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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)3250号 判決 1964年4月27日

原告 千野芳次郎

右訴訟代理人弁護士 伊達利和

同 溝呂木商太郎

同 伊達昭

被告 光ドライクリーニング株式会社

右代表者代表取締役 村山福光

右訴訟代理人弁護士 浜田源治郎

主文

(一)  被告は原告に対し、金一五万二、〇〇〇円の支払をせよ。

(二)  原告その余の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は原告の負担とする。

(四)  この判決は第一項に限り、仮に執行できる。

事実

≪省略≫

理由

(一)  本件建物について、原告を貸主、被告会社を借主とし、賃料を一ヵ月一二万円毎月末日限りその月分を原告方に持参支払、期間を昭和三七年三月一日から二ヵ年と定めた賃貸借契約が存在すること、およびこの契約に附帯して、被告会社において賃料を遅滞したときは、原告に催告することなく直ちに契約を解除できる旨の特約がなされていることは当事者間に争がない。

(二)  原告は、被告会社が昭和三八年三月分の賃料の支払を遅滞したので、原告は前記特約にもとずき、同年四月八日賃貸借契約を解除した旨主張し、この契約解除の意思表示がなされたことは、被告の認めるところである。

(三)  被告は、まず、原告は昭和三二年四月七日頃被告会社に対し、本件建物の賃料の支払を、約定の期日から旬日位遅延することを許諾したが、昭和三八年三月末日頃この約束を確認しているから、前記解除当時は未だ賃料の支払につき遅滞の責を負うてはいない旨主張するのでこの点につき考えてみると、本件弁論に顕れた一切の証拠によるも、原告が昭和三二年四月七日頃、被告会社が将来支払うべき賃料の支払全般について、旬日位遅延することを包括的に許諾した事実を肯認することはできない。また被告会社代表者尋問の結果によれば、被告会社の代表取締役である村山福光は昭和三八年三月下旬頃、同会社の経理担当職員から当時の資金操作の状況に関する報告を受け、同月末日における被告会社の手持資金の状況からして、同月分の賃料の支払に充てる資金に事欠くものと判断し、同月二四、五日頃原告に対し、三月分の賃料の支払は若干遅れる旨述べてその諒承をえたこと、および三月三〇日頃原告方を訪れて右の支払猶予について原告の確認をえたことが認められるけれども、右の支払猶予について、前記賃貸借契約の解除がなされた同年四月八日までとか、あるいは被告の主張するように旬日位とかいうように具体的な期間まで特定したという点については、この点に関する被告会社代表者の供述は、原告本人の供述と比較検討するときたやすく信用するわけにはいかず、他に確証も存在しない。被告の主張はしよせん失当たるを免れない。

(四)  被告は、さらに前記三月分の賃料の遅滞は軽微であり、未だ賃貸借契約における相互の信頼関係を破壊するまでに至つていないから、原告のした契約解除はその効力を生じない旨主張するのでこの点につき判断をすすめる。

(1)  ≪証拠省略≫を総合すると原告は昭和三二年四月上旬被告会社に対し、本件建物を賃料を一ヵ月五万円毎月二八日限りその月分を持参支払と定め、期間を定めず賃貸したが、昭和三四年四月合意の上、賃料を一ヵ月八万円とし毎月末日限り支払うこととし、期間を同月一日から二ヵ年と定め、さらに右契約は昭和三六年四月一日借家法第二条第一項により更新された後、昭和三七年四月頃合意の上、同年三月分からの賃料を一ヵ月一二万円に増額した上毎月末日限りその月分を原告方に持参支払うこととし、存続期間を同年三月一日から二ヵ年と定めたことが認められる。しこうして原告の契約解除に関する前記特約、即ち被告会社が賃料の支払を遅滞したときは、原告は催告を省略し直ちに解除できる旨の特約は、前記賃貸借契約締結の当初作成した「建物賃貸借契約証書」(乙第一号証の三)が、右特約条項を印刷した市販の用紙を使用した関係上、本件賃貸借の場合も、自然附帯契約として結ばれることとなつたものであり、その後本件賃貸借契約に関して作成された公正証書(甲第一号証および乙第一号証の四)も、最初作成した前記証書の記載にならつて右の特約条項が記載されたものであつて、特に被告会社の賃料の支払について、遅滞等のことが問題となつたために、将来を考慮して特に記載されたというようなことではなかつたことは、前掲の各証拠に徴し明らかである。

