭和三六年六月七日行政措置要求に関し人事院におもむき、被告係官と面談した際、同係官から、被告庁においてあらかじめ書面審査により原告の求める「配置換の訂正」を再配置換の要求と解して、原告の所属する建設省の意向を打診した上、実現可能と考えていた是正案を原告に提示したが、原告の希望と合致せず話合いが円滑に進行しなかつたため、双方が興奮状態に陥り、また被告係官において、原告に対し、原告の要求を真面目に取り上げていないのではないかとの誤解を受け、もしくは係官が人種的偏見をいだいているのではないかとの誤解を受けるような不穏当な言辞を弄したため(ちなみに、成立に争いのない甲第二号証の二によれば、原告は最近日本国に帰化したもので、人種的偏見については強い危惧反発をいだいていたものと認められる。)、原告が激昂し、いわば売り言葉に買い言葉の状態で、被告係官が建設省の意向と原告の希望が合致しないからどうすればよいのかと聞いたのに対して、原告がそれなら配置換処分を取り消して元の所へ帰せと言い放つに至つたものと認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。したがつて、かかる経過において、偶々興奮した原告が配置換処分を取り消すよう求めると口走つたからといつて、そのことだけをとらえて、原告の要求は配置換処分の取消しに尽きるものと判断したことは、軽卒、早計のそしりを免れない。

そこで、成立に争いのない甲第二号証の一、二(原告の行政措置要求書及び付属書類)を検討すると、被告の主張するように要求事項の内容に若干の不明確な点のあることは否定できないとしても、これを精査し、冷静に釈明を求めれば、原告が本訴において要求内容として主張する程度のことは推認でき、また被告が原告に関係がないと主張する「関係者の行政処分」の要求も、原告がこれまで人種的偏見や秘密物件の保持などの原因で、職務上有形、無形の被害を受けているので、今後上司その他関係者がこのようなことをしないよう勧告して欲しいとの趣旨であると一応認めることができるから、行政措置要求書の受理、不受理のみを決つするにすぎない段階では、一応行政措置要求の対象となる処分と認めて受理の決定をした上、その審査において、原告の要求事項の具体的内容についてさらに釈明すべきものである。

しかるに、被告が前記のような経過の中に発せられた原告の片言をとらえて原告の真意は、配置換処分の取消しとその付随的措置の要求であるとか、内容不明確であるとかの理由で、原告の行政措置要求を却下したのは、違法というべきである。

三、審査請求の却下処分について。

原告が昭和三五年一一月九日付で近畿地方建設局長より「配置換事由説明書」の交付を受けたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第六号証の一、二によれば、右書面には、原告の配置換をした理由が記載されていることは明らかであるから、右書面は国家公務員法第九〇条にいう処分説明書に該当すると解すのが相当である。ところで、原告の審査請求は昭和三六年九月一日にされたことは当事者間に争いないから、右請求は所定の三〇日の期間経過後になされたことは明らかであつて、不適法というべきである。

原告は、右「配置換事由説明書」は、人事院事務総長通知によつて定められた様式にそわないものであるから、右書面の交付は処分説明書としての効力をもたないと主張し、被告も様式に従つていないことは認めるが、処分説明書の様式を定める人事院事務総長通知は、専ら行政運営の便宜に出たもので、右様式に従わないものが、処分説明書の効力をもたないものとは解されないから、この点の原告主張は採用できない。もつとも、成立に争いのない甲第七号証によれば、定められた処分説明書の様式には、審査請求期間と審査庁が記載されているところ、前記「配置換事由説明書」には、これらの記載のないこと前記甲第六号証の一、二より明らかである。しかし、原告本人尋問の結果と証人笠川不三男の証言によれば、原告は、審査請求は人事院に対し処分説明書受領後三〇日以内に請求すべきことを知つていたので、審査請求をすべく処分説明書を請求し、前記「配置換事由説明書」の交付を受けたこと、原告は当時右書面は処分説明書に該当すると判断していたこと、審査請求期間満了前に人事院大阪事務所係官及び近畿地方建設局人事課長らから、審査請求するようすすめられたこと、原告は審査請求期間経過後は審査請求できなくなることを知つていながら、円満に話合いで片がつくとの希望的判断のもとに審査請求をしなかつたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はないから、前記「配置換事由説明書」に審査請求期間及び審査庁の教示が欠けていたとしても、以上の経過よりして、原告が所定の期間内に審査請求をしなかつたことについて、正当事由ないし宥恕事由があるとは解されない。

なお、原告は処分説明書が二回以上交付されたときは、各交付のときからそれぞれ審査請求期間は進行を開始すると主張するが、すでに処分説明書交付後三〇日を経過して形式的に確定した処分が、偶々その後に処分説明書が再度交付されたため、再び未確定の状態に復すると解することはできないから、原告の主張は採用し得ない。

四、以上の次第で、被告の却下処分のうち、原告の行政措置要求を却下した処分は違法であるからこれを取り消し、審査請求を却下した処分は適法であるから、この点の原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顕)

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