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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)4326号 判決 1964年4月21日

アメリカ合衆国ニユーヨーク州マウントバーノン

キングスブリツジロード百四十四

原告・反訴被告

ヴアーノン・フオートグラフイツク・コーボレーレーシヨン

右日本における代表者

宮尾弘

右訴訟代理人弁護士

松枝迪夫

右訴訟復代理人弁護士

佐藤正昭

東京都小金井市東町一丁目八百三十五番地

被告・反訴原告

飯島秋晴

右訴訟代理人弁護士

河鰭彦治郎

河鰭誠貴

主文

一、原告の本訴請求および反訴原告の反訴請求は、いずれも棄却する。

二、訴訟費用のうち、本訴に関する部分は原告の負担とし、反訴に関する部分は反訴原告の負担とする。

事実

第一、本訴について。

(当事者の求めた裁判)

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、登録第二一三、四〇四号の意匠権について、特許庁昭和三十七年十一月九日付第一、七七七号をもつて原告のためにした昭和三十七年七月二十六日付譲渡契約による意匠権移転の仮登録の本登録手続をせよ。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求は、棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

(請求の原因等)

原告訴訟代理人は、請求の原因等として、次のとおり述べた。

一、被告は、その創作にかかる請求の趣旨記載の意匠につき、昭和三十七年二月六日登録出願をし、同年五月二十一日、登録番号第二一三、四〇四号をもつて、その設定の登録を得た。

二、原告は、外国会社であるが、昭和三十七年七月二十六日、宮尾弘をその代理人として、被告との間に、本件意匠権を無償で被告から譲り受ける旨の契約を締結した。

しかして、右契約が締結されるに至つたのは、次のような事情によるものである。すなわち、昭和三十六年十一月ごろ、レイグラム・コーポレーシヨンおよび千代田光学精工株式会社(のちに、その商号を変更し、現在ミノルタカメラ株式会社)は、光科株式会社に対し、普及型八ミリカメラ撮影機の設計試作を注文したが、その際、注文者と光科株式会社との間に、光科株式会社は、この注文により完成した図面、試作機および意匠権を注文者に引き渡し、注文者は、その対価として、金二百万円を光科株式会社に支払う旨の契約が成立した。光科株式会社は、その従業員である被告に本件登録意匠の創作をさせ、前記注文者は代金二百万円を昭和三十八年三月までに完済した。その後、レイグラム・コーボレーシヨンは、千代田光学精工株式会社から注文者としての地位を譲り受け、子会社で、その販売部門を担当する原告を本件意匠権者にすることとし、原告の代理人宮尾弘をして被告と交渉させ、前記譲渡契約を締結するに至つたものである。

三、しかるに、被告は本件意匠権の移転登録手続に協力しなかつたので、原告は、東京地方裁判所に意匠権移転仮登録仮処分命令を申請(同庁昭和三七年(モ)第一五、三四二号)し、昭和三十七年十一月六日申請どおりの仮処分命令を得、特許庁同年同月九日受付第一、七七七号をもつて、本件意匠権移転の仮登録手続を了した。

四、よつて、原告は、被告に対し、前記譲渡契約に基づき、右仮登録の本登録手続を求めるため、本訴に及ぶものである。

五、なお、被告の主張の三の事実は、すべて否認する。

(答弁等)

被告訴訟代理人は、答弁等として、次のとおり述べた。

一、請求の原因一および三の事実は認める。

二、同二の事実のうち、原告が外国会社であることは認めるが、原告被告間に本件意匠権の譲渡契約が成立したことは否認する。原告主張の日に原被告間に成立したのは、後記反訴請求の原因一記載のとおり、本件意匠権についての通常実施権許諾契約である。

なお、イレグラム・コーポレーシヨンおよび千代田光学精工株式会社が、昭和三十六年十一月ごろ、光科株式会社にカメラの設計試作を注文し、翌三月までに金二百万円を支払つたこと、および、光科株式会社が被告に本件登録意匠を創作させたことは認めるが、光科株式会社が意匠権を右注文者に引き渡す旨約したこと、および、右二百万円がその対価であることは否認する。その余の事実は知らない。

三、仮に原、被告間に原告主張のような譲渡契約が成立したとしても、被告は、この譲渡契約につき、次のとおり主張する。

(一) (錯誤による無効)被告の本件意匠権譲渡の意思表示は、その重要な部分に、次のような錯誤があり、無効である。すなわち、

(い) 宮尾弘は、原告の代理人として、前記譲渡契約を結んだのであつたが、被告は、同人がレイグラム・コーポレーシヨンの代理人であり、レイグラム・コーポレーシヨンのために右契約を結ぶものと誤信していた。

(ろ) 被告は、技術者で法律的知識に乏しいところから、意匠権の譲渡と通常実施権の許諾とを同義語と誤信し、通常実施権を許詰する意思で、本件意匠権譲渡の意思表示をしたものである。

(二) (詐欺による取消)仮に前項の主張が理由がないとしても、被告は、本件意匠権譲渡の意思表示を取り消した。すなわち、原告の代理人宮尾弘は、被告が前項記載のような錯誤におちいつていることを奇貨とし、契約書に押印すれば実施許諾の対価として金七十五万円を三日以内に支払う旨申し欺いて、本件意匠権の譲渡契約を成立させたので、被告は、原告に対し、昭和三十八年三月二十六日到達の書面により、詐欺を理由に、本件意匠権譲渡の意思表示を取り消す旨の意思表示をした。

(三) (同時履行の抗弁)

