東京地方裁判所 昭和37年(ワ)9808号 判決 1967年9月30日
原告 伊藤機電株式会社
右代表者代表取締役 伊藤隆
右訴訟代理人弁護士 香田俊雄
被告 東京藤井産業株式会社
右代表者代表取締役 藤井基宏
<ほか六名>
右被告等訴訟代理人弁護士 佐藤軍七郎
主文
一、被告藤井産業株式会社、被告藤井基宏、同藤井益雄、同藤井康伸は原告に対してそれぞれ金一、〇九四、六七八円およびこれに対する昭和三七年一二月一四日から支払ずみまで被告会社は年六分、その余の被告らは年五分の割合による金員を支払え。
二、被告大葉経男、同大塚義雄、同黒沢太一等に対する請求はこれを棄却する。
三、訴訟費用は原告と被告藤井産業株式会社、同藤井基宏、同藤井益雄、同藤井康伸との間においては右被告等の連帯負担とし、原告と、被告大葉経男、同大塚義雄、同黒沢太一との間においては全部原告の負担とする。
四、本判決中原告勝訴の部分に限り仮に執行することが出来る。
事実
一、(請求の趣旨)
「被告等は原告に対し、各自金一、〇九四、六七八円およびこれに対する訴状送達の翌日から支払ずみにいたるまで被告藤井産業株式会社は年六分、その他の被告等は年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。
二、(請求の原因)
(一)、原告は昭和三七年三月二二日より同年七月三日迄の間に被告藤井産業株式会社に対して機械器具類合計金一、二六〇、八六一円を売渡した代金のうち、現在なお金一、〇九四、六七八円の売掛代金残債権を有するところ、被告会社はいまだ弁済に及ばない。
(二)、被告藤井益雄は被告会社の取締役会長(昭和三七年六月二五日まで代表取締役)として、同藤井基宏は代表取締役社長(昭和三七年六月二五日から代表取締役)として、同大葉経男は取締役副社長として共に昭和三四年七月以来、また同大塚義雄は取締役として昭和三五年八月以来、同藤井康伸は監査役として昭和三六年一月以来、各自被告会社においてその職務を執行して来た。
(三)、被告藤井益雄、同藤井基宏、同大葉経男、同大塚義雄、同黒沢太一等は被告会社の職務執行に当り、忠実義務、善管注意義務を怠り左記事実によって被告会社の倒産を招き、前示売掛債権の取立回収を事実上不能とならしめ、原告に右同額の損害を与えた、この事実は取締役としての被告らの重大な過失というべく、商法第二六六条の三、により原告に対して連帯して右損害を賠償する義務がある。
(1)、訴外大日製鋼株式会社が業績悪化により倒産の危険が予期されるにもかかわらず資本金七千万円の被告会社としてはその資産維持の限度をこえ、融通手形により右会社に金四、三〇〇万円を貸付け、更に何等債権確保の手段をも構じなかったため右訴外会社の倒産により被告会社の弁済能力を悪化せしめた。
(2)、被告益雄、同基宏親子が経営する訴外藤井基礎工業株式会社に六千万円に及ぶ出資をなしたが、右訴外会社の倒産により回収不能とならしめた。
(3)、被告会社の資本の増加に当り現実に株金の払込をさせず、会社債務を資本払込金に充当して相殺を許して資本の増加をなし会社財産の健全な維持を阻害した。
(四)、被告藤井康伸は被告会社の監査役としてその職務を誠実に行使すれば右事実を事前又は事後に回避する手段をなし、同会社の倒産を避止出来たにもかかわらずこれを怠り同会社の倒産をまねいた。従って商法第二八〇条により、取締役である被告らと同じく原告に対し連帯して前示損害の賠償の責に任じなければならない。
三、(請求の原因に対する答弁)
請求原因第一項、第二項の事実及び第三項中の被告会社が訴外大日製鋼株式会社に金四、三〇〇万円の融通手形を振出した事実は認めるがその余の事実は否認する。
理由
一、左記各事実については当事者間に争いがない。
(1) 原告が被告藤井産業株式会社に対して売掛代金残金一、〇九四、六七八円の債権を有するところ、いまだに支払がない。
(2) 被告藤井益雄は被告会社の取締役会長(昭和三七年六月二五日まで代表取締役)として、同藤井基宏は代表取締役社長(三七年六月二五日から代表取締役)として、同大葉経男は取締役副社長として昭和三四年七月以来、また同大塚義雄は取締役として同三五年八月以来、同藤井康伸は監査役として同三六年一月以来、各自被告会社においてその職務を執行して来た。
更に被告会社が訴外大日製鋼株式会社に対し昭和三七年春頃までに金四、三〇〇万円の融通手形を振出した。
二、≪証拠省略≫を綜合すると次の各事実が認められる。
(1)、被告会社は昭和二六年八月四日設立されたもので、鉱山工業、船舶自動車、土木建築用の機械工具類、鋼管類鋼材などの製造加工販売、輸出入等を目的とする会社で、昭和三七年六月一一日現在資本金七千万円の、被告益雄同基宏父子を中心とする所謂同族会社で、事実上の主宰権は右父子にあった。被告康伸は右基宏の弟であり、被告大葉は右益雄の姻戚、被告大塚は益雄の友人、被告黒沢はもと被告会社の従業員であった。
