東京地方裁判所 昭和39年(ヨ)2120号 決定 1965年6月16日
申請人 森田久男
申請人 本多龍雄
右申請人両名代理人弁護士 海野晉吉
山口鉄四郎
竹内一男
西田公一
六川常夫
被申請人 学校法人東邦大学
右代表者理事長 藤原孝夫
右代理人弁護士 万代蕃
馬場東作
中村源逸
佐々木秀雄
主文
申請人ら二名が被申請人に対して雇傭契約上の地位(申請人森田は東邦大学教授、同本多は同大学医学部講師)を有することを仮に定める。
被申請人は、申請人森田に対して金一五九万一七一〇円、申請人本多に対して金六九万一〇五〇円、及び昭和四〇年六月一日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り、申請人森田に対して金九万三六三〇円ずつ、申請人本多に対して金四万六五〇円ずつの金員をそれぞれ仮に支払え。
申請費用は、被申請人の負担とする。
理由
当事者双方の提出した疎明資料により当裁判所が一応認定した事実関係ならびにこれに基く判断は、次のとおりである。
第一解雇に至る経過
被申請人は肩書地に事務所をおき、東邦大学、東邦大学附属高等学校、駒場東邦高等学校、駒場東邦中学校、東邦大学医学部附属準看護学校を設置している学校法人で、額田豊、額田晉兄弟が大正一四年に設立した財団法人帝国女子医学専門学校の後身であり、東邦大学は、医学、薬学、理学三学部、医学部附属病院を持つ総合大学であって、学長は額田晉である。
被申請法人の業務は一一名の理事によって構成される理事会によって決定される。申請人森田久男は、昭和二六年四月被申請人との雇傭契約にもとずき東邦大学教授(内科学)に任ぜられ、医学部勤務を命ぜられたが昭和三五年四月以降医学部長に補せられ、これに伴い被申請人寄付行為、同施行細則の定めるところにより理事に就任したものであり、申請人本多龍雄は、昭和三〇年一〇月同じく被申請人との雇傭契約にもとずき東邦大学医学部有給助手(皮膚泌尿器科)を命ぜられ、同三五年一一月同医学部講師に任ぜられたが、その後理事に選ばれ、昭和三八年六月二一日理事に再選、同年八月同医学部附属病院管理部長を命ぜられたものである。
被申請法人においては、昭和三二年四月以来、前記額田晉学長が理事長(但し、昭和三八年七月辞任)を兼ね、高木逸雄理事(但し昭和三八年七月より昭和三九年八月三〇日まで理事長)、近藤秀雄理事、額田芬事務局長(昭和三八年六月辞任、昭和三六年六月より昭和三八年七月まで理事)が常任理事として事実上業務を運営していた。額田芬は、前記額田豊の三男であり、同額田晉の甥であるが、被申請法人の理事会にはかることなく被申請法人の資産中から(一)昭和三六年九月以降昭和三七年一〇月に至るまでの間に東京都千代田区神田多町一丁目一番地に本店を置く株式会社万邦商事(以下、「神田万邦」と略称する。)に対し金五、七七〇万円を預託あるいは貸与し、同年一〇月その取締役に就任したが、神田万邦が昭和三八年五月倒産したため、額田芬は同会社から額田芬を受取人として振出された約束手形及び小切手(合計金額金六一、三二九、九二五円)を被申請法人に裏書譲渡したものの、事実上、神田万邦に預託ないし貸与した前記金員を回収することが困難となったこと、及び(二)昭和三七年三月二〇日以降同年四月二四日に至る間に被申請法人理事長額田晉名義で調布市神代農業協同組合(以下、「神代農協」と略称する。)に普通預金として預託した金六、一一九万円のうち金八〇〇万円しか払戻しを受けていないことが判明したため、ことに(一)の預託あるいは貸与金額相当の金員(以下、「預託金」と略称する。)の回収困難に陥った責任を負って昭和三八年六月二一日事務局長を退職し、同年七月理事を辞任した。当時、東邦大学各学部の中でも、附属病院を擁して予算額が最も大きい東邦大学医学部教職員は、附属病院新築のため、低賃銀を忍んで年度収入中三、四千万円を病院建設資金として本部の臨時部に繰入れているところであったので、事務局長公金流用の噂が流れると、同学部附属病院長名越好吉、同学務部長桑原章吾らの要望によって昭和三八年六月二八日医学部教授会が開催され、その席上、高木、近藤両理事とともに出席した理事長額田豊が「今回の局長の不都合は全く私の知らないうちに行われたもの」と事務局長公金流用の事実を認めて退席した後、申請人森田は、医学部長として、高木、近藤両理事に対し、「穴埋めの件は額田家の財産をあてに出来ないか。