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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)1988号 判決 1963年7月12日

原告 竹内ハルミ

右訴訟代理人弁護士 堀合辰夫

被告 第三京王自動車株式会社

右代表者代表取締役 岡元貞義

被告 橋本雄夫

右両名訴訟代理人弁護士 牧野賢弥

被告 有限会社石井運送

右代表者代表取締役 石井健次郎

被告 加藤五三郎

右両名訴訟代理人弁護士 五十嵐末吉

主文

1、被告第三京王自動車株式会社および同橋本雄夫は、各自、原告に対し金五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三五年一二月三日以降その支払済に至るまでの年五分の割合の金員を支払え。

2、原告のその余の請求を棄却する。

3、訴訟費用は、これを二分し、その一を被告第三京王自動車株式会社および同橋本雄夫の連帯負担とし、その余を原告の負担とする。

4、この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、請求原因第一項(本件事故の発生)のうち(一)、(二)の事実は関係各当事者間に争いがない。また(三)の事実のうち、訴外亡三郎が路上に転倒し、よつて死亡したこともまた関係各当事間に争いがない。

そこで以下に本件各衝突と訴外亡三郎の死亡との間の因果関係について検討するに、いずれも成立に争いのない甲第六号証≪中略≫を綜合すると次の事実を認めることができる。

(一)  (現場附近の状況)

本件事故現場は、三河島方面より浅草方面に通ずる環状線B道路が、台東区三の輪町四七番地先で、南千住方面から三の輪町三六番地方面に通ずる道路(以下狭い道路と言う)に交わるところの交通信号機の設置されていない交叉点内である。右環状線はコンクリート舗装された全巾員二一・八〇米の歩車道の区別ある平坦な直線道路で、車道の巾員は一六・八米、歩道の巾員は各二・五米、右狭い道路は巾員八米の歩車道の区別のない道路で、右交叉点から浅草方面に向つて約七〇米の距離の環状線上には交通信号機の設置されている交叉点が存する。

(二)  (第一衝突の態様)

事故当日被告橋本は前記乗用車を運転して右狭い道路を南千住方面から三の輪町三六番地方面に向け進行し、右交叉点に差しかかつた際交通の安全を確認するためその進入前に一旦停止したが、環状線両側には人家が櫛比していて左右の見通しがきかなかつたので徐行しながら同交叉点内に約三米進入して停止した。此の時同被告は右方環状線上約四〇米の距離に被告加藤運転の三輪車と訴外亡三郎運転の自転車とが浅草方面に向け並進して来るのを認めた。被告橋本は引続き左側の安全を確認したところ、偶々前記浅草方面交差点の交通信号機が赤色となつていて環状線上浅草方面から三河島方面に向う車輛の交通が途絶えていた。そこで同被告は乗用車を発進して環状線を横断通過しようとしたが、先に右方に認めた三郎運転の自転車等の速度、距離等を充分に考慮せずに、たやすくその前方を通過し得るものと軽信して再び右方を注意することなく、時速約五粁の速度で乗用車を直進せしめた。当時被告加藤は車道中央線寄りを時速約四〇粁で進行しており、三郎はその左側を三輪車より幾分遅れて並進していたが、同人は事故現場の手前で三輪車を追抜くため時速約五〇粁で進行していたので、被告橋本が乗用車を発進させた時は既にその右側短距離の処まで接近して乗用車の直前を通過する態勢にあつた。このため同被告は乗用車を三郎の直前に発進させて、同人の進路を遮断する形となつた。衝突の危険を避けるため三郎は僅かにハンドルを右に切つたが、同人は高速度で乗用車直前を通過しようとしていたため乗用車は僅かの距離を徐行したに過ぎないにも拘らず、避けることができずに、前認定のとおり自転車の前部と乗用車の右前部とが衝突したのである。

