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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)7398号 判決 1965年1月19日

原告 飯塚長作

右訴訟代理人弁護士 大野重信

被告 三陽紙工株式会社

右代表者代表取締役 新谷正男

被告 新谷正男

右両名訴訟代理人弁護士 小倉俊夫

主文

1、原告が被告新谷に対し、別紙物件目録記載の土地のうち(イ)(ハ)(レ)(ト)(イ)の部分を通行する権利を有することを確認する。

2、被告新谷は、原告が通行のため右土地を使用することを妨害してはならない。

3、被告らは各自原告に対し金二一万円およびこれに対する昭和三七年一〇月二〇日から完済まで年五分の金員を支払え。

4、原告のその余の請求はこれを棄却する。

5、訴訟費用のうち原告に生じたものの二分の一は原告の負担とし、その他は被告らの負担とする。

6、第三、第五項は仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は

1、原告が被告新谷に対し、別紙物件目録記載の土地を通行する権利を有することを確認する。

2、被告新谷は原告が通行のため右土地を使用することを妨害してはならない。

3、被告新谷は原告に対し、別紙物件目録添付図面の(イ)(ヌ)を結ぶ線上に設置した高さ五尺八寸、幅四間三尺の有刺鉄線付板塀ならびに(イ)の点に設置した高さ六尺の門柱および高さ五尺幅六尺の板扉を撤去せよ、

4、被告らは原告に対し各自金三五万円およびこれに対する昭和三七年一〇月二〇日から完済まで年五分の金員を支払え、

5、訴訟費用は被告らの負担とする、

との判決と、第三、第四項について仮執行の宣言を求め、請求原因として次のとおり述べた。

(一)  被告新谷は訴外豊田志ん子から豊島区池袋一丁目五三番地宅地五二六坪八勺のうち約四〇〇坪を賃借していたが、原告は右豊田の承諾を得て、昭和二九年二月二日同被告からそのうち一八坪一合(別紙図面(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ト)の部分)の借地権を代金五四万円で譲受けた。

(二)  右一八坪一合の土地は、西側は訴外星野宗太郎の、南側は訴外寿センターマーケットおよび訴外坂村三吉の、東側は訴外星野キクの各所有建物に接着し、その北側だけが別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)を経て公路に接続するものである。

(三)  したがって原告は被告新谷から右一八坪一合の借地権を譲受けるに際し、同人から本件土地を通行することの承諾を受けた。

(四)  そして原告は右一八坪一合の土地に建坪約四坪附属三坪の倉庫を建築した。原告は右倉庫から南約五〇米離れた場所に店舗兼居宅を有し、豊島青果販売株式会社として青果商を営んでいたから、右倉庫に荷物を出し入れするため、原告、家族および従業員ならびに原告の経営する訴外豊島青果販売株式会社の小型貨物三輪車が本件土地を通行して昭和三三年三月頃に及んだ。

(五)(1)  被告新谷は被告会社の代表者であり、被告会社は同被告から本件土地を含む北側隣接地約三五〇坪を転借して使用していたものであるが、原告らが右のように本件土地を通行することに異議なくこれを許容していた。

(2)  ところが原告が昭和三三年三月頃右借地上に旧倉庫を取毀し、木造瓦葺二階建居宅兼倉庫建坪一四坪二階一四坪を新築しようとしたところ、被告らは突然別紙図面(ト)(ル)(オ)(ロ)を結ぶ線上に高さ約四尺の有刺鉄線を張り巡らした上、同図面(イ)(ニ)の点に高さ約六尺の門柱および幅五尺、高さ六尺の板扉を作り、本件土地と公路との通行を閉鎖遮断して通行不能にした。

(六)  そこで原告は昭和三三年四月七日訴外弁護士岡得太郎を代理人とし、豊島簡易裁判所に囲繞地通行権確認の調停申立をした。被告新谷は右調停に応じないので、原告は已むを得ず右調停を取下げたが、右弁護士には手数料として金三万円を支払った。