早くそういう声を出してほしい。両理事の奔走をお願いしたい。」と善処するよう要望し、また、同日、医学部教授会の発表した、「このたびの不詳事件につき……教授会は大学理事会にたいし、その責任ある処置を要請するとともに、事態収拾については毅然たる態度をもってのぞみ、大学運営合理化の実現を期することを決議した。」との声明書を昭和三八年七月二日開かれた理事会の席上、各理事に配布し、今回のことについては理事に責めを問うべきであると発言した。同日の理事会においては、高木理事から、神田万邦に対する預託金と神代農協に対する預金について詳しい調査報告があり、額田学長の理事長辞任が承認され、高木理事に理事長代行を委嘱するとともに校金流用事件につき外部との交渉はすべて高木代行理事長一本にまとめ、他の理事は勝手に口外せぬことが申合わされたにもかかわらず、同月四日の産経新聞朝刊には額田芬前事務局長が寄付金一億円を無断流用したという見出しで高木理事が同月二日の理事会でした報告どおりの記事が前記医学部教授会声明及び額田晉が理事長を辞任した事実とともに報道された。≪中略≫そこで、同年一二月二八日開かれた理事会の席上、高木理事長において、申請人ら両名に対し、さきに理事会報告どおりの記事が産経新聞に出たこと及び前記示談申入、弁護士の要望、念書の入手などから推測した機密漏洩、利敵行為の有無を質したところ、申請人森田は産経新聞に新聞記事の出る前日産経の記者と会い、当日警視庁係官の訪問を受けたこと、及び五反田万邦の渡辺恵美子と二回会ったことをそれぞれ認め、また、申請人本多は念書など書かぬと否定したが渡辺恵美子と会い名簿を与えたことについては否定しなかった。このようないきさつの後、被申請人は、昭和三八年一二月三一日各申請人に対する書面をもって、昭和三九年一月六日午前一〇時までに退職願を提出することを求め、退職願の提出がないときは同日付で解職処分に付すべきことを通知し、その書面は申請人本多には同月一日、申請人森田にはその頃到達した。これに対して申請人ら両名は同月四日高木理事長に対し同日到達の書面をもって、退職願を提出する意思はなく解職処分は拒否すると回答した。そこで被申請人は同月六日各申請人に対し、内容証明郵便をもって、(一)被申請人と五反田万邦側との訴訟事件につき相手方に理事会の内容その他重要な機密を漏洩して、被申請人を敗訴させ、あるいは著しく不利益な解決をさせようとする等理事会の議決に反する重大な背信行為をし、(二)浮説を宣伝流布し、大学の統制秩序を著しくみだしたこと等を申請人ら両名に対する解雇事由とし、申請人森田に対しては教授の職を解いた旨、申請人本多に対しては講師の職を解き管理部長を罷免した旨の各意思表示をし、その書面は、申請人森田には同日、申請人本多には同月七日それぞれ到達した(また、被申請人は、同月二五日申請人本多に対し理事を解任するという意思表示をした。)なお、解職の意思表示到達当時、申請人ら両名は、毎月二五日に給料として、申請人森田は、金九万三六三〇円、申請人本多は金四万〇六五〇円を支給されていたが、右到達以後いずれもその支給を受けていない。
第二解雇の効力及び被保全権利
申請人ら両名が「被申請人が解職理由とした事実は全く存在しないのに前記の如き申請人らを解雇することは専ら各申請人を被申請法人から放逐しようという意図から出たものであるから、被申請人の各申請人に対する解雇の意思表示は何れも解雇権の濫用として無効である。」と主張するのに対し、被申請人は、申請人ら両名には(一)昭和三八年七月四日、同日以後外部との交渉を常任理事をとおしてのみ行うと理事会で申しあわせたのにも拘らず、産経新聞記者や警視庁係官に重要な機密を洩らし、(二)渡辺恵美子に被申請法人の名簿を与え、五反田万邦側に対する被申請人の訴訟事件について相手方のために証人として出廷すべきことを相手方と約定し、昭和三八年九月一三日開かれた理事会の内容を五反田万邦側に通報し、(三)教授会、理事会等において、昭和三六年三月、昭和三七年一月五日及び昭和三八年六月から一二月にいたるまでの間、額田一族の学園支配を攻撃し、昭和三八年七月から同年一一月五日に至る間、虚偽の事実及び浮説を流布し、権力を誇示する等被申請法人の秩序を乱したのでやむを得ず解雇したものであると抗争するから、これらの点について逐次検討する。
