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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)5575号 判決 1965年2月24日

原告 里要子

被告 ジエームスメンス二世

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和三八年七月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告は昭和一五年一〇月一五日父里一の三女として出生し、昭和三四年三月末日東京都城石高等学校を卒業後、昭和三五年三月一日より埼玉県所沢市の在日米軍兵站廠司令部経理課に事務員として勤務していたものであり、被告は原告の上司として同司令部に勤務していたものであるが、被告は原告が当時一九歳の未成年者にして思慮浅薄なるに乗じ、昭和三五年三月末頃、原告に対し、結婚する意思がないのに、近いうち結婚すると申向けて原告を誘惑し、その旨原告をして誤信させたうえ情交関係を結び、その後昭和三六年頃まで十数回にわたり関係を結んで原告の貞操権を侵害したものである。

原告はこのため、将来ある青春を一朝にして崩され、精神的苦痛に悩んでいる現状であるが、被告は前記司令部に勤務し俸給月額金二七万円位その他諸手当等にて三〇万円位の月収を得ている。よつて諸般の事情を考慮すれば、被告は原告の蒙つた精神的損害に対し金二〇〇万円を支払うべき義務あるものと考えられる。

よつて原告は被告に対し右不法行為による慰藉料として金二〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和三八年七月二三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べた。証拠<省略>

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として、

「原告と被告とが、原告主張の頃、情交関係を結んだことは認めるが、その余の事実は否認する。」

と述べ、抗弁として、

一、原告は被告と情交関係を結んだ当時から、被告に妻子が居ることを承知していたのであり、それを承知の上で関係を結んだのであるから不法原因給付の規定の精神からして、原告からの損害賠償の請求は許されない。

二、仮に被告に何らかの責任があるとしても、昭和三八年三月八日、東京家庭裁判所八王子支部において、原被告間の子里照を申立人とし、原告を申立人法定代理人とし、被告を相手方とする昭和三七年(家イ)第一〇七号認知事件の調停が成立したが、その際原告は本件慰藉料請求権を放棄したのである。

と述べた。証拠<省略>

理由

一、原告と被告とが、昭和三五年三月末頃から昭和三六年六月頃まで十数回にわたり情交関係を結んだことは当事者間に争いがない。

証人里マツの証言、原告本人尋問の結果及び被告本人尋問の結果の一部に弁論の全趣旨を綜合すると、原告は昭和一五年一〇月一五日父里一の三女として出生し、昭和三四年三月末日城石高等学校を卒業後、昭和三五年三月一日より埼玉県所沢市の在日米軍兵站蔽司令部経理課に事務員として勤務していたこと、被告はアメリカ合衆国の国籍を有し、原告の上司として同司令部に勤務していたこと、原告は右職場に勤務するようになつて一〇日程たつた頃より、被告から自動車による通勤の送り迎えを受けるようになり、また被告に映画見物やナイトクラブに連れていつてもらつたりする程の仲となつたが、被告は当初から原告と結婚する意思がないのに、原告に愛情を告白し、「自分には妻があるけれども、妻とは別れ、いずれ帰米しなければならないが、そのときには原告を連れて行く」旨述べ、暗に原告と結婚する意思があるようにほのめかして原告を欺き、原告は被告の甘言を盲信し被告に原告と結婚する意思あるものと誤信し、同年五月二一日頃東京都麻布の某ホテルにおいて被告と情交関係を結び、爾来昭和三六年九月頃まで継続的に情交関係を結んだが、被告はその都度妻とは別れて原告と結婚する旨述べていたこと、昭和三六年七月頃原告は被告の子を妊娠したことに気付き、被告に出産すべきか妊娠中絶をすべきかを相談した際、被告は出産することを希望し、原告は被告の希望を入れて昭和三七年一月一日男子順を分娩したこと、原告は昭和三六年八月一〇日前記勤務先を退職したが、同年九月頃から被告は原告と会うことを避けつづけて原告を棄て去つたことを認めることができ、右認定に反する被告本人尋問の結果の一部は原告本人尋問の結果に照し措信しえない。

右認定事実によれば、被告は真実結婚する意思がないのにこれある如く装い甘言を弄し、右甘言を信じ錯誤に陥つた原告と昭和三五年五月頃から昭和三六年九月頃まで情交を重ねたものであつて、畢竟被告は不法に原告の貞操を弄びこれを侵害して来たものであつて、原告はこれにより甚大なる精神的苦痛をうけたものというべきである。

二、法例第一一条によれば、不法行為によつて生ずる債権の成立及び効力はその原因たる事実の発生した地の法律によるものとされているので、本件は原因事実発生地である日本の法律によるべきである。

而して前記認定事実は日本民法上の不法行為の構成要件に該当する。しかし、前記認定事実によれば、原告は当初から被告に正妻あることを認識しながら、被告と情交関係を結んだことが明らかである。しかして、配偶者ある男子と情交関係を結ぶことはその配偶者との婚姻関係が事実上の離婚又は相手方の長期間に亘る行方不明等これに類する状態になつている等特別の場合を除き、我国の公の秩序善良の風俗に反する行為であり、たとえ配偶者ある男子が真実結婚する意思がないのに拘らずこれあるが如く装つて欺罔し、これを信じて情交関係に入つた者が、貞操を蹂躙せられ精神的苦痛を受けても、相手方男子に配偶者があることを知つていた以上(その婚姻状態が事実上の離婚等になつていると信じた場合を除き)その損害の賠償を請求するのは、畢竟自己に存する公序良俗に違反する行為によつて生じた損害の賠償を請求することとなるから、かかる請求に対しては民法第七〇八条に示された法の精神に鑑み、保護を与えるべきではないと考えられる。ところで本件についてこれをみると被告本人尋問の結果によれば、被告とその妻ミチコとは昭和三〇年頃から不和になり昭和三三年頃からは肉体関係も杜絶し、同じ家ではあつても部屋を別にしていたこと、被告は昭和三八年九月頃浦和地方裁判所の判決により妻ミチコと裁判上の離婚をしたことが認められるけれども、右の事実のみでは原告が被告と情交関係を結んだ当時、被告が既に妻ミチコと双方離婚意思を確定している事実上の離婚又はそれに類する状態にあつたとは認め難く、他にこれを認め得る資料はない。また原告本人尋問の結果によつても、原告は被告と情交関係を結んだ当時、被告が妻ミチコと不和になつていることの認識をもつていたとしても、被告が妻と事実上離婚又はそれに類する状態に至つていたものと信じていた等の事実はこれを認むるに足りない。従つて結局原告の本訴請求は、前判示のとおり、民法第七〇八条に示された法の精神に鑑み、容認するを得ない。

三、よつて、その余の抗弁について判断するものでもなく、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中宗雄 小河八十次 岡崎彰夫)

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