東京地方裁判所 昭和36年(行)132号 判決 1965年8月19日
原告 古賀岩蔵
被告 国
訴訟代理人 青木康 外一名
主文
1、被告は原告に対し一二六、一六八円を支払え。
2、原告その余の請求を棄却する。
3、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
事実
第一当事者双方の求める裁判
一 原告の求める裁判
1 被告は原告に対し四〇五、八七三円およびうち二四六、二四〇円に対する昭和三七年二月八日以降右金員完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告の求める裁判
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者双方の主張
一 請求の原因
(一) 原告の勤務歴
原告は、大正一一年五月九日司法官試補に任ぜられ、大正一三年五月二九日台湾総督府法院判官(以下単に判官という。)に転官し、じ来判官の地位にあつたところ、今次終戦後、外地官署所属職員の身分に関する件(昭和二一年勅令第二八七号)により昭和二一年五月三一日の経過とともに自己の意思に反し自然退職したものとみなされたが、その後現実に職務をとることなく、また他に就職することもしないでいるうち、昭和二二年五月二日判事に任命され、昭和三六年六月一六日報酬月額一〇二、六〇〇円で判事を定年退官するまで勤続した。
(二) 被告が原告に対し支給すべき退職手当額と退職手当を支給すべき日(履行期)
そこで、被告は、国家公務員等退職手当法(以下単に退職手当法という。)第七条、同法施行令(以下単に施行令という。)附則第二項、第五項を適用して原告の司法官試補および判官としての在職期間(代下単に外地在職期間等という。)二四年を退職手当算定の基礎となる勤続期間に通算し、これに内地在職期間一四年を加えた三八年につき退職手当法第五条および第六条を適用して計算した退職手当六、一五六、〇〇〇円(税込み)を判事定年退官の日に支給する義務がある。
(三) 原告がすでに支給をうけた額と日
ところが、原告は、(1)昭和三六年七月七日一、四七七、四四〇円(所得税四六、九五〇円を含む。)(2)昭和三七年一月一二日七三八、七二〇円(所得税七二、〇五〇円を含む)(3)昭和三七年二月八日三、六九三、六〇〇円(所得税四五一、九五八円を含む。)合計五、九〇九、七六〇円(所得税合計五七一、九五八円を含む。したがつて、手取額は五、三三七、八〇二円)を支給されただけである。
(四) 原告の退職手当額不足額請求権と遅延損害金請求権
そこで、原告は、被告に対し、(1)当然支給されるべき退職手当六、一五六、〇〇〇円から支給ずみの五、九〇九、七六〇円を差し引いた二四六、二四〇円および(2)被告の債務不履行による損害金すなわち(イ)右金員に対する昭和三七年二月八日以降完済まで年五分の割合による損害金と退職手当を支給すべき日たる昭和三六年六月一六日に支給しなかつたことにより発生した(ロ)六、一五六、〇〇〇円に対する昭和三六年六月一六日から昭和三六年七月六日まで二一日分の年五分の割合による損害金一七、七〇九円 (ハ)四、六七二、五六〇円に対する昭和三六年七月七日から昭和三七年一月一一日まで一八九日分の年五分の割合による損害金一二七、二七五円 (ニ)三、九三三、八四〇円に対する昭和三七年一月一二日から昭和三七年二月七日まで二七日分の年五分の割合による損害金一四、五四九円合計一五九、五三三円の支払いを求める。
(五) 原告の国家賠償請求権
かりに、右の退職手当不足額請求および債務不履行による遅延損害金請求が認められない場合には、原告は右金額につき国家賠償請求権を有する。すなわち、各省、各庁の長が所属職員の退職手当を支給しようとするときは、まず支給すべき金額を確定し、同額の金員を支給する旨の辞令書を発行し、さらに会計法第一五条、第一六条にしたがい現金の交付に代え自ら日本銀行を支払人とする同額の小切手を振り出し(同法第二四条により支出官をして振出させてもよい。)、これらの書類を退職した職員に交付しなければならないことになつており、退職した職員はその小切手を受け取りこれを日本銀行またはその代理店に呈示してはじめてその支払いをうけうるのである。したがつて、原告が被告に対し退職手当請求権を有効に行使しうるためには、右支払額の確定、辞令書の発行、小切手の振出交付等の手続が完了していることが必要であるとすれば、被告はこれらの手続を退職の日までに完了しておくことが必要であつた。ところが、本件の場合、原告に対する退職手当支給についての職務を行う最高裁判所長官ないしその受任者(支出官)は当初退職手当法および同法施行令の解釈上原告の外地在職期間等を退職手当算定の基礎となる勤続期間に通算すべきではないという立場をとつていたこと等により、前記のように支給手続をするのがおくれ、また、判官退職の際原告に退職手当に相当する金額が支給されたから、その分だけ本件退職の際支給されるべき退職手当から控除されるべきであるという立場をとつているため今に至るも前記退職金不足額については支給手続をしていない。このため、原告は前記退職手当不足額については退職手当請求権を有効に行使することが不可能であることにより、またすでに支給をうけている部分についても支給をうけるまで退職手当請求権を有効に行使しえなかつたことにより、(イ)当然支給されるべき退職手当六、一五六、〇〇〇円からすでに支給をうけている五、九〇九、七六〇円を差し引いた二四六、二四〇円と (ロ)請求の原因(四)の(2)(ロ)ないし(ニ)の金額合計一五九、五三三円相当額の損害を蒙つた。右は最高裁判所長官およびその受任者(支出官)がその職務を行うについて退職手当法および同法施行令の解釈を誤りかつ職務を怠つたことにより原告の蒙つた損害であることは明らかである。したがつて、被告は、原告に対し、国家賠償法第一項により右損害を賠償する義務がある。