(一) 重要な機密の漏洩について
昭和三八年七月二日開かれた被申請法人理事会において、額田芬前事務局長の校金流用事件につき、外部との交渉はすべて高木代行理事長一本にまとめ外の理事が勝手に口外しないことが申合わされたのにもかかわらず、同月四日の産経新聞朝刊には額田前事務局長寄付金無断流用の見出しで高木理事が同月二日の理事会でした報告どおりの記事がこれについて理事会に対し責任ある処置を要請した医学部教授会の声明及び額田晉が理事長を辞任した事実とともに掲載されたこと、当時申請人森田が医学部長として同月二日の理事会に出席し、右医学部教授会の声明書を理事会の席上各理事に配布したこと、及び同月四日額田芬が背任の嫌疑で逮捕され、同年九月四日から警視庁において取調を受け、同月二一日釈放されるまで引続き身柄を拘束されたことは前記のとおりであり、申請人森田が同月三日産経新聞の記者に面会し、同月四日警視庁係官に面接したことは前記一二月二八日の理事会の席上同申請人の争わなかったところである。しかし、額田芬が理事の誰も知らない間に校金を流用した事実自体は、既に同年六月二八日の医学部教授会の席上当時の理事長額田豊によって発表されているのであるし、同年七月二日の理事会で配布された医学部教授会声明書も同年六月二八日付で謄写し、各教授、各教室に配布されたものと同じ内容のものであり、同年七月二日の理事会において医学部長として出席した申請人森田が医学部教授会声明書を他の理事に配布したことは声明書が理事会に対する要望を主要な内容とする以上むしろ当然であって、同理事会には申請人ら両名以外の理事も多数出席していたことが明らかであるから、たまたま申請人森田以外の理事が産経新聞記者に面接した事実が明らかでないからといって、申請人森田が同年七月二日理事会において説明された校金流用の事実の具体的内容を産経新聞記者に漏洩したと即断することはできず、他にこれを疎明するに足りる資料は見当らない。また、同日の理事会の申し合せが捜査官の取調に対しても高木代行理事長以外の理事に協力をさしひかえさせる趣旨のものであると認められない以上、申請人森田が額田芬逮捕の前日警視庁係官と面接したからと言って理事会の申合せに違反したということはできず、他に、申請人ら両名が理事会の申合せに反して理事として知り得た重要な機密を洩らしたことを疎明すべき資料はない。
(二) 利敵行為について
次に、申請人本多が昭和三八年九月四日医学部同窓会名簿の一部を破りとって渡辺恵美子に与えたことは前叙のとおりであるが、それは同申請人が渡辺恵美子からはじめて聞いた複雑な事実関係を五反田万邦側から直接医学部同窓会関係者に説明させて関係者自身に一層正確に事実を知る便宜を計る意図に出たものであることを窺うことができるのであるから、同窓会名簿の一部を五反田万邦社長秘書である渡辺恵美子に与えた行為を以て、直ちに、被申請人と訴訟中である五反田万邦の利益を計る、いわゆる利敵行為であるということはできず、昭和三八年九月一三日神田の如水会館で開かれた被申請法人理事会において、被申請人の顧問弁護士が五反田万邦側との訴訟事件の説明をし、申請人両名及び浅田理事から質問があったが五反田万邦側に対する訴取下がされないことにきまった事実が申請人らのうち何人かによって五反田万邦側に通報されたことの疎明はない。また、申請人本多が五反田万邦のため証人として出廷を約した点に関しては、その旨口授させたという念書の写(疎乙第二七号証)及び渡辺恵美子の陳述録取書(疎乙第九〇号証)だけではこれを疎明するに十分でなく(これらによっては、何故本多が念書まで差入れて証人となることを約定しなければならなかったかという事情が全く不明であって、果してかかる念書差入の事実があったかどうか大いに疑わしい。)、他にこれを疎明するに足る的確な資料はない。
(三) 秩序紊乱について
昭和三八年一〇月二八日に開かれた医学部教授会の席上、理事長高木逸雄、学長額田晉、理事近藤秀雄の三常務理事において神田万邦に対する預託金問題の経緯について説明した際、申請人本多が「(前)事務局長のやったことはけしからん。官憲の手によって黒白を明らかにすべきだ。」と発言したこと、当時同申請人が医学部教授ではなく被申請法人の理事であったことは前叙のとおりである。しかし申請人本多が前記のような発言をしたからといって、被申請法人の理事として許すことのできない秩序紊乱であるということはできない。また、申請人森田が同年九月初旬渡辺恵美子に対し、五、六人の医学部教職員の在席する医学部長室で、被申請法人が五反田万邦に対して申請した仮処分は直ぐ取下げさせると約束したという事実もこれを認めるに足る疎明がなく、その他各申請人が被申請法人の秩序をみだしたことを疎明するに足りる資料はない。
