東京地方裁判所 昭和39年(わ)1491号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔説明〕誤想防衛は学説上種々問題となつているが、判例で誤想防衛を正面から論じた例は少ない。本判決が錯誤しているところは、玩具刀を日本刀と誤認したことプラスこれをもつて抜きかかろうとしているものと誤認したことである。本判決は、(量刑の事情)において右誤想がやむをえないと判断しているが、右誤想は急迫不正の侵害を構成する基礎となる事実に関する錯誤であるから、故意を論ずる上においては錯誤の相当性を問題にする必要はない。誤認したところの事実が急迫不正の侵害と認めうるものであり、かつ反撃行為が相当であれば、誤認の相当性を論ずるまでもなく故意は阻却される。もし、右に誤認したところの事実が急迫不正の侵害を構成する事実でないのに、これを構成すると評価の上で誤つたのであれば、評価の誤りは法律の錯誤としてその相当性を判断しなければならないであろう。
〔判決理由〕(罪となるべき事実)……昭和三十九年四月五日午後十一時すぎごろ同飯場従業員食堂前附近において、同班に属する鳶職である豊田正太郎(当二十八年)が、酔余同飯場に居住する中村弘を板材で殴りつけたり、西川武光を蹴とばしたりしたことに関し、前記星子義康から注意を受けたところ、右豊田は、かえつて、同人に対し「俺に喧嘩を売る気か」などと言い返しざま、左手に玩具刀の鞘を握り持ちながら、右手で同人の胸倉を掴んで挑みかかる態度を続け、その場にかけつけた山本孝雄において右豊田の背後から抱えこんだうえ、右玩具刀を取り上げようとしてもこれを手離そうとしなかつたため、被告人は、右玩具刀を日本刀と思い違えていたこともあつて、右豊田を脅かして取り静めようと決意し、直ちに前記食堂に駆け込み、あり合わせの出刃庖丁を手にしてその場に引き返し、なおも向い合つている右豊田、星子および山本らの傍らに、右庖丁を背後に隠し持つて佇立するうち、右豊田において右山本より右首附近を殴打されたため、右玩具刀を左手に握り持つたまま、前記星子の胸倉を掴んでいた右手をようやく離して左側によろめき、前記食堂の入口扉に背をつけ、右星子の面前一メートルぐらいに立ちざま、同人の右手が右玩具刀の柄近くへ動いたのを目撃するや、被告人は、右豊田において右星子ないし山本に対し右玩具刀をもつて抜きかかろうとしているものと思い誤り、右星子ないし山本の生命、身体を防衛するため、やにわに前記出刃庖丁を右豊田めがけて突き出し、よつて同人に対し入院加療約三週間を要する前胸部刺創を負わせたもので、被告人の右行為は防衛の程度を越えたものである。
(量刑の事情)……被告人が判示玩具刀を日本刀と思い違えるにいたつたのも無理もないと認められること(本件犯行現場の照明の程度、本件犯行前に被告人が判示豊田正太郎に出会つた際、その所持する玩具刀を抜いてみせるようにとの被告人の求めを同人において拒んだことがあること、判示山本孝雄においても、当時判示玩具刀を日本刀であると見違えていたこと、および判示豊田正太郎が判示玩具刀を所持していた状況に徴し無理もないと認められる。)、被告人において本件犯行当時、判示豊田正太郎の急迫不正な侵害行為があると誤想したのも相当であると認められること、……被告人の本件犯行が防衛の程度を越える度合もさほど著しいものではないこと、……その他諸般の情状を考え合わせると、被告人の本件犯罪による責任に対しては罰金刑をもつて処断するのが相当であると思料する。(西村法)