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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)9817号 判決 1963年7月12日

判   決

千葉県松戸市千駄堀一、四八九番地

原告

稲垣正夫

同所同番地

原告

稲垣みつい

右両名訴訟代理人弁護士

大河内躬恒

埼玉県鴻巣市大字滝馬室二、九九二番地

被告

有限会社鴻巣建材

右代表者代表取締役

島田博

主文

1  被告は、原告等に対し各金四七三、六四五円及び右各金員に対する昭和三五年二月一七日以降右支払ずみに至るまでの年五分の割合の金員を支払え。

2  原告等のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを三分してその二を被告の、その余を原告等の平等負担とする。

4  この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、「1被告は原告等に対しそれぞれ金六五〇、三三五円及びこれに対する昭和三五年二月一七日以降支払ずみに至るまでの年五分の割合の金員を支払え。2訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として別紙のとおり主張し、なお、「被告主張の第二項および第三項の事実は否認する。」と述べた。

被告は「1原告等の請求を棄却する。2訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、次のとおり主張した。

一、請求原因第一項の事実は知らない。第二項のうち原告等主張の日時、場所において訴外健一の運転する自動三輪車と訴外須永の運転するダンプカーが衝突した事実及び同日訴外健一が死亡した事実は認める。第三項中被告に損害賠償義務があるとする原告等の主張を否認しその余は認める。第四項の事実は知らない。

二、(一) 本件事故は訴外健一が信号を無視し、一時停止を怠つたため発生したものであつて、訴外須永に過失はない。即ち訴外須永は本件ダンプカーを運転して巣鴨方面から白山方面に向い、駕籠町交差点にさしかかつたところ、その進行方向の信号は黄色の継続信号であつたから、同交差点に障害物のないことを確認して進行中、折から駒込方面より大塚方面に向い同交差点にさしかかつた訴外健一が、その進行方向の信号が停止信号であるにも拘らずこれを無視して、訴外須永の運転するダンプカーの直前にとびこむように衝突してきたものである。

(二) 訴外須永の運転するダンプカーは、被告が購入したばかりの新車で、構造上の欠陥も機能の障害もなかつた。

(三) また、被告は本件ダンプカーの運転にあたつては発車に際し、十分な点検を行い、訴外須永に対しても運転上の注意を警告し、訴外須永もこれに応じて前記のように運転について注意を怠らなかつた。

三、仮りに訴外須永に過失があるとしても、前記のように訴外健一の過失は免れないところであるから、損害額の算定にあたつてはその過失も斟酌されるべきである。

立証≪省略≫

理由

一、原告主張の日時、場所において、訴外健一の運転する自動車三輪車と訴外須永の運転する大型貨物自動車(ダンプカー)が衝突したことに因り同日訴外健一が死亡したことは当事者間に争がない。

二、訴外須永が被告会社の徒業員で、被告会社の営業に従事中、本件事故が発生したものであることは当事者間に争がないから、被告会社は本件貨物自動車を自己のために運行の用に供する者として、自動車損害賠償保障法第三条但書の規定に基く免責事由の認められない限り、本件事故によつて発生した後記損害を賠償すべき義務がある。

三、そこで被告主張の自賠法第三条但書の規定による免責事由の存否について判断をするについてまず訴外須永の過失の有無を検討する。成立に争のない甲第七号証によると本件事故現場は、国電巣鴨駅方面(北西)から白山上方面(南東)に至る幅員約一四米の道路と、上富士前方面(北東)から大塚方面(南西)に至る幅員約一六、七米の道路が交差する通称駕籠町交差点であり、自動信号機が設置されていること及び附近一帯は商店街で、交差点の北側角に富士銀行駕籠町支店の建物があるため、巣鴨方面から同交差点に至る道路と上富士前方面から同交差点に至る道路とは互に見透しが不良であることが認められ、成立に争のない甲第九乃至第一一号証によると、前記信号機は本件事故当時黄色の点滅信号であつたことを認めることができる。以上の認定に反する証拠はない。

