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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)3351号 判決 1963年7月05日

原告 君塚春吉

右訴訟代理人弁護士 宗宮信次

同 川合昭三

被告 吉岡誠介

右訴訟代理人弁護士 阿比留兼吉

主文

1  被告は原告に対し原告との間の東京都中央区日本橋浪花町二二番地の九、宅地五三坪二合九勺の賃貸借契約に基く賃料として昭和三七年四月一日以降一ヶ月金三万〇六九〇円の割合による金員を支払うべし。

2  原告その余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原告が昭和三一年四月一日、被告に対し本件土地を木造普通建物所有の目的で、賃料一ヶ月金一万三〇〇〇円(坪当り約二五〇円)毎月二八日払、期間二〇年の約で賃貸したこと、その後原告は昭和三七年三月二二日附翌二三日到達の書面で被告に対し本件土地につき従前の賃料を同年四月一日以降一ヶ月金四万二、六〇〇円(坪当り約八〇〇円)に増額すべき旨を通知したことは当事者間に争いがなく、原被告各本人尋問の結果及び本件弁論の全趣旨に徴すると、本件土地については地代家賃統制令の適用がないことが明らかである。

しかして、証人搗田正三の証言≪中略≫をあわせると、本件土地は都内電車人形町停留所から東北方約二丁半の六間の道路と三間の道路とが交差する交差点角地に当り、右電車通りから僅かばかり入つたところに位し、近時地下鉄の開通により徒歩二、三分の場所に人形町駅が設けられ、相当便を増すに至つた土地であり、附近一帯はいわゆる葭町界隈をひかえ料亭芸者置屋等が存在するほか会社事務所及び問屋の多い商業地区であつて、被告の営業するフランス料理店のために良好な場所であることが認められる。

ところで、右賃貸借契約締結の昭和三一年四月頃から賃料増額の意思表示のあつた昭和三七年三月頃までの間において土地の価格が著しく騰貴したのみでなく、公祖公課がかなり増加し一般物価にも相当の値上りがあつたことは公知の事実といわなければならない。従つて、本件土地の賃料についても特段の事情の存しないかぎり右の経済事情の変動に応じ相当額まで増額せらるべきものといわさるを得ない。

しからば、本件土地の賃料は一体いかなる基準によつて定めらるべきであろうか。土地の賃料は、土地を使用収益する対価であるから、通常 (1)土地価格に対する適正利潤を以て基礎とすべく、これに (2)税金その他の管理費用を加えて定めるべきであると考える。しかし、右の土地価格は単純にこれを更地価格とすることはできない。すなわち、若し賃貸に当り、権利金名義書換料等の名目を以て賃借人に金員を支払わしむるときは、これを更地価格から控除すべきはもとより当然のところであり、本件土地のような場所に存在する土地については賃貸人たる土地所有者の側に留保されている土地価格は更地価格の約二割に過ぎないこと、少くとも当裁判所において明らかなところだからである。

そこで、原告が賃料増額請求の意思表示をした昭和三七年四月一日頃における本件土地の価格について考えるに、成立に争いのない甲第一号証及び前掲鑑定の結果によると、右は金二六六四万五〇〇〇円(坪当り金五〇万円)であつたものと認めることができる。証人搗田正三の証言及び原告本人尋問の結果中これに反する部分は採用し難い。そうすると、賃貸人たる原告に留保されている本件土地の価格は金五三二万九〇〇〇円というべきである。しかして、原被告本人尋問の結果に本件弁論の全趣旨によれば、原告は不動産の賃貸及び管理等を以て業としていることが窺われるから、本件にあつては右の土地価格に対する適正利潤はこれを年六分とみるのを相当とすべく、税金その他の管理費用は固定資産税額にその二割を加えたものと考うべきであり、前掲鑑定の結果によると、昭和三七年度における本件土地の固定資産税額は年金四万〇四五八円であることを認めることができる。

してみれば、右の基準によつて昭和三七年四月一日当時の本件土地の賃料相当額を算定すると、それが一ヶ月金三万〇六九〇円(円以下四捨五入)となることは計数上明白なところである。

前掲鑑定の結果は、一部に計数上の誤りがあり、かつ管理の費用をみない点において、当裁判所とその見解を異にするものであつて、全面的に採用するわけにはゆかない。

証人北河勝一≪中略≫の各証言及び被告本人尋問の結果によると、右証人及び被告らは比隣の土地の賃料が、本件土地の従前の賃料額に比してもなお低廉である旨を証言又は供述している。しかし、右証言にあらわれた北河勝一が一ヶ月坪当り金一六〇円で賃借しているという中央区日本橋浪花町一〇番地の土地は、本件土地よりも都電通りからかなり遠いのみか、現在賃貸人との間で賃料増額に関し係争中ということであり、また定兼文松が賃借している同町八番地の土地は、地代家賃統制令の適用あるもの(原告本人尋問の結果によつて明らかであると)いうことであつて、いずれも本件土地とはその情況を異にするものであるから、本件土地の賃料と比較すべき対象とすることはできない。その他三田三郎、須田功次郎、飯田芳孝及び河野某らの賃借している土地もこれと同様、本件土地と同一情況のもとにあるものではない。ただ、本件土地に程近い青山、大留、牧野らの賃借する土地の賃料は最高一ヶ月坪当り金二五〇円ぐらいであることが認められるが、他方原告本人尋問の結果及びこれにより成立を認め得る甲第二号証、同第三号証によると、本件土地よりも立地条件の悪いと考えられる土地でも一ヶ月坪当り金五〇〇円から金五七〇円の賃料のところもないわけではないから、右の事実を以て直ちに本件土地の賃料についての右認定を覆すに足りるものということはできない。

なお、被告は本件土地を賃借するに当り名義書換料として金六二万円を支払つたことを以て、原告の賃料増額を不当と主張するのであるが(右名義書換料支払の事実は成立に争いのない乙第一号証及び原被告各本人尋問の結果によつて認めることができる、)、右金員の領収書である乙第一号証にすら、賃料の増減を妨げない旨明記されているのであるから、この点を以て本件増額請求を不当とするのは当らないというべきであろう。

してみれば、本件土地の賃料は、原告のした右増額請求の意思表示によつて一ヶ月金三万〇六九〇円まで増額せられたものというべきである。しかして、被告が原告のした増額請求の効力を争い、従来どおりの賃料額をのみ供託していることは、成立に争いのない乙第二号証及び本件弁論の全趣旨によつて明らかであるから、原告は右認定の増額賃料につき将来にわたつても支払の宣言を求める必要のあることが明らかである。

よつて、原告の本訴請求を、右認定の限度において正当として認容することとし、その余の請求を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木醇一)

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