大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和37年(ワ)76号 判決 1962年12月12日

判   決

原告

第一産業株式会社

右代表者代表取締役

加藤泰一

右訴訟代理人弁護士

和久井宗次

安原正之

右輔佐人弁理士

樺沢義治

樺沢嚢

樺沢悼

被告

日本広発株式会社

右代表者代表取締役

亀山茂雄

右訴訟代理人弁護士

猪股正哉

右訴訟復代理人弁護士

藤本博光

右当事者間の昭和三七年(ワ)第七六号特許権侵害行為差止等請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求は、いずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

原告の訴訟代理人は、「一被告は、別紙(一)記載の電光ニユースの燈光点滅装置を生産し、譲渡し、貸し渡してはならない。二被告は、原告に対し、金四百万二千百十八円及びこれに対する昭和三十七年一月二十日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。三訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに右一及び二について仮執行の宣言を求めた。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

(請求の原因)

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

一原告は、次の特許権を有する。

特許番号 第一八五、二四八号

発明の名称 水銀を用いた電光ニユースの燈光点滅装置

出   願 昭和二十四年八月十一日

出願公告 昭和二十五年七月十一日

登   録 昭和二十五年十一月二十七日

二本件特許発明の願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載は、別紙(二)該当欄記載のとおりである。

三本件特許発明の要旨及び作用効果は、次のとおりである。

(一)  本件特許発明の要旨

(1) 各燈球に連なる数多の端子を、その上面が下部固定接点となるように、接点開閉箱の底板に設けたこと。

(2) 下部固定接点と、その対応する上部固定接点との間に、水銀を貯えたこと。

(3) 絶縁材製の穿孔文字帯による上記各下部固定接点と上部固定接点との接続開閉作用を、水銀を介して行うこと。

(二)  本件特許発明の作用効果

(1) 接点の開閉に水銀を用いたので、穿孔文字帯の移動が円滑で、電路開閉作用が確実であること。

(2) 多数の特別な接点材料を必要としないので、構造が極めて簡単で、製作が容易であること。

四被告の製作、販売する電光ニユースの燈光点滅装置(以下被告の装置という。)の構造は、別紙(一)記載のとおりである。

五被告の装置の構造上及び作用効果上の特徴は、次のとおりである。

(一)  構造上の特微

(1) 各燈球1(番号は、別紙(一)の図面に附されているものを示す。以下被告の装置について同じ。)に連なる数多の端子2を、その下面が上部固定接点となるように、回動自在の可動接点盤3に設けたこと。

(3) 上部固定接点と、その対応する下部固定接点4との間に蒼鉛錫、鉛及びカドミウムの配合による溶融金属合金5を貯えたこと。

(3) 絶縁材装の穿孔文字帯6による上記各上部固定接点と下部固定接点との接続開閉作用を、加熱により流動状態になつた溶融金属合金を介して行うこと。

(二)  作用効果上の特徴

本件特別発明の作用効果と同一である。

六被告の装置は、本件特許発明の技術的範囲に属する。すなわち、

(一)  本件特許発明と被告の装置とは、いずれも、各燈球に連なる数多の端子を接点とし、この接点と、これに対応する接点との間に、液状金属電気導体を貯え、絶縁材製の穿孔文字帯による上記一方の接点と、他方の接点との接続開閉作用を液状金属電気導体を介して行うこと、としたものである。

(二)  本件特許発明は、各燈球に連なる数多の端子を、その上面が下部固定接点となるように接点開閉箱の底板に設けたのに対し、被告の装置においては、各燈球に連なる数多の端子をその下面が上部固定接点となるように可動接点盤に設けられている。しかし、本件特許発明の願書に添附した明細書の発明の詳細なる説明欄には、数多の端子の上面が下部固定接点となるように接点開閉箱の底板に設けたことについて、格別の目的、作用及び効果の記載がなく、また、本件特許発明の右構造は、上部固定接点と下部固定接点とを水銀を介して、電気的に接続する作用を目的とするものであり、被告の装置においても、上部固定接点と下部固定接点とを加熱により流動状態になつた溶融金属合金を介して、電気的に接続する作用を目的とするものであるから、両者の構造上の相違は、設計上の微差にすぎない。