仮に以上の主張がすべて理由なく、被告に本件意匠権の移転登録手続をすべき義務があるとしても、原被告間には、本件意匠権の譲渡代金を金七十五万円とする旨の約定があり、被告の移転登録義務は、原告の譲渡代金七十五万円の支払義務と同時履行の関係にあるから、原告においてその義務を履行するまで、被告は右移転登録手続の義務の履行を拒絶する。

第二、反訴について。

(当事者の求めた裁判)

反訴原告訴訟代理人は、「反訴被告は、反被原告に対し、金七十五万円、および、これに対する昭和三十七年七月三十日から支払いずみに至るまで、年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、反訴被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、反訴被告訴訟代理人は、「反訴原告の請求は棄却する。訴訟費用は、反訴原告の負担とする。」との判決を求めた。

(反訴請求の原因)

反訴原告訴訟代理人は、反訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一、外国会社である反訴被告の代理人宮尾弘は、昭和三十七年七月二十六日、反訴原告との間に、反訴被告は、反訴原告から、本件意匠権について、期間の定めなく、地域は日本全域とする通常実施権の許諾をうけ、その対価として金七十五万円を同年同月二十九日反訴原告に支払う旨の契約を結んだ。

二、よつて、反訴原告は、反訴被告に対し、右許諾代金七十五万円ならびにこれに対する弁済期の翌日である昭和三十七年七月三十日から支払いずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(答弁)

反訴被告訴訟代理人は、答弁として、反訴請求原因のうち、反訴被告が外国会社であることは認めるが、その余の事実は否認する、と述べた。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

第一、本訴について。

一、(争いのない事実)

被告が昭和三十七年五月二十一日、設定の登録により本件意匠権を取得したこと、および原告が外国会社であることは、当事者間に争いがない。

二、(譲渡契約の成立について)

(証拠―省略)を総合すれば、昭和三十七年七月二十六日、宮尾弘と被告との間に本件意匠権の無償譲渡の契約が成立したこと、および宮尾弘は、この契約に当たり、原告のためにするものであることを示さなかつたが、外国会社である原告(原告が外国会社であることは、前記のとおり、当事者間に争いがない。)のために、正当な授権に基づき、原告の代理人として右の意思表示をしたものであることが認められ、これを左右するに足る証拠はなく、この事実によれば、昭和三十七年七月二十六日、原、被告間に原告主張のような本件意匠権の譲渡契約が成立したものということができる。

三、(譲渡契約が無効かどうかについて)

(証拠―省略)を総合すれば、光科株式会社は、昭和三十六年十一月ごろ、レイグラム・コーポレーシヨンおよび千代田光学精工株式会社から普及型八ミリカメラ撮影機の設計試作の注文をうけ、注文者から金二百万円を受領したこと(この事実は当事者間に争いがない。)、右注文に関しては、数回にわたり、関係者間に交渉が行なわれたが、その際、光科株式会社と交渉した相手方は終始前記注文者であり(もつとも、千代田光学精工株式会社はのちに、その契約上の地位をレイグラム・コーポレーシヨンに譲り、関係がなくなつた。)、原告又はその代理人がこのことに参加した事実は全くなかつたこと、宮尾弘は、昭和三十八年三月以降数回光科株式会社を訪れたが、それは、いずれも、レイグラム・コーポレーシヨンからの書簡を携行する等レイグラム・コーポレーシヨンの代理人ないし使者としてであり、現に本件譲渡契約が締結された昭和三十七年七月二十六日の数日前には、乙第七号証(レイグラム・コーポレーシヨンの副社長R・H・ゴールドバーグから光科株式会社および被告あての書簡)を持参したこと、および、被告は、光科株株会社の代表者丸山勝とともに当初から本件に関与して右の諸事情を知つていたが、原告については、本件譲渡契約締結当時、その存在および商号すら知らず、本件譲渡契約締結当時、被告は、宮尾弘がレイグラム・コーポレーシヨンの代理人であり、レイグラム・コーポレーシヨンのために右契約を結ぶものと信じていた事実が認められ、これに反する原告の日本における代表者本人の尋問の結果(第一、二回)は措信しがたく、他に、これを左右するに足る証拠はない。もつとも、前掲甲第一号証、とくに、その譲受人欄の記載によれば、被告は、当時前掲譲渡契約における譲受人が原告であることを知つていたことを推認できるかのようであるが、証人(省略)の証言(第一、二回)によれば、右甲第一号証の譲受人欄の記載は、契約成立ののちに至り記入されたものであることが明らかであるから、前記譲受人欄の記載のあることをもつて、直ちに前認定を覆す資料とすることはできない。

しかして、宮尾弘は、原告の代理人として、前掲譲渡契約を締結したものであること前認定のとおりであるから、この点につき被告に錯誤があつたものというべきところ、特段の事情のみるべきもののない本件においては、前掲無償譲渡契約において譲受人が原告であるか、レイグラム・コーポレーシヨンであるかは、その性質上、契約の要素をなすものと解するを相当とするから、この点に関する被告の前記錯誤は、原被告間に成立した本件意匠権の譲渡契約を無効ならしめるものといわざるをえない。

第二、反訴について。

被告は、昭和三十七年六月二十六日、被告と原告との間に、本件意匠権について被告主張のような内容の通常実施権の許諾契約が締結された旨主張するが、本件全証拠によるもこれを認めることができない。

第三、むすび

叙上のとおり、原告の本訴請求および反訴原告の反訴請求は、いずれも、前説示を超えて他の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえないから、これを棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官三宅正雄 裁判官武居二郎 佐久間重吉)

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