(2)  本件建物の賃料の支払状況をみると、≪証拠省略≫を総合すると、昭和三二年から昭和三五、六年頃までは、被告会社の操業開始後間もないこととて設備拡充の必要、顧客層の不安定等の関係から、賃料の支払が一〇日位遅れることは少なくなかつたが、被告会社の株主であり、また一時取締役の地位にもあつた原告としては、勿論右のような経営状態を知つていたので、これを容認していたこと、昭和三七年にはいり、三月分の賃料については期日に支払を終えたが、前掲のように同年四月に、三月分からの賃料を一ヵ月一二万円に合意増額した関係上、四月一六日にその差額四万円を追加支払つたという事情があるほかは、四月分の賃料を一〇日遅滞しただけであつて、そのほかは全て期日までに支払を了していること、および昭和三八年二月分の賃料の支払を一〇日位遅滞していることが認められる。(右の認定に牴触する原告本人の供述部分は信用しない)。

(3)  被告会社代表取締役村山福光は、前認定のように昭和三八年三月下旬頃原告に対し同月分の賃料の支払につき若干の猶予を乞い、原告の諒承をえていたところ、原告が被告会社に対し、同月末日到達の書面により、三月分の賃料の支払を遅滞しないよう警告したことは被告の自陳するところである。しこうして被告会社代表者尋問の結果によれば、右の警告書に接した村山福光は、直ちに原告方に赴きその真意を質したところ、原告は警告書のことは自己の意思によるものではない旨述べて、前認定のように先に諒承した支払猶予を確認したこと、および村山福光は昭和三八年四月一〇日頃三月分の賃料を原告方に持参したが、原告は、既に契約を解除してあるからということで受領を拒否したので、大山弁護士に相談し右金員を弁済のため供託したことが認められ、原告本人の供述中右の認定に牴触する部分は信用しない。

(五)  前掲の各般の事情を総合検討すると、被告会社は履行遅滞の責は免れないものの、遅滞の程度は軽微であり、かつその所為は、賃貸借関係を継続するに堪えない程の背信行為に該当するものとはいいがたい。してみれば、原告の契約解除はその効力を生じないものと解するのが相当である。

(六)  以上のようなわけで、本件賃貸借契約の解除による終了を前提とし、被告に対し本件建物の明渡、および本件建物につき増築した別紙目録第二記載建物の収去と、その敷地である同目録第三記載の土地の明渡を求める原告の請求は、その余の点について判断をするまでもなく理由がないものといわなければならない。

(七)  つぎに、本件建物の約定賃料および約定損害金の支払を求める原告の請求につき判断をすすめる。被告会社代表取締役村山福光は前記のように昭和三八年三月分の賃料を、同年四月一〇日頃原告方に持参提供したのであるが、当時既に履行遅滞の責は免れなかつたのであるから、右の提供は債務の本旨に従つたものということはできない。故に、弁済供託によつて賃料債務を免れるわけにはいかない。よつて被告会社は昭和三八年三月分の賃料一二万円と同年四月一日から同月八日までの賃料三万二、〇〇〇円の合計一五万二、〇〇〇円を支払う義務がある。なお原告は前掲の特約にもとずく賃料倍額の損害金の支払を求めているが、この約定損害金は、本件賃貸借契約の終了を前提とし、本件建物の明渡を遅滞した場合に関するものであることは、前記甲第一号証および乙第二号証に徴し明らかであるから、原告の請求は前提を欠き失当たるを免れない。

(八)  よつて原告の本訴請求は、昭和三八年三月一日から同年四月八日までの本件建物の賃料合計一五万二、〇〇〇円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の点につき民事訴訟法第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎政男)

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