よつて、原告は、右(イ)(ロ)の合計額と(イ)の退職手当不足額相当の損害金に対する昭和三七年二月八日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する被告の答弁と主張
A 退職手当不足額請求について
(一)(1) 請求の原因(一)は、昭和二一年五月三一日判官退職後同二二年五月二日判事に任命されるまで現実に職業に従事しなかつたとの点を除き認める。判官退職後判事に任命されるまで原告は弁護士を開業していたものである。
(2) 請求の原因(二)中、原告の判官退職前の在職が判事任命後の在職に引き続いたものとみなされることは認めるが、その余は争う。
(3) 請求の原因(三)は認める。
(4) 請求の原因(四)は争う。
(二) 被告が原告に支給した退職手当の計算関係は別紙(一)のとおりであり、原告に支給すべき退職手当はすべて支給ずみである。
被告は、最終的には原告の判官退職前の在職を判事任命後の在職に引き続いたものとみなし、退職手当法第五条を適用したが、その際退職手当の支給割合二、四を控除した。このように退職手当の支給割合二、四を控除したのは、原告が、判官退職の際、外地官署所属職員等に対する俸給給与支給の件(昭和二一年六月二〇日大蔵大臣、外務大臣の協議決定)に基づき退職賜金として五、八二二円を受給しているので、退職手当法附則第一〇項および退職手当法施行令附則第一四条ないし第一六条の適用をうけ、退職手当法の解釈および運用方針(昭和二八年九月三日付蔵計第一、八三二号)附則第四項関係6により退職手当に相当する給与とされる受給額の二分の一の二、九一一円につき退職手当法施行令附則第一六項第二号の規定を適用して算出した割合が二、四となるからであり、これを同項第一号の規定により算出した退職手当の支給割合六〇から控除したものである。
退職手当に相当する給与の支給を受けて特殊退職した者が、特殊退職前の在職に引き続いたものとして再び職員となつて退職した場合に特殊退職の際支給した実質上の退職手当に相当する支給割合を退職手当の支給割合から控除して支給することは、退職手当を二重に支給しないための当然の措置である。退職手当法附則第一〇項及び同法施行令附則第七項、第一六項第二号に規定する「法の規定による退職手当に相当する給与」とは必ずしも「法の規定による退職手当」である必要はなく、その名称、形式の如何を問わず、実質的に「退職手当法に規定する退職手当」に「相当する給与」であればよく、退職賜金も法に規定する退職手当ではないが、それに相当する給与であるというべきである。ただし、現行の退職手当の額が本俸を算定基準とするのに対し、退職賜金の算定基準となる俸給には本俸外の諸手当を含んでおり、また没革上退職手当が賞与の形式をもつて支給されていた事実もあり、退職賜金の額が現行の退職手当に相当するものと考えることは相当でないので、国家公務員等退職手当法の解釈および運用方針(昭和二八年蔵計第一、八三二号)においてその二分の一をもつて退職手当に相当する給与としたのである。
B 遅延損害金請求について
(一) 前記のように、原告に対する退職手当を原告主張の金額に分けて三回にわたり原告主張の日に支給したことは認めるが、本件退職手当の支給については何らの履行遅滞もない。原告退職の日である昭和三六年六月一六日をもつて本件退職手当を支給すべき日(履行期)であるという原告の主張(請求の原因(二))は正しくない。すなわち、
(1) 退職手当法第二条は職員が退職した場合に退職手当を支給する旨規定し、退職の事実により退職手当請求権の発生することを明らかにしているが、その支給時期については何ら明らかにしていない。のみならず、職員が退職した日をもつて退職手当を支給すべき日とする旨の明文の法規は、退職手当法はじめその他現行成文法規中のどこにも存在しないのである。このことをもつて、直ちに原告の主張をしりぞける理由とすることはできないであろうが、少なくとも明文のない事項については「条理」にしたがい、あるいは条理によつて見出される「法の趣旨」にしたがつて解釈されるべきである。ところで、退職手当法は何故に退職手当を支給すべき日(履行期)につき明文の規定をおかなかつたのであろうか。それは、退職の日もしくは他の一定日をもつて退職手当を支給すべき日と定めてしまうことは、複雑多岐にわたる支給行政の実際に適合しないからである。退職手当の支給にあたつては、支給手続自体に会計法等による制約があつて時間を要し、とうてい退職の日に支給することを期待しえないばかりでなく、退職手当関係法令の適用および解釈の確定に時間を要することが少なからずあり、退職者の履歴事項その他の慎重な調査に要する時間もこれを無視できず、しかも右法令および事実の調査に要する日数等も退職者ひとりひとりによつて自ら異らざるを得ないから、将来の一定日をもつて支給すべき日(履行期)と定めることも、これまた不可能なことといわざるを得ない。したがつて、このような支給行政の実情に即し、条理にしたがつて退職手当法の趣旨とするところを求めるならば、退職手当の支給日については、事案ごとに異別になることを予想して、必ずしも退職の日をもつて退職手当の支給日と定めず、退職の日以後合理的に行なわれる支給に関する諸手続の完了する日に支給すべき日(履行期)が到来するものとしているものと解すべきである。これをふえんすれば、支給庁においては、支給に関する諸手続の一環として支給決定を行なうことを例としており、右支給決定には恩給裁定に関する恩給法第一二条あるいは共済組合年金の支給決定に関する国家公務員共済組合法第四一条等のような明文はないけれども、支給の権限を有する行政庁が、支給に先立つて、権利を有すると見られる者につき権利の存否、すなわち法令の解釈適用および適用されるべき事実関係を調査のうえ判断することは事理上当然認められるところでもあるし、法の予定するところでもある。そして、一定金額の退職手当を受ける権利が存在するとの判断の表示(確認行為)が支給決定にほかならず、右決定はその通知書ともいうべき辞令書によつて退職者に通知される。また、右決定後の退職手当支給についての手続が法により制約されている関係上、履行期が到来したというためには、これら支給手続があわせ完了していることが必要であるから、退職手当を支給すべき日(履行期)が到来するのはこれらの支給手続完了の日である。
