東京地方裁判所 昭和38年(ワ)9560号 判決 1967年3月28日
原告 中村しげの
原告 中村勝海
右両名訴訟代理人弁護士 中野道
被告 李明柱
被告 菊山光
右両名訴訟代理人弁護士 太田実
主文
被告らは原告中村しげののために別紙目録記載の土地につき昭和三七年四月二日東京法務局渋谷出張所受附第八三三七号をもってなされた抵当権設定登記及び右同日同出張所受附第八三四〇号をもってなされた賃借権設定仮登記の各抹消登記手続をせよ。
被告らは原告中村勝海のために別紙目録記載の建物につき右同日右出張所受附第八三三七号をもってなされた抵当権設定登記及び右同日右出張所受附第八三四一号をもってなされた賃借権設定仮登記の各抹消登記手続をせよ。
被告らは原告中村しげのに対し各自金二〇万一、一〇〇円及びこれに対する昭和三八年一一月一六日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告中村しげののその余の請求は棄却する。
事実
<全部省略>
理由
一、請求原因第一の第(1)項のとおりの消費貸借契約が当事者間において成立したこと、原告しげのが右消費貸借上の債務に対して、被告らのため請求原因第一の第(3)項記載のとおり、土地建物につき抵当権及び賃借権を設定し、抵当権設定登記及び賃借権設定の仮登記をなしたこと、及び右土地を昭和三七年一〇月一八日三番の二八と同番の三一とに分筆し、その分筆登記をなしたこと、原告しげのが被告らに対し請求原因第一(5)項の(ロ)(ハ)のとおり利息の一部弁済をしたこと、原告しげのが同年九月二五日被告らに対し前記債務の弁済期を同年一〇月一〇日まで延期することを申入れ、被告らがこれを承諾したことは当事者間に争いがない。
二、原告しげのが右のとおり利息の一部弁済をした事実に、<証拠省略>すると、原告しげのは昭和三七年四月二日前記消費貸借契約成立と同時に被告らから金四五〇万円を受領し、同年四月二二日残金三五万円を受領し、金一五万円は同年四月分の利息として天引されたことが認められ、右認定に反する被告李明柱本人尋問の結果は措信しがたく、他に右認定に反する証拠はない。
<証拠省略>すると、原告しげのは昭和三七年一〇月一八日朝現金五三〇万円を持参して被告ら宅へ赴き、その支払をしようとしたが、被告李が不在のため、被告菊山に支払をしようとしたところ、被告菊山は被告李の不在を理由に受領を拒絶したことが認められ、右認定に反する被告李明柱本人尋問の結果は措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
三、 以上の各事実によると、利息月三分の約定は利息制限法第一条所定の利率に違反するものであり、かつ前記四月分の利息金一五万円の天引がなされているから、同法第二条によると受領額を元本として同法第一条に規定する利率により計算した金額を超過する部分は元本の支払に充てたものとみなすべきものであるが、これらの点はしばらく措き、昭和三七年一〇月一八日現在における約定による原告の残債務額を計算すると、次の金額になる。
1、元金 五〇〇万円
2、昭和三七年五月分利息の残金 二万円
3、同年六月分利息 一五万円
4、同年一〇月二日から同月一〇日まで(九日間)の利息、四万五〇〇〇円
5、同年一〇月一一日から同月一八日まで(一一日間)約定の日歩八銭二厘の割合による遅延損害金、三万二、八〇〇円
以上元利合計金五二四万七、八〇〇円
右金額に対し、原告しげのは昭和三七年一〇月一八日被告らに対し現金五三〇万円を現実に提供したものであるから、原告しげのは右提供の時から不履行によって生ずる一切の責任を免れ、遅延損害金はむろんのこと約定利息もその発生を止めることになる。しかるところ、原告しげのが同年一〇月二九日被告らの代理人太田信夫に対し金五六五万円を弁済したことは当事者間に争いのないところである。
