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東京地方裁判所 昭和38年(行)23号 判決 1967年5月30日

原告 河村幸吉

被告 武蔵野税務署長

代理人 福永政彦 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事  実<省略>

理由

原告の本訴請求は、本件確定申告書の記載内容には要素の錯誤があるから無効であり、したがつて、本件差押処分も無効である、よつて本件差押処分の無効確認を求める、というにあつて、確定申告記載の内容の錯誤を本件訴訟において主張することが許されることを前提とするものであることは、その主張に徴し明らかである。

しかしながら、所得税法は所得の確定につき納税義務者の申告を第一義的とし、税務官庁の更正(処分)を第二義的とするいわゆる申告納税制度を採用し(二六条参照)、国税通則法(昭和三七年四月二日法律六六号)は、納税職務者が確定申告書を提出した後において、確定申告書に記載した所得税額が適正に計算したときの所得税額に比し過大であることを知つた場合には、確定申告書の提出期限後一ヵ月間を限り、当初の申告書に記載した内容を更正すべき旨の請求をすることができる(二三条)と規定している。ところで、右のように申告納税制度を採用し、確定申告書の記載内容の過誤につき特別の規定を設けた所以は、所得税の課税標準等の決定についてはその間の事情に最も通じている納税義務者自身の申告に基づくものとし、その過誤の是正は法律が特に認めた場合に限る建前とするこことが、租税債務を可及的速やかに確定せしむべき国家財政上の要請に応ずるものであり、納税義務者に対しても過当な不利益を強いる虞れがないと認めたからにほかならない。したがつて、確定申告書の記載内容の過誤の是正については、その過誤の是正が納税義務者の責めに帰せられない事由により、右法定の方法によることができなかつた場合であつて、その方法以外にその是止を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、右法定の方法によらないで訴訟(申告のうち過誤に係る部分の無効を理由とする不当利得返還請求訴訟又は債務不存在確認訴訟等)において確定申告書の記載内容の錯誤を主張することは許されないものと解するのが相当である。(昭和三九年一〇月二二日最高裁判所判決民集一八巻八号一七六二頁参照。)

これを本件についてみるに、原告は、昭和三四年分所得税の申告につき、昭和三七年に至り、被告から呼出しをうけ、本件土地の買却による収入金額を金四、〇〇〇、〇〇〇円として算出した譲渡所得金額一、九一七、〇八〇円、不動産所得金額二四一、一八八円、総所得金額二、一五八、二六八円、課税所得金額二、〇六八、二〇〇〇円、所得税額五五九、三七〇円と記載した本件確定申告書を示めされたので、被告の係官の調査結果を信頼してこれに捺印し、被告に提出したが、右のうち本件土地を金四、〇〇〇、〇〇〇円で売却したというのは誤りであつて、事実は、昭和三四年三月一七日本件土地を訴外五味順一に代金二、四〇〇、〇〇〇円で農地法五条の許可を条件として売り渡し、同年一〇月二三日東京都知事の許可を得たのであると主張するが、しかし、(証拠省略)ならびに弁論の全趣旨を総合すると本件土地は、昭和三四年三月当時価約四〇〇万円相当のものであること、原告は、そのころ本件土地を四〇〇万円で買却しようとして、訴外野口某、同内野文吉を介してその買却の交渉を五味順一との間に行なつていたところ、買主側から四〇万円の手附金が支払われながら原告には二〇万円しか手渡されなかつたことから紛争を生じ、告訴事件にまで発展したが、原告は、その後、右事件等の解決を本木弁護士に依頼し、結局、本件土地をまず訴外五味順一が原告から買い受け、ついで即時五味順一においてこれを沼きくに売り渡してその解決をみるに至り、原告は、同弁護士立会のもとにその売却代金の受領をおえたものであること、もつとも本件土地は、登記のうえでは、まず原告から五味順一が東京都小金井市前原町二丁目五三八番ノ八畑(三三〇・五七平方メートル(三畝一〇歩)を、訴外内野文吉が同番ノ九畑三三〇・五七平方メートル(三畝一〇歩)をを買い受けた旨昭和三四年一〇月二七日付で登記され、同日、さらに右両名から沼きくが買い受けた旨登記されたこと、本件土地の右売買には、前記の野口某、内野文吉、五味順一、同沼きくのほか、同人の代理人として紫屋不動産等が関係しており、代金の授受は複雑であるが、本件土地の買受代金としとして沼きくは三七〇万円を支出し、五味順一は、原告側に三二〇万円を支払つたこと、原告から右本木弁護士に対し昭和三四年一〇月二四日、金一三三、五〇〇円が支払われたこと右のように本件土地の売買に至る経緯はかなり複雑であるが、右売買の契約書、領収書等適正な内容の申告をするための資料は原告あるいは本木弁護士において整理、保存し、これを利用しうる状況にあつたこと、原告は活版印刷出版業を経営して後文部省に約一〇年間嘱託として勤務した経歴を有し、納税申告の意味もよく理解していたものであること、したがつて、昭和三四年分の所得につき、原告自ら適正な内容を記載した確定申告を法定の申告期限内にしようとする意思さえあれば、なしえたにかかわらず、これをせず、本件確定申告書の提出はいわゆる期限後確定申告であること、原告は昭和三七年になつて所轄武蔵野税務署の呼出しを受け同署へおもむいた際、原告が本訴において提出した売買契約書と異なり、本件土地の売買代金を四、〇〇〇、〇〇〇円とする売買契約書等を持参し、これらを同署員山本安徳に示めして説明のうえ、便宜同署員に昭和三四年分の所得を計算してもらい、本件確申定告書に捺印して被告に提出したものであることが、それぞれ認められる。右認定に照し、甲第一号証の記載および前掲各証人の証言ならびに原告本人尋問の結果のうち右認定に副わない部分は採用せず、他に右認定を左右すべき証拠はない。そうだとすると、以上の事実関係の下においては、仮りに本件確定申告書の記載内容に原告主張のごとき錯誤があつたとしても、前叙のごとき法定の是正の方法によらないで、その錯誤を主張し得るべき特段の事情がある場合に該当するものということはできないといわなければならない。

そうすると、本件確定申告書の記載内容には錯誤があるから、その申告は無効であるとの告告の主張は許されず、したがつて右の主張を前提とする原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく失当というべきであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉本良吉 高林克己 仙田富士夫)

目録(省略)

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