(2) ところで、本件退職手当は、退職日後、日を異にして三回に分けられて支給されているが、それぞれその実際の支給日まで履行期の到来しなかつたことにつき、次のような合理的理由が存したのである。
(イ) 原告が、昭和三六年六月一六日定年により判事を退職した当時、原告の判官退職までの在職期間すなわち外地在職期間等を判事に再就職した以後の在職期間に通算できるかどうかにつき、判官退職後判事に再就職するまでの間の弁護士開業の事実が退職手当法施行令附則第五項にいわゆる「他に就職」したことに該当するかどうかが極めて疑問であつたので、別紙(二)のとおり最高裁判所事務当局より退職手当法の所管庁である大蔵省主計局にその見解を照会していたが、原告が退職するまでにその回答を得られなかつたため、退職に際し、とりあえず判事任命後の勤続期間について退職手当法第三条を適用した退職手当を支給することとして、昭和三六年七月六日原告主張のような金額を支給した。このように支給金額が右の金額にとどまつたのは、ひつきよう当時退職手当法施行令附則第五項が改正された直後でその解釈運用方針等が未定であり、所管庁と協議する必要があつたからである。そして、これに要する日時は事務処理上当然許容されるべき性質のものであり、また原告の退職後右金額支給に至るまで実際に要した日数二一日は支給手続に通常要する合理的なものである。
(ロ) その後、大蔵省主計局よりの回答がないままに、昭和三六年一二月末、退職手当法の一部を改正する法律(昭和三二年法律第七四号)附則第二項の規定に基づき退職手当法第五条による退職手当を支給することとして、昭和三七年一月二七日にこれを支給したのであるが、右附則第二項の規定による退職手当は、同項の規定により退職手当の支給を受ける職員の範囲等を定める政令(昭和三二年政令第一二六号)第三条によつても明らかなように、当該会計年度における退職手当についての歳出予算に余裕が生じた場合に限り支給しうるのであるから、会計年度当初において支給することは不可能であり、昭和三六年一二月に至り予算のみとおしがついたので、右附則第二項を適用することとし、支給ずみ額との差額を追給したのである。したがつて、これまた適法かつ合理的な理由のあるものなのである。
(ハ) そして、昭和三七年一月にいたり、別紙(三)のとおり大蔵省主計局長より最高裁判所に対する通知があり、右別紙(三)記載のように運用することになつたため、原告の前記弁護士開業が退職手当法施行令附則第五項にいわゆる「就職」に該当しないものとして取り扱いうることとなり、判官退職前の在職を判事任命後の在職に引き続いたものとみなして退職手当法第五条を適用し、支給ずみ額との差額を昭和三七年二月八日追給したのであつて、これまた事務処理上遅延したものといわれる筋合ではないのである。
そして、本件の場合、三回に分割して支払われた退職手当の支給決定より支給に至るまでの手続の経過に関しては、別紙(四)、遠隔地にいる退職者への支給手続および本件における支給手続完了の日に関しては別紙(五)に、それぞれ示すとおりであつて、(イ)別紙(四)(1)「各決裁年月日」に各支給決定の成立があり (ロ)同(7)「各発送年月日」の直後ころ辞令書が原告に到達し、(ハ)別紙(五)註1記載の各日に本件における各支給手続が完了したのである。
(ニ) また、退職手当不足額に対する遅延損害金請求も争う。前記のように、原告に支給すべき退職手当はすべて支給ずみなのである。
C 国家賠償請求について
被告には原告に対する退職手当の支給につき故意または過失により違法に原告に対し損害を与えた事実はない。
三 被告の右主張に対する原告の反論
A 退職手当支給割合の控除について
被告の主張する退職手当支給割合控除の根拠となるような金員の支給を受けたことは否認する。すなわち
(イ) 原告は、判官退職の際、退職賜金名義で五、八二二円の給与の支給を受けたことは認めるが、右金員は全部原告が外地で接収された私有財産の補償金、外地で蒙つた災害の見舞金あるいは更生資金であつて、退職手当に相当する給与ではない。
(ロ) かりに、右金員の一部が退職手当に相当する給与だとしても、その額が五、八二二円の二分の一であることは否認する。
被告は、退職手当が他の給与とともに支給され、その額が不明の場合は総額の二分の一を退職手当に相当する給与とみなすべきであり、本件の場合もこのような場合に該当するので五、八二二円の二分の一である二、九一一円を退職手当に相当する給与とみなした旨主張しているが、何ら法令に根拠を有する主張ではない。したがつて、このような場合は控除すべき支給割合が算定できないので控除すべきではない。