(2)、被告会社は昭和三七年春頃までに、当時生産過剰のため在庫約一億円余に達して、資金繰りに苦しんでいた訴外大日製鋼株式会社に対しその要請に従い、金四、三〇〇万円の融通手形による貸付けを行った。
右の頃大日製鋼は同じような融資を岡谷工機その他から受けたが、何れも担保の提供があり、被告会社に対しても同様担保提供の申出があったが被告は担保物確保の手段を敢てとらなかった。
なお大日製鋼と被告会社とは被告会社が被告益雄経営の個人商店であった昭和二三年頃から取引の関係にあったもので、右融資当時被告会社はその仕入(仕入先約一〇軒)の一〇分の一位約五百万円位を大日製鋼によっていたものである。
(3)、被告会社は当初資本金一千万円であったが、昭和三四年一月七日頃二千五百万円に(同年一月八日登記)、三五年六月二日三千万円に(同日登記)、三七年五月二一日七千万円に(三七年六月一一日登記)、それぞれ増資されたものであるが、とりわけ最後の増資については被告基宏所有不動産の賃借使用に関する保証金という名目的な内容不明確な債務四千万円余を被告会社の債務として計上、被告基宏に対し負担させ、被告基宏は株主として増資四千万円全額を引受け、右債権の相殺によって株金払込に替え、現実の払込がなかった。
(4)、右(2)、(3)の会社の行為はすべて当時代表取締役であった被告益雄と事実上同人から具体的な会社経営の実際を委ねられていた被告基宏の協議乃至授権により行われたもので、取締役会の決議は経ておらず、被告大葉、大塚、黒沢は当時これを関知しておらず、また経営の実体から、事実上右行為を抑止できるような発言権を有していなかった。
(5)、被告藤井康伸は監査役としての職務権限の内容を確めることもなく監査役の印顆も代表取締役に渡して放置していた。
(6)、藤井基礎工業株式会社は昭和三〇年八月頃、訴外寺崎工業の売掛代金が回収できないため、取戻した機械現品を寝かせることなく、稼働せしめるため設立、引続いて被告会社が機械等を納入してきたもので、昭和三七年五月頃には藤井基礎工業から被告会社の方に資金の流入があったほどで相互補充的な姉妹会社で、むしろ被告会社のあおりを食って事実上の倒産にいたった。
(7) 被告会社が融資した訴外大日製鋼は昭和三七年六月はじめ頃に事実上倒産の状態となり、その影響で被告会社は同年八月一三日資金不足のため、手形不渡事故があり、同月一八日銀行取引停止処分を受け事実上倒産するにいたり、債権者会議の処理により約七%の弁済をした外、債務弁済能力を失い、原告の債権取立も事実上不能となった。
被告本人基宏は(2)の融資について売買代金先払と強弁するけれども≪証拠省略≫と矛盾し俄かに採用できないところであり、他に右認定に反する証拠は存在しない。
三、責任原因の有無について、
右認定事実を綜合すると被告益雄、基宏父子は従前から継続していた取引関係から大日製鋼の営業がかなり悪化して倒産の危険が予知できた筈であるのに、被告会社の能力の限度をこえて、漫然四千万円に及ぶ融資を行い、資金不足第一の因をつくったこと((2))、取締役として資本充実の努力を怠ってはならないのに、被告基宏は株主として不明確な債権を計上して商法第二〇〇条二項に反し、相殺を以て払込に替え、資本充実の原則を無視したこと((3))、によりついに被告会社を倒産に追いこんだもので、しかも取締役会の決議もせず、他の取締役の存在を無視した点、まさに商法第二六六条の三所定の重大な過失があったものというべく、事実上取立不能となった原告に与えた損害を連帯して賠償すべき義務がある。
なお被告会社の藤井基礎工業への出資の点は両者の関係から被告会社の倒産に因を与えたものとは認められない。
また被告康伸は監査役の職務権限を事実上放擲し、右被告父子の危険な専断行為を助長せしめたとともに事後救済是正の機会を失わせたものというべく、これまた商法第二八〇条、第二六六条の三の重大な過失が認められ原告に対し、右被告父子と連帯して損害賠償の責に任ずべきである。
その余の被告らについては、いまだ商法第二六六条の三所定の重大な過失があったものとは認められない。
四、結論
そうすると、本訴請求は被告会社に対し、売掛代金残を、被告益雄、基宏、康伸三名に対し、右代金残同額の損害を連帯して、それぞれ全額にみつるまで支払を求める限度で理由があるが、その余は棄却すべきである。
訴訟費用につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行宣言につき同第一九六条を適用した。
(裁判官 舟本信光)