東京地方裁判所 昭和38年(ワ)5777号 判決
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〔判決理由〕二、本件特許公報によると、本件(特許第二七二、二五九号の特許権の)特許発明の技術的範囲は次のことを要件として構成される複写材であると認められる。
(イ) 固体母材としてのスポンジ状または多孔質構造を持つたビニール重合体の中に着色物質及び軟化剤を混合分散させてなる可圧転写物質を含有する写像層を柔軟な基礎シートの上に持つていること。
(ロ) 軟化剤は、例えば、ラノリン、鉱油、水素添加した綿実油その他の植物油、レシチン、ラードの如く
(1) 不揮発不乾性
(2) 前記ビニール重合体の溶媒に可溶性
(3) 該ビニール重合体に不溶性
(4) 流動性が室温において皆無でないまでも極めて小さい半固状ペースト
であることを特徴とするものであること。
被告は、本件特許発明における軟化剤はラノリン、鉱油、水素添加した綿実油、その他の植物油、レシチン、ラードに限定される旨主張するけれども、特許発明の技術的範囲の解釈にあたつては、まず特許請求の範囲の記載にもとづいて判断すべきものであるが、これによると被告主張のようには解されないのみならず、明細書中詳細な説明欄の記載を参照しても被告主張のように限定して解釈すべき根拠は見出されない。
三、ところで別紙目録(一)<省略>記載のカーボン紙(黒色力ーボン紙)及び同目録(二)<省略>記載のカーボン紙(藍色カーボン紙)がいずれも本件特許発明の要件中、(イ)の要件を充足し、その軟化剤たる黒色カーボン紙におけるソルビタンセスキオレート及び藍色カーボン紙におけるヒマシ油(10.5wt%)、ソルビタンモノラウレート(2.8wt%)ソルビタントリオレート(2.0wt%)の混合物がいずれも本件特許発明の要件中、(ロ)(1)(2)(3)の各要件を充足することは当事者間に争いがない。
四、そこで、被告製品における軟化剤が本件特許発明の構成要件中、(ロ)(4)の要件を充足するか否かについて判断するにあたり、まず、同要件たる「流動性が室温において皆無でないまでも極めて小さい半固状ぺースト」の意義を考える。
<書証>鑑定人S社、同Tの鑑定結果を綜合すると、ビニル重合体を複写塗層として用いる従来の複写材においては、普通の全面面圧力の下で、あるいはただ放置するだけで、使用軟化剤成分の一部、たとえば植物油、鉱物油が被覆面に移動し、ここで極めて小さい滴となつて現れる発汗傾向があり、複写材として好ましくなかつたのに対して、本件特許発明は右“発汗傾向”をなくすように改善することをその課題としているものであり、又本件特許公報中、発明の詳細な説明欄において軟化剤の性状につき「本質的に半固状すなわち堅煉のり状又は外形を保持し得る軟度、少くとも室温に於て極めて低い流動性を示す極めて粘稠な液状物質でなくてはならないことが発見された。」「該半固状又はのり状軟化剤の主処成分は化較的堅煉のり状物質で望ましくは約95°Fまではその堅い性状を保持し、約60°Fに於ても極端には硬化しないところの油との混合性の物質である。そしてビニル重合体に加えられた全軟化剤組成物は加圧下に易動性であるが、併し、前述温度範囲内における液体としての自然流動性は皆無でないまでも極めて小さい程度の軟度をもつものでなくてはならない。」旨記載されているように、本件発明は、従来の軟化剤が自然流動する液状物質であるがために発汗するのであるから自然流動せずあるいは極めて自然流動し難い粘稠な物質をもつてするときは発汗傾向を抑止し得るとの知見にもとづき、特許請求の範囲において、軟化剤は「流動性が室温において皆無でないまでも極めて小さい半固状ペースト]であることを要する旨記載され、その例示物質として「ラノリン、鉱油、水素添加した綿実油その他の植物油、レシチン、ラード」を挙げているのであり、したがつて、本件発明の構成要件中、軟化剤における(ロ)(4)の要件は、換言すれば「35°C(95°F)ないし15°C(59°F)前後において自然流動しないか自然流動するとしても極めて僅かであるもの」であると認められる。
五、<検証物および書証>及び鑑定人Tの鑑定結果によると、被告製品の軟化剤であるソルビタンセスキオレエート(黒色力ーボン紙)及びヒマシ油(一〇、五wt%)、ソルビタンモノラウレエート(二、八wt%)ソルビタントリオレエート(二、〇wt%)の混合物(藍色カーボン紙)がいずれも前記(ロ)(4)の要件における温度条件の下では自然流動性をもつ液体であり、その流動性の程度も極めて僅かであるとはいい難いものであると認められる。
したがつて、被告製品の軟化剤は、いずれも前記(ロ)(4)の要件に該当するものとはいえない。
原告は、被告製品における軟化剤の粘度と特許請求範囲におけるラノリン等の例示物質の粘度の比較から被告製品の軟化剤が(ロ)(4)の要件に該当する旨主張するけれども、右例示物質は粘度において極めて雑多なものを包含しており、前記のとおり同要件は粘度の大小にではなく自然流動性の有無にその核心があるのであつて、自然流動性の有無は物質のレオロジカルな特性の総合によつて発現するものと解され、単純に粘度の比較をもつて同要件に該当するか否かを決定することができないから、原告の本主張は、すでにその前提において採用することができない。
また、原告は、被告製品の軟化剤がそれ自体としては(ロ)(4)の要件にあたらないとしても、カーボン紙の中に現に含まれている状態のもとでは「流動性が室温において皆無でないまでも極めて小さい半固状ぺースト」である旨主張するけれども、被告製品の軟化剤がカーボン紙のなかで半固状ベーストになつていると認むべき証拠はなく、<書証>によると、被告製品の発汗防止作用は非イオン界面活性剤たるソルビタンセスキオレート、ソルビタンモノラウレエート、ソルビタントリオレエートの界面活性作用によるものとも推測され、被告製品が発汗防止作用をもつからといつて、にわかにその軟化剤が半固状ペーストになつているとすることはできないから、右主張も採用しえない。
六、以上のとおりであり、被告製品は本件特許発明の技術範囲に属するものとは認められないから、原告の本訴請求は、その余の判断をするまでもなく、失当として棄却さるべきものである。(荒木秀一 吉井参也 宇井正一)