(ハ) かりに、右二、九一一円が退職手当に相当する給与であるとしても、退職手当その他すべての給与の支給は法規に基づいて行なわれるべきで行政機関の恣意に委ねられるべきでないことは自明の理であるところ、二、九一一円の支給は法の規定に基づく支給ではないから不適法であるのみならず、右金員が法律の規定に基づく給与であるとしても、退職手当法施行令附則第二項、第五項により原告の外地在職期間等は内地在職期間に引き続いたものとみなされることとなつた結果、判官退職がなかつたと同様、右給与は支給されるべきでなかつたこととなり、結局給付原因を欠く不適法な支給となつたものと解すべきである。そこで被告は、原告に対し、右金員を国家公務員等に対する退職手当の臨時措置に関する法律(昭和二五年法律第一四二号)が施行された当時国庫に返納させるべきであつたにかかわらず、その措置を怠つたため右返還請求権は現に時効により消滅し、今更その返還を請求し得ないものとなつたことは明らかであるから、被告はこれに相当する支給割合を控除すべきではない。
(ニ) かりに、右請求権が時効により消滅しないとしても、退職手当法施行令附則第二項、第五項の規定により原告の外地在職期間等が内地在職期間に引き続いたものとみなされることとなつた結果、判官退職がなかつた場合と同様、右両期間を合算した三八年が退職手当法第七条第一項の退職手当算定の基礎となる勤続期間となつた。したがつて、原告は判事退職によりこの勤続期間を基礎として退職手当法により計算した六、一五六、〇〇〇円の退職手当の支給を受ける権利(これは憲法第二九条の保障する財産権である。)を取得するに至つたものというべきであるから、合理的で正当な事由がない以上、国家といえどもこの権利を侵害するような法規を制定したり、この権利を侵害するような行為をしたりすることは許されない。ところが、本件において支給割合二・四を控除されたため、右六、一五六、〇〇〇円から控除されるに至つた二四六、二四〇円は退職手当法施行令附則第一六項による計算上の金額で現実に支給されたものでないことは明白である。したがつて、右規定は合理的で正当な理由がないのに憲法で保障された財産権を侵害することを内容とする無効の規定というべきであり、右規定に基づき右金員を控除した措置もまた違憲というべきである。
B 退職手当を支給すべき日(履行期)について
なるほど、退職手当の支給日について明文の規定はない。しかし、裁判官の報酬等に関する法律第六条は裁判官の報酬について、報酬は毎月最高裁判所の定める一定時期に支給するが、退職の場合はその定めにかかわらず退職の日に支給する旨規定しているので、退職手当の支給日も報酬と同様退職の日と解するのが相当である。
けだし、退職者は、退職と同時に収入の途を絶たれその後の生活を維持するため、他に職を求めて収入をはからなければならないが、そのためには退職手当をあてにしないわけにはゆかず、被告のいう諸手続完了の日まで待つことはできないのである。しかも、退職の日時は死亡、退職の場合を除き、相当以前から判明しているのが普通であり、本件の場合も原告は退職の一年四カ月前に福岡地方裁判所長に上申書を提出し、弁護士登録は他に就職したことにならない旨の意見を述べて、退職手当額の算定を求めているのである。
第三証拠関係<省略>
理由
第一退職手当不足額請求について
一 請求の原因(一)の事実は、外地官署所属職員の身分に関する件(昭和二一年勅令第二八七号)により昭和二一年五月三一日限り判官の身分を失つた後昭和二二年五月二日判事に任命されるまで原告は職業に従事しなかつたとの点を除き、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証、乙第二号証および弁論の全趣旨を総合すれば、原告は台湾から内地に引揚げ後、速かに判事に任命されることを希望していたが、その希望がかなえられる見通しがたたなかつたので、生活上の必要からやむを得ず昭和二一年八月六日弁護士名簿に登録の手続をとつたこと、しかし、事務所らしい事務所をもつ資金もなく、また長い間内地を離れていたため知己、縁故者等もほとんどなかつたので、生活の足しになる収入はなかつたこと、弁護士名簿に登録されてから後も、つねに判事に任命されたいという希望を捨てずに機会をまち、ようやく昭和二二年五月二日に至り判事に任命されたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
そうであるとすれば、原告は、判官の身分を失つた後判事に任命されるまでの間の一時期に弁護士名簿に登録されていたのであり弁護士業務に従事していたものといわざるを得ないが、右に述べたように判事に任命されたいという希望をもちながら、なかなか右希望がかなえられなかつたため、やむを得ず一時弁護士の登録をしたものである以上、その登録をもつて退職手当法施行令附則第五項にいう「他に就職」とみるのは相当でなく、右のような弁護士業務に従事した期間の存在にもかかわらず、なお原告を同項にいう「他に就職することなく職員となつた」者にあたると解するのが相当であり、原告の外地在職期間等はこれを判事任命後の在職期間に引き続いたものとみなすべきである。
したがつて、原告に対する退職手当算定の基礎となるべき勤続期間は、退職手当法第七条、同法施行令附則第二項、第五項、昭和三六年六月一九日政令第二〇〇号附則第二項により、外地在職期間等二四年一か月と判事任命後の在職期間一四年二か月を通算した三八年(端数切捨て)となる。
二 右三八年を退職手当算定の基礎となる勤続期間として、これに二五年以上勤続し定年に達したことにより退職した者等に対する退職手当の計算方法を定めた退職手当法第五条および退職手当の最高限度額について規定した第六条を適用して計算すると、退職手当の額は、原告主張のように六、一五六、〇〇〇円となる。
