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東京地方裁判所 昭和38年(レ)619号 判決 1965年12月20日

控訴人 中条慶

右訴訟代理人弁護士 浜口武人

同 土生照子

右訴訟復代理人弁護士 塙悟

被控訴人 大木貞次

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一、申立

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

第二、主張

一、被控訴人は請求の原因ならびに控訴人の主張に対する反論として次のように述べた。

(一)  別紙物件目録(一)記載の土地(以下本件土地という)は被控訴人の所有に属するところ、控訴人は右土地上に同目録(二)および(三)記載の各建物を所有して右土地を占有している。よって、被控訴人は右土地の所有権にもとづき控訴人に対し、右各建物を収去して右土地を明け渡すべきことを求める。

(二)  控訴人の主張については次のように争う。

(1)(イ) 控訴人の主張(1)の(イ)の事実は認める。

(ロ) 同(ロ)の事実について、

(ⅰ)の事実中、控訴人主張のころ、その主張のごとき記載の保存登記がなされていたこと、当時本件土地の地番表示が控訴人主張のとおりであったことは認める。その余の事実は不知。

(ⅱ)の事実中、東京法務局中野出張所担当係員が控訴人主張のころその主張の登記用紙についてその主張のごとき各取扱をしたことは認める。その余は争う。

控訴人名義の保存登記のある旧登記用紙が滅失推認登記として閉鎖登記簿に編綴されてしまった以上、その登記はその後においてはもはや公示方法としての機能を喪失してしまっていたことになる。しかも右のごとき結果になったのはもっぱら控訴人がその登記の申請にあたり建物所在地番の表示を誤った過失によるもので、もともと控訴人の責に帰すべき事由にもとづくものであった。かような場合においては、閉鎖登記簿に編綴された後はもはや右保存登記は建物保護法第一条第一項所定の登記としての効力を有しないと解すべきである。されば控訴人の賃借権は登記官吏が前記のごとき取扱をしたことにより建物保護法第一条第一項所定の対抗要件を失ったことになる。もっとも右取扱の際、担当係員は別に家屋台帳の記載にもとづいて職権により控訴人主張のごとき表示の新表題部の登記用紙を新設したのであるが、右のごとき不動産の表示に関する登記が存在するということだけではいまだ建物保護法第一条第一項所定の登記が存在する場合にあたらない。

(ⅲ)の事実は不知。本件旧建物と本件新建物との間に同一性はない。仮に控訴人が本件旧建物にその主張のごとき増築を加えて本件新建物としたものであるとしても前記登記簿における建物の表示と本件新建物との間にはその所在地番のみならず構造および床面積の点についても大巾な相違が生じたのであるから、もはや右登記簿の表示をもってしては増築後の本件新建物との同一性を認識することが不可能となったといわなければならない。かように登記簿の表示と実際の建物との同一性の認識が不可能となった場合にはその時以後その登記はその建物についての登記としての効力を失いしたがってまた建物保護法第一条第一項所定の登記としての効力をも喪失するにいたると解すべきである。したがって控訴人の賃借権は右増築により建物保護法第一条第一項所定の対抗要件を失ったことになる。

(ハ) 同(ハ)の事実は認める。

(ニ) 同(ニ)については争う。

(2) 同(2)の事実について、被控訴人が控訴人主張の日にその主張のごとき催告をしたことは認める。その余は争う。

(3) 同(3)の事実について、控訴人がその主張の日に主張の金員を被控訴人に送付したことは認める。その余は争う。

被控訴人が控訴人に対し賃料の支払を催告したのは被控訴人が控訴人に対する賃貸人の地位を承継したものと誤信したためであるがその誤りに気づいたので昭和三七年一一月三〇日右送付にかかる金員を控訴人に返送した。

