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東京地方裁判所 昭和37年(ヲ)1570号 決定 1962年10月25日

決   定

申立人

田畠ふみ江

右代理人弁護士

山下東太郎

相手方

松本久平

右代理人弁護士

青山樹左郎

右当事者間の昭和三七年(ヲ)第一、五七〇号執行方法に関する異議申立事件につき次のとおり決定する。

主文

申立人の申立を棄却する。

本件手続費用は申立人の負担とする。

理由

申立代理人は、「債権者松本久平債務者田畠有限会社間の有体動差押事件につき東京地方裁判所執行吏長田憲麿による差押物保管換手続はこれを許さず」との決定を求め、その理由として

一、相手方は債務者田畠有限会社に対する金一〇〇万円の債権のための強制執行として昭和三五年一二月二三日及び昭和三六年五月一三日の二回に別紙目録記載の物件を差押えたが、右債務者会社の提起した異議訴訟において発せられた強制執行停止決定によりその続行は停止された。

二、申立人は、右差押に先だち昭和三五年二月一五日肩書地において公衆浴場営業の許可を得、曙湯の名称をもつて営業を開始したものであるが、別紙目録記載の物件はすべて右営業に必須の物件として前記会社からこれを賃借占有していたものであるところ、右差押に際して立会つた留守番田畠幸次郎は右の事実を主張したに拘らず差押えられてしまつた。

三、然るに相手方は昭和三七年四月二四日執行吏長田憲麿(代理林芳助)をして右差押物の保管替手続をなさしめんとし、同人は差押物の現状に異状がないこと及び、申立人の占有にあることを認めながら、これを現在の場所から撤去し保管替をする旨を告げた。

四、しかしながら、右物件に対する執行は前述のように現在停止されており、差押当時申立人が占有使用中のものであつて、これが保管替手続をすれば営業は即日不能となるは勿論物件の価額が激減し執行停止の効果なきに至ることは明白である。

と述べた。

相手方代理人は主文第一項同旨の決定を求め、「申立人は前記会社の代表者田畠正一の妻であつて、東京都台東区浅草観音温泉株式会社の二階に夫庄一と共に昭和三三年八月一三日以降引続き居住するものであるところ、本件物件所在地の家屋に対する不動産競売事件において発せられた不動産引渡命令の執行を妨害する目的をもつて、昭和三五年二月一五日右家屋に居住するように装い営業許可をとつた上本件物件を右会社から賃借占有していると仮称しているにすぎずこれにより執行吏の保管を侵害しているものである。差押物件が債務者の占有を離れ又は第三者がこれを占有使用している場合に執行吏が差押物件を保全し損耗を防ぎこれを安全な場所に移動することは当然の処置である」と述べた。

よつて按ずるに、申立人主張の一及び三の事実は記録添付の有体動産差押調書(二通)及び差押物件点検調書により明らかである。しかして申立人がその主張の日時に肩書地において公衆浴場営業の許可を得たことも記録添付の証明書によつて認められるが、右差押調書の記載内容によれば、昭和三五年一二月二三日の差押当時債務者会社の代表者であつた田畠幸次郎はその差押に立会いながら申立人が本件物件を賃借占有中であることを何等告げることなくまた第二回の差押当時右会社の使用人たる資格において差押に立会いながら前同様何等右事実を告げなかつたことが認められ、また前記点検調書の記載内容はやや明瞭を欠くきらいなしとしないが、昭和三七年四月二四日の点検に立会つた債務者会社代表者田畠庄一は本件物件を申立人から営業のため使用保管に委され現在引続き使用中である旨を述べ、続いて相手方と解決方を交渉したい旨を申出たことがうかがわれる。これらの事実及び申立人が本件申立まで一年半以上も右各差押に対し何等の異議も申立てなかつたことから推せば申立人が前記各差押以前から本件物件を占有使用していたことを認むべき証拠は十分ではないといわねばならず、申立人の本件申立は失当とせざるを得ない。

