東京地方裁判所 昭和38年(ワ)214号 判決 1965年5月27日
原告 吉野真一郎
被告 株式会社栄家興業
主文
被告は原告に対し金三〇万円及びこれに対する昭和三八年一月三〇日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は原告において金一〇万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は主文第一項と同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として
「(一)、被告は宅地建物取引業を営む会社であるところ、原告は被告の仲介により昭和三七年一〇月三日訴外宇都ミチ、同宇都伸生及び同茅根みさ三名との間に、同人等共有にかかる別紙目録<省略>記載の宅地及びその地上建物(以下本件土地、建物という。)を、代金三〇〇万円、手附金三〇万円、登記所における台帳整理終了後直ちに所有権移転登記手続履行、右手続完了と同時に代金支払及び土地、建物の引渡履行、当事者の一方に契約不履行あるときは相手方は催告その他何等の手続を要せず単に通知のみで契約を解除することができ、この場合売主は手附金を没取し、買主は所謂手附金倍戻しを請求することができるとの約定で買受ける旨の契約を締結した。
(二)、ところで右売買契約締結に至るまでの折衝並びに契約の締結は、買主たる原告と売主たる右訴外人等が直接面談のうえこれをなさず、すべて仲介者たる被告会社の担当社員(西萩窪営業所営業部課長吉村強、同営業部永岡忠郎)を介して行なわれたものであるが、原告は被告に対し右契約締結に先立ち、これに附随する特約として、(1) 、売買代金が決済されたときは売主である前記訴外人等は廃屋同然である本件建物を取毀ち撤去のうえ本件土地を更地として買主である原告に引渡すこと、(2) 、原告は本件土地のうえに総建坪七〇坪ないし八〇坪の二階建住家一棟(階下床面積約四〇坪)を新築する予定であるから右訴外人等はこれが可能であることを保証すること、を右訴外人等に承諾してもらいたいと被告に要請したところ、被告はこれを諒承し、折り返し右訴外人等に承諾せしめた旨を原告に告知したので、前記売買契約が成立するに至つたものであり、契約成立の当日原告は被告を介して右訴外人等に手附金三〇万円を交付した。
(三)、しかるに同年一〇月二三日に至り調査の結果、本件土地は『緑地地域』に属し、しかも所謂『一割地区』に該当することが判明したので、原告は同年一一月九日附それぞれ翌一〇日ないし翌々一一日到達の内容証明郵便による書面を以て前記訴外人等に対し、本件土地が緑地地域で建築面積が法律上大幅に制限されていることは民法第五七〇条に所謂隠れたる瑕疵で、これにより売買の目的を達することができないからとの理由で前記売買契約を解除する旨の意思表示をなした。
ところが、逆に右訴外人等より原告に対し同年一一月一七日附翌々一九日到達の内容証明郵便による書面を以て、本件土地、建物は現状有姿のまま原告に売渡したもので何等他に特約をした覚えはないから本書到達の日より一週間以内に売買残代金を支払われたく、もし支払がないときは本契約を解除し、手附金を没取する旨の通告があつた。
原告はもとより右催告に応じなかつたが、後日判明したところによれば、被告は原告より前記要請があつたにかかわらず、右特約の趣旨を相手方に伝えず、現状有姿のままの売買として契約を成立せしめるに至つたものであり、しかも本件契約はその折衝を仲介者たる被告に一任したものである関係から、相手方において現状有姿のままの売買たることを強調する以上、原告はその主張に屈せざるを得ず、従つて前記手附金三〇万円は没取の運命にあい、原告において相手方よりこれを取戻すに由なきに至つたものといわなければならない。
(四)、しかして、原告の右損害は、被告が原告の要請を無視して前記特約の趣旨を相手方に伝えず、しかも相手方の承諾あつた旨虚偽の事実を原告に告知して契約を締結せしめた結果発生したものであるから、右は被告の不法行為によるものというに妨げなく、仮りに右の事実なしとするも、被告は宅地、建物取引業者として本件土地が緑地地域に属することを知りながら、敢えてこれを原告に告知しなかつたのであるから宅地、建物取引業法第一八条に違反するものとして不法行為上の責任を免れ得ない。
(五)、よつて原告は被告に対し右不法行為に基く損害賠償として金三〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日たる昭和三八年一月三〇日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。」
と陳述した。
立証<省略>
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として
「原告主張の事実は、その主張の特約に関する点を否認するほかすべて認める。本件売買契約は売買当事者双方本件土地、建物の現状有姿のままの売買たることの合意のもとになされたものであつて、被告は原告から原告主張のように特約に関する要請を受けたことはなく、いわんやこれを諒承し、売主等がこれを承諾した旨原告に告知したことはない。次に本件土地が緑地地域にあることは被告も知つていたが、本件売買は原告よりの土地、建物現状有姿のままで買受けたいとの希望に基くものであつたから、被告において特に緑地地域たることを原告に告知する必要はなかつたのである。一般に宅地を更地で売買する場合には、買主が地上に建物を建築することを前提とするから、建蔽率の如何は買主にとつて重大な問題であるが、地上建物を利用するために土地、建物を現状有姿のままで買受ける場合には建蔽率は特に問題とならないから、かかる場合にはその告知をしないのが宅地、建物取引業界における慣例であり、本件の場合もその例外ではない。以上の次第であるから被告には何等原告の主張するような不法行為上の責任はない。」