三 ところで、これまで、原告に対し、退職手当として五、九〇九、七六〇円(所得税として五七一、九五八円を控除された後の手取額五、三三七、八〇二円)が支給されていることは当事者間に争いがないところ、被告は、「原告は、判官退職の際、外地官署所属職員等に対する俸給給与支給の件(昭和二一年六月二〇日大蔵大臣、外務大臣の協議決定)に基づき退職賜金として五、八二二円を受給しており、そのうち半額の二、九一一円は退職手当に相当する給与であるから、退職手当法附則第一〇項、同法施行令附則第一四項ないし第一六項の適用をうけ、右二、九一一円につき施行令附則第一六項第二号の規定によつて算出した割合二・四を同項第一号の規定によつて算出した退職手当の支給割合六〇から控除した割合五七・六を原告の退職の日における俸給月額一〇二、六〇〇円に乗じて得られる五、九〇九、七六〇円を支給ずみであるから、原告に対する退職手当の支給未済分はない」旨主張するので、考えるのに、原告は、判官退職後昭和二一年一一月一六日ころ台湾総督府残務整理事務所を通じ被告から退職賜金名義で五、八二二円の支給を受けたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証と証人魚本藤吉郎の証言をあわせると、原告に支給された右退職賜金の額は、外地官署所属職員の身分に関する件(昭和二一年勅令第二八七号)に基づく外地官署所属職員等に対する俸給給与支給の件(昭和二一年六月二〇日大蔵大臣と外務大臣の協議決定)により定められた算出方法に従い計算した額、すなわち勤続年数二三年(勤続年数は右決定により昭和二一年三月まで限りとして計算すべきこととされた。)に対し、在職一年毎に退職当時の俸給その他の給与(本俸四〇〇円、勤続手当三五円、物価手当一〇〇円、家族手当一四〇円)の月額合計六七五円の十分の五に相当する金額を乗じた額の四分の三相当額であることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。また、証人大内敬治の証言ならびに弁論の全趣旨をあわせ考えると、原告に対する退職手当の支給庁である最高裁判所は、右退職賜金中退職手当法の規定による退職手当に相当する給与の額が明らかでないと認め、「職員が昭和二一年六月三〇日以前に当該給与の支給を受けている場合において、年末賞与の月割分その他実質的に退職手当に相当しない給与とともに当該給与が支給されたため、当該給与の額が明らかでないときは、当該給与及び当該給与とともに支給された給与の合計額の二分の一に相当する額を、その者が支給を受けた当額給与の額とする」と定めている国家公務員等退職手当法の解釈及び運用方針(昭和二八年蔵計一八三二号大蔵大臣通知)附則第四項関係6イにより、原告に支給された前記退職賜金五、八二二円のうち二、九一一円を退職手当法の規定による退職手当に相当する給与であるとみなして右二、九一一円につき退職手当法施行令附則第一六項第二号の規定によつて算出した割合二・四を同項第一号の規定によつて算出した退職手当の支給割合六〇から控除した割合五七・六を原告の退職の日における俸給月額一〇二、六〇〇円に乗じて得られた五、九〇九、七六〇円(税込み)を支給したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。しかし、右退職手当法の解釈および運用方針は法令ではないから、右退職賜金中退職手当法に規定する退職手当に相当する給与の額が争われる以上、右退職手当法の解釈および運用方針を援用して右退職賜金の二分の一にあたる二、九一一円が退職手当法の規定による退職手当に相当する給与の額であるということができないので、右退職手当法の解釈および運用方針を離れて前記退職賜金の性質を考えてみるのに、右退職賜金五、八二二円は、退職(前記昭和二一年勅令第二八七号による外地官署所属職員の身分喪失)に伴い支給された給与で、勤続年数に対し在職一年ごとに退職当時の俸給その他の給与の月額の十分の五を乗じた額の四分の三に相当する金額であること前述のとおりであり、勤務成績に関係なく本俸その他の諸手当と勤続年数に応じて支給額が算出されたことが推認されるから、その性質は勤続報償的性質をもつ給与であつて退職手当法による退職手当とその性質を同じくするものであり、ただ退職手当法による退職手当は本俸を算定基準とするのに対し退職賜金は本俸のほか諸手当を合計したものを算定基準にしている点で差異があるとみることができ、これを覆すに足りる反証はない。そうであるとすれば、右退職賜金中本俸を基準とする額に当たる部分のみが退職手当に相当するものとしても、前に述べた本俸と諸手当の割合から考えて、原告に支給された退職賜金五、八二二円のうち少くとも半額以上は退職手当法による退職手当に相当する給与とみるのが相当である。
原告は、右二、九一一円の支給は法の規定に基づく支給でないから不適法であると主張するけれども、過去の行為の適否は当時の法令に照らして判断すべきところ、退職賜金の支給は、外地官署所属職員等に対する俸給給与支給の件(昭和二一年六月二〇日大蔵大臣、外務大臣の協議決定)に基づいてなされたものであるが、右協議決定の根拠は外地官署所属職員の身分に関する件(昭和二一年勅令第二八七号)であるから、結局右退職賜金は右勅令に基づいて支給されたということができるが、当時はいまだ日本国憲法施行前で官吏に対する給与を勅令に基づいて支給することが許されていたから右支給を不適法とはいえない。また、原告は、退職手当法施行令附則第二項、第五項により原告の外地在職期間等が内地在職期間に引き続いたものとみなされることとなつた結果、右給与は、判官からの退職がなかつた場合と同じく支給されるべきでなかつたことになり、結局給付原因を欠く不適法なものとなつたものと解すべきであると主張するが、施行令附則第二項、第五項により原告の外地在職期間等が内地在職期間に引き続いたものとみなされても、退職手当の計算上在職期間が引き続いたものと擬制されるだけで、退職という事実がなくなるわけではないから、判官退職という事実に基づいて行なわれた退職賜金の支給は、外地在職期間等が内地在職期間に引き続いたものとみなされるようになつても、その給付原因を欠くに至つたものということはできない。