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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)589号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔争点〕被告和田は被告子宝靴工業株式会社にたいし、その各振出日を白地とし、その白地補充権を授与して振出した。原告は右各手形所持人としての振出日らん白地をいずれも補充したうえ、満期に支払場所で呈示したが、その支払いを拒絶された。そこで原告は被告和田に対し右各手形金九〇万円の支払を求める、と主張した。

被告和田は原告主張の白地裏書作成の事実を認めたが、本件手形の白地補充は補充権の乱用であり、原告は本件各手形を取得する当時右の点について悪意であつたか、またはかりに善意であつたとしてもその点について重大な過失があつた旨抗弁した。その抗弁するところの要点はつぎのとおりである。すなわち、被告和田は被告子宝靴工業株式会社沼津営業所長に就任し、右被告会社のたんなる一従業員として勤務して来たものであるが、昭和三四年一一月下旬被告和田は被告会社の各直轄営業所の監督的立場にある本社営業部から沼津営業所長として被告振出名義の約束手形約一二通をその金額、振出日、満期の各らんを白地として振出送付するようにとの命令をうけたので、命令どおりの白地手形を作成して本社営業部係長難波薫に郵送した。その際被告和田は本社経理課員に対し、右各手形の金額らんを後日沼津営業所が本社に納入すべき商品販売代金額と同一の金額に、また満期らんを右販売代金を納入すべき日にあたる日と、それぞれ補充する権限を与えたのであるが、本社経理課員は沼津営業所が本社に納入すべき商品販売代金およびその納入日とは全く無関係に右白地らんをそれぞれ補充し、以つて白地補充権を乱用して本件各手形を完成させたものである。原告は右手形をを取得する当時右の点について、悪意であつたか、またかりに善意であつたとしても、その点につき重大な過失があつたものである、とかように述べた。

判決は被告和田が勤務していた被告子宝靴工業株式会社は原告から昭和三四年一二月ころまでに約三〇〇、〇〇〇、〇〇〇円の金融かうけ、この融資金の一部の履行を担保するため被告子宝靴工業株式会社はその各直轄営業所の所長から金額、満期らん白地の約束手形約一五枚宛を微収し、これらの各白地らんを補充した上裏書して原告に差入れた、被告和田は昭和三四年二月沼津営業所長に就任したが、そのころすでに前任所長宇都野厳振出の白地手形が原告にさし入れられていたが、同年一一月ころに至り、被告和田振出の約束手形とさしかえることとなり、本社営業所長根本某の命をうけた営業部係長難波薫が同月下旬被告和田に対し慣例通り約束手形(白地のもの)の送付を命じ、被告和田から同年一二月上旬原告に差入れられた。被告和田は本件各手形を被告子宝靴工業株式会社の本社営業部からの命令に従つて振出したに止まらず、将来沼津営業所が本社に対し集金した販売代金を納入すべき義務を現実に負担した場合連絡をうけた上で手形の金額らん白地を納入すべき販売代金と同一金額に、満期らん白地を集金した代金を納入すべき日にあたる日を本社がそれぞれ補充することを黙示に許容したもの、すなわち将来手形振出の原因関係が発生することを条件にして右の範囲内で白地補充権を授与したものと認められる。ところが訴外難波は本件各手形の金額らんおよび満期らんを手形振出の原因関係が未発生の段階で、しかも右補充権の内容とは全く無関係にそれぞれ補充したものである。とかように認定した上、原告は本件各手形を取得する当時被告子宝靴工業株式会社がなした右の白地補充権乱用の事実について悪意であつたとは認められないけれども、重大な過失があつたと判断して被告和田のこの点に関する抗弁を容認した。判決は原告に重大な過失を認むべき理由をつぎのとおり説明している。

