東京地方裁判所 昭和38年(刑わ)6529号 判決 1965年3月21日
被告人 武平魯文、伊藤隆文、伊藤裕稔こと朴魯興
大九・四・一〇生 無職
主文
被告人を懲役一年六月に処する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
一、罪となるべき事実
第一、被告人は昭和三四年六月一二日頃、東京都世田谷区砧町九〇番地の被告人宅に設置されていた原壮一名義の砧電話局一一八四番および一一八八番の二本の電話加入権を譲渡担保として、同都新宿区柏木一丁目一八一番地有限会社新宿商事から金四五万円を借り受け、その頃右電話加入権を新宿商事の金主である斎藤みよ子名義に変更した。ところが被告人は裁判所に対し虚偽の申立をして裁判所を欺き、勝訴判決をえて右電話加入権を原壮一名義に取り戻そうと考え、昭和三四年八月二一日原壮一名義で、斎藤みよ子を相手として、電話加入権名義変更請求訴訟を、東京地方裁判所に提起し、その訴訟は同裁判所民事第一二部に繋属した(同庁昭和三四年(ワ)六六六三号事件)。
しかし、その訴状には、被告人は斎藤みよ子の住所地として、ことさらに、被告人の住所地と同じ「同都世田谷区砧町九〇番地」という実際には斎藤が住んでいない虚偽の住所地を記載しておいたため、訴状および昭和三四年九月二九日の口頭弁論期日の呼出状は、当時の被告人方に送達されてその使用人八木きくなる者が同居人名義で送達を受領し、斎藤みよ子には送達されず、同人は右口頭弁論期日に応訴することができなかつた。
被告人は右口頭弁論期日に原壮一として出頭の上、同裁判所に対し真実は前記のように、被告人自身が新宿商事から金員を借り受け、その担保として前記電話加入権を譲渡し、その結果その名義変更がなされたものであるのに、この事実を秘し、前記電話加入権の名義変更は吉田実なる者が、勝手に原告原壮一の印鑑を盗用してなしたものであるという趣旨の、虚偽の請求原因を記載した訴状に基づき、請求の趣旨および請求の原因を陳述した。
その結果、同裁判所は昭和三四年一〇月二九日、被告斎藤みよ子は適式の呼出しを受けながら、右口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない、原告の主張事実は被告において明らかに争わないし、弁論の全趣旨によつても争うものと認められないからこれを自白したものとみなす、右事実によれば原告の請求は正当であるからこれを認容するとして、被告斎藤みよ子は原告原壮一に対し前記電話加入権の名義変更承認請求手続をせよとの判決を言渡し、右判決は同年一一月一八日確定した。
そこで、被告人は同月二一日、右判決に基づき前記電話加入権の名義を原壮一名義に変更して、その加入権を取得し、もつて財産上不法の利益をえた。
第二、被告人は同年一一月二四日、右のようにして騙取した電話加入権の名義を内妻栗原勝代名義に変更した。そして、同日同都新宿区四谷二丁目二番地株式会社和互の社員瀬川善三郎に対し、電話で、右電話加入権は第一に記載のように、新宿商事に譲渡担保に供し、斎藤みよ子名義にしたものを不法にその名義を原壮一に回復した上、栗原勝代名義にした事情を秘し、この電話加入権を担保とする金融を申込んだ。
そのような事情を知らない瀬川善三郎は、その電話加入権が真実栗原勝代に属するもので、他に担保に供されているような事実はなく、十分に担保価値のあるものと信じ、同日これに質権を設定させた上、同都世田谷区砧町九〇番地の被告人方で、現金五六万六、八〇〇円を貸金名下に被告人に交付し、被告人はこれを受取り騙取した。