このため自転車は勢い余つて後部が跳躍し、そのまま弧を画いて乗用車の左前部に逆回転するように落下し、同時に三郎も飛び上り、自転車に沿つて乗用車の左側方に転倒した。

(被告橋本本人は、事故現場に二―三〇秒間停車していた乗用車が、発進しようとした直前、未だ停車中のところへ三郎の自転車が衝突した旨、同被告等の主張に符合する供述をしているが、右供述は首肯するに足る特段の理由なしに同人が本件事故後間もなく司法警察員及び検察官に供述した内容≪証拠省略≫を飜したものであり、甲第一一、一二号証≪中略≫に照してみても、被告橋本の右供述は信用できない。)

(三)  (第二衝突の態様)

被告加藤は偶々前方浅草方面交叉点の交通信号が赤色だつたので、本件事故現場の手前で幾分減速して自転車の右後方中央線寄りを時速約三五粁で進行し、前記停車中の被告橋本運転の乗用車の前方数米の地点を通過しようとした。そして三郎は三輪車を追抜いた後も減速しなかつたので、次第に自転車と三輪車の間隔が開き、自転車が第一衝突を起こした時は、被告加藤はその約五米右手前にあつてこれを目撃した。同被告は右目撃直後、自転車と三輪車との接触の危険並びに右接触の危険は急制動の措置をとつても避け難いことを直感し、右廻して避けようと考え、急拠ハンドルを右に切つたが、第一衝突によつて亡三郎を左側路上に転倒せしめた自転車がはね返つて三輪車の進路のほぼ直前に落下していたために避けることができず、自転車の後部に三輪車の左前部を衝突させるに至つた。(原告は、被告加藤が第一衝突を約二〇米手前で認めた旨主張するが、原告主張の右事情は本件全証拠によつてもこれを認めることができず、却つて甲第一二号証(乙第五号証)及び同被告本人尋問の結果によれば、同被告が第一衝突を認識したのは前述の通り、その約五米手前であると認められる。同被告の供述は、三輪車の速度や自転車が追抜いた地点等について、同人が司法警察員等に対して供述した内容とくい違う点が見られるから、必ずしもこれを全面的に信用することができる訳ではないが、甲第一二号証≪中略≫によれば第二衝突は、第一衝突の直後、第一衝突によつて飛上つた自転車が地上に落下した後に生じた事故であることが認められ、第一衝突から転倒までの経過時間が、極く短かいものであることは、右各証拠によつて認め得るばかりでなく、前記認定事情の下で自転車が時速約五〇粁で進行していたことと前記認定の当時の三輪車の速度等を対比して考えるときは、右の距離に関する同被告の供述は、信用して差支えないものと認められる。なお被告橋本本人は被告加藤が警察官に対して当時三輪車の時速が六〇粁位であつたと供述していたのを聞いたと言うが、現に同被告の司法警察員に対する供述調書(甲第一二号証、乙第五号証)には、現場に差しかかつた際の三輪車の速度は時速四〇粁であつたと録取されているのであるから、この点に関する被告橋本の供述は全く信用できない。)

(四)  以上認定の事実からすれば、本件衝突による被害者死亡の事故は、被害者の自転車と被告橋本運転の乗用車との衝突によつて生じたものであつて、被告加藤運転の自動三輪車との衝突は被害者の死亡とかかわりなく、法律上の因果関係があるといえない。

(五)  そうであつてみれば、原告の請求は被告有限会社及び同加藤に対する関係ではその余の争点について判断するまでもなく、理由がないという外はない。

二、被告株式会社の責任

請求原因第二項の(一)の事実は関係当事者間において争いがない。したがつて被告株式会社は、免責事由の主張立証をしない限り、自賠法三条本文の規定により自動車の運行供用者として亡三郎の死亡によつて生じた損害につき賠償の責に任じなければならないのである。そして被告会社は抗弁として、被告橋本に運転手として過失なく、被告等が本件乗用車の運行について注意を怠らなかつたと主張するが、被告橋本に過失がないといえないこと後に認定する通りであるから、結局被告株式会社は免責されえない訳である。

