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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)2586号 判決 1965年7月06日

原告 X

右訴訟代理人弁護士 高橋融

被告 神戸市

右代表者市長 原口忠次郎

右訴訟代理人弁護士 安藤真一

奥村孝

被告 紀有財

<外一名>

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告の求めた裁判

(1)  被告らは原告に対し各自金六〇万円及びこれに対する昭和三六年一〇月九日から昭和三七年五月三一日まで年一割八分昭和三七年六月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による各金員を支払え。

(2)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(3)  仮執行の宣言

二、被告神戸市及び被告紀有財の求めた裁判

主文同旨。

三、請求原因

(1)  被告紀有財(以下被告紀という)は、神戸市生田区三宮町三丁目三〇番地の五、同番地の六の土地上に別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を所有していたもの、被告前田一成(以下被告前田という)は被告紀の親族であるもの、被告神戸市(以下被告市という)は昭和三八年二月頃本件建物の付近の土地地につき土地区画整理を施行していたものである。

(2)  原告は被告紀に対し、昭和三六年一〇月九日に、金六〇万円を、弁済期昭和三七年五月三一日、利息年一割八分、利息の支払時期毎月末日、利息の支払を一回でも遅滞したときは期限の利益を失うとの約で貸与し、これを担保するため、本件建物に一番抵当権を設定し、昭和三六年一〇月一三日にその登記を経由していたものである。

(3)  被告は右記載の利息を一回も支払わないため、期限の利益を失ったので、原告はその抵当権に基き、不動産任意競売手続の実行に着手し、神戸地方裁判所昭和三七年(ケ)第七四号事件として係属し、昭和三七年四月二五日不動産競売手続開始決定がなされた。

(4)  被告市は土地区画整理のため本件建物の除却を行う予定であったが、たまたま原告の競売申立により、区画整理手続の進行が困難となったことから、昭和三七年二月頃に被告紀を同市役所に呼び出し、被告市の係員は原告と被告紀間の紛争を聴収したが、その結果、被告紀は原告の本件建物に対する抵当権を無視して、本件建物の除却問題を解決するのが利益だと考え、また被告市は土地区画整理手続の簡易な進行を考え、適宜除却補償金を決定するのが便宜だとし、ここに被告紀と被告市は意思相通じて本件建物を取りこわすこととし、被告紀は親族である被告前田と共に昭和三八年二月六日(本件訴状には昭和三七年二月六日と記載されているが誤記と認められる)にこれを実行し、被告市は被告紀に対しその頃本件建物の除却補償金を支払った。

(5)  被告らの本件建物取りこわし行為は、公務所である被告市が関与し、被告ら三名が共謀して原告の本件建物に対する抵当権を侵害することを知りながら、これをなしたもので、共同不法行為である。このことは、被告市は土地区画整理法第七八条第五項本文に基き、供託せねばならぬ筈の本件建物に対する補償金を供託しないで、これを不法にも被告紀に全額支払っていることに徴しても明らかである。

(6)  被告らの共同不法行為の結果、原告は被告紀に対する金六〇万円の貸金と年一割八分の割合の利息金を担保するために設定を受けた本件建物の抵当権を失った。そして、被告紀は無資力であり、右抵当権の消滅した現在、原告が被告紀から全債務の弁済を受けることは期待できない。従って、原告の蒙った損害は、原告の抵当権の担保する債権額であるというべきところ、その金額は金六〇万円及びこれに対する貸与日の昭和三六年一〇月九日から弁済期の昭和三七年五月三一日まで年一割八分の割合による約定利息並びに昭和三七年六月一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による損害金であるから、原告は右相当額の損害を受けた。

(7)  よって、原告は被告らに対し請求の趣旨記載の金員の支払を求めるため本訴に及んだものである。

四、被告神戸市の答弁

(1)  原告主張の(1)の事実のうち、その主張の土地上にその主張の本件建物を被告紀が所有していたことは認める、その主張の土地区画整理事業施行者は被告市の市長である、その余の点は知らない。

(2)  その(2)の事実のうち、原告主張の抵当権の登記がなされていることは認めるが、その余の点は知らない。

(3)  その(3)の事実は知らない。

(4)  その(4)の事実は否認する。神戸市長は被告紀に対して土地区画整理法第七七条第二項により、本件建物を移転するよう通知し、自ら移転する意思の有無を照会した結果、被告紀は本件建物を任意に移転することを承諾し、昭和三八年二月六日頃移転工事に着手したので、神戸市長は被告紀に対し移転補償金として金一五万七、七〇〇円を支払ったものである。