(三)  本件特許発明は、上部固定接点と下部固定接点との接続作用を水銀を介して行うのに対し、被告の装置は、それを加熱により流動状態になつた溶融金属合金を介して行つている。しかし、本件特許発明が水銀を用いたのは、水銀の流動性と導電性とを利用して、接点の開閉作用を確実にすることを目的としたものであり、被告の装置も、溶融金属合金の流動性と導電性とを利用して、接点の開閉作用を確実にすることを目的としたもので、その作用効果は同一であるから、溶融金属合金は水銀と同効資料である。

七差止請求

被告は、業として、被告の装置を製作、販売して、原告の特許権を侵害し、将来も、これが製作、販売をつづけて原告の特許権を侵害するおそれがある。よつて、原告は、被告に対し、その侵害の停止及び予防を請求する。

八特許権侵害に基く損害賠償請求

(一)  被告は、次の日時、個所に、その製作した被告の装置を販売して取りつけた。

(1) 昭和三十六年五月 高松市寿町一丁目二番地琴参ビル

(2) 同年六月 長崎市西浜町六十番地協和銀行長崎支店屋上

(3) 同年七月 横浜市西区北幸町一丁目六番地相鉄ビル屋上

(二)  被告は、本件特許権の共有者であつたことがあるから、被告の装置を製作、販売することが原告の特許権の侵害となることを知つていたものである。かりに、そうでないとしても、電光ニユース装置の製作業者として、被告がこれを知らなかつたのは、過失によるものである。

(三)  原告は、被告が前記被告の装置を製作、販売して原告の特許権を侵害したため、金四百万二千百十八円の得べかりし利益を失い、同額の損害をこうむつた。すなわち、

(1) 昭和三十六年五月頃、原告と日建設計工務株式会社との間に、香川県農協会館に取りつけるべき電光ニユース装置を金四百十五万金で製作、販売する商談が進行していたが、その隣接ビルである琴参ビルに被告の装置取つけの工事が始つたため、日建設計工務株式会社は原告に対する注文を見合せるに至つたので、原告は、その製作、販売によつて予定した得べかりし利益金百四十三万九千八百三十円を失つた。

(2) 原告は、前記協和銀行長崎支店屋上の電光ニユース装置について、金三百三十一万七千四十円にて工事見積をし、注文者との間に商談進行中、被告が右装置の製作の注文を受け、被告の装置を製作、販売したため、原告は、その製作、販売によつて予定した得べかりし利益金百二十三万五千六十円を失つた。

(3) 原告は、前記相鉄ビル屋上の電光ニユース装置について、金三百八十八万七千五百円にて工事見積をし、注文者との間に商談進行中、被告が右装置の製作の注文を受け、被告の装置を製作、販売したため、原告は、その製作、販売によつて予定した得べかりし利益金百三十二万七千二百二十八円を失つた。

よつて、原告は、被告に対し、右合計金四百万二千百十八円及びこれに対する不法行為ののちである昭和三十七年一月二十日から支払いずみに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(四)  前記主張が理由がないとしても、本件特許発明の実施に対し特許権者が通常受けるべき金銭の額は、電光ニユース装置一台について金五十万円、三台で合計金百五十万円が相当であるから、原告は、被告に対し、特許法第百二条第二項の規定により、原告の受けた損害の額として、右金百五十万円の支払いを請求する。

九特約に基く損害賠償請求(予備的請求原因。)

以上の特許権侵害に基く損害賠償請求が理由がないとしても、原告は、被告に対し、特約に基き、金四百万二千百十八円の損害の賠償を求める。

(二) 原告は、昭和三十四年七月十三日、被告と次の内容の契約をした。

(1)  原告の有する特許発明及び登録実用新案(特許第一八五、二四八号及び同第一八二、一七〇号の特許権並びに登録新案第三七一、二三二号、同第三七六、一〇七号及び同第三七六、一〇八号の実用新案権)の実施にかかる電光ニユース装置につき、需要者から、被告が原告に先きだつて注文を受けたときは、被告は直ちに原告に通知して、原告の指定する取引条件により、原告の製作、又は供給する電光ニユース装置の販売を仲介する。この場合は、原告は被告に対し一定の販売仲介料を支払うものとすること(第一条)。

(2)  被告は、原告の有する特許発明及び登録実用新案の実施による電光ニユース装置の製作、販売及び第三者の製作又は供給する電光ニユース装置の販売又は販売の仲介、並びに、みずから上記以外の電光ニユース装置の製作、販売をしないこと(第二条)。

(3)  原告又は被告が、この契約に違反したときは、相手方は、直ちに一方的にこの契約を解約し、かつ、損害の賠億を求めることができること(第五条)。

(二) 被告は、前記八の(一)のとおり、昭和三十六年五月から同年七月までの間に、高松市琴参ビルほか二個所に取りつけた被告の装置を製作、販売し、よつて、右契約第一条又は第二条の規定に違反した。