三、被告橋本の過失

自動車運転者は、常に前後左右を注視し、交通の安全を確認した上自動車を運行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき義務がある。しかも当時施行されていた道路交通取締法の規定によると、狭い道路から広い道路に入る場合は、広い道路に在る車馬に進路を譲らなければならないのであるから、被告橋本は本件事故当時、事故を防止すべきはもとより、広い環状線の交通を妨害することのないよう、その車馬の交通状況には絶えず注意すべき義務があつた。しかるに同被告は、先に認定したように本件交叉点に進入した際、環状線上の右方から三郎運転の自転車等が接近しつつあるのを認識しながら、その速度、距離等について深く考慮することなく、たやすくその前方を通過し得るものと軽信して、交通の安全を充分確認しなかつたため自転車が右方至近距離に接近していることに気付かず、自転車の直前にその進路を妨害して乗用車を発進させ、よつて乗用車の前部を自転車に衝突させたものであるから、同被告は本件事故の発生について、自動車運転者として遵守すべき前記義務に違反した過失の責を免れることができない。

四、そこで進んで原告及び訴外亡三郎の損害の有無及びその価額つついて検討する。

(一)  (三郎の財産上の損害)

成立に争いのない甲第一号証≪中略≫によると、三郎は昭和一二年六月二九日生れ、従つて本件事故当時満二三才の男子であつて、桜井ラジオ商会に勤務し、電気器具修理、集金等の業務に従事して年収一八七、五〇〇円を得ていたことが認められる。

厚生大臣官房統計調査部発表の第一〇回生命表(同表は当裁判所に顕著、以下統計表について同じ)によれば、右年令の男子の平均余命は四五・八四年である。従つて三郎も若し本件事故に遭遇しなければ、なお右年数の間生存し得たものと推認し得るところ、同人が或る程度肉体労働を伴う電気器具修理、集金等の業務に従事していたことから考えるならば、経験則上同人は右職業について満六〇年に達するまで稼働可能であり、かつ若し本件事故に遭遇しなければ、少くとも前記金額を下回ることのない収入を得ることができたものと推認することができる(原告は同人が将来四三年間稼働可能である旨主張するが右事実を認めるに足る証拠はない。)。また総理府統計局刊行家計調査年報による三郎と同階級の勤労者世帯の昭和三五年平均一ヶ月当消費支出額から割り出した一人当金額を下回らない範囲で一ヶ月金七、〇〇〇円を三郎の生計費として控除し、損害算定の基礎たる純収入額を算出すると言う原告の主張は相当であると認められる。

被告株式会社および同橋本は自動車損害賠償責任保険の事務取扱上、月収の八割を生計費として計算していること及びそれが総理府統計局の単身世帯家計調査の結果に符合することを理由として三郎の場合も、月収の八割に当る一ヶ月金一二、五〇〇円を生計費として控除すべき旨主張するが、自動車損害賠償責任保険事務の取扱例は何等当裁判所を拘束するものではないし、またいわゆる得べかりし利益の算定は、死亡当時に於て客観的に予測し得る将来の事情に基いて為すべきであるから、生計費額の認定も、当時三郎が単身世帯を営んでいたと言うだけではなく、将来に亘つて単身世帯を営み続けると思われる事情が認められる場合に初めて単身世帯として扱うべきであるところ、三郎については右事情は認められないばかりか、原告本人尋問の結果によると、近く三郎は婚姻する予定であつたことが認められ、これに反する証拠はないから、この点の被告等の主張は相当でない。従つて三郎は前記認定の収入額から、右生計費の年額金八四、〇〇〇円を控除した年収金一〇三、五〇〇円の純益を得られるものと認められ、同人が本件事故に遭遇し、死亡したことにより喪失した利益は、右金額の将来稼働可能な三六・五年分合計金三、七七七、七五〇円となるが、これをホフマン式計算方法によつて民法所定の年五分の割合による中間利息を控除し本件事故当時の一時払額に換算すると、金一、三三七、二五七円(円未満四捨五入、以下同じ)となることが計算上明らかである。原告が右損害賠償債権の二分の一にあたる六六八、六二八円を相続したことは、甲第一号証によつてこれを認めることができ、反対の証拠はない。