ただ、以上疎明された事実を通観すると、被申請法人の当時の理事長高木逸雄、常任理事近藤秀雄らは、前事務局長額田芬が勝手に他に預託した校金の回収を計り、同人に対する刑事責任追及の徹底、前理事長額田晉の失脚、額田年ら提供の不動産に対する担保権実行等の事態を避けるため、顧問弁護士を依頼し、訴訟技術上被申請人が校金預託先である神田万邦に対し債権を有することを主張して、仮処分申請等諸般の訴訟手続をしているのに対し、申請人らは、被申請法人理事会不知の間に前記額田芬が勝手に他に校金を預託したのは、横領した金員を芬個人が預託したものにすぎず被申請人は右預託先に対し預託契約上の債権者たる地位を有するものではないという見解のもとに、前記高木理事長らの事態収拾方針及びその実行に対し常に反対の意見を表明し、反対の行動にいでたるものであることを肯認できるのであって、この対立には以上の如き見解の相違のほか裏面に相当複雑多様な利害関係がからんでいることがうかがい得るとはいえ、すくなくとも表面にあらわれたかぎりでは、申請人らの見解や行動もまた学校法人である被申請法人の利益の擁護という見地から見て一理なしとしない。従って、申請人らが右見解にもとずいてした批判や異議その他の行動の故に申請人らを理事の地位から罷免することは許されず、まして申請人らが被申請人との間の雇傭契約にもとずいて有する教授、講師の職を解くことは、(たとえ申請人森田の地位が医学部長の地位にあることにより当然に生ずるものであっても)解雇権の乱用として許されないと解すべきである。仮に、各申請人の批判と異議が額田晉の理事としての地位と額田年及び額田芬の各所有財産との維持に不都合であるとしても、この判断を左右するに足りない。
従って、被申請人と各申請人との間の右雇傭契約関係は、昭和三九年一月なされた前記解雇の意思表示に拘らず、なお存続するものというべきであるから、各申請人は右雇傭契約にもとずく教授若しくは講師の地位を依然有するものというべく、また、右意思表示当時の各申請人の毎月の給料額、支給日はいずれも前記第一に記載したとおりであるから、申請人森田は、被申請人に対し昭和三九年一月一日以降昭和四〇年五月末日まで既に期限の到来した給料金一五九万一七一〇円及び昭和四〇年六月一日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り給料金九万三六三〇円ずつ、また、申請人本多は昭和三九年一月一日以降昭和四〇年五月末日まで既に期限の到来した給料六九万一〇五〇円及び昭和四〇年六月一日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り給料金四万六五〇円ずつの支払を求める各権利(被申請人に対する被保全権利)をそれぞれ有するものといわなければならない。
第三仮処分の必要性
一 各申請人が、被申請人によって雇傭契約上の地位を否定され、また教授または講師として前記金額の給料を昭和三九年一月以来支払われていないことは前叙のとおりであり、このような雇傭契約関係の否定及び給料不払により著しく生活上の便益を害されることは、前記の事実関係から見てむしろ自明のことであるから、各申請人には、本案判決の確定まですくなくとも教授また講師の地位を仮に定め且つ前記各給料の支払を命ずる仮処分を求むべき緊急の必要性があるものと認めるのが相当である。
二 被申請人は、「申請人本多は静岡県浜松市及び東京都内大森に医業を開業しており、申請人森田もまた医師として相当の収入を得ているから本件仮処分の必要性を欠く。」と主張する。しかし、右主張を裏付け前記一の判断を覆えすだけの反対疎明はない。
第四結論
以上の次第で申請人ら両名の本件仮処分申請は理由があるから、各申請人に保証を立てさせないでこれを許容することとし、申請費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 川添利起 裁判官 園部秀信 松野嘉貞)