東京地方裁判所 昭和38年(ワ)6466号 判決 1965年1月30日
原告 水田淳亮
右訴訟代理人弁護士 波多野義熊
被告 オーケイ金属工業株式会社
右代表者代表取締役 寺平正直
右訴訟代理人弁護士 三宅省三
主文
1 被告は原告に対し、金一五〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三八年九月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決はかりに執行することができる。
事実
第一原告の陳述
(一) 請求の趣旨
主文と同旨
(二) 請求の原因
一 原告は昭和三八年二月二三日頃当時、被告が振出した、つぎのような約束手形の適法な所持人であった。
金額金一五〇、〇〇〇円、満期昭和三八年二月二五日、支払地および振出地東京都品川区、支払場所大和銀行品川支店、振出日昭和三七年一二月二〇日、受取人白地、第一裏書人東洋防災工業株式会社、第一被裏書人白地
二 原告は昭和三八年二月二三日頃被告方に右手形金の請求に赴き、手形を被告会社の総務部長であった幸平登に即刻返還して貰うつもりで預け、そのままその返還を受けるのを失念して同人の手許にこれを遺留してきたところ、同人はその事業を行なうについて右手形を他の事務員に命じて破毀して廃棄させ、原告は本件手形を喪失するに至った。
三 このことにより原告は、右手形の受取人欄白地を補充して手形を完成せしめるならば、被告に対して請求しうる金一五〇、〇〇〇円の手形金債権を行使する唯一の手段を失ない、右手形の白地が遅くともその日までに補充されたであろうと考えられる右手形の満期日頃に右手形金額相当の損害をこうむった。
そこで、原告は被告に対し、右のように被告会社の被用者である寺平登がその事業の執行についてなした不法行為によりこうむった損害金一五〇、〇〇〇円およびこれに対するその損害発生後である昭和三八年九月一四日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
≪中略≫
第二被告の陳述
(一) 求める裁判
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
(二) 請求原因に対する答弁
一 請求原因事実一を認める。
二 同事実二のうち原告が昭和三八年二月二三日頃被告方に来訪したこと、寺平登が当時被告会社の総務部長であり、同日原告主張の本件手形を事務員に渡し、破毀して廃棄させたことは認める。しかしながら、原告が寺平に対し右手形を預け、そのまま返還を受けるのを失念して同人の手許にこれを遺留したものであるとの事実は否認する。すなわち、原告は同日寺平に対し、数日後に満期の到来する本件手形の書換を求めたので、同人においてこれを拒絶したところ、原告は別に被告との間に融通手形の交換を求めたので、寺平はこれを承諾し、原告に対し、金額金一五〇、〇〇〇円、満期昭和三八年五月三〇日、支払場所株式会社大和銀行品川支店、振出日白地、振出人オーケイ金属工業株式会社、受取人水田淳亮と記載された約束手形一通を融通のために振出し、原告もまた金額、満期がこれと同一の約束手形一通を被告に対し振出し、それと同時に原告は本件手形を不要になったからといって寺平を通じて被告に返戻した。そこで寺平はこれを経理担当の事務員に渡して、破毀して廃棄させたのである。
三 請求原因事実三はこれを否認する。
≪以下省略≫
理由
一 原告が昭和三八年二月二三日頃当時原告主張のような約束手形一通の正当な所持人であったことおよび被告が右手形を振出したことは当事者間に争がない。
二 そこで、寺平登が被告会社の事業の執行について原告主張のような不法行為をしたかどうかについて考える。
(1) 原告が昭和三八年二月二三日頃右手形を持参して被告方に来訪したこと、寺平が被告会社の総務部長であったことおよび寺平登が右手形を事務員に手渡し、破毀して廃棄させたことは当事者間に争がない。そうして、証人寺平登の証言によれば、寺平は被告会社の総務部長であったことから当日被告会社において被告の代理人として原告と交渉し、原告の辞去後本件手形を経理担当の女子事務員に渡し、「用がなくなったから処分してしまえ」と命じて破棄処分に付させたものであることが認められ、この事実によれば、寺平は被告会社の被用者である総務部長としての地位において、その事業の執行として、本件手形を破毀して廃棄させたものということができ、この認定を左右する証拠はない。
