東京地方裁判所 昭和39年(ワ)3320号 判決 1965年3月03日
原告 武田春栄
被告 山崎良隆 外一名
主文
1 被告山崎良隆は、原告に対し金二二八、一四〇円を支払え。
2 被告山崎良隆に対するその余の請求および被告東洋建設株式会社に対する請求は、いずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告と被告山崎良隆との間においては、これを三分し、その一を原告の負担としその余を同被告の負担とし、原告と被告東洋建設株式会社との間においては、全部原告の負担とする。
4 この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。
事実
原告は「被告両名は原告に対し各自金三二八、一四〇円を支払え。訴訟費用は、被告両名の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、つぎのとおり陳述した。
一 (事故) 原告は、昭和三八年一一月一四日午後四時ごろ、松戸市松戸新田四一七番地先の県道を横断中、右道路を同市五香方面から進行してきた被告山崎運転にかかる同人所有の軽二輪自動車(以下「被告車」という。)に激突され、左肩胛骨、左鎖骨、左脚撓骨尺骨、各骨折の傷害をこうむつた。
二 (責任原因) 被告山崎は、自己のため自動車を運行の用に供するものとして自賠法第三条の規定による本件事故によつて原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。また、被告山崎は、建築業を営む被告会社の被用者であるが、本件事故現場附近の道路の状況は、幅員約五間であつて、事故発生地点を中心に約二キロメートルの間は直線をなし、見とおしも極めて良好であるのであるが、被告山崎は自動車の運転免許もなく運転技術が拙劣であり、かつ、被告車のブレーキが故障中であつたのに、あえて、これを運転し、そのうえ、自己の進路前方に右道路を横断中の原告の姿を認めながら、その動静に注意を払わず、慢然、時速四〇キロメートルの速度で進行を続けた過失によつて本件事故は発生したものであり、当時、被告山崎は被告会社の事業の執行中であつたから、被告会社は、民法第七一五条の規定により本件事故によつて原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。
三 (財産的損害) 原告は、前記受傷の結果、その加療のため、事故当日から同月二七日までの一四日間入院し、その後も通院を必要としたので、つぎの出費を余儀なくされ、これと同額の損害をこうむつた。
(一) 金二六、一〇〇円 ただし治療費
(二) 金八四〇円 ただし、原告の入院中、その家族が付添のため通院した交通費
(三) 金一、二〇〇円 ただし、原告の通院交通費
四 (慰藉料) 原告は家庭の主婦であるが、前記受傷自体が初老の身にとつて堪えがたい苦痛であるばかりでなく、高齢による受傷部位の癒着不整のため、右足はやや曲り、左肩胛骨がずり落ち、同鎖骨は突出して醜悪な外観を呈するにいたり、現在も松葉杖の使用によつてかろうじて歩行可能な状況で家事に従事すること自体も著るしく困難であつて、本件事故によつてこうむつた精神的苦痛は筆舌につくしがたい。この苦痛は、被告各自から金三〇〇、〇〇〇円の支払を受けることによつて慰藉されるというべきである。
五 よつて、原告は被告両名に対し、以上の合計金三二八、一四〇円の支払を求めるため、本訴におよんだものである。
六 被告会社主張の免責事由の存在および過失相殺の主張は争う。
被告両名は、いずれも「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、つぎのとおり述べた。
一 (被告山崎の答弁) 請求の原因一、三項掲記の事実は認めるが、その余は争う。
二 (被告会社の答弁) 請求の原因一、三項掲記の各事実、同二項のうち、被告会社が建築業を営むもので、被告山崎が本件事故当時その被用者であつたこと、同被告が自動車運転につき無免許であつたこと、同四項につき原告が家庭の主婦であることはいずれも認めるが、その余は争う。
1 (免責事由) 本件事故が被告会社の事業の執行につき惹起されたとしても、被告会社は、被告山崎の選任につき注意を怠らなかつたことはもちろん、被告山崎は、本件事故以前にも自動車事故を起したことがあつたので、被告会社としては、被告山崎に対し、自動車の運転を厳禁し、かつ、その旨誓約させるなど、その監督にも相当の注意を払つていたにかかわらず、同被告は、ひそかに被告車を運転して本件事故を惹起したものであつて、被告会社は、原告主張の損害を賠償する義務はない。
2 (過失相殺) 被告会社が使用者としての損害賠償義務を負うとしても、原告は、前記道路を横断するに際し、同所における自動車の交通に充分注意し、その安全を確認後に通行すべき義務があるのに、被告車の進行に何ら注意を払わず、被告車に対進するトラツクの後から小走りに横断しようとしたため、出会いがしらに被告車と接触したものであつて、原告のこの過失は損害賠償額の算定につき斟酌されるべきである。
証拠関係<省略>
理由
一 被告山崎に対する請求について
1 請求の原因一項掲記の事実は、原告と被告山崎間に争いがなく、この事実によれば、同被告は、自賠法第三条の規定により、本件事実によつて原告に生じた損害を賠償する義務がある。
よつて、以下、その損害の額について検討する。
2 (財産的損害) 請求の原因三項掲記の事実は、右当事者間に争いがないから、原告は、右と同額の合計金二八、一四〇円の損害をこうむつたものというべきである。
3 (慰藉料) 原告が前記受傷により加療のため一四日間の入院とその後の通院を余儀なくされたことは右当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、当年五八才になる家庭の主婦であつて、右受傷の結果退院後も五〇日間にわたりギブスの装着を余儀なくされ、その後も隔日に通院して注射等の治療を続けたものの、受傷部位の疼痛は去らず、杖の使用によつて歩行は可能であるが、食事の準備、洗濯等の家事に従事することは全く不振の状態にあること、他方、被告山崎は、原告の入院中二度ほど見舞つたが、治療費の負担等については、何ら誠意ある態度を示していないこと、が認められ、他に右認定を左右する証拠はない。この事実と成立に争いのない甲第六ないし第九号証によつて認め得る本件事故発生の状況およびその他諸般の事情を考慮するときは、原告の慰藉料は金二〇万円とするのが相当である。
4 して見ると、原告の被告山崎に対する本訴請求は、右2、3の合計額金二二八、一四〇円の支払を求める限度において理由があるものとして認容し、その余の請求は失当として棄却することとする。
二 被告会社に対する請求について
請求の原因一項掲記の事実全部および同二項掲記の事実中、被告山崎が建築業を営む被告会社の被用者であることは、原告と被告会社間に争いのないところであるから、以下、本件事故が被告会社の事業の執行につき惹起されたものであるかどうかについて検討する。ところで、成立に争いのない甲第四、第七号証を総合すると、被告山崎は、本件事故当時、被告会社が松戸市五香において請負施工中の建物建築工事の現場監督として、東京都渋谷区山下町六五番地の自宅と右工事現場を往復していたものであるが、その通勤の便宜のため、自己所有の被告車(この点は、右当事者間に争いがない。)を使用していたもので、本件事故も右工事現場における用務を終え、被告会社へ赴く途中に惹起されたことが認められ、この事実によれば、本件事故は、被告山崎が自己所有車によつてまだ単に通勤する過程において生ぜしめたものというべきであるが、この事実だけをもつてしては、いまだ被告山崎の被告車の運転が、客観的外形的に見ても被告会社の事業の範囲に属するというには足らず、従つて本件事故が被告会社の事業の執行につきなされたとするには充分でなく、他の本件全証拠をもつてしても、これを肯認するに足りない。したがつて、原告の被告会社に対する本訴請求は爾余の判断に立ち入るまでもなく失当として棄却すべきである。
三 よつて、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条の各規定を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 原島克己)