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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)1923号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔事実と争点〕原告は被告からをその所有の東京都渋谷区上通一丁目一番地宅地二、三七一坪のうち五〇坪を大正一三年九月一日から堅固でない建物所有の目的で期限の定なく賃借し地上に建物を建築所有し、地上建物は昭和二〇年五月二四日戦災により消滅したので、本件建物を建築し使用していたところ、被告は原告に対し右賃貸借は昭和三一年九月一四日期間満了により滅失したと主張し、本件建物収去、土地明渡の訴を提記した。原告は右訴訟で契約終了の事実を争い、極力契約更新を主張したが、第一、二審とも原告が敗訴し、判決により契約終了の事実が肯認されたので、止むなく昭和三七年三月八日付即日到達の書面で本件地上の建物を時価金一、四三〇万円で買取るべきことを通告したので、本件建物については、原告を売主とし被告を買主とし、代金額一、四三〇万円とする売買が成立したと同一の効果を生じ、被告は原告に対し右代金額支払義務を負担するに至つたのでこれが支払いを求める、と主張した。

判決は、本件の場合における建物買取価格は家屋の固有の価格に家屋がその個別的な性格として具有する場所的利用価値を付加したものに相当とするという見解を採り、その算出方法につきつぎのとおり説明している。

〔判決理由〕よつて、進んで本件家屋の買取請求当時における時価について接ずるに、検証の結果に弁論の全趣旨を参酌して考えると、本件家屋は、都電青山六丁目停留所近くの青山学院の北東側電車道に面する位置にあり、木造平家建で、大谷石およびコンクリートの基礎を有し、屋根は表側から裏側にかけての片卸しとなつており、瓦茸、一部下屋部分はトタン茸であつて、外壁は表側と側面の一部はモルタル塗、他は下見板張、内部床は一部フローリング張となつており、腰板および壁は板張または漆喰塗天井は杉板およびベニヤ板張、柱は三寸ないし三寸五分角材を用い、住宅兼事務所向の構造であることが認められる。ところで、本件家屋の時価に関する鑑定人市川鉄四郎の鑑定の結果は建物の個有の価格に借地権の価格を一定の割合で加算したものであるが、この方法は借地権相当額そのものを土地所有者、土地賃借人、地上家屋居住者の三者に平等割合をもつて帰属せしめんとするもので、買取代金として家屋に附着する交換価値を算定するものとはいゝ難く、直ちにこれを採用することを得ない。この点鑑定人立花寛の鑑定の結果は、家屋の固有の価格に家屋がその個別的な性格として具有する場所的利用価値を附加せんとするものであつて、その場所的利用価値の算出方法として借地権の価格に準拠する方法をとるに過ぎないから、その価格算出方法は首肯するに足りるものというべきところ、右鑑定は、借地権の消滅時である昭和三一年九月一四日当時の価格を算出したものであつて、これをそのまゝ採用することを得ない。然しながら、昭和三七年三月八日買取請求当時における本件家屋の固有の価格および本件土地の更地価格は、弁論の全趣旨に照し、それぞれ坪当り金一二、〇〇〇円および金三七六、〇〇〇円であると認めることができるから、これを基礎とし、また、場所的利用価値の算出方法につき前記鑑定人立花寛の鑑定における方法をとるときは本件家屋の個有の価格は一九坪五合につき金二三四、〇〇〇円となり、場所的利用価値は、{376,000−(376,000×0.03)}×0.8×0.5=146,000であるから(計算途上に生ずる千円末満の端数切捨)、五〇坪につき金七、三〇〇、〇〇〇円となり、その合計は金七五三四、〇〇〇円となる。この事実に本件家屋の位置、構造、規模等に関する前記認定事実を併せ、弁論の全趣旨を参酌して考えると、本件家屋の買取代金額は右金七、五三四、〇〇〇円をもつて相当するものと認められる。(江尻美雄一)

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