東京地方裁判所 昭和39年(ワ)3602号 判決 1967年3月02日
原告 東洋棉花株式会社
右代表者代表取締役 間瀬喜久治
右訴訟代理人弁護士 橋本基一
国本明
被告 京浜製鋼株式会社
右代表者代表取締役 新井幸治
被告 東京商銀信用組合
右代表者代表理事 金在沢
右訴訟代理人弁護士 石原豊昭
被告 斉藤和也
右訴訟代理人弁護士 真田康平
主文
一、被告京浜製鋼株式会社は原告に対し別紙物件目録記載の不動産につき東京法務局大森出張所昭和三六年一〇月一九日受付第三四二八六号の所有権移転請求権保全仮登記に基づく昭和三九年四月一〇日代物弁済を原因とする所有権移転の本登記手続をせよ。
二、被告東京商銀信用組合並びに同斉藤和也は原告に対し前項の仮登記に基づく所有権移転の本登記手続につき承諾をせよ。
三、被告京浜製鋼株式会社は原告に対し別紙物件目録記載の不動産並びに機械器具を引渡せ。
四、訴訟費用は被告等の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一、原告と被告京浜製鋼との間で、請求原因一、四項の事実及び同二項の事実中、本件物件を適正に評価したとの部分(ただし、本件建物は評価する価値がないことは認める)を除き当事者間に争がなく、原告と被告商銀、同斉藤との間で、原告と被告京浜製鋼との間に主文一項記載の所有権移転請求権保全仮登記、請求原因三項記載の所有権移転仮登記、根抵当権設定登記、賃借権設定の仮登記が存在することはいずれも当事者間に争いがない。
二、よって、原告と被告商銀、同斉藤との関係で、原告と被告京浜製鋼との間に原告主張の代物弁済予約が成立したかどうか、同被告に原告主張の如き債務不履行があって、右予約に基づく完結権行使がなされたかどうかを判断する。≪証拠省略≫を総合すると、昭和三六年一〇月一八日原告と被告京浜製鋼との間に原告主張の金二〇、〇〇〇、〇〇〇円を限度額とする継続的商取引並びに根抵当権設定契約(甲第二号証)が結ばれ、本件物件につき、京浜製鋼がその債務を履行しないときは、原告の任意選択により本根抵当権の実行に代えて、原告の適正に認定する評価額を以って根抵当物件の価格と看做し、その価格と同額の債務の代物弁済として根抵当物件の一部または全部を取得することができること、右代物弁済予約は原告の被告京浜製鋼に対する一方的意思表示により完結する旨の特約(甲第二号証の一二条)がなされたこと、被告京浜製鋼は昭和三八年四月二四日原告に差し入れた金四、〇〇〇、〇〇〇円の約束手形を不渡とし期限の利益を喪失したこと、原告は昭和三九年四月一〇日被告京浜製鋼到達の内容証明郵便をもって、本件物件の価格を、原告の被告京浜製鋼に対するその時の債権額金二六、四二二、六八九円と評価して、代物弁済予約完結の意思表示をしたことが認められる。
右認定を左右する証拠はない。
三、ところで、被告京浜製鋼と被告商銀は原告の代物弁済予約完結権行使は、本件物件を適正に評価した額を以って原告の債権額に代える趣旨のものであるにかかわらず原告はこれを過少評価してその予約完結権を行使したから原告の代物弁済予約完結権の行使は無効であると抗争するのでこの点につき判断する。継続的商取引をする債権者或いは興信契約をする金融機関等がその債権を確保するため、通常債務者又は第三者提供の物件の上に根抵当権及び債務不履行の場合に債務の弁済に代えて担保物件を代物弁済としてとる趣旨の契約を締結し、又代物弁済として取得した物件を債権者自から使用したり又は他に売却処分(代物弁済としての取得物件が何時、如何程でどのような形で処分されるか等不確定の要素が多く債権者は右の事実を十分考慮に入れた上で担保契約をするであろう)する等して債権の回収を図ることは公知の事実である。従って、債権者は自己の債権の回収を保全するため、通常債権額以上の価額を有する物件の提供を受けたり、更に人的の担保を確保し出来るだけ有利な条件で契約を締結しようと慾することは見易い取引の常道である。もとより、実際の契約の中にはそれぞれニュアンスの異なった内容のものもありうるし、それらの場合にはその特殊性を加味して契約の内容を取引の常識に則って考慮しなければならない。右の見地に立って本件代物弁済予約完結の意思表示が有効かどうかを考察するに、前記甲第二号証の一二条には、原告の適正に認定する評価額を以つて云々と記載されておるが、右にいう「適正に認定する評価額」とは原告が代物弁済予約完結の意思表示をする時点において、債権の保全回収の立場から目的物件を経済人として社会通念上是認される方法程度で評価すれば足りる意味と解する。
これを本件につきみるに、前記甲第四号証(不動産評価報告書)、≪中略≫によると、原告は本件不動産四〇四坪の評価を三菱信託銀行の鑑定に依拠し更地価格を坪当り金一〇〇、〇〇〇円、借地権価格を更地価格の六五%すなわち坪当り金六五、〇〇〇円、建物については殆ど価値のないものとする評価報告書を参考にして、更地二〇〇坪を金二〇、〇〇〇、〇〇〇円、残りの土地を坪三〇、〇〇〇として金六、一二〇、〇〇〇円と評価し、本件機械については、既に操業を中止し事実上買手がつくとも思われないので、これをスクラップとして金三〇〇、〇〇〇円とし合計金二六、四二〇、〇〇〇円と自主評価していることが認められる。
