東京地方裁判所 昭和38年(ワ)1754号 判決 1965年9月07日
原告 富国石油瓦斯株式会社
右代表者代表取締役 二口孫一
右訴訟代理人弁護士 鍛治良作
鍛治良道
石川滋
被告 鷲山半初
右訴訟代理人弁護士 熊谷正治
主文
被告は原告に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和三七年一一月二八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。
事実
第一、当事者の申立
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金五、〇九七、五〇〇円およびこれに対する内金一〇〇万円については昭和三七年一一月二八日から、内金四、〇九七、五〇〇円については昭和三八年七月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求めた。
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二、原告の請求原因
一、原告は石油ガス採取、販売を業とする会社であり、被告は坑井掘さくを業とするものである。
二、原告は昭和三七年四月二六日被告に対し新潟県三島郡寺泊町金山地内における天然ガス坑井掘さく工事を次のような約定で請負わせた。
(1) 工事仕様は、三坑井の掘さくで、一坑井の深さ八〇〇米ないし一、二〇〇米、仕上げ口径六吋半とする。
(2) 被告は同年五月下旬に工事に着手すること。
(3) 請負代金は一、五〇〇万円とし、その支払方法は次のとおりとする。
(イ) 最初第一坑掘さく工事着手と同時に金二〇〇万円支払い、その後は掘進一米当り金四、〇〇〇円の割で計算し、毎月二〇日締切り、月末に支払う。
(ロ) 第二坑掘さく工事着手と同時に金一〇〇万円支払い、その後は掘進一米当り金四、〇〇〇円の割で計算し、毎月二〇日締切り、月末に支払う。
(ハ) 第三坑掘さく工事着手と同時に金一〇〇万円支払い、その後は掘進一米当り金三、〇〇〇円の割で計算し、毎月二〇日締切り、月末に支払う。
(4) 被告が債務を履行しないときは、原告は催告なくして直ちに契約を解除することができる。
三、ところで原告は、右工事着手前にもかかわらず、被告の懇請により、昭和三七年七月二三日頃被告に対し右工事代金の内金の前払として金六五万円を支払った。
四、原告は同年六月から同年九月までの間に被告が日本通運株式会社に対し支払うべき掘さく機等の運賃合計金三五万円を立替え支払った。
五、被告は右契約により同年五月下旬には掘さく工事に着手しなければならないものであるのに、同年七月二三日に至って漸く一〇〇馬力ディーゼルエンジン一台、ロータリー掘さく機一台、径二吋の鋼管総延長六〇〇米、高さ二六米の鉄櫓一基を工事現場に送付してきたが、右機械はかなり老朽したもので、掘さく能力わずか深度五〇〇米程度のものであって、右契約によるような深い坑井を掘さくする能力はないものであったので、原告は同年八月二七日被告に対しその取替方を要求したが、被告はこれに応じなかった。
六、一方、原告は右坑井掘さくに関しかねてから国に対し天然ガス開発探鉱補助金の交付を申請していたものであるが、同年九月二一日東京通商産業局長から原告に対し右補助金四、〇九七、五〇〇円を交付する旨の計画が示され、原告が右補助金交付申請書を提出すれば、右補助金が原告に対し交付されることに決定したのである。
七、被告は、当初五〇〇米も掘さくすれば油が出てきて掘さく工事を中途で打切ることができるであろうと考えていたのが右補助金が交付される計画であることを知るや、前記契約どおり深く掘さくしなければならないことを察知し、その能力がないことを悟り、同年九月三〇日前記機械とともに引揚げ右掘さく工事を放棄してしまった。
八、そこで、原告は同年一一月一六日内容証明郵便で被告に対し前記掘さく工事請負契約を解除し、前記前払代金および運賃立替金を七日以内に支払うべき旨を催告し、右書面は同月一九日被告に到達した。
九、仮りに右解除の主張が認められないとしても、原告は昭和三八年六月四日準備書面で被告に対し二週間内に前記請負契約に基く義務の履行をなすべきことを催告し、もし右期間内に履行しないときは、右請負契約を解除する旨の意思表示をし、右書面は同日被告に送達されたが、被告は右期間内にその義務の履行をしなかったから、右請負契約は同月一八日限り解除されたものである。