(三) 原告は、被告の右契約違反により、金四百万二千百十八円の損害をこうむつた。すなわち、

(1)  被告が高松市琴参ビルの電光ニース装置を製作、販売しなかつたならば、原告は、昭和三十六年五月頃、香川県農協会館の電光ニユース装置を製作することができ、よつて、金百四十三万九千八百三十五円の利益を得ることができたはずである。しかるに、被告が琴参ビルの電光ニユース装置を製作したため、原告はこれを製作、販売をすることができなくなり、同額の得べかりし利益を失つた。

(2)  被告が協和銀行長崎支店屋上及び相鉄ビル屋上の電光ニユース装置を製作、販売しなかつたならば、原告は、昭和三十六年六月及び同年七月に、右電光ニユース装置を製作、販売することができ、これにより、協和銀行長崎支店屋上の分については金百二十三万五千六十円の利益を、相鉄ビル屋上の分については金百三十二万七千二百二十八円の利益を、それぞれ得ることができたはずである。しかるに、被告がこれらの電光ニユース装置を製作、販売したため、原告はこれを製作、販売することができなくなり、同額の得べかりし利益を失つた。

(四) よつて、原告は、被告に対し、金四百万二千百十八円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三十七年一月二十日から支払いずみに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(五) 被告の抗弁事実は、否認する。

(訴の変更について)

十原告が特許権侵害に基く損害賠償の請求原因に特約に基く損害賠償の請求原因を追加しても、その請求の基礎に変更はないから、この訴の変更は適法である。すなわち、前者は、原告の特許権侵害に基く損害賠償請求であり、後者は、右特許発明の実施品の製作、販売に関し、原、被告間に成立した契約上の債務の不履行による損害賠償請求である。したがつて、両者は、そのよつて立つ事実関係に関連性がある。

(被告の主張)

被告訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。

一請求原因一から四までの事実は認める。

二同五のうち、(一)の事実は認めるが、(二)の事実は否認する。

三同六のうち、本件特許発明と被告の装置には、原告主張のとおりの構造上の差異があることは認めるが、その余の事実は争う。被告の装置は、本件特許発明の技術的範囲に属しない。すなわち、

(一)  本許特許発明は、特許第八〇、三一七号の特許権の明細書により明らかなように、発明としては、出願前公知に属するものである。しかるに、これが特許を受けることができたのは、明細書に記載されている特定の具体的構造の、水銀を用いた電光ニユースの燈光点滅装置が、新規性あるものと認められたからであると解すべきである。したがつて、本件特許発明の技術的範囲は、右明細書に記載された実施例と一致する対象に限られるべきものである。しかるに、被告の装置は、本件特許発明の「各燈球に連なる数多の端子を、その上面が下部固定接点となるように、接点開閉板の底板に設けること。」及び「水銀を用いること。」の要件を欠いているから、本件特許発明の技術的範囲には属しない。

(二)  かりに、右主張が理由がないとしても、被告の装置は、本件特許発明の技術的範囲に属しない、すなわち、

(1) 本件特許発明の願書に添附した明細書の特許請求の範囲欄及び発明の詳細なる説明欄の記載並びに特許第一九一、四七八号の特許権の特許公報によると、本件特許発明は、右燈球に連なる数多の端子を、その上面が下部固定接点となるように接点開閉箱の底板に設けた装置に限定されるものというべきである。しかるに、被告の装置は、各燈球に連なる数多の端子を、その下面が上部固定接点となるように、可動接点盤に設けたものである。

(2) 本件特許発明の数多の端子の上面が下部固定接点となるようにした構造では、水銀の下を穿孔文字帯が通過するため、水銀の重量を受けて、時には、水銀が穿孔文字帯の下面に入り、その部分の燈球が全部点燈することがあり、また、これを防止するためにローラー等を設けると、水銀の重量のほかに、これらの附加装置の荷重が加わつて、穿孔文字帯自体が底板との摩擦抵抗を受けて破損することが少なくない。被告の装置においては、数多の端子の下面が上部固定接点となるようにしたから、このような欠点は全くない。

(3) 本件特許発明においては、穿孔文字帯の装着又は数多の端子の補修をするには、水銀を接点開閉箱から取り出さなければならない。被告の装置では、可動接点盤を回動自在の構造にしたため、穿孔文字帯の装着又は数多の端子の補修が極めて簡易である。