もっとも、本件土地には古川鶴子、日鋼工業株式会社が、原告が被告京浜製鋼と本件物件の代物弁済予約に基づく主文第一項の仮登記を経由する以前から本件土地四〇四坪の約半分以上を占有しているが、この占有を権限に基づく占有とみて評価することは債権者たる経済人として社会常識上是認され得よう。なんとならば、債権者としてみれば、債務者と第三者との間の土地利用の法律関係がどのような法律関係に基づいて行なわれているかどうかを調査することは困難であり、仮りに困難でないとしても右法律関係の性質をあたかも裁判所がする如く有権的に決定することはでき得ない事柄なので一応何らかの権限に基づいて使用していると見てこれを評価することは担保権者である債権者の権利を確保する上から当然の防衛行為と見て十分な正当性を有するというべきである。従って、原告が古川鶴子、日鋼工業株式会社の占有権限を一応賃借権に基づくものと自主判断した上評価したことを以って特約に違反するとか、完結権行使の効果が発生しない無効のものと断ずることはできない。
もっとも、古川鶴子、日鋼工業株式会社の占有権限が賃借権に基づくものか、それとも使用貸借によるものかによって本件土地の客観的価値に開きの生ずることは予想され得るところであるが、これは本件物件の客観的評価が原告の自主評価額を越えている場合に、原告がその超過分を返還する義務があるかどうかの別の問題に帰着するのであって、仮に超過していると爾後(その時点を何時にするかは更に問題があるが)に判断されたとしても、その一事を以って原告の法律関係の性質判断を適正にされていないものとして非難することは当を得てない。けだし、適正に「認定する評価額」言々という条項の中には、特段の事情のみるべきものがない本件では、第三者が占有する場合の法律関係の性質判断権をも債権者たる原告の合理的な自主判断に委かせたものと解釈するのが正当であるからである。
してみると、本件物件の客観的価値が原告の評価額より多額であったとしても、原告の自主評価が経済人として社会通念上是認され得ないような無茶な方法や常軌を越したものでない限り原告のした完結権行使の意思表示は有効というの外ない。
四、被告京浜製鋼は、本件土地は古川鶴子、日鋼工業株式会社が占有していても同人等との間の土地利用関係は使用貸借契約に基づくもので何時でも明渡を求められうる関係にあるので、本件土地は全部更地価格で評価すべきであるにかかわらず、原告は勝手な判断で評価していると主張するけれども、被告京浜製鋼は、法律関係の性質判断権をも前記の如く原告に委譲していると解せられるので、仮にその土地利用関係が使用貸借に基づくものとしても、その一事を以って原告のした評価額が常軌を越した無効のものといえないし、本件の全証拠を以ってしても、原告の自主評価が社会通念上是認され得ないような方法でなされたとは認め難いので右主張は失当である。次に、被告京浜製鋼は原告の本件代物弁済予約完結権の行使は債権額に比し不当に高価な本件物件を取得するものであるから権利の乱用であると主張するけれども、本件全証拠を以ってしてもそのような事実を未だ認めることはできないので右抗弁は採用しない。
五、次に被告商銀は原告主張の仮登記は、登記簿上昭和三六年一〇月一八日継続的商取引契約による債務金二〇、〇〇〇、〇〇〇円を履行しないときは所有権が移転する旨公示されているので債権額金二〇、〇〇〇、〇〇〇円しか後順位者たる同被告に対抗できないと主張する。その主張の主旨がなんであるか必ずしも明確でないが、それはさておいて、代物弁済予約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記の債務額は根抵当権設定登記の債権極度額と異り登記の必要的記載事項でなく、何ら後順位者に影響をもつものでない。けだし、債務者たる被告京浜製鋼に債務不履行の事実があるときは原告の代物弁済予約完結の意思表示により被告京浜製鋼は本件物件についての所有権を失なひ原告が取得することは登記によって公示されており、これと相入れない後順位の権利が否定されることは当然である。以上被告商銀の主張は主張自体失当として排斥を免かれない。
六、以上によって明らかなとおり、昭和三九年四月一〇日原告は被告京浜製鋼に対する代物弁済予約完結の意思表示によって本件物件の所有権を取得したので、被告京浜製鋼は、本件不動産につき主文第一項記載の本登記手続を、被告商銀、同斉藤は原告のなす右本登記手続につき承諾する義務がある。又被告京浜製鋼が本件物件を占有していることは同被告の自認するところであるので同被告は原告に対し本件不動産及び機械器具を引渡す義務がある。よって、原告の被告等に対する請求はすべて理由があるのでこれを正当として認容し訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九三条第一項本文を適用し、仮執行宣言の申立については相当でないからこれを却下して主文のとおり判決する。
(裁判官 宇佐美初男)
<以下省略>