大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和39年(タ)75号 判決 1964年4月30日

原告 トリルビー・バーク・モール

被告 デイヴイツド・ドナルド・モール

主文

原告と被告とを離婚する。

原被告間の未成年の子デイヴイツド・ドナルド・モール・ジユニア(David Donald Maul Jr. )に対する親権者を原告と定める。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求原因として

一、原告はアメリカ合衆国テキサス州ウイチタ・フオールズにおいて出生し、同国の国籍を有する者、被告は同国アイオワ州ボエルズ郡デ・モインズ市プレズント・ストリート一、二〇〇番地において出生し、同国の国籍を有する者であるところ、原、被告は一九四六年(昭和二一年)一一月一日アメリカ合衆国ミズリー州カンサス・シテイーに於て同州法にしたがい適法に婚姻し、その間に一九四九年(昭和二四年)一二月一七日長男テイヴイツド・ドナルド・モール・ジユニアが出生した。

二、婚姻後、原被告はアメリカ合衆国カンサスシテイにおいて共同生活を始めたが、一九六一年(昭和三六年)共に韓国へ渡つて生活し、一九六三年(昭和三八年)一月頃共に来日し、原告は同年六月頃単身帰米したが、被告はその後も日本にとどまり永住する意思をもつて肩書住所に居住している。

三、原被告が韓国へ移住した頃から、被告は原告に対し、冷淡で思いやりがなく、時々口汚いことばであたり散すようになり、また夜遅く帰宅したり、外泊したりし、ある時などは何の理由もないのに所持品を携帯して家出し、某ホテルに約三ケ月間も滞在することもあつた。かような被告の行為により、原被告の夫婦仲はしだいに悪化していたところ、被告は一九六三年(昭和三八年)六月頃、原告に対し、これ以上原告と同居するつもりはないから帰米せよと言渡したので、原告も婚姻生活を継続することを断念し、長男をつれて帰米した。その後一九六四年(昭和三九年)一月頃、原被告は離婚について協議し、その間に離婚に伴なう財産分与及び子の養育等に関する別紙「別居契約書」のとおりの契約が成立している。

四、法例第一六条によれば、離婚は夫の本国法によるべきものとされているから、本件離婚の準拠法は夫の本国法であるアメリカ合衆国アーカンソー州の法律であるが、同州法によれば、離婚には法廷地法を適用すべきものとされているから、法例第二九条により、結局日本民法が適用されることとされている。

而して前記被告の所為は日本民法第七七〇条第一項第二号「悪意の遺棄」及び同項第五号「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当するので、右いずれかの理由に基ずき裁判上離婚を求めると述べた。証拠<省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する」との判決を求め答弁として、請求原因事実はすべてこれを認めると述べた。証拠<省略>

理由

一、その方式及び趣旨により外国公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一ないし第四号証、被告本人尋問の結果及びこれにより成立を認め得る甲第五、六号証に弁論の全趣旨を綜合すれば、原告主張の一ないし三の事実はすべてこれを認めることができる。

二、法例第一六条によれば、離婚の準拠法はその原因事実発生当時における夫の本国法と定められているので、本件には夫である被告の本国法即ちアメリカ合衆国の法律を適用すべきであるが、同国は地方により法律を異にするので更に法例第二七条第三項により被告の属する州の法律によるべきである。ところで被告は前段認定どおり東京都内に住居を定め、且つ永住の意思を有するのでその住所(domicile)は日本にあると解すべく、したがつて被告の属する州としては他に特段の事情の認め難い本件においては、被告の本源住所(domicile of origin)を基準とし、右住所のあるアイオワ州をもつてその属する州と解すべきである。よつて本件においてはアイオワ州の法律によるべきところ、一般に同国の州においては、離婚の準拠法については当事者の一方又は双方の住所(domicile)の存する法廷地法とされているので、本件においては結局法例第二九条により日本民法がその準拠法となると解すべきである。而して前段認定の諸事実から考えれば、右は原告にとり日本民法第七七〇条第一項第五号にいう婚姻を継続し難い重大な事由あるときに該当することは明らかである。

したがつて原告の本訴離婚請求は理由がある。

三、次に離婚の際における未成年の子の親権者の指定については右が離婚の結果、その必要を生ずるものであるから、その準拠法については離婚の準拠法によるべきものと解すべきである。したがつて本件において親権者の指定については本件離婚の準拠法たる日本民法に拠るべきであるから、民法第八一九条第二項に則り、前段認定の諸事情、殊に長男デイヴイツド・ドナルド・モール・ジユニアが現に米国で原告と同居しており、原、被告間の別居契約中においても、原告がその監護に当ることの同意のある事実を考慮し同人の親権者を原告と定めることとする。