なお、前記各差押は執行吏が差押処分をした上差押物件全部を債務者会社の保管に委せた状態においてその執行が停止せられたのであるから、その後差押状態に異状を生じたときは執行吏は随時これを点検して異状を除去し執行停止当時の状態に回復しこれを維持すべきは当然であるが、その異状を生じたことを理由として執行停止当時以上の状態を作り出すことは新たな執行処分をすることに外ならず停止決定の内容に牴触するものとして許さるべきではない。本件において執行吏がなさんとした点検が申立人のいうように債務者の保管を取消し物件を他の場所に撤去移動せんとするにあるならば、その違法たること申立人主張のとおりである。しかしながら、申立人は前述のように本件差押以前から差押物件を占有使用していたものと認められない以上、申立人が現在物件を占有していることは、逆に申立人が前記各差押以後に物件を占有し執行停止当時の状態に変更を加えたものとして執行吏の点検処分を受くべき相手方となるものといわざるを得ない。換言すれば申立人は執行吏の点検処分によつて本件物件に対する占有を排除さるべき運命にあるものであつて、その排除後に執行吏がいかなる処分をなすかにつき利害関係を持たないものであるから、前記の違法をもつて本件異議の理由とすることは許されないというべきである。いうまでもなく申立人は前記差押手続に関しては第三者であつてかかる者に対して右のような点検処分をなし得るかどうかについて疑いなしとしない。しかしながら、執行吏が執行機関として一定の債務名義に基き特定の目的物を差押えその公示がなされたときは執行吏は換手続を追行するに必要な限度で差押の効力を維持する職責と権限とを有し、万一これが妨害となる事実が生じたときは当該手続を担当する執行機関としてその妨害を排除することもまたその職責と権限であるというべく第三者といえども現になされた差押処分を無視し法定の手続によらずして差押の目的物に対する自己の権利を主張し差押の効力を法律上、事実上滅却しまたは減殺することは許されないものというべく、現になされた差押処分は、この意味において第三者に対しても効力を有するものであり、差押の公示もこの観点から意味を持つ制度である。これを現行法上の各種規定についてみれば、一旦差押処分とその公示がなされると、たとえその差押処分が法律上、事実上、第三者の権利を害するものであつても、その第三者は第三者異議の訴または執行方法に関する異議の申し立により自己の権利を主張してすでになされた差押処分の排除、取消を求めることを要し、このことなくして無方式に自己の権利を主張行使することは許されず、その行使が差押処分を無効たらしめるに至れば刑事上の処分を受けることになる。以上のように現行法は単に刑罰による威嚇のみによつて差押処分の効力を保障するものでなく、執行手続上もその効力を第三者の無方式な権利主張に優越せしめてこれを保障しているのである。すなわち、すでになされた差押処分に対し第三者が無方式に自己の権利を主張することは、たとえそれが実体法上譲渡または引渡を妨ぐべき権利に基くものであつても、執行法上違法であつて執行手続を妨害するものとの評価を免れず、執行吏は当該手続を担当する執行機関として有する前記職責と権限とに基きかかる妨害を排除することができ、また排除しなければならないというべきである。(いわゆる点検執行もまた特定の執行当事者間の執行手続の一部としてなされるものであり、これによつて第三者の実体法上の権利が害される場合には点検執行を対象とし、または執行手続全体を対象として第三者異議の訴または、執行方法に関する異議の申立をなすべく、これにより第三者の権利保護に欠くるところなしというのが現行法上の構造である。)以上検討したとおり、執行吏は差押処分後に目的物を占有するに至つた第三者に対しては点検処分によりその第三者の占有を排除することができ、第三者は第三者なるの故をもつて点検処分を違法と主張することができず、必ず差押処分前の占有を主張して法定の手続による権利救済を求むべきものである。しかして本件において申立人の占有が本件差押以前にあつたことの証明がない以上、この観点からも本件処分を違法とすることはできない。

よつて申立人の本件申立を棄却すべきものとし、手続費用は申立人の負担として主文のとおり決定する。

東京地方裁判所民事第二一部

裁判官 近 藤 完 爾

物件目録(省略)

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