したがつて、給付原因がなくなつたことを前提とする原告の時効の主張は理由がない。さらに原告は、外地在職期間等を通算した勤続期間を基礎として計算した退職手当六、一五六、〇〇〇円から退職賜金相当分二四六、二四〇円を控除することを定めた規定及びこれに基づく措置は財産権の侵害であると主張するが、原告が右金額の控除のない額の退職手当を受ける権利を有することは何ら法令上の根拠のないことであり、後の退職に伴う退職手当を支給する際、前の退職に伴い支給された退職手当相当分の支給割合を控除するのは、退職手当を二重に支給しないための当然の規定であり、またこれに基づく正当の措置であるから、これをもつて原告の財産権を侵害するものとはいえない(現実の支給額でなく支給割合を控除するのは貨幣価値の変動という要素を考慮すれば不合理ではない。)。
それ故、退職賜金中二、九一一円が退職手当法の規定による退職手当相当分であるとし、退職手当法附則第一〇項、同法施行令附則第一四項ないし第一六項を適用して原告に対する退職手当の額を五、九〇九、七六〇円と算出しこれをすでに支給ずみであるという被告の主張は正当である。
したがつて、原告の退職手当不足額請求は理由がない。
第二遅延損害金請求について
一 退職手当を支給すべき日(以下履行期という。)を明定した法規は存在しない。
この点について、被告は、退職手当法が退職手当の履行期についての規定をおかなかつたのは、支給行政の実情よりみて、退職手当を支給できる日は事案ごとに異別になることを予想して、退職の日以後合理的に行なわれる支給に関する諸手続の完了する日を履行期としていることを意味するものであると主張するのである。しかし、はたしてそうであろうか。
退職手当法と恩給法や国家公務員共済組合法を対比して考えると、退職手当法による退職手当、恩給法による恩給、国家公務員共済組合法による退職給付はいずれもこれらを受ける権利の存否やその内容はそれぞれの法律の定める要件の充足によつて自動的に定まる点で共通しているけれども、手続的な面からみると、恩給法による恩給や国家公務員共済組合法による退職給付にあつては、これらの法律の定める受給要件を充たす者の退職という事実が発生しても、退職者には行政庁に対し裁定(恩給法第一二条)や支給決定(国家公務員共済組合法第四一条第一項)を求める権利が発生するにとどまり退職者は裁定や支給決定を得た後はじめて受給権を金銭債権として行使しうるに過ぎない(したがつて、もし裁定や支給決定の請求に対し相当の期間を過ぎても応答がないとか請求が拒否されたとかの場合は、これをとらえて抗告訴訟を提起するほかない。)と解されるのに対し、退職手当法による退職手当にあつては、裁定や支給決定のようなことをすべきことが定められていないこと並びに受給権の存否及びその内容が法律上自動的かつ具体的に定まること等からみて、退職手当法所定の受給要件を充たす者の退職という事実が発生すれば、権利行使について右に述べたような手続上の制約を受けることなく金銭債権としての退職手当請求権が発生するものと解される(証人大内敬治の証言および弁論の全趣旨をあわせると、実務上、一般に、退職手当の支給に際しては、支給に先立ち、退職者に対し支給庁において一定金額の退職手当を支給する旨の辞令書を交付する慣行があり、本件の場合も支給庁たる最高裁判所は原告に対する三回にわたる支給に先立ち、いずれも退官の日の翌日たる昭和三六年六月一七日付の辞令書を原告に交付していることが認められるが、これは単なる退職手当支給義務を履行する旨の通知行為とみるべきであり、恩給法による恩給の裁定や国家公務員共済組合法による退職給付の支給決定とは全く性質の異なるものである。)。
被告は退職者が受給要件を充たすかどうかの事実及び法令の調査のため時日を要し、また、支給手続が会計法規によつて制約されていると主張するけれども、事実及び法令の調査は退職をまつて始めてなすべきものとはいえないし、また、退職手当等支給のための会計法規は会計上の非違を防止するため国家機関を規律することを目的とした内部的規範たるものと解すべきであるから、退職手当支給手続が会計法規により制約されているからといつて会計法規上必要な手続が完了するまでは履行期が到来しないとすることは相当でない。(民間会社等でも金銭支出の手続を規制する規則等を制定しているところが多いと思われるが、債務者との間に特約がない限り、右の規則等が定める支給手続を完了するのに日時を要するからという理由では債務の履行に関する民法第四一二条、第四一九条の適用を免れることはできないことをおもえば、右に述べたことは明らかであろう。)
そうであるとすれば、退職手当支給のための事実及び法令調査のため時間を要し、また支給手続が会計法規により制約されている等の事情により支給手続に時間を要するからといつて、支給手続が完了した時にはじめて退職手当の履行期が到来すると考えるのは、債務者の側の一方的都合により債権者の利益を無視しているという非難を蒙らないわけにはゆかないであろう。(少なくとも定年退職のように退職の日が予知しうる場合には、その不当であることが明らかであろう。)のみならず、もし、被告主張のように、事案ごとに弁済期が異なるとしたら、受給権者間の公平は保たれないことになり、衡平の理念に反することになる。
また、退職手当法による退職手当請求権は国に対する公法上の金銭債権であるが、その消滅時効の起算点は債権を有効に行使しうるに至つた時すなわち履行期のある債権についてはその履行期と考えるべきであるから、被告主張のように退職手当については支給手続が完了しない限り履行期が到来しないとすれば、消滅時効の起算点は各事案によつてまちまちになり、公法上の権利義務の早期安定、国の会計経理の画一的処理の要請に反する結果になる。