(4) 同(4)の事実は否認する。

二、控訴代理人は答弁ならびに反対主張として次のように述べた。

(一)  被控訴人主張の請求原因事実はすべて認める。

(二)  控訴人は被控訴人に対し、本件土地の賃借権を有している。

すなわち、

(1)(イ) 控訴人は昭和二〇年ごろ、当時本件土地の所有者であった訴外石田恒義から同土地を普通建物所有の目的で賃借し、

(ロ) それ以来同土地上に建物保護に関する法律(以下建物保護法という。)第一条第一項にいう「登記シタル建物」を所有している。すなわち

(ⅰ)控訴人は右賃借当時本件土地上に木造トタン葺平家建居宅一棟建坪一〇坪(以下これを本件旧建物という。後記のとおり、昭和三六年一二月同建物について増築がなされ、その構造および床面積が変更された。右増築後の建物を本件新建物という。)を所有し、同建物についてはすでに昭和一六年八月二六日付で控訴人名義の所有権保存登記(以下その登記がされている登記用紙を旧登記用紙という。)がされていた。

もっとも、旧登記用紙の表題部における建物の表示は「東京都中野区江古田二丁目八九〇番地の四、木造トタン葺平家建居宅一棟建坪一〇坪」と記載されており、実際の建物とはその所在地番の表示の点において若干相違していた(実際の建物所在地すなわち本件土地の当時における地番表示は「東京都中野区江古田二丁目八九〇番地の二」であった。)けれども、その相違は保存登記申請の際における控訴人の錯誤にもとづくものであり、かつきわめて軽微な不一致にすぎないのであって右表題部の表示はその全体においては明らかに本件旧建物との同一性を認識するに足るものというべく、右地番表示の誤りはたやすく更正登記によって訂正しうる程度のものであった。したがって、右保存登記はその所在地番表示の誤りにかかわらずなお本件旧建物についての有効な保存登記として建物保護法第一条第一項所定の登記としての効力を有していたというべきである。

(ⅱ)なお、昭和三六年ごろ東京法務局中野出張所において昭和三五年法律第一四号による不動産登記法の一部改正にもとづきいわゆる登記簿と台帳の一元化の実施作業として登記用紙の表題部の改製および新設がおこなわれた際、同出張所担当係員は職権により本件旧建物についての家屋台帳の記載から「東京都中野区江古田二丁目八九〇番地の四、家屋番号同町八五番木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅一棟建坪一〇坪、所有者中条慶」なる表示を移記していわゆる新表題部の登記用紙(以下これを新登記用紙という。)を新設したが、その際右の新登記用紙に前記の旧登記用紙を合綴しておくべきであったにもかかわらずその取扱を誤り、旧登記用紙を滅失推認の登記として登記簿から除去して閉鎖登記簿に編綴保管する取扱をした。しかし、登記官吏がその過失により右のごとくに有効な保存登記の記載のある登記用紙を登記簿から除去して閉鎖登記簿に編綴する取扱をしたからといってそのことによりその保存登記の効力にはなんら消長を来すべきものではない。仮にしからずとしても、右のごとき新表題部の登記自体が建物保護法第一条第一項所定の登記に該当すると解すべきである。

(ⅲ)また、控訴人は昭和三六年一二月ごろ本件旧建物に増築を加えてこれを別紙物件目録(二)記載のごとき構造および床面積を有する建物すなわち本件新建物に変更した。ここにおいて新たに建物の構造および床面積の点につき登記簿上の表示と実際の建物との間に不一致を生ずるにいたった。しかし、右の増築はその建物の同一性に影響を及ぼすほどのものではなく、本件旧建物と本件新建物とは同一の建物といい得るものであり、したがって前記の新登記用紙および旧登記用紙の表題部の表示はいずれも右増築後の本件新建物を表示するものとしてその間になお同一性があるものというべく、構造および床面積についての右の程度の不一致はたやすく変更登記によって更正しうるものであった。かような場合には右の不一致にかかわらずなお建物保護法第一条第一項にいう「登記シタル建物」を所有していた場合に該当するというべきである。

(ハ) しかるところ、本件土地の所有権は昭和二一年五月五日に家督相続によって恒義から訴外石田和代に移転し、ついで昭和二八年一月二一日売買により和代から訴外吉田為一に移転する経路をたどって、昭和三七年七月二三日売買により吉田為一から被控訴人に移転したものである。