四、しかしながら、被告らは原告しげのとの間の貸金債権は金七〇五万円の債権に変更せられ、なお金一四〇万円の未払債権が残存している旨主張するので、この点について考える。<証拠省略>すると、当初の金五〇〇万円の貸金債権額が同年一〇月二九日金七〇五万円に変更されたこと、原告しげのは同日前記のとおり被告らの代理人太田信夫に対し金五六五万円を支払い、残金一四〇万円は同三八年九月二九日までに支払うことを約した事実が認定され、これに反する証人滝沢良一の証言及び原告中村しげの本人尋問の結果は措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。以上の事実によれば、債権額が変更せられ、なお残債権が存在する旨の被告らの主張は理由があるものである。
五、そこで、原告らは右変更契約は窮迫に乗じてなされた暴利行為であるとして無効を主張するので、判断する。
<証拠省略>を総合すると次の事実が認められる。即ち
(1) 原告中村しげのは昭和三七年九月二五日佐藤節夫に対し前記土地中三番の三一宅地二〇坪及び右地上建物建坪約一七坪を代金六一五万円、手附金五〇万円を同日支払を受け、所有権移転登記は同年一〇月一〇日本件抵当権設定登記等を抹消したうえ残代金の支払を受けると同時にこれをなす旨の約定により売渡したが、同日佐藤より手附金五〇万円を受領してこれを被告らに利息として支払い、かつ借受金残債務の返済期を同年一〇月一〇日まで延期を求め、被告らの承諾を得た。そして、被告らは佐藤に対する右土地売却の事実を知っても何ら異議を唱えなかった。
(2) 原告しげのは、佐藤に対し土地売買契約を履行する必要もあり、同年一〇月一〇日以降再三にわたって被告らに対し残債務の受領と抵当権設定登記等の抹消を求めたところ、被告らはただ原告しげのの印鑑と印鑑証明書を交付せよというばかりで、原告の求めに応じようとしなかった。
(3) そこで、原告しげのは、同年一〇月一八日佐藤から土地売買残代金中より金五三〇万円を預って被告ら方を訪れ、これを現実に提供したが、被告李は不在であり、被告菊山は右不在を理由に受領を拒絶した。
(4) この間において、被告らは原告らを債務者として、本件土地建物につき仮処分申請をなし、同年一〇月一七日東京地方裁判所より仮処分命令を得、同年一〇月一八日右仮処分命令に基く処分禁止の仮処分の登記がなされた。
(5) 原告しげのは同年一〇月一九日頃被告らから委任を受けたという太田信夫から、同人は被告李に金七三〇万円を貸しており、その担保のため本件土地建物に関する書類を預っているが、利息も受取っていない。もし原告しげのがその債務との差額金二〇〇万円を支払うならば右書類を返還してもよいといった。しかし、原告しげのはそれから直接被告李を訪ねて打開を図ったが、被告李の態度は依然変らないので、太田に対し何ら負担すべき理由のない金二〇〇万円の債務を引受けることはできないと申出を拒絶した。
(6) 他方、原告しげのは佐藤から前記売買契約の履行を迫られていたが、同年一〇月二九日更に約定どおり履行しないならば契約を解除し、手附金倍戻しと損害賠償を求めるといわれ、また他方太田信夫は原告しげのが借受元金五〇〇万円のほかに前項の金二〇〇万円を加え合計金七〇〇万円を支払わなければ仮処分の執行を解除して登記抹消に応ずることはできないというので、ついに進退きわまった原告はやむなく太田の右申出に応じ、他に仮処分に要した費用金五万円も加え、合計金七〇五万円を支払うことを承諾し、佐藤から売買残代金五六五万円(代金六一五万円より手附金五〇万円を控除したもの)を受取り、これをそのまま太田に支払った。そして、その不足分金一四〇万円については、昭和三八年九月二九日までに支払うことを約した。
太田は同日仮処分執行を解除し前記宅地二〇坪及び地上建物につき抵当権設定登記等の抹消登記手続をした。
以上の事実が認められ、これに反する被告李明柱本人尋問の結果は措信しない
