東京地方裁判所 昭和39年(ワ)4439号 判決
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〔判決理由〕二、そこで、まず、被告A方法が本件特許発明(一)の技術的範囲に属するかどうかを検討する、
(一) <証拠>によれば、本件特許発明(一)は、肉繊維の分離方法であつて、次の二要件からなるものと認められる。
(イ) 常法によつて塩漬発色した食肉をレトルトに収容し、摂氏一〇〇ないし一一五度内外の温度にて加熱を行なつた後放冷すること、
(ロ) 一定の移動盤上において毎分八〇〇回ないし一五〇〇回内外の速度をもつて一端より連打して肉繊維を分離して他端よりこれを収容して再度の打撃によつて肉繊維を粉砕することがないようにすること。
次に、前同号証の「発明の詳細なる説明」の欄の記載とくに、「従来此等の製造に於て肉繊維の分離方法として塩漬発色したる原料を煮蒸したる後、ネジロールを通すか、ロールにて圧延を行うか、鋭い爪を有する破砕ロールにかけるか又は肉挽機にかける等あらゆる努力をつづけられたのであつたが、現在にいたるまで完全な解決方法なく、最も原始的な手を以て肉繊維を分離する以外に所期の目的を達する事が出来なかつた。従つて此の工程に多大の努力と経費を必要とし且つ大量生産を阻止する唯一の隘路とされて居つたのである。」との記載によれば、コーンビーフの製造方法において、塩漬発色した原料肉を煮蒸した後、機械的手段によつて肉繊維を分離する工程は、従来公用の工程であることが明らかであり、したがつて、本件特許発明(一)は、この公用の工程において、従来の肉繊維の分離方法に比し、分離を完全に行ない、かつ経済的に大量生産を可能にすることをその解決すべき技術的課題としたものと認められる。
そして、本件特許発明(一)の特許請求の範囲と前同号証の「発明の詳細なる説明」の欄の記載によれば、本件特許発明(一)はこの技術的課題を解決するために、まず、肉繊維の分離に当たつて最も障害となるのが肉の結締組織であることを認識し、これを十分に加水分解するために必要かつ適当な煮蒸の温度と時間が、摂氏一〇〇度から一一五度内外で三〇分から六〇分内外であることを見出し、この範囲内の温度で煮蒸することを一つの要件としたこと、次に、肉繊維を機械によつて分離する手段について、この温度で煮蒸された原料肉は容易に分離できる状態にあるので、従来のネジロール、圧延ロール、破砕ロールまたは肉挽機等によつて押しつぶしあるいは引き裂く方法に代えて、一定の移動盤上に原料肉を列べて一端より連打して肉繊維を分離し、他端より収容して再度の打撃によつて肉繊維を粉砕することがないようにする新規な手段をとることを他の要件としたことを確定することができる。
したがつて、以上認定の事実からすれば、本件特許発明(一)の前記(イ)の要件は、煮蒸の温度を前記のように限定することによつて、連打により肉繊維を分離するのに最も適当となるよう結締組織を加水分解する点にその作用効果を有し、同(ロ)の要件は、一定の移動盤上に原料肉を列べて移動しつ、これに連打を加えるという新規な方法をとることによつて、従来の機械的手段に比し、肉繊維の分離を簡単かつ完全に行なうとともに肉繊維を粉砕することがないようにする点にその作用効果を有し、両者あいまつて、前記の技術的課題に答えようとしたものと認めるのが相当である。
原告は、本件特許発明(一)の重要な点は、肉繊維の結締組織を単なる連打によつても寸断される程度に原料肉をレトルトで加圧加熱することによつて加水分解させることにあると主張するが、さきに認定したとおり前記(ロ)の要件は(イ)の要件中煮蒸の温度の限定とともに発明の必須の要件となつているのであるから、原告の主張は採用することができない。
(二) 被告A方法が、常法によつて塩漬発色した食肉を、レトルトでその温度はともかくとして煮蒸した後、多数の爪を有する二個の破砕ロールを該ロールがたがいに内側に回転するごとく内装したフレーカーによつて毎分四〇〇ないし四三〇回転の速度で肉繊維を分離する方法であること、したがつて、被告A方法はフレーカーを使用する点において、本件特許発明(一)の(ロ)の要件とその方法を異にしていることは、当事者間に争いがない。