(七)(1)  原告は右のように有刺鉄線を張り巡らされたため、玄関は使用できずこれを閉鎖し、已むを得ず倉庫入口から別紙図面(ヨ)(ル)(オ)(ロ)(タ)(ヨ)を結ぶ線内の幅員僅か二尺七、八寸の部分を通行する外なく、しかも同図面(レ)(ヌ)(イ)(タ)(レ)を結ぶ線内の部分は訴外星野キクの借地上を通行していたものである。

そのため家人や来客は右通行の際屡々右鉄線に触れて着衣を破損し、来客の信用を失うことも多大であって、このような状態は昭和三三年三月から同三七年三月まで四年間に及んだ。

(2)  右のように原告は被告らの行為により、昭和三三年三月から同三七年三月まで四年間にわたって日常生活上多大の苦痛を受けた。その蒙った精神上の衝撃、苦痛に対する慰藉料は金二〇万円が相当である。

(八)(1)  原告は昭和三七年三月一七日大野重信を代理人として豊島簡易裁判所に対し、別紙図面(ト)(ル)(オ)(ワ)を結ぶ線上に設置した有刺鉄線の除去ならびに(イ)(ハ)(レ)(ト)(イ)を結ぶ線内の部分の通行妨害禁止の仮処分申請をし、その旨の仮処分決定を得たが、原告は右仮処分事件の手数料として弁護士大野重信に金三万円を支払った。

(2)  右通行妨害禁止仮処分を申請した土地の範囲は仮処分決定を迅速に得るため争を避け、建築確認通知書によって通行に必要な最小限の部分を限定したものであるが、原告が被告新谷から通行の承諾を得た範囲は前述のとおり本件土地の全部に及ぶものである。

(3)  前記岡、大野各弁護士に支払った合計金六万円は、原告が被告らの行為に対し法律上の救済を求めるため已むを得ず支出したものである。

(九)  被告らはその後(ル)(オ)(ロ)線上の有刺鉄線を除去し、昭和三八年九月一七日突然図面(イ)(ヌ)を結ぶ線上に高さ五尺八寸、幅四間三尺の有刺鉄線付板塀を張り巡らした。

原告の家族および従業員らは被告らが夜間図面(イ)(ニ)線上の板扉を閉じてしまうので、図面(イ)(タ)の間を通行していたところ右板塀のため夜間の通行は不可能となっているものである。

(十)  原告は被告らが本件土地に前記(五)の有刺鉄線を張り巡らす前は、原告の経営する訴外豊島青果株式会社の貨物自動車二台を右通路に駐車していたものであるが、被告らが右通路を閉鎖したので駐車できなくなり、已むを得ず他に車庫を月二、〇〇〇円で賃借し、昭和三三年三月以降同三七年三月末日まで四年間合計金九万六、〇〇〇円の賃料を支払った。

(十一)  よって原告は、被告らに対し次のとおり請求する。

(イ)  被告新谷に対し原告が本件土地を通行する権限を有することの確認、

(ロ)  被告新谷に対し原告が右土地を通行のため使用することの妨害禁止、

(ハ)  被告新谷に対し前記(五)の門柱、板扉および(九)の板塀の除去、

(ニ)  被告ら各自に対し前記(七)の金二〇万円、(六)(八)の合計金六万円、(十)の金九万六、〇〇〇円のうち金九万円、以上合計金三五万円とこれに対する弁済期後の昭和三七年一〇月二〇日から完済まで民法所定年五分の損害金の支払、

被告ら訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

(一)  原告の請求原因(一)(二)の事実および被告新谷が原告に対し本件土地の一部を通行することを承諾した事実は認める。

(二)  原告は右借地上に物置小屋を建てて使用するということであったから、人の出入のため約三尺幅程度の通路を共同使用させれば充分であると考えており、その限度の通行を認めたにすぎない。原告の主張するように本件土地全部について通行を認める考えは毛頭なく、また原告が自動車を乗り入れたり、駐車させたりすることは被告らの全く予期しなかったことである。

もし原告主張のように本件土地全部について通行を認める趣旨が表示されているとすれば、それは表示の錯誤であるから無効である。常識的に考えても、僅か一八坪一合の土地の借地権を譲渡するため、約二〇坪にも及ぶ本件土地全部の利用について、被告らに多大の支障を来すような契約を結ぶ筈がない。