本件のような交差点を通過しようとする運転者は、その直前で状況に応じ徐行もしくは一時停止して安全を確認した上進行すべき義務のあることは多言を要しない。そして、前顕甲第九乃至第一一号証によると、訴外須永は、本件貨物自動車に砂約六・五屯を積載し、時速約三十粁で本件交差点にさしかかつた際、その直前において停止もしくは徐行することなく漫然同一速度のまま交差点内に進入したところ、左側方の道路から同交差点に進入してきた訴外健一の運転する自動三輪車を発見し直ちに急停車の措置をとつたが及ばず、該交差点内において右貨物自動車の左前部を右自動三輪車の右側部に衝突させたのであることを認めることができる。もし、訴外須永にして交差点に入るに先だつて徐行または停車の措置をとつていたならばよくこの衝突をさけえたであろうことは容易に推測しうるところであるから、訴外健一の過失の有無はさておき、訴外須永の過失は否定することができない。したがつて、免責事由の他の点についての判断をするまでもなく、被告は本件事故による損害賠償の責任を免れえないのである。

四、そこで、進んで本件事故による損害について考察する。

(一)  訴外健一の将来得べかりし利益の喪失による損害。

成立に争のない甲第一、第四、第五号証と原告稲垣正夫の本人尋問の結果によると、訴外健一は、死亡当時満二一歳二ケ月余(昭和一三年一二月三日生)で、訴外有限会社松富商店に運転手として勤務していたこと及びその給料月額一二、〇〇〇円で、昭和三四年度の年収(給与及び賞与の総額から所得税を控除した額)は一四五、二〇〇円であつたことが認められる。ところで総理府統計局調査(総理府統計局編集日本統計年鑑昭和三六年版三七三頁)によると昭和三五年度の勤労世帯あたりの平均消費支出は月額三二、〇九三円で平均世帯人員は四、三八人であるからこれによつて算出した一人当り年間消費支出額は八七、九二四円となる(原告は、一般世帯をも含めた全世帯一世帯あたりの平均消費支出に関する統計により計算すべきことを主張しているが本件には適切でない。)従つて、訴外健一は、本件事故当時右年間所得額から右年間消費支出額を控除した五七、二七六円の年間純益を得ていたものと推認し得る。そして、厚生省大臣官房調査部作成の第一〇回生命表による満二一歳の男子の平均余命年数は四七・五八年であるが、訴外健一のように運転手として勤務する者の可働年数は特別の事情のない限り満六〇歳迄と認むべきであるから、右特別の事情の認められない本件においては、訴外健一は将来なお三九年間就労し、その間前記のように年間純益をあげ得たものと認めることができる。従て訴外健一の将来得べかりし利益の合計は二、二三三、七六四円となるが、これをホフマン式計算方法により民法所定の年五分の割合による中間利息を控除し、現在一時に請求する金額に換算すると七五七、二〇八円(円位未満切捨)となる。

ところで成立に争のない甲第九乃至第一一号証によると、訴外健一もまた、本件自動三輪車を運転して本件事故現場にさしかかつた際、特に徐行もしくは一時停止をすることなく漫然交差点内に進入し、前記のような事故となつたことが認められるのであつて、本件事故の発生については訴外須永におけると同様訴外健一にも運転上の不注意があり、これがその一因をなしたものと調わなければならない。よつて、訴外健一のこの過失を考慮するときは、同訴外人がうけた前記損害中被告側の責に帰すべき部分は五〇四、八〇四円と認めるのが相当である。

そして、成立に争のない甲第一号証によると、原告等は訴外健一の相続人の全員であることが認められるので、訴外健一の被告に対する前記損害賠償債権の内各二分の一すなわち二五二、四〇二円を相続によつて取得したものと謂うべきところ、原告等が自動車損害賠償責任保険により、訴外健一の将来得べかりし利益の喪失に対する填補として一五七、五一四円の給付を受けたことは原告等の自認するところであるから、その各二分の一を原告等が取得した前記債権額から控除すれば、その残額は、各一七三、六四五円となる。

(二)  原告等のうけるべき慰藉料 原告稲垣正夫の本人尋問の結果によると、訴外健一は原告等の長男として生れ、中学校卒業後直ちに前記有限会社松富商店に就職し、本件事故によつて死亡するまで引続き同商店に勤務し、真面目な性格であつたため、原告等は訴外健一の将来に多大の期待をかけていたことが認められるので、訴外健一の死亡により原告等が著しい精神的苦痛を受けたことは推察するに難くない。殊に、成立に争いのない甲第八乃至第一一号証によると、本件事故の際訴外健一は、衝突直後引火したガソリンのため全身火だるまになつて現場附近を走り廻り、急を聞いてかけつけた警察官等が土砂等をかけてようやくこれを消しとめ直ちに病院に収容したところ同日死亡するに至つたことが認められるのであつて、右のような本件事故の態様その他諸般の事情に訴外健一の前記過失の点を加え考慮しても、慰藉料として原告等の主張する金額(各三五万円)は、高きに失することがないといわなければならない。そして、原告等が前記自動車損害賠償責任保険により慰藉料として各五〇、〇〇〇円の給付を受けたことは、原告等の自認するところであるから、これを控除すると慰藉料として被告が原告等に賠償すべき金額は各三〇、〇〇〇円となる。