(5)  その(5)の事実は争う。なお、原告主張の土地区画整理法第七八条第五項の規定は、その施行者において行政処分として直接施行の方法により建物を除却した場合に関するものであり、本件とは何らの関係はない。

(6)  その(6)の事実は争う。

(7)  よって、原告の本訴請求は失当である。

五、被告紀有財の答弁

(1)  原告主張の(1)の事実のうち、その主張の土地上にその主張の本件建物を被告紀が所有していたこと、被告前田が被告紀の親族であることは認めるが、その余の点は知らない。

(2)  その(2)の事実のうち、原告主張の抵当権の登記がなされていることは認めるが、その余の点は否認する。被告紀は原告からその主張のような金員の貸与を受けたこともなければ、また抵当権の設定契約をなしたこともない。

(3)  その(3)の事実のうち、その主張のような不動産競売申立が提起されて係属し、不動産競売手続開始決定がなされたことは認めるが、その余の点は否認する。

(4)  その(4)の事実のうち、本件建物が土地区画整理のため取りこわされたこと及び被告紀が補償金の支払を受けたことは認めるが、その余の点は否認する。

(5)  その(5)及び(6)の事実はいずれも否認する。

(6)  よって、原告の本訴請求は失当である。

六、被告前田一成の答弁

被告前田は、適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しないが、陳述したものとみなした答弁書によれば、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の事実のうち、被告前田が被告紀と親族関係にあることは認めるが、被告前田は本件には全く関係なく、その余の点は総て知らないから、原告の本訴請求は失当であるというにある。

証拠≪省略≫

理由

一、被告紀が神戸市生田区三宮三丁目三〇番地の五及び同番の六の土地上に別紙目録記載の本件建物を所有していたことは被告紀及び被告市のいずれも認めるところであり、右被告らの認めるところにより、原告と被告前田との関係においてもこれを認めるに難からず、≪証拠省略≫によれば、昭和三七、八年頃本件建物付近一帯の土地につき土地区画整理が施行されていたのであるが、右土地区画整理事業施行者は神戸市長であり、土地区画整理に伴う補償については被告市が処理に当ることを認めることができ、以上認定を左右するに足りる証拠はない。しかして、被告紀と被告前田が親族関係にあることは、右両被告の認めるところである。

二、原告主張のような抵当権の登記がなされていることは、被告紀及び被告市の認めるところであり、右被告らが認めるにより被告前田の関係においてもこれを認めることができ右事実に≪証拠省略≫によると、原告は被告紀に対し昭和三五、六年頃約金四〇万円を貸与したところ、昭和三六年一〇月一三日に更に金二〇万円を貸与した際、原告及び被告紀はこれを合計して金六〇万円の準消費貸借契約を締結し、弁済期日昭和三七年五月三一日、利息年一割八分、利息の支払期日毎月末日、利息の支払を一回でも遅滞したときは期限の利益を失う旨約定し、かつ右債務を担保するため本件建物に一番抵当権を設定する旨約定し、原告及び被告紀は、同道のうえ登記所に出頭し、同日神戸地方法務局受付第二〇〇六五号をもって、前記抵当権の登記手続を経由したことが認められる。被告紀は原告に対し金九〇万円の買掛代金債務を負担するものの、金員の貸与は受けたことがない旨供述するが右供述は採用し難く、その他以上認定をくつがえすに足りる証拠はない。そうすると、原告が本件建物につきその主張の抵当権を有するものというべきである。

三、原告主張のような不動産競売申立が提起されて係属し、不動産競売手続開始決定がなされたことは、被告紀の認めるところであり、前掲甲第一号証によれば、被告市及び被告前田との関係においてもこれを認めることができる。しかして、被告紀が前記債務を弁済したとの主張立証はない。

四、(一)、本件建物が土地区画整理のため取りこわされたこと及び被告紀が補償金を受領したことは、被告市及び被告紀の認めるところであり、証人竹内勇、同定森茂の各証言及び被告紀本人尋問の結果により、被告前田の関係においてもこれを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)、原告は被告らが昭和三八年二月六日頃共謀のうえ不法に本件建物を取りこわし、原告の本件建物についての抵当権を侵害した旨主張するので、まず、右取りこわしが不法行為になるかどうかについて検討する。≪証拠省略≫並びに右(一)の事実を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1)、本件建物所在の神戸市生田地区の土地区画整理事業施行者は神戸市長であるが、本件建物の移転及びその補償に実際に当っていたのは、被告市職員である同市都市計画局都市改造第一課生田補償第一係長訴外竹内勇及び同課員訴外定森茂であるが、同人らは昭和三七年六月頃本件建物の登記簿を調査したところ、原告のため前記抵当権が設定されていること及び競売申立がなされていることを知ったこと、同年夏頃に本件建物の所有者である被告紀に対し、本件建物を昭和三七年一二月末日後に土地区画整理のため移転すべき旨通知するとともに被告紀において自ら移転する意思があるかどうかを照会したところ被告紀は同年七月頃神戸市役所に来たので、土地区画整理の事実を告げ、かつ本件建物に関する権利関係についてその当事者間において円満に解決すべき旨を要望したこと、被告紀はこれを了承し、また昭和三八年一月頃に再び神戸市役所を訪れ、本件建物を自発的に移転する旨言明したこと