証拠関係≪省略≫

理由

一、請求原因(一)(二)の事実および被告新谷が右借地権を譲渡する際原告に対し、本件土地を公道から右一八坪一合の借地への通路として使用することを承諾した事実は当事者間に争がない。ところが原告が通行のため使用できる土地の範囲や通行の態様については争があるので、まずこの点について判断するに、≪証拠省略≫によると次のような事実を認めることができる。

原告は本件土地から約五〇米離れた場所に居宅があり、そこで青果商である豊島青果販売株式会社を経営しており、前記一八坪一合の借地には青果物の倉庫を建てるという話であったこと、右会社は小型三輪車二台を使用して青果物を運搬していたこと、原告が通路にする部分の借地権も譲渡して貰いたいと申入れたところ、被告新谷は、改めて契約をしなくても本件土地を通ればよいと答えたこと、仲介の鈴木が口約束だけでは後日争になったとき困るからといって書面にしたこと、右書面には、原告が一八坪一合の借地に倉庫を建設したとき、荷物の出し入れに際し被告新谷は隣接の自己の借地を支障のない限りにおいて通行させる旨の記載があること、被告新谷は本件土地とその西側合計約三五〇坪を自分が代表取締役である被告会社に使用させており、被告会社はトラック四台を使用して、本件土地を奥への出入口として使用していたこと、以上のとおり認めることができる。

以上認定の事実によれば、通行の範囲や方法については、特にこれを明示して定めたものと認めるに足る証拠はないので、当事者の意思を合理的に解釈してその内容を定める外ないところ、原告としては人の通行ばかりでなく、荷物の出し入れのため少なくとも前記三輪車の通行をも必要とする状態にあったもので、被告新谷もこれを許容していたものと認めるのが相当である。一方被告新谷としては、原告に通行を認めればそれだけ本件土地の利用や処分について制約を受けることになるのであるから、この範囲や方法はできるだけ制限されたものであることが望ましく、結局右範囲は原告の前記使用に必要かつ十分な範囲に限られるものといわなければならない。

右のような見地から前記契約をみれば原告の通行権は、人の通行ばかりでなく自動車の乗入れをも含むことは前述のとおりであるが、それは通行および停車だけで、駐車を含まないのは勿論、その使用できる範囲は別紙図面(イ)(ハ)(レ)(ト)(イ)の部分に限られるものといわなければならない。なぜかといえば通行のためだけを考えれば、幅員二米もあれば、人の通行は勿論、車幅一米五〇程度までの車は容易に通行できるから、この部分が前記原告の使用に必要かつ十分な範囲にあたると解するのが相当だからである。もっとも右のように解すると(イ)(ハ)(レ)(ト)(イ)の部分だけでは一時に二台の自動車を入れる場合とか、方向転換をする場合に不便を感ずるであろうが、原告としては本来自己の借地内に空地を残しておき(建築基準法五五条の関係からいっても当然空地を残さなければならない)、右空地と(イ)(ハ)(レ)(ト)(イ)の部分を合せて、そのような場合にも支障のないように工夫しておくべきものであろう。

以上のことは、原告が右借地権譲受後間もなく一八坪一合の借地内に間口一間半奥行四間の倉庫を建て、傍に差掛を作って車庫としていたが、自分の借地内にまだ十分な空地があり、車の荷物の積おろしはそこでやっていて、本件土地はただ通行のためにだけ利用していたこと、一方被告側でも、原告が右倉庫内の荷物の出し入れに前記三輪車を本件土地に乗入れていたのに対し、昭和三三年三月頃までは格別異議を述べたことがないことをみても、双方において黙示的に了解されていたものということができる。

被告新谷は錯誤をいうが、その主張が採用できないことは以上述べたところから明かであろう。

二、つぎに証人飯塚そめの証言と原告本人尋問の結果によれば請求原因(五)の(2)、(六)、(七)の(1)、(八)の(1)(3)の各事実を認めることができる。そして右認定の事実によると、被告会社は故意または過失によって原告の前記通行権を侵害したものであり、被告新谷は原告に右土地を通行させる債務を履行しなかったものであって、各自、原告がこれによって蒙った損害を賠償する義務がある。