(ニ) よって、訴外石田恒義が控訴人に対して有した本件土地の貸主たる地位は右所有権の移転とともに、訴外石田和代、同吉田為一を経由して被控訴人に移転したものである。

(2) 仮に本件の建物についての右の登記の関係が建物保護法第一条第一項に規定する登記ということができず、控訴人が右土地賃借権を被控訴人に対抗しえないものであったとしても、被控訴人は、本件土地の買受けにより吉田為一からその賃貸人たる地位を承継したとして、昭和三七年一一月九日控訴人に対し、同年八月分から一一月分までの賃料の支払を催告し、もって控訴人の本件土地に対する賃借権を承認した。かようにいったん控訴人の賃借権を承認した以上、被控訴人はもはやその対抗要件の欠缺を主張してその賃借権を否定することはできない。

(3) 仮に右主張が認められないとしても、前項における賃料支払の催告は被控訴人から控訴人に対する「本件土地を従前どおりの条件で賃貸する」旨の申込の意思表示としての効力を有するものと解すべきところ、控訴人は同月一日被控訴人に対し右催告にかかる賃料を送付することにより右申込に対する承諾の意思表示をし、ここに被控訴人と控訴人との間に本件土地につき従前と同一条件による賃貸借契約が成立した。

(4) 仮に以上の主張が認められないとしても、控訴人は苦しい生計のうちに多額の費用をかけて前記建物を建築所有し、永年にわたりこれを唯一の生活の場としてきたものであり、いまこれを収去して本件土地を明け渡さなければならないとすると、唯一の生活の本拠を失い、現在の住宅事情ならびに控訴人の資力からして他に生活の場を求めることもできず耐えがたい損失と苦痛をこうむる。これに対し被控訴人は控訴人の本件土地に対する賃借権の存在を熟知しながら本件土地を買い受けたうえ、たまたま登記の外形上に若干の不備が存したことを奇貨として控訴人を本件土地から退去せしめ、もって不当の利得をはかろうと企図しているものである。かかる事情のもとにおいて、被控訴人が控訴人の賃借権を否定して本件土地の明渡を請求するのは権利の濫用であって許されない。

第三、立証≪省略≫

理由

一、被控訴人が別紙物件目録(一)記載の土地(本件土地)を所有していること、控訴人が右土地上に同目録(二)および(三)記載の各建物を所有して同土地を占有していること。控訴人が昭和二〇年ごろ、当時本件土地の所有者であった訴外石田恒義から右土地を建物所有の目的で賃借したこと。その後、本件土地の所有権が昭和二一年五月五日に家督相続によって恒義から訴外石田和代に移転し、ついで昭和二八年一月二一日売買により和代から訴外吉田為一に移転する経路をたどって、昭和三七年七月二三日売買によってさらに吉田為一から被控訴人に移転したものであること。以上の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、訴外石田恒義が控訴人に対して有した右賃貸人たる地位が、本件土地の所有権の移転とともに石田和代、吉田為一を順次経由して被控訴人に移転したものであるかどうかにつき判断する。

(一)  前記のとおり石田和代は石田恒義の家督相続人としてその地位を相続したのであるから、これにより前記賃貸借契約における貸主たる地位をも承継したものであることは明らかである。