一〇、したがって、被告は原告に対し右前払代金六五万円および運賃立替金三五万円合計金一〇〇万円ならびにこれに対する右催告期限後である昭和三七年一一月二八日から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
一一、また、被告が右掘さく工事を放棄して前記請負契約に基く義務を履行しなかったため、原告において前記補助金交付申請書を提出することができなくなり、結局原告は前記補助金四、〇九七、五〇〇円の交付を受けることができなくなり、同額の得べかりし利益を喪失し、同額の財産上の損害を蒙ったものであるところ、被告は原告において右補助金の交付を申請することは予知していたのであるから、右損害の発生を予見することができた筈であるので、原告に対し右損害の賠償として金四、〇九七、五〇〇円およびこれに対する本件昭和三八年(ワ)第五、七〇六号事件の訴状送達の翌日である昭和三八年七月二五日から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
一二、よって、原告は被告に対し右前払代金および運賃立替金一〇〇万円ならびに損害金四、〇九七、五〇〇円、以上合計金五、〇九七、五〇〇円とこれに対する右金一〇〇万円については昭和三七年一一月二八日から、金四、〇九七、五〇〇円については昭和三八年七月二五日から支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。
第三、被告の答弁および抗弁
一、原告主張の事実中、原、被告がいずれも原告主張のようなものであること、被告が原告主張の日に原告からその主張のような約定でその主張の天然ガス坑井掘さく工事を請負ったこと、被告が原告主張の頃原告から右工事代金の内金の前払として金六五万円の支払を受けたこと、原告がその主張の頃被告のため原告主張のような運賃金三五万円を立替え支払ったこと、原告がその主張のような補助金の交付を申請していたこと、被告が原告主張の日に本件工事現場を引揚げたこと、原告から被告に原告主張の日にその主張のような内容証明郵便が到達したことは認めるが、その余の事実は否認する。
二、被告は原告主張の請負契約に従って昭和三七年五月下旬から掘さく機械および資材の運搬に着手し、同年六月末日までに本件掘さく工事現場最寄駅である大河津駅まで運搬し、同年八月一四日までに本件工事現場に櫓立てを完了し、第一坑の掘さく工事に着手していたものというべきところ、かえって、原告は右第一坑掘さく工事着手と同時に本件請負代金の内金二〇〇万円を支払うべき義務があるのに、その内金一〇〇万円を支払ったのみで、残金一〇〇万円の支払をしないばかりか、本件請負契約によれば、被告が右工事現場最寄駅に送付した機械の本件工事現場までの運搬および本件工事用の給水設備は原告においてなす約であったにかかわらず、原告は右機械の運搬も給水設備もしないので、被告はそれ以上の工事を続行することができず、やむなく同年九月三〇日本件工事現場を引揚げるに至ったものであり、被告にはなんら原告主張のような債務不履行はないから、原告主張の本件請負契約解除の意思表示は無効である。
三、仮りに被告に原告主張のような前渡金返還および立替金支払債務があったとしても、被告は原告の前記債務不履行により次のような合計金一、七四七、四〇〇円の損害を蒙ったものであるから、原告に対しその損害賠償債権を有すべきところ、昭和三八年四月一三日原告に対し函館地方裁判所同年(ワ)第一三〇号損害賠償請求事件の訴状をもって、本件請負契約を解除し、右損害賠償債権と原告に対する前記前渡金返還および立替金支払債務とを対当額で相殺する旨の意思表示をし右訴状は同月二六日原告に送達されたから、被告の右債務は消滅に帰したものである。
損害内訳
(1) 金三二万円 従業員給与(四人、二ヵ月分)
(2) 金一七、〇〇〇円 雑給
(3) 金四五、〇〇〇円 飯場費(五人、二ヵ月分)
(4) 金四万円 従業員旅費(長万部、寺泊間往復、四人分)
(5) 金四万円 現場雑費(二ヵ月分)
(6) 金一二万円 事務費(北海道、東京、寺泊出張五回分の旅費、滞在費、電話料等)
