東京地方裁判所 昭和37年(ワ)7750号 判決 1967年5月06日
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
当事者双方の申立及び事実上の陳述は別紙要約書記載(上段が原告、下段が被告)のとおりである。
証拠(省略)
別紙
要約書
(当事者双方の申立)
被告は原告に対し金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和三五年四月六日以降完済迄年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。との判決及び担保を条件とする仮執行の宣言。
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
(当事者双方の事実上の陳述)
(請求原因)
一、原告は海運業、被告は火災海上保険業を営むものであるところ、昭和三四年九月七日原告は被告との間で原告所有にかかる純屯数四〇五屯六六の汽船、第二快進丸を目的、被保険者原告、保険価格金三〇〇〇万円、保険金額同額航路定限A(日本沿海)、保険期間昭和三四年九月七日乃至昭和三五年九月七日、保険料二四三万一五〇〇円、填補金支払場所大阪市とする海上船舶保険契約(以下本件保険契約という。)を締結した。
二、同船は神奈川県川崎港から福岡県八幡港に至る航海の途中、昭和三五年三月二八日午後八時三〇分頃静岡県御前崎沖御前岩灯標より真方位一一九度距離二五〇米ばかりの地点において暗礁に乗揚げて破砕し全損に帰した。(以下本件事故という。)
三、よつて原告は被告に対し約定保険金三〇〇〇万円及びこれに対する保険金の請求をした日の翌日である昭和三五年四月六日以降商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(答弁)
冒頭の事実及び被告主張の約款条項はいずれも認める。
一、次の点を除き認める。本件曳航は第二快進丸の船長が独断専行したものであつて、被保険者でかつ保険契約者である原告の意思に基づかないものであるから、かりに右曳航によつて危険が著増したとしても、被保険者又は保険契約者の責に帰すべき事由によつたということはできない。そのことは約款第三条第五、第六号に被保険者又は保険契約者と船長とを区別していることからも明白である。また右曳航は船長が無人船である碧洋丸を無償で好意的になしたものに過ぎず、曳船である第二快進丸自身に危険を感じた場合には、いつでも曳綱を放つて自船の安全を保持できる立場にあつたから同条項にいう「危険の著しい増加」には該当しない。
二、通知をしなかつた点は認める。その余の事実は争う。
(一) 争う。被告主張の義務はない。
(二) 争う。
(三) 被告は船長の単なる針路取きめの誤ちを主張するに過ぎず、第二快進丸が普通航路に非ざる場所を航行したことにならないことは明らかであり、失当である。川崎港を出航して九州八幡港に至る普通航路は東京湾を出て伊豆半島沖、紀洲沖を経て大阪湾に入り瀬戸内海通過、下関海峡より八幡に至るのであるが、途中いかなる針路を選ぶかは気象その他を勘案して自己の責任において自由に決定できる事項である。針路と航路とは異なる。
(四) 法律上の意見を除き認める。特に(1)につき、原告が被告主張の譲渡契約をしたことは認めるが、これにより第二快進丸の所有権が西井汽船に移転したことは争う。(後記再抗弁のとおり。)
(五) 被告主張の海難報告書に碧洋丸曳航の事実の記載を脱漏したことは認める。その余の事実は争う。なお原告は右報告書を被告に提出する前に碧洋丸曳航の点を被告に通告している。
(再抗弁)
被告主張の譲渡契約(抗弁三の(四)の(1))には第二快進丸の所有権は原告が西井汽船に対し第二快進丸及び永久丸を引渡し、かつ、右代金(八二五万円)を完済したときに移転する旨の特約が付されていたところ、右代金の支払及び引渡はなされなかつたから、本件事故当時第二快進丸の所有権は西井汽船に移転していなかつたものである。
(答弁)
一、認める。
二、認める。
三、催告の事実は認める。
本件保険契約は別紙普通保険約款(以下単に約款という。)に基づいて締結されたものであるところ、
一、第二快進丸は総屯数四〇五屯六六の普通の貨物運搬船であつて所謂曳船ではないのに、昭和三五年三月二〇日、川崎港においてドロマイト五〇〇屯を積み切り、天候待ちをした後沈没後引揚げられ、仮修繕さえ未だなされていない、しかも自船よりも大きい碧洋丸(総屯数四〇八屯七五)を曳航し同月二三日愛媛県波止浜港に向け川崎港を出港して航行中本件事故を惹起したものであるから右は約款第六条に所謂「危険が保険契約者又は被保険者の責に帰すべき事由によつて著しく増加したとき」に該当するから同条により本件保険契約は第二快進丸が川崎港を発航した時から、その効力を失つたものである。
なお別紙「約款第六条(危険の変更)について」参照。
