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東京地方裁判所 昭和37年(合わ)355号 判決 1962年12月26日

被告人 植田太郎

明四〇・六・七生 電気材料商店員

主文

被告人を懲役一年に処する。

但しこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

押収にかかる自動車運転免許証(昭和三七年押第二〇一二号の一)の偽造部分を没収する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

本件公訴事実中被告人が偽造の運転免許証を携帯して行使したとの点について、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三二年頃から都内台東区或いは江東区において電気材料商を営んでいたものであるが、昭和三五年一二月下旬頃、都内江東区亀戸町三丁目四九番地被告人居宅において、行使の目的をもつて、かねてより所持していた栃木県公安委員会の公印がある同公安委員会発行にかかる増淵正二の自動三輪車第二種および大型自動車第二種各免許を併記した自動車運転免許証(昭和三四年八月九日交付、第四一八三八号)の写真欄に貼付してあつた同人の写真を擅に引き剥し、これに替え、同欄に、先に右公安委員会から自己に交付された第一種原動機付自転車運転免許証の写真欄から取り剥がしていた自己の写真を貼付し、もつて既存の自動車運転免許証を利用して、被告人を増淵正二とした自動三輪車第二種、大型自動車第二種各免許を併記した自動車運転免許証(昭和三七年押第二〇一二号の一)を作成し、もつて有印公文書を各偽造したものである。

(証拠の標目)(略)

(確定裁判)

被告人は増淵正二名義により昭和三六年一〇月九日墨田簡易裁判所において道路交通法違反により罰金一、〇〇〇円の言渡を受け、右は同月二四日に確定したものであつて、このことは被告人の当公判廷における供述並びに検察官に対する昭和三七年六月八日付供述調書、増淵こと大岩正二の検察官に対する供述調書、押収にかかる運転免許証一通(昭和三七年押第二〇一二号の一)、検察官事務官矢野輝雄作成の増淵正二に関する前科調書により明らかである。

(罪数についての判断)

本件自動車運転免許証には、その免許の種類として「自動三輪車第二種」、「大型自動車第二種」の各免許が併記されているが、かかる場合被告人の判示所為は一個の文書偽造罪を構成するものと見るべきか、或いは二個の文書偽造罪を構成するものと見るべきかが問題となる。そこで考えるに、先ず、郵便貯金通帳に関する先例が参考となる。すなわち大審院は「貯金局名義を以つて発行せらるる郵便貯金通帳は公文書である。」(昭和六・三・一一・集一〇巻九〇頁)とし、更に「郵便貯金通帳における貯金受入の記載は権利の存在を証明し、貯金払出の記載は権利の消滅を証明する公文書にしてその目的効用全く相異なる独立のものなるを以て……、」(大正一四・一二・二五、評論一五刑法一)として二罪とし、更に昭和七・二・二五(集一一巻上二一四頁)もまた、「貯金を受入れたるときは通帳に預入金額、預入年月日その他必要なる事項を記載し、主務者調印し、且日付印を押捺してこれを証明し、又一部の即時払をなす場合には通帳に払戻金高、払戻年月日その他必要なる事項を記載し、主務者調印し、且日付割印を押捺するものなれば、これ等受入又は払戻に関する各記載は、各その預入又は払戻に関する各事項を証明するものにして各一個の公文書を成す」と判示している。これに対し、右郵便貯金通帳は包括して一個の公文書と解すべきである(草野、刑事判例研究第一巻一四二頁)との傾聴すべき見解があるが、各欄を日を異にして偽造した場合に想到すれば、にわかに賛し難く、右各欄はそれぞれ独立した一個の公文書であるというべきである。ところで自動車運転免許証については、道路交通法第九三条によれば、自動車運転免許証は、一、免許証の番号、二、免許の年月日および免許証の交付年月日、三、免許の種類、四、免許を受けた者の氏名、住所等を記載すべきものとされ、更に同法施行規則第一九条によれば、右記載事項のうち免許の種類と免許の年月日は各事項欄に記入し、公安委員会の調印をなし、表記には右各事項の記載のほか写真をも貼付すべきものとされている。右免許の種類および免許年月日の記入並びに公安委員会の調印をなす点については、前記郵便貯金通帳における預入、払戻の場合と酷似し、従つて各免許の記載は、それぞれ各一個の独立した公文書を成すものと解すべきである。只自動車運転免許証にあつては、一つの免許を有するものが、更に異種の免許を得た場合には追加記入をなすことなく、新規の免許証を交付することとなつているが、これは免許証の有効期間が「免許証の交付を受けた日から三年間」と定められて居る為であつて、これが故に前記判断を異にすべきものではない。このことは道路交通法第九二条第一項に、二以上の免許を得たときは「一の種類の免許証」に他の種類の免許事項を記載して当該種類の免許証の「交付に代える」ものと規定していることによつても明らかである。

