東京地方裁判所 昭和37年(レ)10号 判決 1962年11月01日
判 決
控訴人
前田幸盛
被控訴人
野村証券株式会社
右代表者代表取締役
瀬川美能留
右訴訟代理人弁護士
大橋光雄
同
桐生浪男
同
栗田吉雄
右当事者間の昭和三七年(レ)第一〇号保護預託株券返還請求控訴事件につき、当裁判所は、つぎのとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一、当事者の申立
一、控訴人の申立
「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、三菱レーヨン株式会社株式四〇〇株の株券を引渡せ。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求める。
二、被控訴人らの申立
控訴棄却の判決を求める。
第二、当事者の主張
一、控訴人の請求の原因
(一) 控訴人は、昭和二六年六月七日、被控訴会社福岡支店熊本出張所(現在の同会社熊本支店)に対し、新光レーヨン株式会社株式四〇〇株の株式払込金領収証を預け、株券が発行された際に株券と引換えることを依頼し、被控訴人はこれを承諾した。
(二) その後同年八月二七日ごろまでに、被控訴人は、右株式払込領収証と引換えに新光レーヨン株式会社株式四〇〇株の株券を同会社より受取つた。
なお、新光レーヨン株式会社は、その後商号を変更して、現在は三菱レーヨン株式会社となつている。
(三) よつて、控訴人は被控訴人に対し、三菱レーヨン株式会社株式四〇〇株の株券の引渡を求める。
二、請求原因に対する被控訴人の答弁及び抗弁
(一) 請求原因に対する答弁
請求原因事実はすべて認める。
(二) 抗弁
(1) 控訴人は、被控訴人に対し、次のとおり、新光レーヨン株式会社株式の買付を委託し、被控訴人はその委託に基き、買付をした。
委託及び買付の年月日 株 数 単 価
昭和二六年六月二五日 一、〇〇〇株 二二五円
同月二九日 〃 二一八円
同年七月二日 〃 二〇五円
(2) しかるに、控訴人は右買付をした日から四日以内に右株式の買付代金を支払わなかつたので、被控訴人は、当時の福岡証券取引所受託契約準則第七条第一項「普通取引の売買委託については、顧客は、売買成立の日から起算して、四日目に当る日の午前九時までに買付代金を会員に交付しなければならない。」旨の規定及び同準則第一〇条の二号一項「顧客が買付代金を所定の時限までに会員に交付しないときは、会員は任意に、当該売買取引を決済するために当該顧客の計算において売付契約を締結することができる。」旨の規定に基き、右株式三、〇〇〇株を昭和二六年八月二七日、一、〇〇〇株ずつ三回に亘り、それぞれ単価金一九三円、一九四円、一九七円で売却処分したところ、金七万八、三三〇円の損金が生じた。
(3) そこで、被控訴人は右準則第一〇条の二第二項「会員は、前項により損害をこうむつた場合には、顧客のため占有する有価証券をもつて、その損害の賠償に充当することができる。」旨の規定に基き、本件株式を同条に所謂「顧客のため占有する有価証券」として、右同日単価金一九六円で売却し、その売却代金七万八、四〇〇円中、金七万八、三三〇円を右損金にあて、これを決済した。
(4) なお、前記受託契約準則は、福岡証券取引所理事会が作成するもので、被控訴人は、その熊本出張所において、同準則の要項を掲示して顧客に知らしめている。従つて、控訴人は、前記三、〇〇〇株の株式の買付委託をする際、同準則に従つて契約をする旨の意思を有していたものというべきであるから、両準則の規定は、控訴人に対しても効力をもつものである。
(5) よつて、被控訴人が右準則の規定に従つてなした本件株式の売却処分は、控訴人に対してもその効力を主張し得るものであるから、控訴人の本訴請求は失当である。
(6) かりに右売却処分が無効であるとしても、本件株式の返還請求は権利の濫用であるから、これに応じることはできない。
即ち、本件株式の売却処分をしたのは昭和二六年八月二七日であり、控訴人が被控訴人に対し右株式の返還請求をしたのは同三一年三月二四日が最初である。そして、被控訴人は、右売却処分後直ちに右株式についての売買報告書を控訴人に送付している。従つて、もし控訴人において右売却に異議があれば、同報告書の受領後遅滞なく、その旨を申立てるべきであつたにもかかわらず、これをしなかつたのであるから、控訴人は、当時すでに、本件売却処分を承認していたものというべきである。
従つて、右報告書の受領後数年して、本件株式の市価が上昇したのを機会に返還請求をするのは信義則に違反する権利の行使であるから、これに応じることはできない。
三、抗弁に対する控訴人の答弁及び再抗弁
(一) 抗弁に対する答弁