(7) 金四五万円 本件掘さく機械の損料(三ヵ月分)
(8) 金三五万円 本件掘さく機械運賃(安牛、寺泊間)
(9) 金一七、〇〇〇円 本件掘さく機械搬出費(本件工事現場、寺泊間)
(10) 金七六、〇〇〇円 トラック運賃(寺泊、新津間、トラック七台分)
(11) 金一二、〇〇〇円 運搬雑費(クレーン車、人夫賃等)
(12) 金二五万円 本件掘さく機械運賃(新津、長万部間)
(13) 金一〇、四〇〇円 被告が昭和三七年七月二三日原告から交付を受けた金額六五万円、満期同年八月三一日なる約束手形の日歩四銭の割引手数料
第四、被告の抗弁に対する原告の答弁
被告主張の事実は否認する。被告は本件掘さく工事に着手していないから、原告は本件請負代金の内金二〇〇万円を支払う義務はないし、また、原告は被告が本件掘さく工事を開始する段取りとなれば、いつでも本件掘さく機の運搬をなしうる態勢にあったし、水道設備についてはその実施中であったものであるから、原告に被告主張のような債務不履行はない。
第五、証拠≪省略≫
理由
一、原告が石油ガス採取、販売を業とする会社であり、被告が坑井掘さくを業とするものであること、原告が昭和三七年四月二六日被告に対し原告主張のような天然ガス坑井掘さく工事を原告主張のような約定で請負わせたこと、原告がその主張の頃被告に対し右工事代金の内金の前払として金六五万円を支払ったこと、原告がその主張の頃被告が日本通運株式会社に対し支払うべき掘さく機等の運賃合計金三五万円を立替え支払ったことは、当事者間に争がない。
二、≪証拠省略≫を総合すると、被告は本件掘さく工事請負契約によれば昭和三七年五月下旬には本件掘さく工事に着手しなければならないことになっているのに、同年七月二三日頃に至って漸く一〇〇馬力ディーゼルエンジン一台、ロータリー掘さく機一台、径二吋の鋼管総延長六〇〇米、高さ二六米の鉄櫓一基を工事現場に送付してきたが、右機械は右契約による深度一、〇〇〇米にも達するような深い坑井を掘さくする能力を有しないものであり、本件掘さく工事には人夫も少くとも一二名は必要とするのに、被告が現場に連れてきた人夫はわずか四名であり、被告は本件坑井掘さく工事を前記契約どおりに完遂することができるような十分な準備を整えたとはいえない状態にあったこと、被告は本件坑井掘さくに関し国から原告に天然ガス開発探鉱補助金が交付される計画がなされたことを知るや、当初五〇〇米も掘さくすれば油が出てきて工事を途中で打切ることができるであろうと考えていたのが、右補助金が交付される以上は、そのようなことは許されず、前記契約どおり深く掘さくしなければならないであろうことを察知し、その能力がないことを悟り、同年九月三〇日前記機械とともに現地を引揚げ、爾後右掘さく工事を放棄してしまったことが認められる。≪証拠判断省略≫。被告は本件請負契約にいわゆる第一坑の掘さく工事に着手していたものというべきであるから、これと同時に原告は本件請負代金の内金二〇〇万円を支払うべきであるのに、その内金一〇〇万円を支払ったのみで、残金一〇〇万円の支払をしないから、被告がその後掘さく工事を進行しないからといって、被告に債務不履行があるとはいえないと主張するけれども、≪証拠省略≫によれば、本件請負契約において原告が被告に対し本件請負代金の内金二〇〇万円を第一坑掘さく工事着手と同時に支払うという趣旨は、被告が第一坑掘さくの準備を完了し、櫓立てをなし、開坑式を挙行し、右坑掘さく作業開始と同時に右金員を支払うということであることが認められるので、被告は右掘さく作業開始前に原告に対し右請負代金の内金二〇〇万円の前払を請求することはできず、原告からその支払がないことを理由に、右坑掘さく作業開始に至るまでの準備を拒むことはできないものというべく、前記認定のように被告は本件掘さく工事遂行の準備を十分整えていたとはいえない状態にあったものであり、前記契約にいわゆる第一坑の掘さく工事に着手したものとはいえないので、原告はいまだ被告に対し右請負代金の内金二〇〇万円を支払う義務はなかったものであり、被告の前記主張は採用することができない。