(二)  つぎに、右賃貸人たる地位が和代から吉田為一に移転したかどうかにつき考察する。

≪証拠省略≫に弁論の全趣旨をあわせると、控訴人は昭和一六年ごろから本件土地(当時本件土地の地番表示は「東京都中野区江古田二丁目八九〇番地の二」、その後昭和三九年九月二日に町名区域変更により別紙物件目録(一)記載のとおりに変更された。)の上に木造トタン葺平家建居宅一棟建坪一〇坪すなわち本件旧建物(後記のとおり昭和三六年一二月にいたり同建物は増築されて別紙物件目録(二)記載のごとき構造および床面積を有する建物すなわち本件新建物に変更された。)を建築所有し、かつ昭和一六年八月二六日右建物につき控訴人名義で所有権保存登記を完了していたこと、右保存登記がなされている旧登記用紙の表題部における建物の表示は当初「東京都中野区江古田二丁目八九〇番地の四、木造トタン葺平家建一棟建坪一〇坪」と記載されていたこと、右建物の所在地番の表示が実際のそれと多少くいちがったのは右保存登記の申請の際における控訴人の錯誤にもとづくものであること、その後昭和一九年七月一八日に右登記の表題部における建物所在地番の表示につき、同番地の四の表示が区画整理により改められて同番地の三となった旨の登記がなされるとともに、あらたに家屋番号(同町八五番)が附加表示されたこと、以上の事実が認められる。

右の事実によると、吉田為一が石田和代から本件土地の所有権を取得した昭和二八年一月二一日当時、控訴人は本件土地上に「東京都中野区江古田二丁目八九〇番地の三、家屋番号同町八五番、木造トタン葺平家建一棟建坪一〇坪」と表示した保存登記がなされているところの本件旧建物(当時の現況「東京都中野区江古田二丁目八九〇番地の二、木造トタン葺平家建居宅一棟建坪一〇坪一)を所有していたこととなる。

しかして、右のとおり本件旧建物についての保存登記の表示はその所在地番の点において実際のそれと若干相違していたのであるが、右の相違は同番地のうちのたんなる枝番号のしかもきわめて接近した番号の相違にすぎず、その点を除けば実際のそれと全く同一なのであるから、右表題部の表示はその全体において当時本件土地上に存在した本件旧建物を表示していることは明らかというべく、右地番表示の誤りはたやすく更正登記によって更正しうる程度の軽微な誤りであったと認められる。そして、かように借地上の建物についてなされた保存登記がその建物の所在地番の表示において実際の建物所在地番と多少相違していても、建物の種類、構造、床面積等の記載とあいまってその登記全体においてなお当該建物との同一性を認識しうる程度の軽微な誤りであり、その地番表示の誤りが更正登記によってたやすく更正しうるような場合には、借地権者が建物保護法第一条第一項にいわゆる「登記シタル建物」を所有する場合に該当すると解するのが相当である(最高裁判所昭和三六年(オ)第一一〇四号昭和四〇年三月一七日言渡大法廷判決参照)。

したがって、吉田為一が本件土地の所有権を取得した昭和二八年一月二一日当時控訴人は本件土地の賃借権についてその対抗要件を具備していたものと認められる。よって吉田為一は石田和代から本件土地の所有権を取得するとともにその賃貸人たる地位をも承継したものである。

(三)  そこでつぎに右賃貸人たる地位が吉田為一からさらに被控訴人に移転したかどうかにつき判断する。

(1)  ≪証拠省略≫をあわせると次の事実が認められる。すなわち、本件の管轄登記所たる東京法務局中野出張所は昭和三五年法律第一四号不動産登記法の一部改正に関する法律、同年法務省令第一〇号不動産登記法施行細則の一部を改正する等の省令、同年四月一日法務省民事甲第六八五号民事局長通達(登記簿・台帳一元化実施要領、以下実施要領と略称する。)にもとづきいわゆる登記簿と台帳の一元化の作業を実施して昭和三六年三月三一日右作業を完了したが、その際右実施作業にあたった登記官吏は、たまたま本件旧建物の所在地番についての家屋台帳の記載が前記区画整理による八九〇番地の三と訂正される以前の八九〇番地の四となったままであったので(台帳が税務署所管の当時に右変更登録がされず、そのまま登記所に移管されたものと推認される)、その記載から「東京都中野区江古田二丁目八九〇番地の四、家屋番号同町八五番木造亜鉛メッキ鋼板葺建平家建居宅一棟建坪一〇坪、所有者中条慶」なる表示を移記して新表題部の登記用紙を作成し、右台帳の記載に相応する登記はないものとして本件を台帳に登録はありながら未登記なるものとしてその取扱いをし、一方、右建物の所在地番の登記簿の記載は前記のように八九〇番の三とされているため右建物は台帳に登録されていない既登記の建物としての取扱いをし、しかも旧登記用紙の記載事項が戦前の記載にかかるものであったことから旧登記用紙記載の建物は戦時中の強制疎開または大火によってすでに滅失しているものと推認して、旧登記用紙はこれを閉鎖登記簿に編綴保管する取扱(実施要領第九・2・第五二参照)をした。そして、右の旧登記用紙は被控訴人が本件土地の所有権を取得した昭和三七年七月二三日当時においてもなお閉鎖登記簿に編綴されたままになっていた。