(二)  (原告の精神上の損害)

甲第一号証と原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は長野県の自宅で夫と共に農業に従事して生計をたてて来たが、三郎は原告等の三男として生れ、同人は長じてから親元を離れて上京し、中野無線を経てテレビ技術学校を卒業し、昭和三二年頃から桜井ラジオ商会に勤務していたのであり、中野無線時代は親元から仕送りをしていたが、同商会勤務後自活するようになり、事故当時近く婚姻の予定だつたものであることをみとめることができる。

その子三郎の不慮の事故死によつて、母親たる原告が著しい精神的苦痛を蒙つたことは経験上明らかであるが、これに前記認定事情その他諸般の事情を綜合すると、原告に対する慰藉料としては金一、〇〇〇、〇〇〇円を以て相当と認める。

(三)  (過失相殺)

被告株式会社および同橋本は過失相殺を主張するので、此の点について検討する。

自転車運転者は、自転車を運転するに際しては、法令を遵守することはもとより、常に前後左右の交通状況に注意して進行し、安全を確認して進行し、若し危険が生じた場合は直ちに停止又は徐行するなどの措置をとつて事故の発生を未然に防止する注意義務がある。しかるに、前認定の事実によつて考えれば、訴外亡三郎は、前示認定のように被告橋本運転の乗用車が本件現場の交叉点の左方から環状線内に約三米進入して停止しており、自己の右前方に被告加藤運転の三輪車が先行している状況の下で、乗用車の動静や自己及び三輪車の速度、距離等に深く考慮を払うことなく、たやすく三輪車を追抜いて乗用車の前部を通過し得るものと軽信し、法令に定められた自転車の最髙速度を遙かに超える時速約五〇粁で乗用車の直前に自転車を無謀操縦して進行したため自転車の進路に乗用車が発進して来た時、これを避けることができず第一衝突及び第二衝突を惹起したのであつて、三郎に自転車運転者として遵守すべき安全運転義務を怠つた過失があつたものといわなければならない。これらの事情によつて考えるときは、本件事故によつて原告等が蒙つた損害額のうち、被告両名に賠償の責を負わせる範囲は、その二分の一とするを相当と認める。

五、以上によれば原告は、被告株式会社、同橋本に対してそれぞれ第五項(一)記載の三郎の得べかりし利益の相続による金六六八、六二九円及び同(二)記載の固有の慰藉料金一、〇〇〇、〇〇〇円合計金一、六六八、六二九円の二分の一に当る金八三四、三一五円の損害賠償債権を取得したことが認められる。

なお原告が本件事故に関し、労働者災害補償保険金並びに自動車損害賠償責任保険金の支給を受けていることは、当事者間に争いがないが、成立に争いのない丙第一号証及び原告本人尋問の結果によると、右保険金のうち、本訴請求にかかる前記損害額に充当すべき分は、合計金三二六、七五五円と推認されるから原告が右保険金の支給を受けた事実は、本訴請求に影響を及ぼさないこと明らかである。

よつて原告の本訴請求は、被告株式会社および同橋本に対して各自金五〇〇、〇〇〇円及びこれに対し損害発生の日であること明らかな昭和三五年一二月三日以降その支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当であるから全部これを認容し、被告有限会社及び同加藤に対する部分は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項但書前段の規定を、仮執行の宣言について、同法一九六条一項の規定をそれぞれ適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 小川善吉 裁判官 髙瀬秀雄 裁判官羽石大は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 小川善吉)

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