(2)、そこで、竹内勇、定森茂は、本件建物をその敷地(所有者訴外林讃鋼)より若干隔たった仮換地に、被告紀において移転することとして手続を進め、その移転の方法としては、本件建物を一たん解体してこれを移転する、いわゆる解体移転をすることとしたこと

(3)、被告紀は従前訴外林讃鋼の所に勤務していたものであるが、昭和二五、六年頃退職するに際し、その報酬として本件建物の贈与を受け、以来本件建物の賃料を受領し、その敷地を無償で使用していたのであるが、右贈与を受ける際、生田地区の土地区画整理が昭和二二年頃既に告知されていたこととて、右土地区画整理が実施された場合には、被告紀は林讃鋼に対し本件建物を無条件で収去し、その敷地を明け渡す旨約していたこと

(4)、被告紀はその弟である訴外前田秀一に依頼して本件建物を昭和三八年二月六日頃取りこわした(解体した)のであるが、前記林讃鋼との約定により、再築しなかったこと

(5)、被告前田は本件建物の移転には何ら関係していないしもとよりその取りこわしに関与していないこと

(6)、被告市は被告紀が本件建物を解体したことを確認したので、その頃移転補償金として金一五万七、七〇〇円(内訳建物移転料金一二万二、六六三円、工作物移転料金二万九〇〇円、雑費金一万四、一三七円)を被告紀の代理人林讃鋼に支払ったこと、被告市は、このような解体移転の場合、建物が解体されたことを認めれば、その建物が再築されることをまつまでもなく、補償金を支払っていること

(7)、被告紀は林讃鋼に借用金二〇万円があり、これを弁済するため本件建物に対する移転補償金の受領方を林に委任したので、林は被告紀の代理人として、前記のように受領し、これをその貸与金の弁済にあてたこと

以上の事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は採用し難く、その他これを動かすに足りる証拠はない。

(三)、なお、原告は被告市が本件建物に対する補償金を土地区画整理法第七八条第五項に基き供託しないことを非難するが、しかし同条同項は、土地区画整理事業の施行者において直接施行の方法により除却した建物に対する補償金を支払う場合に関するものであるところ、本件は建物所有者が自発的に解体移転した建物に対する補償金を支払う場合であって、右法条に該当するものとはいえないから、原告の前記非難は当らない。

(四)、原告は被告市に対し、本件建物取りこわし(解体)による不法行為責任を求めているが、その意味するところが、被告市自身の不法行為を主張するのか、或は被告市職員の職務の執行が違法であることによる被告市の責任を求めるのか、当裁判所の釈明に対しこれを明らかにしないが、しかし叙上認定のように、本件建物の解体はその移転のため被告市職員が土地区画整理事業の施行として関与したものであり、また被告市職員は適法にその事務を処理し、被告紀の意思により本件建物を移転のため被告紀に自発的に解体せしめたものであるから、そのいずれであるにせよ、本件建物の解体を目して、被告市の原告に対する不法行為を構成するものとする原告の主張は採用できない。

(五)、原告は被告紀に対し、本件建物取りこわし(解体)による不法行為責任を求めているが、しかし叙上認定のように、被告紀は土地区画整理事業の進行に伴い、本件建物を解体せざるを得ず、建物所有者が普通とるべき方法に従い、本件建物を解体したまでであり、また林讃鋼との前記約定により、仮換地上に本件建物を再築する権限を有しないため、これを移転することができなかったまでであって、本件建物の解体を目して、被告紀の原告に対する不法行為を構成するものとする原告の主張は採用できない。

(六)、原告は被告前田に対し、本件建物取りこわし(解体)による不法行為責任を求めているが、これを確認するに足る証拠がなく叙上認定のように、却って被告前田が本件建物の解体に関与したことを認めることができないから、原告の被告前田に対する不法行為の主張は採用できない。

五、以上説示のように、原告の被告らに対する本件建物取りこわし(解体)による不法行為の認められない以上、その余の点について判断を加えるまでもなく、原告の本訴請求は既にこの点において理由がない。

六、よって、原告の本訴請求は、いずれも失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大沢博)

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