東京地方裁判所 昭和38年(ワ)5319号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕二 被告がその経営する福岡市東中州二七七番地博多日活ホテル内地下グリルにおいて販売する食料品ピーザを宣伝するため、昭和三八年二月一五日頃から被告商標を使用したことは当事者間に争いがない。そして、<証拠>を総合すれば、被告は、前記ホテル入口附近、同ホテル内地下グリル入口附近等に被告商標を附した看板を設置し、地下グリルに通ずる階段および同グリル内の壁、グリル内の陳列ケースおよびカウンター等に被告商標を附したポスターを掲示し、福岡市内電車内に被告商標を附した広告を吊り下げる等してこれを展示するとともに、アルバイトの学生を使つて被告商標を附したちらし広告をまき、グリル内のテーブルの上等に被告商標を附した広告を置き出入する客に自由に持帰らせる等してこれを頒布し、昭和三八年四月一日まで被告商標を使用していたことが認められる。
三 そこで、本件商標と被告商標とを対比すると、まず本件商標は、口髭を生やし、帽子をかぶり、前掛をかけ、大きな靴をはいた巨大な鼻のコックが高く積み上げ今にも倒れそうになつているピーザを両手で抱えている図を中心として、その上に「Nicolas」下に「Pizza House」の文字を配してなるものである。これに対し、被告商標は、口髭を生やし、帽子をかぶり、前掛をかけ、非常に大きな靴をはいた巨大な鼻のコックが「ピーザつて?」という文字を横書にしたピーザを最上段に高く積み上げたピーザを両手で抱えている図からなるもので、<証拠>によれば、被告商標は、原告がサービスとして客に渡している広告マッチの箱のレッテルに印刷していた本件商標のうち文字部分を除く図形部分を真似て作られたものであることが認められる。被告商標は、高く積み上げられたピーザが倒れそうになつていない点やコックのはいている靴が非常に大きい点などにおいて本件商標の図形部分と若干趣を異にしないではないが、それが本件商標の図形部分を真似て作られた当然の結果として、これを全体として見た場合本件商標の図形部分と著しく類似しているといつてよい。本件商標はその図形部分に特徴があり、この部分が商標の要部として見る者に強く印象づけられることは一見して明らかである。そうすると、被告商標に本件商標にある「Nicolas」ないし「Pizza House」の文字がなく、また本件商標にない「ピーザつて?」の文字があるとしても、被告商標は、本件商標の主要部分に著しく類似しているから、本件商標に外観が類似しているといつて差支えない。
四 そして、被告商標が本件商標権の指定商品について使用されたことは、あらためて説明するまでもないから、被告商標の使用は、本件商標に類似する商標を本件商標権の指定商品に使用するものとして本件商標権の侵害とみなされる。
五 ところで、被告は、原告の本件商標権を侵害した者であるから、その侵害行為について過失があつたものと推定されるところ、被告は、過失がなかつた旨主張する。しかしながら、被告は、さきに認定したように原告がサービスとして客に渡している広告マッチの箱のレッテルに印刷してあつた図形を無断で真似て被告商標を作りこれを使用したものである以上、真似した図形が登録商標に関するものであることを知らなかつたとしても、これを理由に過失の責を免れることができないことはいうまでもない。
六 また、被告は、本件商標権はこれを商標権として保護するに値するものを何も有しないから、本件商標権侵害を理由とする原告の本訴請求は権利の濫用であつて許されないと主張するが、本件商標権が被告主張のように商標権として保護するに値する何物も有しないことを肯定するに足りる証拠はないから、被告の主張はその前提を欠き採用に値しない。
七 そうすると、被告は、本件商標侵害により原告の被つた一切の損害を賠償する義務があることになる。
そこで、原告の被つた損害について検討すると、まず、原告は本件商標権の使用に対し通常受けるべき金銭の額が金五〇万円であると主張するけれども、これを認定するに足りる資料が全然ない。
つぎに、原告は、侵害の調査費用として金五万五千円を支出したと主張し、証人藤田庄七の証言に本件口頭弁論の全趣旨を参酌すれば、次のとおりの事実が認められる。
原告は、なじみの客から被告の本件商標権侵害について通報を受けると、実態を調査してこれに対処するため、原告の支配人藤田庄七を昭和三八年三月一一日から同月一三日までの三日間現地である福岡市に急拠派遣して調査を行わせ、その頃同人に対し飛行機による往復の費用およびタクシー代よりなる交通費として金二万五千円、二泊費として金一万円、調査のための写真代その他の雑費として金五千円、以上合計金四万円の支払をした。
以上認定の合計金四万円は被告の本件商標権侵害により原告の被つた損害と認めて差支えない。
八 さらに、原告は、被告の本件商標権侵害の行為により多大の精神的苦痛を被つた旨主張して慰藉料の請求をする。なるほど、原告は、本件商標権の権利者としてその侵害については少なからず不快の念を抱いたであろうことは推察できないわけではない。しかし、この慰藉料額を立証するため申し出られた原告本人の尋問期日に原告本人が出頭しないままこの申出は撤回されるに至つたのであり、はたして金銭賠償をもつて慰藉しなければならないほど原告が精神的な苦痛を被つたかどうかは、にわかに断定し難い。従つて、原告の慰藉料請求はいれるわけにはいかない。
九 よつて、原告の本訴請求は、被告に対し前記金四万円およびこれに対する損害発生の後である昭和三八年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であるから認容するが、その余は失当であるから棄却……する。(古関敏正 吉井参也 小酒礼)