(4) 被告の装置に用いる溶融金属合金は、特許第二六六、三九九号の特許にかかるものであり、電光ニユース装置の接点用として、すぐれた作用効果を有する。すなわち、

(い) 本件特許発明に用いる水準は、常温で蒸発し、とくに電光ニユース装置の使用時には、加熱により蒸発は盛んとなり、この水銀蒸気は人体に有害であり、従業員の健康を害する。溶融金属合金は、人体に対する危険性が全くない。

(ろ) 本件特許発明においては、六ワツト以上の電球を使用するときは、加熱により水銀の蒸発がはげしくなり、従業員の作業に不適当となるため、六ワツト以上の電球を使用することができないのに対し、被告の装置においては、二十四ワツト以上の電球を使用することができ、したがつて、昼間でも電光ニユース装置として利用できる。

(は) 溶融金属合金は、水銀に比較して廉価である。

四請求原因七のうち、被告が業として、被告の装置を製作、販売していることは認めるが、その余の事実は争う。

五同八のうち、(一)の事実は認めるが、(二)から(四)までの事実は争う。

原告が電光ニユース装置の製作の注文を失つたのは、被告が原告主張の個所に取りつけるべき被告の装置を製作、販売したためではなく、原告の電光ニユース装置に用いる水銀の有毒性が注文者から嫌われたからである。したがつて、原告には、右個所の電光ニース装置の製作を受注できる可能性はなかつたのであるから、得べかりし利益を失うということはありえないことである。

六、請求原因九について。

(一)  被告は、従来の特許権侵害に基く損害賠償の請求に、特約に基く損害賠償の請求を追加した。しかし、右請求の追加的変更は、請求の基礎に変更があるから許されないものである。すなわち前者は、原告の特許権を被告が侵害したことを前提として損害賠償を求めるものであるのに対し、後者は、販売仲介及び競業競業禁止の特約に被告が違反したことを理由として損害賠償を求めるものである。したがつて、両者は、そのよつて立つ事実関係を異にし、なんらの関連性がないから、請求の基礎を共通にするものではない。

(二)  請求原因九の事実は否認する。かりに、原告主張の契約が成立したとしても、右契約に基く損害賠償の請求は、以下に述べる理由により失当である。

(三)  原告主張の昭和三十四年七月十三日の販売仲介及び競業禁止契約は、通謀していた虚偽表示であるから無効である。すなわち、被告代理人亀山茂雄と原告代理人棚山三好は通謀のうえ、被告が原告の製作又は供給する電光ニユース装置の販売を仲介し、第三者の製作又は供給する電光ニユース装置の売買又はその仲介を行わない旨を記載した契約書を作成し、販売の仲介及び競業禁止契約をしたかのように仮装したものである。

(四)  右販売仲介及び競業禁止契約は私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第三条及び第十九条の規定に違反するものであるから無効である。すなわち、日本国内における電光ニユース装置の製作業者は契約当時、原、被告のほか一事業者があつたのみで、これら三者は互いに競争関係にあつたところ、原告主張の競業禁止の契約は、被告の事業活動を排除し、又は支配することにより、電光ニユース装置製作事業における競争を実質的に制限するものであるから、同法第三条の規定に違反し、無効である。また、原告は、正当な理由がないのに、被告の事業活動を不当に拘束するところの、一切の電光ニユース装置の製作事業を禁止するという条件をもつて、被告と原告主張の販売仲介の契約をしたものであるから、右契約は同法第十九条の規定に違反し、無効である。

(五)  かりに、原告主張の販売仲介及び競業禁止の契約が有効であるとしても、右販売仲介及び競業禁止の被告の債務は、更改により消滅した。すなわち、原告代理人棚山三好と被告代表者亀山茂雄との間に、昭和三十四年七月十三日、原告はその有する電光ニユース装置に関する特許権について、被告に実施権を許諾し、被告は原告に対し右装置の一接点について金百三十円の割合で、実施料を支払う旨の契約が成立し、これにより、同日、原告主張の販売仲介及び競業禁止の被告の債務は消滅した。

(六)  かりに、前記主張が理由がないとしても、原告は、昭和三十五年七月二十七日右被告に対し、右契約を解除する旨の意思表示をした。

(七)  かりに、以上の主張がすべて理由がないとしても、原告主張の販売仲介及び競業禁止の契約には、その第二条但し書に、「ただし、やむをえない事情により被告が原告の有する特許発明及び登録実用新案の実施でない電光ニース装置の販売契約を行つた場合は、この限りでない。」旨の条項があるところ、被告は、次のとおりやむをえない事情により、原告主張の各個所に取りつけた、原告の権利とは関係のない被告の装置を製作、販売したものであり、右但書の条項に該当するものであるから、原告主張の契約に違反するものではない。

