東京地方裁判所 昭和37年(タ)108号 判決 1962年10月25日
原告 高橋こと陸清美 外二名
被告 検察官
主文
原告等を本籍東京都北多摩郡狛江町和泉二五八四番地亡高橋通博の子と認知する。
訴訟費用は国庫の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、その請求原因として、
「原告等はいずれも訴外亡陸褞民を母、訴外亡高橋通博を父として出生したものである。即ち
原告等の母陸褞民(通称高橋英子)は中国々籍を有する者であるが、日本国籍を有する高橋通博と早くから中国大陸において内縁の夫婦関係を結び、昭和一九年七月三日同地において通博との間に原告清美を出産した。その後も褞民と通博は右関係を継続し、終戦により褞民は同二一年五月三〇日通博に伴われて原告清美と共に来日し、当初通博の父の本籍地たる大分県に、その後土浦市東京都に移り住んだがその間通博との間に同二一年一〇月二日原告立晴を、同二三年九月一二日同秋琴を出産した。その後昭和三〇年末に至り褞民と通博は不和のため夫婦関係を解消したが、通博は原告等三名の認知の手続をしないでいるうち、同三六年一一月一一日死亡し、又褞民も右に先立ち同年一〇月一〇日死亡してしまつた。
以上のとおり原告等はいずれも右通博の子であることに相違ないので原告等が右通博の子であることの認知を求めるため本訴に及んだ。
と述べた。<立証省略>
理由
その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第二ないし第六号証同第一〇、第一一号証、証人西村和の証言によりその成立を認め得る同第一号証に証人西村和、同高橋利昌、原告陸清美本人の各供述を綜合すれば原告主張事実を全部認めるに十分である。
法例第一八条によれば子の認知の要件はその父に関しては認知の当時父の属する国の法律によつてこれを定め、その子に関しては子の属する国の法律によつてこれを定めることになつているから、本件では原告等がその父であると主張する高橋通博については前記認定の事実によつて死亡当時その本国と認められる日本国の民法により、原告等については前記認定の事実によつてその本国と認められる中国の法律によるべきところ、同国においては現在中華民国政府と中華人民共和国政府とが対立し互に自己を中国全域全人民を支配する政府であると主張しているが、現実にはそれぞれの支配領域を有し、その領域に独自の法秩序を有し、各領域においてのみその実効性が担保されていることは顕著な事実である。従つてかゝる場合には法例第二七条第三項の不統一法国に関する規定を更に類推適用するを相当と解する。
ところで前掲各証拠によれば原告等の母陸褞民は中国大陸に出生して来日するまで引続き同所に生活し、来日後も中華人民共和国政府を支持する華僑総会に加入していたことが認められ、以上の事実によれば現在中華人民共和国政府の支配していることが明らかである中国大陸が同女、従つて同女の子である原告等の中国における最も密接な関係をもつ地域即ちその「属する地方」として認めるを相当とし、結局原告等についての準拠法は同政府のもとにおける法律によるべきである。然しながら現在認知に関する中華人民共和国法の存否は当裁判所において明らかにすることができないのでかゝる場合には条理によつて判断すべきところ、嫡出でない子に法律上の父を定めることはその子につき重大な意義を有していること、中華人民共和国婚姻法第一五条によれば婚姻によらずして生れた子は生母又はその他の人的物的証拠によつてその父が誰であるかゞ証明された場合にはその父は子女の生活費、教育費の全部又は一部を負担しなければならないと規定されていること、同地方においてかつて施行されていた法律にも強制認知は規定されていたことを参酌すれば、同地方の社会においても血統上の父子関係ある婚外子のその父に対する強制認知の請求は条理上許容されるものと思料される。
以上説示のとおりであるから、原告等がいずれも右訴外高橋通博の事実上の子であること、同訴外人が死亡したのは昭和三六年一一月一一日であることを認め得る本件においては右訴外人の子であることの認知を求める原告等の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 高井常太郎 小河八十次 高橋朝子)