東京地方裁判所 昭和37年(レ)627号 判決 1964年10月16日
控訴人 池上貞治
右訴訟代理人弁護士 大島英一
同 竹原茂雄
同 山田嘉穂
同 数場伊三郎
被控訴人 株式会社細山太七商店
右代表者代表取締役 細山武夫
右訴訟代理人弁護士 岩田春之助
同 中村孝次郎
同 若山徳
右岩田春之助訴訟復代理人弁護士 岩田広一
主文
原判決を取り消す。
被控訴人は、控訴人に対し、細山太七名義の被控訴人の株式二〇〇〇株の株券を作成して引き渡せ。
訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
控訴代理人は、請求原因として、次のとおり述べた。
「一、訴外細山太七は、被控訴人の七、五六八株の株主であった。
二、同訴外人は、昭和三二年三月二九日、神奈川県川崎市丸子通一丁目六三三番地細山よね方において、左の方式により、公正証書による遺言をした。
(1) 証人として控訴人および訴外飯塚延勝が立ち会った。
(2) 訴外細山太七が遺言の趣旨を横浜地方法務局所属公証人木下猛雄に口授した。
(3) 同公証人は訴外細山太七の口述を筆記し、これを同訴外人、控訴人および訴外飯塚延勝に読み聞かせた。
(4) 訴外細山太七、控訴人および訴外飯塚延勝は、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し印をおした。
(5) 同公証人は、その証書は前記(1)から(4)までに掲げる方式に従って作ったものである旨を付記し、同公証人作成昭和三二年第一、〇〇六号公正証書としてこれに署名し印をおした。
三、叙上の公正証書によって訴外細山太七がした遺言の内容は、同訴外人はその有する被控訴人の株式二、〇〇〇株を訴外細山よねに遺贈し、および控訴人を遺言執行者に指定するというものであった。
四、訴外細山太七は、昭和三四年一月八日に死亡した。
五、よって、控訴人は、同訴外人の遺言執行者として、遺言の執行のため、被控訴人に対し、細山太七名義の被控訴人の株式二、〇〇〇株の株券の発行交付を求める」。
被控訴代理人は、請求原因に対する答弁および抗弁として、次のとおり述べた。
「一、請求原因の一の事実、同二のうち(1)の事実、(4)のうち控訴人および訴外飯塚延勝が証書に署名し印をおしたこと、および(5)の事実ならびに請求原因の四の事実は認めるが、その他の事実は全部否認する。
二、仮りに、控訴人主張のとおりであるとしても、訴外細山太七は、遺言をした当時、脳動脈硬化症のため痴呆状態になっていて、自己の行為の結果を弁別することができなかったものであるから、同訴外人のした遺言は無効である。
三、かりに叙上二の主張が理由がないとしても、被控訴人はまだ株券を発行していない。したがって、たとえ遺言によるものであっても、その株式の譲渡は会社である被控訴人に対して効力を生じないから、これを前提とする本訴請求は理由がない。」
控訴代理人は、被控訴代理人主張の二の事実は否認する、三のうち株券未発行の事実は認めると述べた。
≪立証省略≫
理由
訴外細山太七が被控訴人の七、五六八株の株主であること、公証人木下猛雄が控訴人および訴外飯塚延勝を証人とし、訴外細山太七を遺言者とする遺言公正証書を作成したことおよび同訴外人が昭和三四年一月八日に死亡したことは、当事者間に争がない。
そこで、まず、右遺言公正証書が証言者である訴外細山太七の適式な関与のもとに作成されたかどうかについて判断する。
≪証拠省略≫を総合すると、公証人木下猛雄は、昭和三二年三月二九日の二〇日ほど前、控訴人から、訴外細山太七のため公正証書による遺言書を作成することおよび遺言者である同訴外人が高令であるため同訴外人の所在場所におもむいて証書を作成することを依頼され、昭和三二年三月二九日午後川崎市丸子通一丁目六三三番地細山よね方におもむき、同公証人、遺言者である訴外細山太七のほか、証人として控訴人および訴外飯塚延勝が立ち会い、まず訴外細山太七が口授した遺言を同公証人が一たんわら半紙に書きとったのち、同一内容を定められた方式にしたがい、所定の公正証書用紙に清書して、同公証人作成の昭和三二年第一、〇〇六号遺言公正証書として作成したことならびに続いて同公証人は同室にいた遺言者訴外細山太七、証人である控訴人および訴外飯塚延勝にこれを読み聞かせたうえ、同公正証書末尾署名欄にまず同公証人が署名押印し、次いで訴外細山太七がみずから署名した後押印し、さらに、控訴人、訴外飯塚の順でそれぞれ署名押印し、遺言公正証書(甲第一号証)の作成を完了したことを認めることができる。≪証拠省略≫も、前掲援用の各証拠と対比して考えると、叙上の認定をくつがえす確証としがたく、他に右認定を動かすに足る証拠はない。
右認定の事実によると、本件遺言公正証書(甲第一号証)は適式の手続によって作成されたものというべく、したがって、同号証に記載されているとおり訴外細山太七はその有する被控訴人の株式二〇〇〇株を遺贈し、控訴人を遺言執行者に指定する旨の遺言をしたものといわなければならない。
そこで、次に被控訴人の抗弁事実(被控訴人主張の二の事実)について判断する。≪証拠の認否省略≫したがって、この抗弁は採用することができない。
さらに、被控訴人が今日にいたるまで、その株券を発行していないことは、控訴人も認めるところである。しかし、一般に、株主は、株券未発行の株式を譲渡することを約した場合には、その契約を履行するため、まず会社から譲渡を約した株式につき株券の発行を受けたうえ、これを譲受人に譲渡する手続をとるべき債務を負うものであるところ、譲渡が遺贈によって行われ、しかもその遺言につき遺言執行者が指定されているときは、遺言執行者が叙上の手続を履践すべき債務と権限を有するものと解すべきである。したがって、控訴人は訴外細山太七のした遺言の遺言執行者として、被控訴人に対し本訴請求をすることができるものといわなければならない。
よって、控訴人の本訴請求は理由があるからこれを認容すべく、これを棄却した原判決は不当であるからこれを取り消すこととし、民事訴訟法第三八六条、第九六条および第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 服部高顕 裁判官 西山俊彦 元木伸)