また被告は右工事現場最寄駅に送付した機械の本件工事現場までの運搬および本件工事用の給水設備は原告においてなす約であったにかかわらず、原告は右機械の運搬も給水設備もしないので、被告が掘さく工事を進行しなかったとしても、被告の債務不履行にはならないと主張し、≪証拠省略≫によれば本件請負契約では被告主張のような右約定がなされていたことが認められるけれども、≪証拠省略≫によれば、原告は被告が本件掘さく工事遂行に十分な機械、人員を整えるならば、いつでも右機械の運搬をなしうる用意をなし、一部はその実施中であったこと、原告は被告が本件掘さく作業開始までには間に合うように給水設備の施工をしていたことが認められ、≪証拠の認否省略≫、他に右認定を覆すに足りる証拠はないから、原告に被告主張のような債務不履行はないので、被告の右主張は採用することができない。したがって、前記のように被告が本件工事現場を引揚げ、本件掘さく工事を放棄するに至ったことは、被告の債務不履行といわなければならない。
三、ところで、本件請負契約においては、被告の債務不履行の場合、原告は催告なくして直ちに本件請負契約を解除しうるものとされていたものであるところ、原告が昭和三七年一一月一六日内容証明郵便で被告に対し前記掘さく工事請負契約を解除し、前記前払代金および運賃立替金を七日以内に支払うべき旨を催告し、右書面が同月一九日被告に到達したことは、当事者間に争がないから、被告は原告に対し右前払代金を返還し、立替運賃を支払うべき義務を負担したものである。
四、被告は原告の債務不履行による損害賠償債権と原告に対する右前払代金返還および立替金支払債務とを対当額で相殺すると主張するけれども、原告に被告主張のような債務不履行の事実がないことは前記説示により明らかであるから、被告の右相殺の主張は採用することができない。
五、よって、被告は原告に対し右前払代金六五万円および運賃立替金三五万円合計金一〇〇万円ならびにこれに対する右催告期限後である昭和三七年一一月二八日から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものといわなければならない。
六、次に原告は被告の債務不履行により天然ガス開発探鉱補助金四、〇九七、五〇〇円に相当する得べかりし利益を喪失し、同額の財産上の損害を蒙ったから、その賠償を求めると主張するので考えるに、成立に争のない甲第一〇号証、証人斉藤武夫の証言および原告会社代表者二口孫一の本人尋問の結果(第一、二回)によれば、昭和三七年九月二一日東京通商産業局長から原告に対し右補助金四、〇九七、五〇〇円を交付する旨の計画が示され、原告が右補助金交付申請書を提出すれば、右補助金が原告に対し交付されることに決定したが、被告が本件掘さく工事を放棄したため原告において右交付申請書を提出することができなくなり、右補助金の交付を受けられなかったことが認められるけれども、右補助金はその交付の対象となった坑井掘さく工事の費用の一部に充当さるべきものとして交付されるものであるから、掘さくするものがもし右補助金の交付をうければ、掘さく工事費のうち右補助金に相当する額だけ自己において出捐する必要がないところ、もし補助金の交付をうけられなければ、右金額も自己において出捐しなければならないので、掘さくするものが現実に掘さくをした場合および掘さくすることが極めて確実な場合は、その交付される筈であった補助金が交付されないことになれば、その交付された場合に比し右補助金の額だけ余計に出捐しなければならなくなるから、その額だけ損害を蒙ったということができるが、掘さくしようとしたものが現実には掘さくしない場合には、その掘さく工事費用も出捐しなくてすむのであるから、補助金交付の有無によってその出捐に差が生ずるということもないので、補助金が交付されないことによって、右補助金の額に相当する損害を蒙るとはいえないところ、原告会社代表者二口孫一本人尋問の結果(第二回)によれば、原告はいまだ本件坑井の掘さくを行っていないこと明らかであり、また近い将来において右掘さくを行うことが極めて確実であるとも認められないから、原告が被告の債務不履行により前記補助金の交付をうけられなくなったものとしても、直ちに右補助金額に相当する損害を蒙ったものとはいえないので、原告の前記損害賠償の請求は失当である。
七、よって、原告の本訴請求は前記認定の限度で正当であるから、これを認容し、その余は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 輪湖公寛)