(1) 抗弁第1項記載の事実のうち、控訴人が被控訴人主張のとおり、株式の買付を委託したことは認めるがその他の事実は不知。
(2) 抗弁第2項記載の事実のうち、控訴人が買付代金を支払わなかつたことは認めるが、その他の事実は不知。
(3) 抗弁第3項記載の事実は不知。
(4) 抗弁第4項記載の事実のうち、受託契約準則の作成者に関する事実は不知、控訴人が前記買付委託をする際、同準則に従う意思を有していた事実は否認する。
(5) 抗弁第6項記載の事実のうち、控訴人が本件株式の売却処分に対し異議を申立てなかつたこと及び右処分を承認していたことは否認する。
(二) 再抗弁
(1) 本件株式は保護預りとして預託したものであるから、控訴人が委託した他の株式売買取引によつて生じた損金を決済するため売却処分することはできない。従つて、被控訴人のなした右売却処分は無効である。
(2) かりに右売却処分ができるとしても、被控訴人はその主張する株式三、〇〇〇株の売却にあたり、自己が相手方となつて売買契約を成立させたにもかかわらず、控訴人に対し、その旨の明示をしなかつたから、同売却処分は証券取引法第四六条に違反し無効である。従つて、被控訴人主張の損金は生じなかつたことになるから、右損金の存在を前提とする本件株式の売却処分は無効である。
(3) かりに右の損金が生じるとしても、被控訴人は本件株式の売却に際しても、同じく自己がその相手方となつたにかかわらず、控訴人に対しその取引態様の明示をしなかつたから、同売却処分は無効である。
四、再抗弁に対する被控訴人の答弁再抗弁事実はすべて認める。
しかしながら、証券取引法第四六条の規定は訓示規定であつて、この規定に違反しても、売却処分自体は無効となるものではない。
五、証拠≪省略≫
理由
一、請求原因事実は、すべて当事者間に争がない。
二、抗弁事実のうち、控訴人が被控訴人に対し、被控訴人主張のとおり、株式の買付を委託したこと及び控訴人は右株式買付代金を支払わなかつたことは当事者間に争がない。
三、(証拠―省略)を総合すれば、被控訴人主張の抗弁事実(1)乃至(5)項のうち当事者間に争のない右事実を除いた部分、即ち、被控訴人が福岡証券取引所受託契約準則に基いて本件株式を売却処分した経違及び同受託契約準則の各規定が被控訴人主張のとおりであることを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。
四、ところで、受託契約準則は、証券取引所が証券取引法に基いて作成し、証券業者は同法第一三〇条第一項により、受託契約準則に従つて有価証券市場における売買取引の受託をなすべき法律上の義務を有するものである。他方、有価証券市場における売買取引はその迅速性大量性、画一性において極めて特異な取引であり、且つそのため、その取引に関しては一般の売買取引とは異なる特殊な慣習ないし準則が存在していることは一般に周知のことであるから、証券業者に対して有価証券市場における売買取引の委託をなす者は、特別の契約がない限り、受託契約準則に従う意思を有していたものと推認するを相当とする。
そうすると、当時の福岡証券取引所受託契約準則の各規定が、前に認定したとおり、被控訴人が抗弁において主張するようなものである以上、被控訴人は本件株式を売却処分する権利を有し、その権利に基いてなした本件株式の売却処分は、控訴人に対してもその効果を主張し得るものというべきである。
五、なお、控訴人は、再抗弁として、本件株式は保護預りとして預託したものであるから、これを他の株式買付委託によつて生じた損金を決済するため売却処分することはできないと述べているが、受託契約準則の前記条項が何らの制限を付さず、広く顧客のため占有する有価証券と規定している以上、保護預託にかかる本件株式もこれに含まれるといわざるを得ない。
従つて、控訴人のこの点に関する主張は理由がない。
又、控訴人は、被控訴人主張の株式三、〇〇〇株及び本件株式の売却処分は証券取引法第四六条に違反し無効であると主張するが、証券取引法の右規定は単なる訓示規定に過ぎず、その違反は売却処分の無効を来たすものではないというべきであるから、控訴人の右主張は主張自体失当である。
六、そうすると、被控訴人には控訴人に対し本件株式を返還する義務はないことになるから、控訴人の本訴請求は結局理由なきに帰する。
七、よつて、控訴人の本訴請求は棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、商法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第八部
裁判長裁判官 長 谷 部 茂 吉
裁判官 武 藤 春 光
裁判官 宍 戸 達 徳