東京地方裁判所 昭和38年(ワ)4267号 判決
○当事者
原告
河野渉治
右訴訟代理人弁護士
堀合辰夫
被告
相田昌男
右法定代理人親権者
相田ミヨ
被告
相田幸孝
右両名訴訟代理人弁護士
高橋勝徳
○主 文
1 被告らは、各自原告に対し金二〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三七年七月二六日以降右支払ずみに至るまでの年五分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の、その一を被告らの平等負担とする。
4 この判決は第一項にかぎり、仮に執行することができる。
○事 実
原告訴訟代理人は、「被告らは、各自原告に対し金六〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三七年七月二六日以降右支払ずみに至るまでの年五分の割合による金員を支払え。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、昭和三七年七月二六日午後零時頃東京都練馬区上石神井二丁目一六二〇番地先路上において原告の運転する軽自動二輪車(六〇年式ホンダドリーム号。以下「原告車」という。)と被告相田昌男の運転する軽三輪自動車(第三う東二九二四号。以下「被告車」という。)とが接触し、よつて原告は、治療三ケ月を要する傷害を受けた。(以下省略)
○理 由
一、請求原因第一項の事実(事故の発生および原告の受傷)のうち、原告が治療三ケ月を要する傷害を受けたとの点を除くその余の事実は、当事者間に争いがない。
しかして(証拠―省略)によれば、原告は、本件事故によつて治療約二ケ月を要する右腓骨々折の傷害を受けたことが認められる。
二、そこで被告らの責任原因について判断する。
(1) まず被告相田昌男の過失の有無につき審究するに、(証拠―省略)を綜合すれば、事故の現場は、練馬方面より田無方面に至る、幅員約六・九米の、アスフアルトで、舗装された通称富士街道上であつて、事故の当時原告は社用のため原告車を運転して大泉学園駅前の塩野自転車店から関町の木村自転車店へ赴くべく、ギアーをサードに入れたまま、時速約三〇粁を越える程度の速度で事故の現場附近を田無方面に向い、道路の左端から一米位右方に寄つた地点を進行していたこと、一方被告相田昌男は、練馬区役所石神井出張所での食糧管理会議を終え、自宅へ帰るべく被告車を運転して事故の現場附近にさしかかり、原告車の後方二〇米位の地点を原告車と同一方向に向つて、時速約三五粁の速度で進行して来たこと、時刻は丁度正午頃で現場を通行する車輛は、原告車の前方五〇米位の地点を田無方面に向つて進行する車が一台認められたほか、他に対向車とてなく、また通行人も皆無の状況であつたので、同被告は、原告車を追越そうと考え、先行する原告車に警笛を吹鳴するなどの追越しの合図を何らなすことなく、速度を若干加速して原告車の右側約五〇糎の地点を漫然と追越しにかかつたところ、折からギアーをサードよりトツプに切りかえようと手間取つていた原告が一瞬運転の自由を失い、ハンドルを右に切つたため、突然原告車が右側に寄り、被告車の左側に近づいて来たこと、そこで同被告は、危険を感じ、突嗟に被告車のハンドルを右に切つたが及ばず、原告車の右ボデイー附近と被告車の左前部エンジン・カバーの下部とがすさまじい音をたてて接触し、被告車はそのまま右斜め前方を約六・六二米進行し、道路の側溝に突込んで右横倒しとなり、また原告車は、右に横転し、キツクペダルで路面を擦過しつつ、左斜め前方約四米の道路左端まで飛ばされたことが認められる。右認定に反する原告および被告相田昌男の各本人尋問の結果の一部は、これを措信することができない。
右認定事実に徴すれば、本件事故は、被告相田昌男に運転上の過失があるといわなければならない。けだし、前記認定のとおり事故の現場は、通称富士街道上であつて道路は狭いとはいうものの幅員は約六・九米あり、しかも当時は道路の状況は閑散としていて、対向車もなかつたのであるから、先行する原告車を追越すに当つては、原告車の動向に十分注意を払い、原告車が急に右側に寄つて進行して来ても、それとの接触を避けることができるよう、十分間隔をあけて被告車を進行せしめることができた筈である。しかるに同被告は、原告車の右側近くを僅か五〇糎程の間隔をあけたのみで、何ら追越しの合図をすることなく漫然と進行したため、原告車が突然被告車に近寄つて来たのを避けることができなかつたのであつて、同被告の軽卒な追越し運転が本件事故発生の一因をなしているものということができる。
従つて、同被告は、民法第七一〇条の規定により原告が受けた後記損害を賠償すべき義務がある。
(2) 次に被告相田幸孝が被告車の保有者であつて、本件事故は、被告相田昌男が被告相田幸孝のため被告車を運行の用に供していたときに生じたことは、当事者間に争いがないから、被告相田幸孝は、自動車損害賠償保障法第三条但書に規定する免責事由を主張立証しないかぎり、同条本文の規定に従い、原告が受けた後記損害を賠償すべき責任を免れることができない。
しかして同被告は、右免責事由を主張するが、前叙のとおり本件事故は、被告車の運転者である被告相田昌男の過失もその一因をなしているのであるから爾余の点につき判断を加えるまでもなく、右主張は、理由がないこと明らかである。
三、そこで進んで原告の受けた損害について判断する。
(証拠―省略)を綜合すれば、原告は、昭和一二年八月三〇日茨木県の農家の末子として出生し、同県立鉾田高等学校を卒業後約一年程実家で農業に従事したが、昭和三二年三月自衛隊に入隊し、そこに昭和三五年四月まで勤務したこと、そしてその後三ケ月程運送会社に勤務してから、現在の京王ホンダ販売株式会社にセールスマンとして勤め、月平均二万二、三千円の収入を得て妻とともに平穏な家庭生活を営んでいたが、本件事故によつて右腓骨々折の傷害を受け、直ちに西武病院して一週間程治療を受け、更に厚生年金病院に転院し、約二ケ月間の治療生活を送つた後退院したが、結局勤先の会社を約三ケ月間欠勤する破目に陥つたこと、しかして前記傷害は、右膝の骨が半分程折れ、その折れた部分にひびが縦に入つたものであつたため、通常の骨折よりも完全に治癒するのが遅れ、現在跛行することはないが、だるい感じを免れることができず、雨天の際には勤務先の許可を得て自動車の運転を避けていること、一方被告らは兄弟であつて、父の死亡後は兄の幸孝が中心となり、母の相田ミヨとともに企業組合の上石井営業所で得意先を五〇〇軒程もつ米屋を営み、また資産としては建坪三〇坪程の平家建家屋のほか、父名義の土地一〇〇坪、および祖父名義の土地など多少の不動産を所有し、かなり余裕のある生活を送つているが、本件事故によつて傷害を受けた原告に対しては、弟の被告相田昌男が事故の翌日原告を西武病院に見舞つたほかは、他にこれといつた慰藉の手段を講じていないことが認められ、右認定に反する証拠はない、しかして、右認定事実と前記認定の本件事故の態様とをあわせ考えると、原告が本件事故によつて蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料は、金二〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認められる。
四、以上のしだいであるから、原告らに対する本訴請求は金二〇〇、〇〇〇円およびこれに対する損害の発生した日である昭和三七年七月二六日以降右支払ずみに至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから正当として認容し、その余を失当として棄却することとする。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項本文の各規定を、また仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項の規定を適用して、主文のとおり判決する。(裁判官 吉野衛)