〔判決理由〕被告子宝靴工業株式会社は原告銀行王子支店と取引し、すでにみたように昭和三四年一二月頃は総計的金三〇〇、〇〇〇、〇〇〇円近く(正確には金約二六五、〇〇〇、〇〇〇円)の融資を受けるに至つたが、右貸金債権の担保として差入れられた見返り担保手形(その意味は後記のとおり)の落込みまたはその他の方法による弁済状況は低調を極めていたので、右被告会社の営業は原告の厳格な監督下に置かれていた。そうして原告は子宝靴工業株式会社の営業実績ならびにその販売網とりわけ特約代理店や直轄営業所の性格および販売成績等について常に調査をなしており、特に子宝靴工業株式会社から毎月の必要資金の融資申込を受けるに当つては、前月分の営業実績およびその月の営業計画(靴の製造計画および販売見込)を詳細なデーターに基づいて報告させるのは勿論すでに原告に差入られている各直轄営業所等振出の担保手形の落込および直轄営業所を含む販売網からの送金の各見込額を記載した明細表を徴するなどして厳重な調査を施していた。ところで、被告和田敏が所長に就任していた沼津営業所はその他の各営業所と同様に子宝靴工業株式会社営業部の直轄に属する販売機関であつて、その収支決算は本社の計算において行なわれており、当時本社に納入すべき毎月の販売代金額(実際の売上代金総額から経費給料を控除した額)は平均して金約四〇〇、〇〇〇円であり、これは被告和田が毎月現金で本社に持参して入金していたものであつた昭和三年四月頃原告銀行本店管理部は子宝靴工業株式会社の営業経理状態を商業帳簿その他の書類に基づいて監査したが、その後一〇日ないし二週間後に右会社の取締役等は原告銀行本店に呼ばれ、鶴岡管理部長はその際原告の融資の担保として持込まれている各直轄営業所が本社にあてて振出したいわゆるホームビル(またはハウスビル)は、逐次他の手形に差替えてなくするようにして貰いたいという趣旨の警告をするということがありしかもなお、その後一二月上旬に至つて原告は満期が到来しても支払のなされない沼津営業所所長宇都野巌提出の約束手形一二通の差換手形として、右のいわゆるホームビルに該る被告和田振出の手形一二通(本件手形三通を含む)を受入れたものである。とこのような事実を認めることができ、この認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右事実によつても、原告が本件各手形を取得する当時被告子宝靴工業株式会社の前記白地補充権濫用の事実について悪意であつたということを認めるには至らないけれども、しかしながら、右事実によれば、原告は、つぎの諸点すなわち、被告和田敏が本社である被告子宝靴工業株式会社にあてて本件各手形を振出す必要性があつたかどうか。被告和田(子宝靴沼津営業所)が昭和三五年二月(本件各手形の満期の到来する月)には合計金九〇〇、〇〇〇円(本件手形合計金)に相当する販売代金を本社に納入しなければならないほど販売実績を挙げていたかどうか。子宝靴沼津営業所振出の手形が被告和田の前任者である宇都野の時代から殆ど決済されず、書換または差換られてきたのは何故か。という諸点についてつよい疑惑の念を抱いた筈であるかまたは抱くに足る充分な認識と理解とを有していたものと認めることができる。このことは、さきにもふれたように原告銀行本店管理部が本件手形および同種類の手形をホームビル(またはハウスビル)と指称してかかる手形の受入を漸次排除する態度を示したことおよび原告の被告子宝靴工業株式会社に対する賃金債権の担保として受入れた本件各手形を原告銀行においては特に見返担保手形(前掲第九号証および証人上代の証言によれば、法律的には完全な担保でありながら、銀行内部において担保として取扱うことが適当でないものとされているもの、例えば市場性のない有価証券等は、銀行業界において見返担保品と称されている)と称し、満期における落込みが期待薄であり、また「法律上も振出人である被告和田の責任を問うことが一応疑問とされる」(証人竹中正和の証言)手形であるとみていたことなどからも明らかである。ほかに右認定を左右する証拠はない。

このように銀行(およびその他の金融機関)が、被融資者との間に継続的な金融取引を結び、その取引上発生した多額の債権の担保として被融資者(債務者)たる一企業の下部機関(本件では第一線の販売機関たる直轄営業所の長としての地位にある被告和田敏)からその企業体にあてて振出された約束手形等を受入れるに当つては、当該銀行は取引の一般通念に照らし、振出人と受取人との特殊な関係からみてその手形の性格につき一応の疑いをさしはさむのが当然であると考えられるところ、すでにみたように本件において原告は本件各手形を取得する当時その振出の経済的根拠や法律的原因および手形の性格などについて合理的な疑い(もしくは疑いを抱くに足る理解)を持つたことが明らかであり、かかる場合原告としては手形の振出人である被告和田について、本件各手形の振出に関し適正な調査を施し、その責任の有無を確認するべきであつたというべきである。そうして右のような調査はそのために多大の費用労力が必要とされるというものではなく、一挙手一投足の労で済む筈のものであり、しかもかかる調査が適正に行なわれていさえすれば、被告和が本件各手形をその振出の原因関係が存在しないのに、金額、満期、振出日の各欄を白地として振出したものであり、その後被告子宝靴工業株式会社が右白地を自らの権限にも基づかして補充し完成させたものであることを明瞭に看取できた筈である。そうだとすれば、原告がさきにみたように被告子宝靴工業株式会社の前認定のような白地補充権濫用の事実を知らなかつたとしても、その知らなかつたことについては過失があり、そうして、前記のように原告の施すべきであつた調査が一挙手一投足の労で済むものでありながらその必要性は極めて大きく、このことと原告が多額の預金の受入および金銭の貸付等を業とする銀行であることとを考え合わせれば、その過失の程度は重大であるといわなければならない。

以上のとおりであるから、被告和田は原告に対し、いわゆる白地補充権濫用の主張をもつて対抗することができ、この点に関する同被告の抗弁は理由がある。(逢坂修造)

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