二、かりに右「前記危険の著増」が被保険者又は保険契約者の責に帰すべき事由によつたものといえないとしても、約款第七条は危険が保険期間中、保険契約又は被保険者の責に帰すことのできない事由に因つて著しく増加したヽヽヽヽ場合に於て保険契約者又は被保険者が右事実を知つたときは遅滞なく書面を以てこれを保険者である被告に通知することを要する。もし右通知を怠つたときは、被告は危険の変更又は増加の時から保険契約が失効したものと看做すことができる旨規定しているところ、保険契約者で、かつ被保険者である原告は碧洋丸を曳航するという、危険の著増の事実を保険者である被告に通知しなかつた。従つて第二快進丸が碧洋丸の曳航を開始したとき、本件保険契約はその効力を失つたものである。
三、かりに右主張が採用されないとしても、被告は次のいずれかの理由により本件事故により生じた損害を填補する責任はない。
(一) 前記のとおり碧洋丸は難波船であるから、同船を曳航するには、これについて、主務官庁の回航認可を受けるべきであつたにもかかわらず、第二快進丸はこれをしていなかつたから、第二快進丸は約款第四条第一号に所謂「船舶が発航の当時安全に航海を為すに必要な準備をなさず、若くは必要な書類を備えず、又は必要な官庁の検査を受けることを怠つた場合」に該当する。なお回航認可を受けるべき義務の根拠は船舶安全法第五条第一項第三、四号(同法施行規則第五八条)である。
(二) 約款第三条第五号によれば保険契約者、被保険者、保険金受取人又はこれらの者の代理人若くは使用人の故意又は重大なる過失によつて生じた損害については被告は填補の責を負わない約定であつたところ、本件事故は第二快進丸の船長(被保険者の使用人としての)の故意又は重大な過失によるものであるから被告はこれについて責を負わない。
即ち
第二快進丸は昭和三五年三月二八日午後三時頃避泊港である妻良子浦を出港したが、当時船長は、「午後になると南西の風が強くなり、夜になると弱くなる」との海上の気象状況を承知しており、かつ、前記碧洋丸を曳航していたのであるから、妻良子浦から西航する場合には著しく北東に圧流され御前岩及びその近傍に所在する暗礁洗岩等の地点に坐洲礁する
危険を慎重に考慮して御前岩附近を安全に航行するように航路計画乃至は針路を決定し、かつ、航行中常に右の危険を配慮しつつ操航すべき注意義務があつたにもかかわらず妻良子浦を出港すると間もなく、針路を西にとり、後に南西徴南に転針し、御前岩灯標より約半マイル離して航行すべく、当時徐々に南西風が強くなりつゝあつた中を、続航を決意し、右南西の風による北東方への偏流を考慮することなく、しかも自船よりも大きい碧洋丸を曳航していたことから益々風潮の影響が大であることに注意せず、慢然御前岩灯標に著しく接近する針路を定めたため本件事故を惹起するに至つたものであつて、右は船長の航路計画の樹立、とくに碧洋丸を曳航している場合の風潮の影響の判断及び本件事故に至るまでの操船において重大な過失があつたものというべきである。
(三) 第二快進丸は川崎港を一旦出港後途中悪天候のため静岡県金田湾及び妻良子浦へ避難し、同月二八日妻良子浦を出港し、最初針路をコンパスで西としたが、その後南西微南に転針して御前岩灯標の南方を半マイル(〇、九キロ)離れて航行しようとしたため本件事故を起したものであるが、御前崎灯標の附近は航海上の最重要資料である日本水路誌によれば、御前崎灯台から少くとも六マイル、またその東方にある御前岩から約四、五マイル(八キロ)以上離れたところが航路となつており、御前岩南方一、一キロの間は暗礁が散在している場所であつて航行に適しないにもかかわらずこのような場所を航行した第二快進丸は約款第四条第二号に所謂「普通航路に非ざる場所を航行し若しくは航行せんとしてその実行に着手した場合」に該当する。
(四) 約款第四条第五号は、船舶の所有者の変更があつた場合又は船舶の用途に著しい変更があつた場合を保険者の免責事由としているところ、
(1) 原告は昭和三四年一二月二七日訴外西井汽船株式会社(以下、西井汽船という。)との間で、西井汽船が原告に汽船福笑丸(総トン数二九五・七七)の所有権を移転するのに対し、原告が西井汽船に第二快進丸及び当時訴外山田喜四郎所有にかかる帆船永久丸(総トン数六四・二六)の所有権を移転し、かつ、代金八二五万円を支払う旨の契約をしたので、本件事故当時第二快進丸の所有権は西井汽船に移転していたものである。
(2) 前記のとおり第二快進丸は普通の貨物船でありながら碧洋丸を曳航し船舶の用途に著しい変更を生ぜしめた。
(五) 約款第一八条によれば、保険契約者又は被保険者は船舶が海難事故に遭遇したことを知つたときは最も迅速な方法で、これを被告に通知し、かつ、管海官庁の認証ある海難報告書その他被告の要求する書類を提出することを要し、船長、保険契約者又は被保険者が右の提出書類中に於て、海難事故に関し不実のことを記述し又は故意に事実を隠蔽したときは、被告は当該事故につき損害填補の責に任じないところ、同年四月二日被告に提出された原告作成の本件事故に関する海難報告書には難波船碧洋丸を曳航していた事実について何らの記載がなく、また第二快進丸の船長は神戸地方海難審判理事所における、古橋理事官の取調においても、また横浜地方海難審判庁における供述においても、碧洋丸の曳航については事実を隠秘している。
(答弁)
争う。
別紙
普通保険約款(省略)