大判例

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東京地方裁判所 昭和37年(刑わ)5897号 判決

判決理由〔抄録〕

証拠調べの結果によると、被告人が(一)昭和三一年八月自動三輪車の運転免許を受け、同三四年三月大型自動車の第一種運転免許を、次いで同三六年五月同第二種運転免許を受け、富国運輸株式会社に雇われ大型貨物自動車であるコンクリートミキサー車の運転業務に従事しているものであること、(二)訴因記載の日時、訴因記載の自動車(第八あ〇六九七号、車長七・六二米、車幅二・四四米、車高三米、重量約七屯、車体の構造上中央部が凹んでおり凹みに障害物がはいらないよう鉄製パイプ等で囲われていない)を運転して東京都新宿区西大久保三丁目交差点方面から西進して訴因記載の道路工事現場にいたり、生コンクリートを同所におろした後発進し、約三〇米西進して国電大久保駅ガードを通過した付近でUターンして帰路につこうとしたこと、(三)同所は歩車道の区別のある車道幅員九・七米の道路で車道の中央より左片側(北側)が舗装工事中のため、車道の有効幅員が右片側の四・八五米しかなく、そのためコンクリート舗装工事を請負っている常盤工業株式会社において私的に工事現場をはさんで約五〇米の距離をおいて各一名の旗振りを出し、一方交通になるよう交通整理に当っていたこと、(四)工事現場ではコンクリートミキサー車によって左片側の道路に運ばれてきておろされていく生コンクリートを平らにならすための深夜作業が行なわれていて、当時五名の工事人夫が長さ約五米の竹の先に約四〇糎角の板をつけた器具を使用して二、三米の間隔に並んで前記一方交通の車道上にはみ出て各自前進後退して作業中であったこと、(五)現場はコンクリートのならし工合がわかるためその他作業上を照らすため投光器によって相当明るく照明されていたこと、(六)被告人は前記Uターン後、旗振りの合図に従い前記国鉄線ガード下付近において一時停止し、対向車の通過を待った後進めの合図に従って発進したがその直後対向してきた一台の単車をやりすごしてから時速約五粁の緩い速度で、通行可能の部分の左端から約一米右寄りの個所を進行したこと、(七)その際被告人は警音器を吹鳴しなかったこと、および(八)そのとき進路の左側に並んで作業していた工事人夫のうち手前から二番目にいた金子弘二(当二八年)が車輛の接近に気づかず後退してきたため、同人の腰部が車輛の左側中央の凹部に接触し、直ちに急制動がかけられたが約一米前進して停車したのであるが、右接触により路上に転倒した同人を左後車輪で轢圧し、よって訴因記載の日時、場所において腹腔内損傷によって死亡させたことを、いずれも認めることができる。

そこで、訴因にかかげられている被告人の注意義務の存否について考えてみると、前記のように、現場が旗振りの合図によって一方交通になるよう交通整理が行われているからといって、その合図に従って進行する場合、前途の交通の安全が自動車の運転者に保障されているわけのものでないこともとよりである。ことに本件のようなコンクリートならしの作業は作業人夫らが車道にはみ出すような形態で行われるものであることは以前から被告人にもわかっていたのであり、このときも進路の前方左側で作業人夫らが作業しているのを認識しつつその側方を通過しようとしたのであるから、被告人としては右ハンドルの自車を運転するにあたり進路の前方ことに左方の注視を厳にする義務があること固よりである。しかしながらそのとき反対方向から進行してきたオートバイとは事故現場にさしかかる以前にすでに離合を終っていると認められるから、それに気をとられて左方の注視を怠ったものとは認められず、その他、自動車の進路、速度はむしろ安全運転といってよい。次に被告人が警音器を鳴らさなかったことは確かであるが、この場合警音器を吹鳴する義務があるかどうかについてみるに、現場は、左右の見とおしのきかない交差点でもなく、見とおしのきかない道路のまがりかどでもまた上り坂の頂上でもない(道路交通法五四条一項参照)。また同条二項の「危険を防止するためやむを得ないとき」というのは、単に安全確保という消極的な理由に過ぎない場合ではなくて、危険が現実、具体的に認められるような状況下でその危険を防止するためやむをえないときという程の意味であるが、本件についてみると、被告人と被害者らとは所属会社がちがい、互に面識はないにしても、同じ作業場で深夜作業を共同にしている仲間であり、コンクリートミキサー車は生コンクリートをおろし、Uターンして帰ること、作業人夫は自動車の進路にはみ出て作業するものであることはお互にわかっているのである。このような形態で行なわれる作業現場を通過する際運転者として現実具体的に危険を認めると否とにかかわりなく、必らず予め警音器を吹鳴しなければならないという義務は存在しないと思われる。本件事故は被告人が車体の半分を通過させた際、手前から二番目に並んでいた作業人夫の被害者が不用意にも後退しすぎたため車体中央の凹部(後車輪手前のボデー)に接触して発生したのである。本件自動車は七屯もある重量車両であるから空車でも相当大きなエンジン音を発していたはずで被害者もその進行には気づいていたが、この程度後退しても大丈夫だと思って後退しすぎたためか、或いは作業に気をとられ若しくは一時他事を考えていてうっかり後退し過ぎたかそこのところはわからないが、そのいずれかであろう。いずれにしても自動車の車体の前半が通過した後被害者の後退によって発生したことはたしかである。この事故は被告人が危険を感じなくても予防的措置として警音器を鳴らしていたとすれば或いは避けられたかもしれない。しかし、被告人に本件の具体的事実関係の下において警音器吹鳴の注意義務が客観的に認められないこと前述のとおりである以上、被害者の死亡の結果を被告人に帰せしめるわけにはいかない。

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