(2) そこで、寺平の右破棄行為が違法であったかどうかについてみるに≪証拠省略≫を綜合すると、原告は同日本件手形を持参して被告方にその手形金の請求に赴き、前記寺平に逢ったが、その際本件手形とは別に原告と被告との間に融通手形を交換して、相互に金員を他から調達し合うことに話がまとまり、原告は寺平に対し、寺平が被告振出の融通手形(約束手形)を作成するための参考に供する積りで本件手形を同人に手渡し、そのままその返還を受けるのを忘れて被告方を辞去したものであることを認めることができる。証人寺平登の証言中右認定に反する部分は前掲証拠に対比して信用することができず、ほかに右認定を左右する証拠はない。この事実によれば、本件手形上の権利は破毀当時原告に保留されており、被告は右手形について抹消破毀等の事実上の処分および譲渡等の法律上の処分をする権限を全く有しなかったものといわなければならず、従って前記のような寺平の破棄行為はつぎに記載するような原告の権利(法律上の利益)を侵害する、故意または過失に基づく違法な行為というべきである。
(3) つぎに、右違法行為によって侵害された原告の権利(法律上の利益)が何であるかについて考える。昭和三八年二月二三日当時原告の所持していた本件手形は、満期未到来、受取人欄空白の白地手形であったことは当事者間に争のないところであり、この事実によれば、原告の所持していた手形上の権利の内容は、受取人欄白地を補充して完成手形とすれば満期後被告に対してその手形金額ならびに法定利息金または遅延損害金の支払を請求できる権利(ほかに、裏書人東洋防災工業株式会社に対する関係では、本件手形を完成手形としかつこれをその支払呈示期間内に支払場所に呈示してその支払を拒絶されるならば、右株式会社に対し、右手形金額および法定利息金の支払を請求できる権利も数え挙げられる。)とその白地手形の補充権ということになる。原告が本件手形の受取人欄白地を「東洋防災工業株式会社」と補充する権利(補充権)を有していたことは、すでに一において記載した当事者間に争のない事実および証人五味喜久雄の証言に照らして明らかなことである。このような受取人欄白地を「東洋防災工業株式会社」と補充することを条件とした、停止条件付の手形上の権利(補充権も含む)行使が、前記のような本件手形の破棄行為によって不可能になったのであるから、右違法行為によって侵害された原告の権利は、以上のような停止条件付の手形上の権利であるといわなければならない。
(4) すすんで、右権利侵害によって原告がこうむった損害および損害額について考える。すでに述べたように原告は寺平の前記違法行為によって、さきのような停止条件付の本件手形上の権利の行使が不可能になったのであるから結局かかる条件付権利を喪失したものであるといえるのであるが、右のような条件付権利の実体をすでにふれたように、振出人に対する手形金支払請求権と裏書人に対する遡及権とであるとの考察方法を採るかぎり、白地部分が補充されなく、しかもその満期が到来しなければ、裏書人に対する遡及権は勿論振出人に対する手形金の支払請求権も発生しないのであるから、かかる段階で原告が条件付権利を喪失したことによって直ちに確定額の損害をこうむったというわけにはいかない(もっとも、条件付でありかつ満期未到来の手形上の権利を、その段階における交換価値として把握するならば別である。しかし厳密には右交換価値の算定は困難であろう。)。本件の場合原告は、本件手形が破棄されなかったならば、満期が到来しかつ受取人欄白地が補充されたであろうときに本件手形に表章された手形金額に相当する損害をこうむったものと考えるのが相当である。そうして本件手形の満期が到来すべかりし日は昭和三八年二月二五日であり、また本件訴訟記録および弁論の全趣旨を綜合すれば、原告(あるいは原告の代理人である弁護士)は遅くとも本件の最初に行なわれた口頭弁論期日に該る日である昭和三八年九月一四日までには受取人欄白地を補充し得たであろうと考えるのが相当であるから、原告が本件手形金額である金一五〇、〇〇〇円の損害をこうむったと考えられるときは遅くとも同日であるといわなければならない。
≪中略≫
(6) 以上(1)ないし(4)の各事実によれば、被告会社の被用者であった寺平は原告がその正当な権利者である本件手形をその事業の執行について故意または過失によって破毀して廃棄したことにより原告に対し、昭和三八年九月一四日までに右手形金額に相当する金一五〇、〇〇〇円の損害をこうむらせたものというべきであるから、原告主張のような不法行為は成立するものといわなければならない。
三 以上のような次第であるから右寺平の使用者である被告は原告に対し、右のような不法行為によって原告がこうむった損害金一五〇、〇〇〇円およびこれに対する損害発生の日である昭和三八年九月一四日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を賠償する義務があるものといわなければならない。
よって、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 逢坂修造)