東京地方裁判所 昭和37年(ワ)7617号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実と判断〕原告は請求原因としてつぎのとおり主張した。すなわち被告木崎物産株式会社は昭和三六年一二月二八日被告会社高梨産業宛に金額五〇〇万円満期昭和三七年三月三一日なる約束手形一通を振出し、みぎ手形は被告塩谷、訴外角川株式会社、訴外丸甲毛織株式会社の手を経て原告に順次裏書譲渡せられ、原告は現にその所持人であるが、満期に支払場所に呈示したが支払いを拒絶せられたので、被告らに対し合同して手形金の支払を求める。
被告らは手形振出の事実は認めたが、つぎのとおり抗弁した。被告高梨産業株式会社は被告塩谷に手形割引を依頼して本件手形を預けたところ、訴外角川株式会社代表者角川隆平は手形割引に籍口してみぎ手形を騙取し、もつて訴外丸甲毛織株式会社に対する自己の債務の弁済に充てようとして、丸甲毛織の代表者らとも共謀の上、昭和三七年二月二三日被告塩谷に対し裏書してくれれば手形を割引いてやるとうそを云つて、同人を欺し、右手形に裏書署名させ、その手形の交付をうけてこれを騙取し、更に右手形に自己が代表者をしている訴外会社角川の裏書署名をし、これを佐藤に交付した。それ故手形上の権利は依然として高梨産業株式会社にあり、被告塩谷、訴外会社角川、丸甲毛織はいずれも手形上の権利を取得したものではない。原告はみぎ無権利者たる訴外丸甲毛織から手形の裏書をうけたのであるが、その際右の事情を知悉しているが、すくなくともつぎにのべるような重大な過失があつたから右手形上の権利を善意取得しない。すなわち被告高梨産業株式会社は昭和三七年三月七日前記角川隆平、佐藤貞二、昭の三名を手形詐欺の被疑者として警視庁に告訴すると共に、右佐藤貞二に対しては本件手形が右のような詐取手形であることを同日付内容証明郵便で通知し、同月一二日ころ本件手形の支払場所たる東都銀行神田支店および手形取引所にたいし事故手形である旨の届出をし、同月二七日振出人に対しても同日付内容証明郵便で右詐欺の事情を説明し支払方中止を願出た。従つて原告が本件手形を取得するさい、振出人もしくは支払銀行へ照会する等調査をしたならば訴外会社丸甲毛織が無権利者であることを知りえた筈である。このような注意義務を欠いた原告には重大な過失があるといわねばならないと抗争した。
判決は原告が本件手形を通常取引の支払手段として交付を受けたものであるとの事実を認定した上、かような場合における手形取得者は裏書の連続する手形所持人たる相手方についてその者が真に権利者であるかどうかを調査する義務はないとして、つぎのとおり説明している。曰く。
「そこで、被告らの抗弁について判断するに、本件手形が被告ら主張のごとく詐取されたものであるかどうかはさておき、ともかく、証人佐藤貞二、同永谷晃久の谷証言によれば、原告会社と訴外丸甲毛織株式会社との間には、従前から毛糸販売の取引があり、これより生ずる売掛金債権について、原告会社は、右訴外会社より主として同社振出の手形もしくは他からの廻り手形を支払のために交付を受けて決済するを常として来たところ、本件手形もまた、右通常取引の支払手段として交付を受けたものの一つであつて、原告会社、右手形取得に際し、右訴外会社をもつて正当な権利者であると信じていたことが認められる。そして、このように通常手形の授受を伴う取引によつて手形を取得する者は、格別の事由がない限り、裏書の連続する手形の所持人たる相手方につき、その者が真に権利者であるかどうかを調査すべき義務を負わないと解するを相当とするところ、被告ら主張のごとき告訴、通知、届出等の事実をもつてしては、右格別の事由にあたるものではないというべく、そして他に右事由該当の事実を認めるに足りる証拠もないから、原告会社が右認定のように右訴外会社をもつて正当な権利者であると信じたことに、重大な過失はなかつたものといわなければならない。それ故、被告らの抗弁は、他の判断を加えるまでもなく、理由がないから、採用できない。」