(1)  まず原告が岡、大野両弁護士に支払った手数料合計金六万円は、原告が被告らの前記行為に対し法律上の救済を求めるため已むを得ず支出したものであり、その額も相当なものと認められるから、被告らはこの損害を賠償しなければならない。

(2)  つぎに原告が被告らの前記行為によって受けた精神上の苦痛はかなりのものであったと認められ、被告らはこれに対し慰藉料を支払う義務がある。被告本人尋問の結果によると、被告らが(ト)(ル)(オ)(ロ)を結ぶ線上に有刺鉄線を張るに至ったのは、原告側が昭和三三年三月頃倉庫を取毀した古材や新築用の材木等を本件土地に特込んで右土地の一部をその置場として使用占有したため、被告会社の車が本件土地を通行するについて支障を感ずることもあったこと、新築家屋はアパートにするらしいと評判だったので、人の出入りが多くなると被告会社の用心が悪くなるから有刺鉄線で仕切りをする必要があったことの外に、原告は被告新谷に一寸倉庫を修繕するからといっただけで新築をしたこと、しかも被告新谷の借地である本件土地の一部約九坪をも新築家屋の敷地として建築申請をしているような不信な行為があったことがその理由であると認めることができる。

しかしながらかりにそのような事情があったとしても、被告らは前記賠償の義務を免れることはできない。もっとも被告らが支払うべき慰藉料の額を算定するに当っては、右のような被告側の事情をも考慮し、金一五万円をもって相当とする。

三、つぎに証人飯塚そめの証言と原告本人尋問の結果によると、被告らはその後(ル)(オ)(ロ)の有刺鉄線を除去したが、昭和三八年九月一七日(イ)(ヌ)の線上に高さ五尺八寸、幅四間三尺の有刺鉄線付板塀を張り巡らしたこと、被告らが夜間(イ)(ニ)の板扉を閉じてしまうので、原告の家族や従業員は図面(イ)(ヌ)の間を通行していたところ、右板塀が設置されたため夜間の通行に不便を感ずることもあることを認めることができる。

原告は被告新谷に対し(イ)(ヌ)の板塀を撤去するよう請求するが、原告らが公道から本件土地に入り、または本件土地から公道へ出るには、(イ)(ハ)間を通るべきものである。

(イ)(ヌ)はもともと被告新谷の借地と訴外星野キクの借地の境界線であるから、被告らはここに塀を設けることについて正当の利益を有するものであり、このことは原告らが本件土地を公道から原告の借地への通路として使用することに何らの妨げとなるものではない。また原告は被告新谷に対し(イ)点にある門柱および板扉を撤去するよう請求するがここに門柱や板扉が設置してあっても、そのこと自体は原告らの通行を妨害するものとはいえない。問題は板扉の開閉がどのようにして行われるかである。被告らが(イ)(ニ)の板扉を閉鎖することによって、原告らの夜間の通行が不可能であるというならば、原告らの側で必要な場合はこれを開閉することができるようにする等の方法で救済を求めるべき筋合であろう。

被告らがこれに応じなければ、そのときこそ原告らの通行を妨害したことになる。

以上のとおりであるから、(イ)の門柱および板扉ならびに(イ)(ヌ)の板塀の撤去を求める原告の請求は失当である。

四、また原告が車庫賃借料相当の損害を蒙ったとの点については、右請求の意味が原告が本件土地を駐車のために使用できるものであることを前提とするものであるならば、その許されないことは前に説示したところからも明かであろう。右請求が原告が自己の借地内に駐車することを妨げられたことによる損害をいうのであれば、原告の借地上に駐車のための空地や施設があったことについて立証がないから、これを認めることができない。

五、以上の次第であるから原告の本訴請求のうち、原告が(イ)(ハ)(レ)(ト)(イ)の部分について、被告新谷に対し通行権を有することの確認を求める部分、被告新谷に対し原告が右部分を通行するについてその妨害禁止を求める部分、被告ら各自らに対し合計金二一万円とこれに対する損害金の支払を求める部分は正当として認容し、その余は失当として棄却する。

よって訴訟費用について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 中島一郎)

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