右認定事実に従えば、原告しげのには何ら不履行の事実はないのにかかわらず被告らの不当な行為により作出された窮状に被告らが乗じたのであるから、その主観的良俗違反は強度なものであり、また、原告しげのにとってなんらの対価もなく唯金二〇五万円の余分な債務負担を余儀なくさせて全く対価のないところに金二〇五万円もの債務を負担せしめたものであり、基本となる対価の存在する通常の場合に比して、(仮りに、残金一四〇万円の支払い方法が一年後となっているという事情を参酌しても)その対価関係の不当性は極めて強いといわねばならない。従って、そのような行為は、まさに暴利行為ということができるから、右合意は民法第九〇条により無効といわなければならない。
六、してみると、原告しげのは被担保債務を完済したものであるから、被告らは原告中村しげののために別紙目録記載の土地につき原告ら主張の抵当権設定登記及び賃借権設定仮登記の、原告中村勝海のために右目録記載の建物につき原告ら主張の抵当権設定登記及び賃借権設定仮登記の各抹消登記手続をなすべき義務があるものといわなければならない。
七、最後に、原告しげのは、残債務が金五二五万二、二六三円であるのに対し、金五六五万円を弁済したが、前記のとおり債務額を金七〇五万円に変更する旨の契約は無効であるから、被告らに対し各自その差額金三九万七、七三七円の返還をすることを求める旨主張する。
ところで、前記認定事実によれば、本件消費貸借契約にあっては利息月三分の約定がなされているが、右約定は利息制限法第一条第一項に違反するものであるので、原告しげのが任意に支払った利息中制限超過の部分は同法第二条により返還を請求することはできないが、既に支払われた利息のうち制限超過部分は、元本が残存する場合には民法第四九一条の適用により元本に充当されたものと解すべきである。しかし、本件の場合はすでに元本は弁済により残存していないから元本に充当する余地はない。
なお、本件消費貸借に際しては、昭和三七年四月分の利息金一五万円の天引がなされているので、同法第二条により天引分が受領額を元本として制限利率により計算した金額を超過するときはその超過部分は元本に充当されたものとみなされるのであるが、前記認定の諸事実によれば、原告しげのは利息制限法に定められているいわゆる天引利息に関する趣旨を理解し、同条により元本に充当したものとみなされた金員は本来支払義務のないことを知りながら前記弁済をしたものと推認され、右推認に反する証拠はない。従って、原告しげのの弁済のうち天引利息に関する元本充当分は民法第七〇五条により非債弁済としてその返還を請求できないものである。そうすると、原告しげのの被告らに対して返還すべき基礎となる残債務は、昭和三七年一〇月二九日当時においては、前記三、のとおり金五二四万七、八〇〇円ということに帰着する。ところが、右原告は同日被告らの代理人太田信夫との間で締結された債務変更契約によって債務を金七〇五万円に変更することを承諾し、太田に対し右一部弁済として金五六五万円を支払ったけれども、右債務変更契約が無効なものであることは前記認定のとおりである。従って、その差額金四〇万二、二〇〇円は不当利得として被告らが原告に返還すべき金額である。しかしながら、被告らの右返還債務は、その利得が被告らに不可分的に帰属するものではなく、その性質上不可分債務となるものということはできないから、被告らは原告しげのに対し各自右金額の返還義務を負うものではない。
してみると、原告らは右金額の範囲内で返還を求めているから、被告らは原告に対し各自金二〇万二、二〇〇円及びこれに対する訴状送達の習日であること記録上明らかな昭和三八年一一月一六日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものといわなければならない。
八、以上により、原告の請求は以上の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、<以下省略>。