ここで、各免許の欄を改ざんした場合には各独立した公文書偽造といいうるが、本件の写真の貼り替えの如く名宛人等の表記事項を改ざんした場合には包括的に一個の文書偽造が成立するにすぎないとの見解も想定しうるので判断するに、前記の如く各独立した免許欄の記載は、表記事項(作成名義人たる公安委員会、名宛人等)と一体をなして各公文書を形成しているのであつて、この意味において、表記事項は、免許欄に複数個の記載が存する場合には、各免許欄と複数的、重畳的に結合しているものというべきである。そうだとすれば、表記事項の改ざんはすなわちそれが各独立した免許欄と複数的、重畳的に結合しているが故に、複数個の公文書を改ざんしたものとなり、従つて複数個の公文書偽造罪が成立するのである。

(右自動車運転免許証に類似し、それ以上に郵便貯金通帳に酷似するものとして、自動車検査証がある。すなわち道路運送車両法第六〇条によれば、右検査証には、一、自動車登録番号、二、車台番号、三、自動車検査証の有効期間、四、使用者及び所有者の氏名等、五、車名及び形式等を記載すべきものとされ、更に同法第六二条、同法施行規則第四五条によれば、右有効期間満了後の継続検査の場合には事項欄に有効期間を更新した期間を記入し、検印をなすべきこととなつている。そうだとすれば、前記郵便貯金通帳の判例に照らし、右検査証についても、更新記入を数回なせば、その欄数に応じた公文書が成立し、更新欄の改ざんはその欄数に応じた公文書の偽造罪が成立し、又数回の更新記入のある検査証の表記の車両番号、車名等を改ざんすれば、更新記入数に応じた公文書偽造罪が成立するものというべきである)。

叙上の如くであるから、本件自動車運転免許証は二個の公文書であるというべきであり、その写真貼り替え行為は二個の公文書偽造罪を構成し、両者は刑法第五四条第一項前段の関係にあるものと思料する。

(法令の適用)

被告人の判示所為は各刑法第一五五条第一項に該当するところ、前示の確定裁判を経たる罪と併合罪の関係にあるから、同法第四五条後段第五〇条に依り確定裁判を経ざる本罪につき更に裁判を為すべく、右二個の偽造罪は同法第五四条第一項前段の一所為数法に当るから同法第一〇条に従い犯情の重い大型自動車第二種免許の免許証の偽造罪の刑を以つて処断すべきにより、所定刑期範囲内において被告人を懲役一年に処し、同法第二五条第一項を適用して本裁判確定の日より三年間その執行を猶予し、押収にかかる自動車運転免許証の偽造部分は本件犯行により生じたもので何人の所有をも許さないものであるから同法第一九条第一項第三号第二項に依りこれを没収し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項に則り被告人に負担させることとする。

(一部無罪の理由)