と述べた。
立証<省略>
理由
本件訴訟の争点は、本件売買契約の締結に先立ち(1) 、原告より被告に対し原告主張のような特約に関する要請があつたか、もしありとすれば被告はこれに対していかなる措置をとつたか及び被告の右措置が不法行為に該当するか(2) 、本件土地が緑地地域に属することを被告において原告に告知しなかつたことがはたして不法行為に該当するか、の二点にあたり、その余の事実関係はすべて当事者間に争がない。
よつてまず、右(1) の争点について按ずるに、この点については僅かに原告本人尋問の結果中に「契約締結に先立ち現地を検分した際、原告より被告会社の担当社員に対し、大体七、八〇坪の家を建てて住宅兼アパートにするつもりであると告げたところ、同社員は、まあ建つでしようと建築可能なことを請け合つた。」旨の供述が存する程度で、進んで原告がその主張のような特約を売主側に承諾してもらうよう被告に要請し、被告の諒承を得たとの事実さらには被告より折り返し原告に対し売主側が承諾した旨の告知があつたとの事実についてはこれを肯定するに足る何等の証拠もなく、却つて証人吉村強、同永岡忠郎の各証言に徴すればかかる特約に関する話は特になかつたことを認めるに足るから、原告のこの点に関する主張は採用の限りでない。
そこで次に(2) の争点について考えてみるに、本件土地が緑地地域に属し所謂「一割地区」に該当すること及び被告は右の事実を知つていたが、本件売買契約の締結にあたりこれを原告に告知しなかつたことは当事者間に争ないところ、被告は、本件売買は、土地、建物現状有姿のままの売買で、この種売買の場合には買主に対し建蔽率の告知を要しないことは宅地、建物取引業界の慣例である旨抗争するから以下この点について判断を加える。
なるほど一般に宅地を更地で売買する場合には、買主が地上に建物を建築することを前提とするから、建蔽率の如何は買主にとつて重大な問題であり、これに反し地上建物を利用するために土地、建物を現状有姿のままで買受ける場合には建蔽率は特に問題とならないことはいかにも被告のいうとおりであるが、証人亀崎酉三の証言及び原告本人尋問の結果に口頭弁論の全趣旨を参酌すれば、「原告は本件土地上にアパート兼住宅を建築することを目的として本件土地を買受けようとしたものであり、地上建物たる本件建物は年数古く利用価値なきものとして取毀ち撤去すべきものと考えていた。」ことが認められ、かかる目的を有する者が建蔽率を問題とせずして土地を買受ける理なく一方被告は宅地建物取引業者であるから業者の常識として取引折衝の間に這般の事情を察知し得ないはずはなく、原告が特に地上建物利用の意思を表明したとは到底認め難い本件にあつては、これを被告のいう建蔽率告知不要の場合に該当するものということはできない。
もつとも、成立に争のない甲第一号証(本件不動産売買契約書)にはその末尾に「一切現状有姿の儘とす。」なる記載が存するが、前記認定の事情に照らせば、少くとも原、被告間の関係においては右一文の記載のみから、直ちに、本件売買を被告のいう建蔽率告知不要の現状有姿のままの売買と断定することには難点がある。なんとなれば単に現状有姿のままとあるのみにては、必ずしも地上建物の利用を意味するものとは限らないからである。なおこの点に関する証人吉村強、同永岡忠郎の各証言はいずれも措信し難く、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。
しかりしかして本件のような場合、宅地、建物取引業者が仲介依頼者に対し、売買目的物件が緑地地域に属し、しかも「一割地区」に該当することを告知しなかつたことは、故意ならずとするも、少くとも業務上の注意義務を怠つたものとして過失による不法行為上の責任を免れ得ないものというべきである。もつとも宅地、建物取引業法はその第一八条において、業者がその業務に関し相手方又は依頼者に対し、重要な事項について、故意に事実を告げず、又は不実の事実を告げる行為を禁止しているのみで、業者の過失に言及してはいないが、右第一八条は同法第二五条の刑事罰の前提要件を規定したにとどまり、業者の過失による不法行為上の責任を否定するものではない。
ところで、本件売買契約は売主及び買主が直接面談することなく、すべて被告を介して行なわれ、売主側は文字どおり現状有姿のままの売買として契約を締結し、一方買主たる原告は一切の折衝を仲介者たる被告に任せた関係上、売主との関係においては、もはや現状有姿のままの売買たることを否定し得ず、その結果原告主張のような経緯で契約を解除され、さきに交付した手附金三〇万円を没取されたことは当事者間に争ないところ、右は結局被告の前記不法行為に基因して発生した原告の損害というに妨げないから、被告は原告に対し右損害を賠償すべき義務あるものといわなければならない。
しからば原告が被告に対し損害賠償として右金三〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日たること記録上明らかな昭和三八年一月三〇日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は理由ありとしてこれを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 古山宏)