右のように、退職手当法による退職手当の履行期について被告主張のような考え方をとるとしたら、右に述べたような種々の不合理が生ずるから、これにはにわかにくみすることができないのである。
そこで考えるのに、退職手当法による退職手当請求権は、前に述べたところから明らかなように、公法上の請求権であるとはいえ金銭債権に過ぎず、その債権者と債務者の間の関係は権力関係ではなくて対等の私人間の関係に類似するものであるから、これを規律する直接、間接の特別規定が存しない限り、私法の規定すなわち民法第四一二条第三項を類推適用することが考えられるが、しかし、その前に、退職手当法による退職手当の履行期について直接規定した公法法規は存在しないとしても、退職手当法による退職手当請求権と同種の公法上の金銭債権につき退職手当法による退職手当の履行期を類推できるような規定が存在しないかどうかをまず調べてみるのに、裁判官の報酬の支給について裁判官の報酬等に関する法律第六条は、裁判官が死亡し又はその地位を失なつたときの報酬の支給時期につき、裁判官が死亡し、又はその地位を失つたときは、「その際」報酬を支給する旨規定し、一般職国家公務員が離職し又は死亡したときの俸給の支給時期について人事院規則九―七第二条は「……給与期間中俸給の支給定日前に離職し又は死亡した職員には、その際俸給を支給する」と規定している(内閣総理大臣等特別職国家公務員の給与の支給期日も一般職国家公務員の例によるとされている。―特別職の職員の給与に関する法律第八条参照。)ので、報酬または俸給の支給時期についての右規定を退職手当法による退職手当の支給について類進適用できるかどうかを考えてみなければならないが、退職手当法による退職手当は、恩給の裁定のような手続を経ることなくその請求権を行使しうること等前に述べたところに加え、退職手当は本来その性質上退職に際し支給されるべきものと解するのが自然であること、退職手当は国家公務員としての勤続に対する反対給付であり、したがつて裁判官を含む国家公務員の退職手当請求権は、一般職ないし特別職国家公務員の俸給請求権や裁判官の報酬請求権の成立の基礎である勤務関係(公務員関係)と同一の勤務関係にその基礎を有するもので、ただ退職または死亡の場合の俸給請求権や報酬請求権は、通常、過去の勤務期間の一部たる短期間の勤務に対する反対給付請求権であるのに対し、退職手当請求権は、過去の勤続期間を通じた勤続に対する反対給付請求権であるというに過ぎないこと等を考慮すれば退職手当の支給時期を離職または死亡の場合の報酬ないし俸給の支給時期と区別すべき合理的な根拠に乏しいものというべく、したがつて、前記離職ないし死亡の場合の報酬俸給の支給時期についての規定は退職手当法による退職手当の支給について類推適用されるものと解するのが相当である(なお、退職手当法による退職手当の履行期について類推適用をすべきかどうか検討の対象となるものとしては、労働基準法第二三条及び政府契約の支払遅延防止に関する法律第一〇条が考えられるが、これらの規定はいずれもその性質上、前記裁判官の報酬等に関する法律第六条等に優先して類推適用されるべきものとは解されない。)。そして右裁判官の報酬等に関する法律第六条等にいう「その際」とは、前記のような報酬ないし俸給請求権の性質、受給者間の公平等(前に退職手当を支給すべき日について国の主張をとり得ない理由として述べた諸点はここでもあてはまる。)のことを考えあわせると、退職の場合については「退職の日」を意味し、ただ、法令の改正により退職後においてはじめて支給が可能となつた場合等退職の日に支給することができない事情のあるときは、その支給が可能となつた日に支給すべきものと解すべきであり、文言からみてもそう解するのが自然であるから、退職手当法による退職手当の履行期も同様に解すべきである。
ところで、本件の場合、原告が判事に任命されたのは、外地官署所属職員の身分に関する件(昭和二一年勅令第二八七号)の規定によりその身分を保留する期間が満了する日の翌日以降九〇日を過ぎてからである(原告が判事に任命されたのが大蔵大臣の承認する期間内であるという主張も立証もない。)から、原告の退職時においては、昭和三六年政令第二〇〇号による改正前の施行令附則第五項により、原告の外地在職期間等は職員としての在職期間に引き続いたものとはみなされなかつたのであり、原告の退職後である昭和三六年六月一九日から右昭和三六年政令第二〇〇号により改正された施行令附則第五項が施行され、右昭和三六年政令第二〇〇号附則第二項により、昭和二八年八月一日以後の退職手当について適用されることとされたため、原告は右政令の施行によりはじめて外地在職期間等を通算した退職手当の支給を受ける権利を取得したのである。
そして成立に争いのない乙第二、三号証及び証人大内敬治の証言によれば、最高裁判所事務当局においては、前記のような法令の改正に伴い原告に支給すべき退職手当の額につき疑義を生じたので、昭和三六年六月六日付をもつて同総局人事局長名で大蔵省主計局長事務取扱あてに照会状を発したが、その回答が翌昭和三七年のはじめころまで得られなかつた事実のあることが認められ、このことからみれば右改正法令施行の際に政府部内における改正法令の解釈が統一されておらず早急に原告に対し改正法令による退職手当を支給しにくい事情のあつたことが察せられるのであるが、しかし、さればといつて改正法令により支給すべき退職手当の支給が法令解釈のため遅延してよいとはいえないものというべきである。(ことに、本件の場合は、定年による退職であるから、退職の日はあらかじめ判明していたのであり、しかも、成立に争いのない甲第一号証、証人大内敬治の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は退職の一年以上前から地元の福岡地方裁判所を通じ最高裁判所に対し外地在職期間として通算した退職手当の支給を求めていたことが認められる。)