(1) 高松市琴参ビルの電光ニユース装置 この装置は、水銀を用いず、かつ、昼間も使用できるものという条件であつたから、原告の特許発明を実施することはできないものであり、かつ、注文者は、被告と親密な関係を有するものであつたので、被告がやむえず製作販売したものである。

(2) 協和銀行長崎支店屋上の電光ニユース装置 被告は、注文者から中古水銀用電光ニユース装置の再生の依頼を受けたので、一旦原告を紹介したが、その後、注文者から、水銀を使用するものは危険であるから、被告の装置で製作してもらいたい旨の依頼があつたので、やむをえず、被告が製作販売したものである。

(3) 相鉄ビル屋上の電光ニユース装置 被告は、注文者の相鉄ビルの役員から製作の依頼を受けたが、当時原告との間に話しが進行中とのことであつたので、これをことわつたけれども、注文者において、水銀を用いない被告の装置で製作してくれと強く要請されたので、原告と共同製作ということにしてくれれば、製作してもよい旨申し出、注文者において、原告に、被告と共同で製作するよう依頼したが、原告が拒否したため、やむをえず、被告が製作販売したものである。

証拠関係≪省略≫

理由

第一  特許権侵害に基く差止請求及び損害賠償請求について。

(争いのない事実)

一、原告が、その主張する特許発明の特許権者であること、本件特許発明の願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載が別紙該当欄記載のとおりであること及び被告の製作、販売する電光ニユースの燈光点滅装置の構造が、別紙(一)記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(被告の装置は本件特許発明の技術的範囲に属するか。)

二、被告の装置は、本件特許発明の技術的範囲に属しない。以下これを詳説する。

(一) 前掲当事者間に争いのない特許請求の範囲の記載に、成立に争いのない甲第二号証を参酌して考察すると、本件特許発明においては、「各燈球21(番号は、別紙(二)の図面に附されているものを示す。以下本件特許発明について同じ)に連なる数多の端子3を、その上面か下部固定接点となるように、接点開閉箱6の底板1に設け、これに対応する上部固定接点7を設けたこと。」をその構成上の必須要件の一としているものと認められる。

(二) 被告の装置のうち右に対応する部分(その均等性の点は、しばらくおく。)は、前記当事者間に争いのない事実によると、「各燈球1に連なる数多の端子2を、その下面が上部固定接点となるように可動接点盤3に設け、これに対応する下部固定接点4を設けた。」点である。

(三) 前掲甲第二号証及び鑑定人青木秀実の鑑定の結果を参酌して、本件特許発明における前記要件と、被告の装置における右構造とを、比較検討すると、本件特許発明と被告の装置とは、その構造及び作用効果において相違するから、同一技術思想の範囲内にあるということはできない。すなわち、本件特許発明においては、各燈球21に連なる数多の端子3を、その上面が下部固定接点となるように設け、これに対応する上部固定接点7との間に水銀20を貯えてあるので、絶縁材製穿孔文字帯17(通常その比重は一に近いものと解される。)と水銀20(水銀を被告の装置における溶融金属合金と置きかえても同じ。)とは、その比重の上で極めて大きな差があるから、絶縁材製穿孔文字帯17を水銀20による浮力に抗して下部固定接点と密接に接触させるのは容易でなく、そのため、底板1に凹溝4、5をローラ9、10に適合するように設けて、絶縁材製穿孔文字帯17が下部固定接点面に密接に接触するようにしているのに対し、被告の装置では、各燈球1に連なる数多の端子2を、その下面が上部固定接点となるように設け、これに対応する下部固定接点4との間に溶融金属合金5(水銀に置き換えても同じ。)を貯えてあるので、絶縁材製穿孔文字帯6は、溶融金属合金5のうえに浮上した状態になり、上下固定接点開閉作用のために必要である上部固定接点と絶縁材製穿孔文字帯6との接触が、本件特許発明に比し、容易に得られるからである。したがつて被告の装置は、この点において、本件特許発明の必須要件の一つを欠くものであるから他の点を比較するまでもなく、本件特許発明の技術的範囲には属しないものというべく、これに反する甲第十五号証(弁理士福田勧の鑑定書)の見解は、接点の上下配置に別段、技術的意味が認められないと断定する点において、すでに当を失し、到底賛成しがたく、他に右判断を左右するに足る証拠はない。