第三、被告人は東京都新宿区柏木町二丁目二〇〇番地において、三河屋の屋号で内妻栗原勝代にパン類販売業を経営させていたが、昭和三八年四月頃、経営不振からパン類仕入先である中村屋産業株式会社に対する代金の支払に窮するようになつた。そこで、被告人は同月下旬頃、前記自宅において、たまたま手許にあつた、被告人がかつて榎本商会榎本潔名義で当座取引をしていたが、当座取引契約はすでに解約になつていた三和銀行川崎支店発行の小切手帳を利用し、期日同年五月一二日、三和銀行川崎支店宛の金額一〇万円の小切手一枚を右榎本潔名義で作成した。そして、同年四月二九日頃前記三河屋において、情を知らない栗原勝代を介して、これを当座取引契約に基づき確実に支払がなされる小切手であるように見せかけて、前記中村屋産業株式会社販売員小林宏に、同会社に対するパン類等の代金の支払に代えて交付した。そのような事情を知らない同人および同社係員は、右小切手は右期日に確実に支払を受けられるものと信じて、右三河屋に対する売掛代金債権七万九、八八五円の弁済としてこれを受領した。これによつて被告人は右債務の弁済を免れて財産上不法の利益を得た。
二、証拠の標目(略)
三、第一事実に対する被告人の弁解について
(イ) 被告人の弁解の要旨
原壮一の友人岩本武三は、原の印鑑を預つていたのを幸い、勝手にその印鑑を使用し、同人に属する本件電話加入権を譲渡担保として他から借金をしていた。岩本は、その借金の返済のため、右事情を知らない被告人に対し、原の依頼に基づき右電話加入権を担保として借金をするもののようにいつて、借金の斡旋を依頼した。そこで、被告人は岩本のいうことを信用し、原壮一名義で、本件電話加入権を譲渡担保として、新宿商事から四五万円を借り受けてやつた。ところが、原は岩本が勝手に本件電話加入権を処分したことを知つて、第一事実記載の訴訟を提起した。訴状記載の斎藤みよ子の住所は、原がそのように記載したものである。被告人は原に頼まれて、その口頭弁論期日に原壮一と名乗つて出頭し、訴状に基づき陳述したのであるが、真実本件電話加入権は原の意思に基づかず不法に処分されたものであつて、被告人は虚構の事実を述べたのではない。
(ロ) 右弁解に対する判断
原壮一および岩本武三なる人物が被告人の交友関係者の中にあつたことは証拠によつて認められる。しかし、第一事実に掲げた証拠を綜合すると、第一事実記載の本件電話加入権を担保とする金員の借り受けおよび右電話加入権の名義変更請求訴訟において、原壮一の名をもつて行為をしたのは終始一貫して被告人自身であつて、それは原壮一のためではなく、原壮一から頼まれたのでもないことが明らかである(第一事実の証拠6、12、19、24、29、37に記載の原壮一の署名部分が被告人の自筆であることは特に注目すべきである)。次に、岩本武三なる者が他から借金をしていたというその借受先は、株式会社三光という金融業者であるが、三光から本件電話加入権を譲渡担保として金を借りたのは、岩本武三ではなく、被告人自身であつたことは、第一事実の証拠15、17および被告人の当公判廷の供述(第九回および第一二回)を綜合すると明白である。したがつて被告人が本件電話加入権を譲渡担保として新宿商事から四五万円を借り受けたのは、岩本武三に頼まれてしたことだというのは、全く嘘であると認めるほかない。
また、斎藤みよ子を被告とする訴訟において、その訴状に記載された被告斎藤みよ子の住所が砧町九〇番地であり、当時同所に斎藤みよ子が住んでいなかつたことは被告人においてよく知つていたことおよびその訴訟に関する書類の送達受領者八木きくは、当時被告人方の使用人であつたことは、証人栗原勝代の当公判廷の供述および被告人の検察官調書(昭和三八年一二月二〇日付)により明らかである。(砧電話局長の回答書によれば、電話局に届出てあつた斎藤みよ子の住所は江東区深川東陽町一―二である。)
以上の次第で被告人の弁解は到底採用できない。
四、法令の適用
第一、第三事実につき刑法二四六条二項、第二事実につき同二四六条一項を適用し、併合罪として同四七条、一〇条により法定の加重をした刑期の範囲で主文の刑を量定し、訴訟費用につき、刑訴一八一条一項本文を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 三井明)