四、よつて原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中宗雄 竹田稔 岡崎彰夫)

別紙 別居契約書

本契約は日本国在住のデイヴイド・デイー・モール(以下夫と称する)とアメリカ合衆国カンサス州在住のトリルビー・ビー・モール(以下妻と称する)との間に締結されたものである。

両当事者は西歴壱九四六年拾壱月壱日ミズリー州カンサス・シテイに於て、婚姻し、その後西歴壱九六参年六月迄夫婦として継続的に生活していたこと。

前述の婚姻関係中、デイヴイツト・モール・ジユニアなる当年拾四歳の男の子(以下子供と称する)が出生したこと。

西歴壱九六参年六月頃より両当事者は別居しており以後同居はしていないこと。

両当事者は終世別居せんと意図し、妻子の扶養問題を含む両者間の婚姻関係から生ずる財産問題及び未成年期に於ける子供の監護に関する問題を最終的に解決せんと欲していること。

そこで両当事者は前述の諸事実及び左記の約定事項に鑑みて、左の如く契約を締結した。

一、両当事者は互に直接間接を問わず一切干渉することなく全く婚姻関係はなかつたかの如く終世別居するものとする。

二、夫は両者が共に生存している間は妻が再婚しない限り毎月弐百五拾弗を妻に対し扶養料として支払うものとする。妻が再婚した場合は前述の支払いは終了するものとし、それ以降は支払われないものとする。

三、両当事者の家財道具は全て妻が受領するものとし、同家財道具及び妻及び子供の個人所有物は一諸に妻の指定するアメリカ合衆国内の場所へ夫の費用によつて運搬されるものとする。

四、子供が成年に達する迄の間は妻が子供を監督するものであることに同意する。

夫は正当な通知を為すことにより子供に面会に行く正当な権利及び学校の休暇期間中に夫の費用で子供を夫の滞在地に面会に来させる権利を有するものとする。

両当事者は前述の面会に関しては子供の意志を尊重することに同意する。

五、子供の未成年期中は夫は妻に対し、子供の養育費として毎月壱百五拾弗を支払うものとする。子供の未成年期中に妻が再婚した場合はそれ以降は夫と妻との間の契約に依つて設けられる委託基金に毎月四百弗を払い込むものとし、この基金は子供の未成年期間中の養育費として子供の為に使用されるものとし、子供が成年に達した場合は右の払い込みは停止し、その時に於ける右基金の残額は子供に分けるものとする。

六、更に右の外に、夫は子供が自己の撰択する大学に於て大学教育を受けるための直接費用を支払うこと及び成年に達した後といえども子供が大学に在学中である場合は子供に適当な援助をすることに同意する。

七、現在夫の生命にかけられている左記の保険証書は子供に譲渡するものとし、これ等の保険証書に関しては、夫は其後の一切の保険金支払いの義務を免れるものとする。

アーミー・ミユーチユアル・アンド・アソシエイシヨン

保険証書第DI弐四四弐・七XOL号

ペン・ミユーチユアル・ライフ・インシユアランス・カンパニー

保険証書第弐六弐弐四六五及び四〇〇壱七参九号

ユナイテツド・ステイツ・ライフ・インシユアランス・カンパニー

保険証書第弐九壱八壱、四九六七参及び弐八弐八七号

八、妻は本契約書中の規定は同人にとつて適正、妥当かつ満足のゆくものであると思料するが故に、之を同人が今後扶養料として夫に請求するやもしれぬ一切の請求権の代り又はそれ等の最終的解決策として受け入れるものとする。

九、夫及び妻は互に右に定めるものの他は他の一方の財産に対しては如何なる財産上の請求権をも有さないものとし、右記の全ての支払い及び約定事項は各々の当事者が互に他の一方に対して有するその他一切の権利に代るもの又はこれ等の権利の放棄とみなされるものとし、各当事者はそれぞれ他の一方を本契約締結の日迄の問題から発生した一切の債務、請求及び義務から解放するものとする。

十、本契約書中の如何なる内容も各当事者が他の一方の側の過去又は将来の違背、過失を理由として管轄裁判所に完全なる離婚訴訟を提起するのを妨げるものではないものとし、更に両当事者は本別居契約は両当事者の申し出により両当事者のいずれかによつて提起されるやも知れぬ離婚訴訟に関して管轄裁判所が宣告する判決の一部として同判決の中に含めることが出来るものであることに同意する。

右を証する為両当事者は西歴壱九六四年一月二八日此処に署名捺印する。

デイヴイツド・デイー・モール (署名)

トリルビー・ビー・モール (署名)

西歴一九六四年一月二八日本職の面前において宣誓の上署名した。

公証人 ルース・ピー・ウツドース 印章

在職有効期限 一九六四年一二月二二日

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例