五、そうしてみると、被告は原告等各自に対し前項(一)の損害金一七三、六四五円と(二)の慰藉料三〇〇、〇〇〇円の合計四七三、六四五円とこれに対する弁済期以降の損害金を支払うべき義務がある。よつて、原告等の請求は、被告に対し各四七三、六四五円とこれに対する本件不法行為の翌日である昭和三五年二月一七日以降右支払ずみに至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条、第九三条、第九三条第一項本文の、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項の各規定を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二七部

裁判長裁判官 小 川 善 吉

裁判官 茅 沼 英 一

裁判官 田 中   弘

請求の原因

一、原告両名は、訴外亡稲垣健一の実父母である。

二、健一は、昭和三五年二月一六日午前七時一〇分頃オート三輪車(千―六せ七〇八五号)を運転し文京区駕籠町四一番地先交叉点を上富士方面に向つて進行中、折から巣鴨方面から同交叉点に進入して来た訴外須永祥令運転のダンプカー(一は四四三四号)にオート三輪車右側部に衝突され、オート三輪車もろともその場に転倒し、そのため発火したオート三輪車のガソリンを浴び、同日午後四時一五分附近の山川医院に於て死亡したものである。

三、被告会社は、土木建築材料の販売並に之に附帯する事業を業とし、その従業員である訴外須永祥令により被告会社のため前記ダンプカーを運行中前記事故を惹起したものであるから、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条により亡健一並に原告両名に蒙らせた全損害を賠償する義務がある。

四、損害は次の通りである。

(一) 亡健一の将来得べかりし利益の喪失。

健一は、享年満二一才二ケ月(昭和一三年一二月三日生)の男子で生来健康にめぐまれ医師にかかつたこともないので、本件事故がなければ少くとも全国平均余命年数相当期間生存し、生前の業務によつて収入を得たはずである。

1 厚生大臣官房統計調査部作成第九回生命表によると満二一才の男子は、なお四五、三四年の余命年数がある。

2 健一は、訴外有限会社松富商店に勤務し、年実収入一四五、二〇〇円(給与一三八、〇〇〇円と賞与一〇、〇〇〇円の合計一四八、〇〇〇円から所得税二、八〇〇円を差引いた)であつた。

3 総理府統計局調査による昭和三五年度の都市世帯一ケ月の平均消費支出は、金三一、二七六円で平均世帯人員が四、五一人であるから、これから割り出した一人当りの消費支出は金六、九三五円(円以下切上)である。

4 従つて、健一の一年間の純利益額は、

145,200円−6,935円×12ケ月=61,980円

前記四五年間における純利益額は金二、七八九、一〇〇円となり、これが健一の将来得べかりし純利益の総額となる。

(年間純利益額)×余命年数=61,980円×45年=2,789,100円

5 よつてこの金額に基きホフマン式計算法により現在一時に請求する金額を計算すると金八五八、一八四円(円以下切捨)となる。

この金額が、被害者健一の本件事故によつて蒙つた損害であり、原告両名は健一のこの損害賠償請求権を二分の一宛相続した。

6 ところでその後原告両名は、自動車損害賠償責任保険から健一の将来得べかりし利益の喪失に対する填補として保険金一五七、五一四円の支払をうけたから、これを右損害額から差引いた残金七〇〇、六七〇円の二分の一である金三五〇、三三五円が各原告の本訴に於ける請求額である。

(二) 亡健一は、原告等の長男で生来健康にめぐまれ且つ実直な青年であつたから、原告等の期待は大きかつた。従つて原告両名の悲嘆ははかり知れない程であるが、各金三五万円の慰藉料が相当である。

ところで、原告両名は前記保険から各自慰藉料として金五万円宛受取つているので各残金三〇万円を本訴に於て請求する。

五、よつて原告両名はそれぞれ被告に対し、

(1) 各原告の相続した損害賠償債権金三五〇、三三五円、

(2) 各原告の慰藉料金三〇万円の合計金六五〇、三三五円(原告両名で合計金一、三〇〇、六七〇円)及びこれに対する事故発生の翌日である昭和三五年二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

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