しかし右建物は前述のごとくすでに控訴人名義で所有権保存登記がなされているところの既登記の建物であり、しかも右家屋台帳における家屋番号の表示と保存登記の表題部における家屋番号は全く同一であり、その構造、床面積も同一で、家屋台帳表示の建物と登記簿記載の建物とが同一の建物である(少なくとも類似の建物である)ことは両者の記載自体からもあきらかであったというべきであるのみでなく、右台帳上の所在地番の記載は台帳移管前の表示の変更につき変更登録がなされなかったものであり、登記用紙の変更前の表示と符合しているものであるから登記官吏はすべからく登記用紙の表題部にもとずいて移記した新表題部の登記用紙すなわち新登記用紙とともに右保存登記がなされていたところの旧登記用紙を合綴してこれを本件建物についての新らたな登記簿とするか、少くとも類似したものとして台帳及び登記用紙の両者につきそれぞれ移記して、後者については旧登記用紙を合綴する取扱をすべきものであった(実施要領第二・1、第五、第六、第七参照)。いずれにしても、もし当時所轄の登記官吏がこの扱いをしていたならば右建物についての保存登記は前記所在地番の相違はともあれ、実現していたはずである。かように認めることができる。

このような場合控訴人の右建物は被控訴人が本件土地所有権を取得した当時なお有効な登記ありというべきであろうか。これ本件の問題である。この点につき被控訴人は、すでに控訴人名義の保存登記が右のごとくに滅失推認の登記として閉鎖登記簿に編綴されてしまった以上、有効な登記あるものといいえず、控訴人の賃借権はその対抗要件を失うにいたったものであると主張するのである。しかし、本件の控訴人所有の建物についての所有権保存登記のある登記用紙が滅失推認の登記として閉鎖登記簿に編綴されるにいたったのは前記のいきさつによるものであり、これは登記簿と台帳の一元化実施の際における登記官吏の過誤により不当に保存登記が消失したものというべきであって、もし右過誤なかりせば右建物の保存登記は引き続き存続しえたはずであり、それが建物保護法上有効な登記としてその効用を有したであろうことは明らかである。しかも本件においては当該建物に関する台帳の記載にもとづいてあらたに作成された新表題部の登記用紙が登記簿に編綴され、その登記用紙には建物所有者として控訴人の氏名が記載されているのである。かような場合には、控訴人の建物にはなお建物保護法上有効な登記が存するものとして、その賃借権は対抗要件を具備するものと解するのが相当である。けだし、一旦有効に存在した登記は法定の消滅事由の発生しない限りその効力を持続すべく、登記官吏の過誤によって不当に登記が消失することはここにいう法定の事由の発生と解し得ないものであって、実際的にも、もしこれによって一旦有した登記の効力が消滅するとすれば当事者は自己の関しない事由によって不測の損失をこうむることになり、これを防止するは至難を強いることとなるばかりでなく、当該保存登記簿から除去されて閉鎖登記簿に編綴されていたとしても当該閉鎖登記簿を閲覧してその保存登記の存在を容易に発見することができるのであり、また別に当該建物について作成された新表題部の登記が存在し、しかもその登記には建物所有者として借地人の氏名が記載されているのであって、これによっても当該土地上に借地人が建物を所有していることを一応推認しうるのであるから前記のように解しても必ずしも常に土地の所有権を取得せんとする者に不測の損害を及ぼし、土地取引の安全を害する結果になるともいいえないからである。したがって、控訴人の本件土地に対する賃借権はこの点ではなおその対抗要件を具備していたと認めるのが相当である。