本件公訴事実中、偽造公文書行使の点は「被告人は昭和三七年三月二三日、判示被告人居宅前から都内台東区松清町七番地先付近まで、判示偽造にかかる自動車運転免許証を携帯して自家用貨物自動車を運転し、もつて偽造公文書を行使したものである。」というにあり、検察官は、最高裁判所の決定(集一五巻第五号第八一二頁)を引用し、偽造公文書行使罪における「行使」とは一般的に該公文書を使用することであり、自動車運転免許証にあつては、自動車運転者が自動車を運転するに際し、法律上携帯することを義務づけられているものであつて、右携帯することが、すなわち運転免許証の本来の用法に従つた使用であり、これによつて公共の信用が害せられるからいわゆる「行使」に該当する旨主張する。依つて先づ右最高裁判所の決定について考察するに、その少数意見は明快に偽造文書行使罪の本質を解明しているが、多数意見は明らかにされていないので、如何なる理論構成の下に決定要旨なる結論に到達したかゞ明確でないが、その要旨に「携帯し自動車を運転した場合」とあり参照条文に運転免許証の携帯義務を規定した道路交通取締法第九条第三項が摘記されているところよりすれば、携帯義務との関連において行使罪の成立を認めたものと解すべきであろう。文書偽造罪並びにその行使罪は文書の公の信用を害する犯罪であり、その行使とは、偽造文書を真正なものとして第三者に呈示することであると解されている。呈示は文書を第三者に諒知せしめる行為であるところ、その者が現に諒知したことは要しないと解されているが、これは文書の信用を害するような事態が犯人の行為によつて形成されゝば足りるとのことであろう。斯く解することによつて所謂備付行為を行使行為となす判例の立場が理解し得るのである。検察官は自動車運転免許証の携帯は運転免許を受けた者が自動車を運転する際の不可欠の要件であるとなすが、まことに然りで、無免許の者が自動車を運転した場合には道路交通法第六四条(無免許運転禁止)の違背となるが、同法第九五条(免許証の携帯義務)の違背とはならないのである。或は道路交通法が免許運転者に免許証の携帯を命じていることから自動車運転者は一般的に免許者であるとの推定をすべきものであることや偽造免許証を携帯して自動車を運転する者は警察官に求められゝば真正なものとして呈示する意思であることを想定し、携帯運転を備付と同様に行使と認むべしとの見解があるやも知れないが、備付の場合は該文書は既に犯人の手を離れ、第三者は自由にこれを披見し得るのであるが、携帯運転の場合には、これを披見するには犯人の呈示行為か、身体捜検等の強制力の行使を必要とするものであつて、文書の公の信用を害することについては段階的差異が存するのである。仮に携帯義務の存することより携帯行使なる類型を認むるとすれば、外国人登録証明書(同法一三条)の携帯外出や、鉄道乗車券(定期券も含む)身分証明書(学生証も含む)(鉄道営業法一八条)の携帯乗車についても携帯行使罪の成立を認むることゝなる理であるが、前者については外国人であること、十四才未満であること、旅行者でないことが一見して判別し難く、後者については普通乗車券であるか定期乗車券であるか、身分者であるかどうがゞ一見して判明し難いのであるから、何れも文書の公の信用を害するというには程遠いものがある。又仮に偽造自動車運転免許証の携帯運転を以つてその行使なりとすれば、免許車種以外の自動車を運転していた場合には如何なる結果となるであろうか。道路交通法第九五条は「当該自動車等に係る免許証」の携帯を命じて居るのであるから、運転車種の免許車種が同一であることを要するのであつて、仮に小型車の免許を有する者が、その免許証を携帯せずして大型車を運転すれば、免許証不携帯ではなくて無免許運転であり、その小型免許証を携帯していたとしても、それの携帯行使とはなり得ない理である。果して然りとすれば本件の如く自動三輪車第二種と大型自動車第二種の免許の併記されてあるものを携帯して自動三輪車を運転した場合には何れの偽造免許証の行使罪の成立を認めることゝなるであろうか。

これを要するに検察官主張の携帯行使の理論は未だ熟せざるものがあり、にわかに左袒することはできないのである。よつて被告人の偽造公文書行使の点については罪とならないものとして刑事訴訟法第三三六条に則り無罪の言渡をする次第である。(なお右は判示公文書偽造の所為と本来牽連関係を有するものであるが、右牽連関係は前示確定裁判の存在により遮断されたものと認める。)

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 津田正良 門馬良夫 岡田良雄)

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