東京地方裁判所 昭和38年(モ)9953号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決要旨〕商法二六五条の規定に違反して振出された手形の無効を当該手形取得者に対して主張し得るのは、右取得者が取得の際に振出会社の取締役会の承認を欠くことを認識していたか、または認識しえなかつたことに重大な過失がある場合に限る。
〔事実と争点〕債務者会社は受取人を安田昌史とする金額一五万円および四〇万円の約束手形二通を振出したが、債権者が右二通の手形金債権を被保全権利として本件仮差押をしたところ、債務者会社は、受取人安田昌史は右振出当時債務者会社の取締役の地位にあり、右振出については取締役会の承認を得ていないから右手形振出行為は無効であり、しかも債権者は右承認のないことを知つて本件手形を取得したものであると抗弁した。
〔判決理由〕しかしながら手形行為の形式性と手形取引の安全保護に注目すると、本件のように商法二六五条の規定に違反し、会社がその取締役を受取人として振出した手形と雖も、それが第三者に裏書譲渡された場合には、振出会社は、その第三者が手形を取得する際に、その振出しについて振出会社の取締役会の承認がなかつたことを認識していたか、または認識しなかつたことについて重大な過失がある場合に限つて、右違反による無効を当該手形取得者に対して主張し得るものと解されるところ……によると、債権者と安田昌史とは姻戚関係にあり、以前から援助し合うなどかなり親しい間柄にあつて、債権者は本件手形取得の際に安田昌史が債務者会社の取締役の地位にあることを知つていたばかりか、債務者会社を訪れたことも数回ある事実が認められ、これらの事情から考えると、債権者は債務会社の内情を或程度知つていたと推測できるけれども、なお右事情をもつてしては、債権者が本件手形取得の際に債務者会社取締役会の承認がなかつたことを知つていたと認めるのに充分でなく(先に認定したように安田昌史が専務取締役の名称を用いて債務者会社の経理事務一切を担当していた事実と考えると、本件手形の振出しについて債務者会社の取締役会の承認のなかつたことを疑わせるような特段の事情も認められない本件の場合は、債権者が右承認のなかつたことを知らなかつたからと言つて、これに重大な過失あるものと認めることもできない)、他に債務者主張の事実を認めるに足る疎明資料はない。(菅野啓蔵 原島克己 田中弘)