(2)  つぎに、前掲の各証拠によると、控訴人は昭和三六年一二月ごろ、本件旧建物について、一階部分の床面積を約八坪一合四勺拡張し、その上部に約九坪の二階部分を建築附加する等の増築をしてその結果別紙物件目録(二)記載のごとき構造床面積を有するところの本件新建物としたが、昭和三八年五月三〇日にいたってようやく右構造ならびに床面積についての変更登記を申請し、あわせて、その所在地番の表示を真実の所在地番たる八九〇番地の二に更正する旨登記申請をし、ここにおいて登記所が実地調査の結果さきに滅失推定の取扱をしたものが現存することが判明したとしてすでに閉鎖登記簿に編綴してあった保存登記の登記用紙の前記新表題部の合綴した上、右建物の表示をその敷地の地番とあわせて右のとおりに変更ないし更生登記し、同時に職権によりその家屋番号の表示が別紙物件目録(二)記載のごとくに変更する登記がなされたことが認められる。これによってみれば被控訴人が本件土地の所有権を取得した昭和三七年七月二三日当時はまだ右のような登記簿上の措置はなされていないのであって、登記官吏の過誤によって不当に消失していた保存登記が、依然としてその効力を失わないとしても、なおその登記簿上に有した表示と増築後の本件新建物との間には、従前から存したその所在地番の不一致に加えてさらにその構造および床面積の点においても若干の不一致があるものとすることは否定しえないところである。

被控訴人は、右のごとき登記簿上の表示と実際との間の不一致によって控訴人の賃借権はその対抗要件を欠くにいたったものであると主張する。しかし、前記の増築によって増築前の旧建物はそのまま増築後の建物の中に包摂されているものであって、本件新建物は旧建物の生長増大したものに過ぎず、両者の間の同一性は失われていないと認めるのが相当であり、しかる以上前記の登記は増築後の本件新建物についての登記としての効力を有することは明らかであって、その所在地番の表示の不一致(その不一致がたんなる枝番号のしかもきわめてわずかな不一致にすぎないものであることはさきにのべた)の点を考慮にいれてもなお、前記登記簿の表示はその表示全体においてやはり増築後の本件新建物との同一性を認識するにたるものであって、したがってまた右増築によって生じた登記簿上の表示との不一致は変更登記によって容易に更正しうるものであり、その故に現にしかく変更登記されえたものと解するのが相当である。かように、借地人の所有する建物が増築されたことによってその登記簿上の表示と実際の建物との間に不一致が存在するにいたった場合であっても、その登記簿の表示がなおその表示全体において増築後の建物との同一性を認識するにたるものであって、右増築によって生じた不一致は変更登記によって更正しうるという場合には、前記二の(二)記載の場合と同様に借地人の賃借権はなおその対抗要件を具備しているものと解するのが相当である。よってこの点にかんする被控訴人の主張も採用できない。

(3)  結局控訴人は被控訴人が本件土地の所有権を取得した昭和三七年七月二三日当時においてもなお従前と同様その賃借権について対抗要件を具備していたといわなければならない。したがって、被控訴人が本件土地の所有権を取得するとともに吉田為一と控訴人との間に存した本件土地賃貸借関係は当然被控訴人に移行したことになる。

三、しかして控訴人が当初石田恒義から本件土地を普通建物所有のため賃借したのが昭和二〇年中であることは前記のとおり当事者間に争ないところであるから、なんらか右賃貸借終了の事由の存しないかぎり、被控訴人と控訴人との間には現に右賃貸借関係が存続するものというべく、右賃貸借終了事由の存することは被控訴人のなんら主張立証しないところである。したがって被控訴人の本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却すべきである。しからばこれと異なり被控訴人の右請求を認容した原判決は失当であるから民事訴訟法第三八六条によってこれを取り消すべく、訴訟費用の負担につき同法第九六条第八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅沼武 裁判官 篠原幾馬 渡辺忠嗣)

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