(特許権侵害に基く差止請求及び損害賠償請求)

三、以上のとおり、被告の装置が、本件特許発明の技術的範囲に属するものとは認められないから、これが技術的範囲に属することを前提とする原告の差止請求及び損害賠償の請求は、進んで他の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。

第二  特約に基く損害賠償請求

(請求原因の追加的変更が許されるか。)

一、被告は、(原告が従来の特許権侵害に基く損害賠償の請求原因に、予備的に特約に基く損害賠償の請求原因を追加したことは、請求の基礎に変更があるから、不適法である。」旨主張する。しかし、右両請求原因は、いずれも、被告が原告主張の個所に取りつけるべき電光ニユース装置を製作、販売したことにより、原告において損害をこうむつた事実を基礎とするものであるから、請求の基礎に変更はないものというべく、かつ、右予備的請求原因の追加により、著しく訴訟手続を遅滞させるものと認めることができないので、原告の請求原因の追加的変更は、適法というべきである。

(原、被告間の契約について。)

二、(証拠―省略)を総合すると、昭和三十四年七月十三日、原被告間に、

(一)  原告の有する特許発明及び登録実用新案(特許第一八五、二四八号及び同第一八二、一七〇号特許権並びに登録新案第三七一、二三二号、同第三七六、一〇七号及び同第三七六、一〇八号の実用新案権)の実施による電光ニユース装置(以下本機という。)の需要者より被告が原告に先き立つて引合を受けたときは、被告は、直ちに原告に通知して、原告の指定する価格、代金決済条件、その他の取引条件により、原告の製作又は供給する本機の販売を仲介することができるものとすること。この場合、原告は被告に対し、販売仲介料を支払うこと。

(二)  被告は、原則として、第三者の製作又は供給する電光ニユース装置の売買又は売買仲介を行なわないこと。但し、やむをえない事情により被告が原告の特許発明又は登録実用新案によらない電光ニユース装置の販売契約を行つた場合はこの限りでないこと。

(三)  原、被告の一方がこの契約に違反したときは、相手方は、直ちに一方的にこの契約を解除し、かつ、損害の賠償を求めることができること等を内容とする契約が成立したことを認定しうべく、右認定に反する被告代表者尋問の結果は、前掲証拠に照らし措信できないし、他にこれを覆えすに足る証拠はない。この点に関し、原告は、被告において、みずから、原告または第三者以外の電光ニユース装置の製作、販売をしない旨約したと主張するが、これを認めるに足る何らの証拠はなく、成立に争いのない甲第九号証によると、証人井端信雄の証言からも窺えるように、前記契約において、原告及び被告は、電光ニユース装置の改良発展については、相互に技術の提携をはかり、協議のうえ、互に相手方の特許、実用新案等を利用し合うべき旨を約した事実を推認することができ、この事実は、まさに、被告がみずから、独自の電光ニユース装置の製作、販売すべきことを前提としたものとみるが、むしろ自然のことであるから、原告の前示主張は全く理由がないというほかはない。しかして、原告は、被告が前記契約の(一)または(二)の約定に違反したから、(三)の条項に基き損害の賠償を求める旨主張するが、被告の装置が原告の有する特許第一八五、二四八号に係る特許発明の技術的範囲に属しないこと前段認定のとおりであり、かつ、原告の有する特許第一八二、一七〇号に係る特許発明並びに登録新案第三七一、二三二号、同第三七六、一〇七号及び同第三七六、一〇八号に係る登録実用新案の技術的範囲に属すると認めるに足る証拠はないから、被告が、被告の装置を製作、販売したことを目して、前記契約の違反であるとすることはできないことはいうまでもなく、他に被告が前記契約に違反した事実を認めるに足る資料は、一つとして存しない。したがつて、原告の右主張は、前記契約の効力等に関する被告の抗弁事実について判断をもちいるまでもなく、理由がないものといわざるをえない。けだし、このように、被告に違反の事実が認められない以上、被告の抗弁がすべて理由がないと仮定しても、被告は、なお、原告主張のような契約違反を理由とする損害賠償義務を有しないからである。

第三  むすび

以上説示したとおり、原告の本訴各請求は、いずれも、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 米 原 克 彦

裁判官 竹 田 国 雄

別紙(一)(二)≪省略≫

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例