そうであるとすれば、他に退職の日に退職手当を支給することのできない事情のあることの認められない本件においては、原告に対し支給すべき退職手当中、退職手当法第三条により計算した一、四七七、四〇〇円については原告の退職の日すなわち昭和三六年六月一六日が履行期であり、また退職手当法第五条同法附則第一〇項、同法施行令附則第一四項ないし第一六項を適用して計算した五、九〇九、七六〇円と右金額との差額四、四三二、三六〇円については、退職の日に支給することができなかつたのであり、右昭和三六年政令第二〇〇号施行の日である昭和三六年六月一九日にはじめて支給しうるものとなつたのであるから、同日を履行期とみるべきである。
しかるに、請求の原因(三)の事実は当事者間に争いがなく、被告は右履行期に原告に支給されるべき退職手当を支給しなかつたことは明らかである。したがつて、右各同日の経過によつて被告は遅滞に陥つたものというべきである。
二 ところで、退職手当法による退職手当の支給義務不履行の効果については、退職手当法に何らの規定がないし、その他の公法中にも退職手当法による退職手当の支給義務不履行の効果につき類推適用しうるような規定は見当らない。したがつて、前に述べた理由により私法規定を類推適用すべきであるが、退職手当法による退職手当の支給義務の不履行について類推適用しうる私法規定は民法の規定のほかには存しないので、民法第四一二条、第四一五条、第四一九条、第四〇四条を類推適用するのが相当である。そうだとすれば、被告は、前記各履行期日の翌日から不履行分につき民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべきであり、不可抗力をもつて抗弁となし得ない(このように解すると、退職手当につき遅延損害金を支払わざるをえないような事態が実際上少なからず生ずることが考えられ、一見不合理なようにも見えるが、上記のように解する限りやむを得ないところである。いずれにしても、退職手当の支給時期につき明文の規定を欠くのは立法の不備であろう。)。
もつとも、退職手当の支払をなす者は、その支払の際、退職所得についての所得税を源泉徴収しなければならないこととされている(所得税法第三八条の二第一項参照)ので、受給者の損害も退職手当から源泉徴収所得税額を差し引いた残額中支給が遅延した分についてしか発生しないと解される。
したがつて、原告の本件遅延損害金請求は、(イ)退職手当法第三条により計算した一、四七七、四四〇円から源泉所得税額四六、九五〇円を控除した後の退職手当額一、四三〇、四九〇円に対する昭和三六年六月一七日から同月一九日まで三日分の年五分の割合による損害金五八七円、(ロ)退職手当法第五条同法附則第一〇項、同法施行令附則第一四項ないし第一六項を適用して計算した五、九〇九、七六〇円から源泉所得税額五七一、九四〇円――被告は五七一、九五八円を控除しているが端数計算処理の誤りである。―を控除した後の退職手当額五、三三七、八二〇円に対する昭和三六年六月二〇日から同年七月六日まで一七日分の年五分の割合による損害金一二、四三〇円、(ハ)三、九〇七、三三〇円に対する昭和三六年七月七日から昭和三七年一月一一日まで一八九日分の年五分の割合による損害金一〇一、一六二円、(ニ)三、二四一、六六〇円に対する昭和三七年一月一二日から昭和三七年二月七日まで二七日分の年五分の割合による損害金一一、九八九円の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。(源泉徴収所得税額算定の基礎となる事実は別紙(六)、遅延損害金の計算関係は別紙(七)のとおりである。)
第三国家賠償請求について
国家賠償請求は、第一の退職手当不足額請求第二の遅延損害金請求が認められない場合のものであるが、第一の請求は全部、第二の請求は一部理由がないので、この部分について国家賠償請求が認められるかどうか考えるのに、原告に支給されるべき退職手当はすでに全額支給ずみであり原告の請求している退職手当不足額なるものはないのであるから、原告に退職手当不足額相当の損害が生ずるということはありえず、また遅延損害金請求中理由がないとされた部分についても遅延損害金は退職手当から源泉所得税を差し引いた残額中支給が遅延している分についてしか発生しないことは前に述べたとおりであるから、退職手当不足額請求および遅延損害金請求中理由がないとされた分の支払を求めることは国家賠償請求としても理由がない。
第四むすび
以上の次第で、本訴請求は、遅延損害金として(イ)一、四三〇、四九〇円に対する昭和三六年六月一七日から同月一九日まで三日分の年五分の割合による金員五八七円、(ロ)五、三三七、八二〇円に対する昭和三六年六月二〇日から同年七月六日まで一七日分の年五分の割合による金員一二、四三〇円、(ハ)三、九〇七、三三〇円に対する昭和三六年七月七日から昭和三七年一月一一日まで一八九日分の年五分の割合による金員一〇一、一六二円、(ニ)三、二四一、六六〇円に対する昭和三七年一月一二日から昭和三七年二月七日まで二七日分の年五分の割合による金員一一、九八九円合計一二六、一六八円の支払を求め、限度でこれを認容し、その余はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 位野木益雄 田嶋重徳 小笠原昭夫)
(別紙省略)