原告は、被告の方法によつても、ロールにかけられる肉繊維は、連打により肉繊維を分離できる程度にまでその結締組織が加水分解されているから、フレーカーに内装されたロールによつて肉繊維が分離されても、ロールそのものは、その本来の引き裂く作用を行なわず、単に肉繊維を連打しているにすぎないと主張する。しかし証人加藤清治の証言によれば、フレーカーの肉繊維を分離する作用は、二個の破砕ロールがたがいに内側に回転する際、ロールに植えつけられている長さ約三センチの針ないし爪が、ロールの間を通過する肉を左右から突きさし、ロールの回転につれてその針がたがいに下方外側に移動することによつて突きさした肉を左右に引き裂きほぐすことによつてなされていることを認めることができる。したがつて、フレーカーには肉を連打する作用はないことが明らかであり、原告の主張は失当である。
さらに、原告は、フレーカーのロールの作用が引き裂く作用であるとしても、この作用は、肉の結締組織に引き裂き作用と同方向の力で衝撃を与えているのであり、その結果肉繊維を分離するに至るのであるから、連打による肉繊維の分離と均等の方法であると主張する。しかし両者は、前記認定のとおり肉繊維を分離する作用において顕著に相違するのみならず、フレーカー(破砕ロール)による分離方法が従来が従来公用であることは前記甲第一号証によつて明らかであつて、この従来公用の方法に、さきに認定した本件特許発明(一)の(ロ)の要件の作用効果を期待することができないことは明白であるから、両者を均等とする余地はないものといわなければならない。
このように、被告A方法は、本件特許発明(一)の(ロ)の要件を具備しないから、(イ)の要件について論及するまでもなく本件特許発明(一)の技術的範囲に属さないことが明らかである。
三、次に、被告B方法が、本件特許発明(二)の技術的範囲に属するかどうかを考察する。
(一) 本件特許発明(二)の構成要件を分解すれば、請求の原因第三項B(一)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)となること、被告B方法を分解すれば、請求の原因第五項(二)(1)の(イ)′(ロ)′(ハ)′(ニ)′となることは、いずれも当事者間に争いがない。
編注 A 本件特許発明(ニ)の構成要件は、次のように分解することができる。
通気性なきケーシングを用いた食肉加工品を作るにあたり
(イ) 真空処理を行つて内容物及びケーシング中より良く空気を排除した後、ケーシングを密封すること
(ロ) 右ケーシングをレトルト内に加圧空気を送入して加熱して殺菌すること
(ハ) レトルト内に加圧空気及び加圧冷水を送入して冷却すること
(ニ) 以て、ケーシングを膨脹せしめることなく原型のまゝで殺菌と冷却を行うことを特徴とするケーシングの破裂及び皺の防止
B 被告のB方法を分解すると、次のようになる。
(イ) 摂氏六〇度前後の温度を有する原料を、一端を縛つたケーシングに充填し、これを手で叩いてケーシング内の空気を除去して他端を縛ること
(ロ) このケーシングを保護器に挿入した後、この保護器を被蓋し、尾錠してケーシングを保護器の内部型枠の形に成型し得る程度に締めつけたものをレトルトに収容し、摂氏一一五度、一〇ポンドで約六〇分間加熱して殺菌成型すること
(ハ) レトルト内の圧力を徐々に下げて該保護器をレトルトから取り出し、そのまゝこれを水槽にて冷却すること
(ニ) 以つてケーシングを成型し破裂膨脹せしめることなく殺菌冷却を行う方法
(二) 成立に争いのない甲第二号証の「発明の詳細なる説明」の欄の記載、とくに「加熱を終つたものは……急速に冷却を行うのであるが急速に冷却すると先ずケーシングが冷却して収縮性を失い、次々内容物が冷却して収縮するから、収縮性を失つたケーシングは皺を生ずる。」と皺の発生原因を述べる部分、また、「コーンビーフの如く115℃内外の高熱殺菌を必要とするものは、ケーシングは熱の為に其の強度を著くし低下して、115℃内外を以て殺菌を行う時ケーシングの内部に発生する30lb内外の圧力に耐える事が不可能となつてケーシングの破裂を生ずるに至る。」とケーシングの破裂の原因を指摘する部分、および、「従来ケーシングが高熱殺菌の際生ずる破裂を防止せんが為に種々の試みがなされた。ケーシングの保護器がその一つであるが、いかに保護器を強化してもケーシングは115℃の殺菌に耐え得ず、保護器の内部に於て多くの破裂を生じている」以下の従来の方法の欠陥を指摘する部分、さらに、「本発明は従来のこれらの欠陥を除去しケーシングを破裂する事なく高熱殺菌を完全に行うと共に、高熱殺菌の際に生ずる皺を完全に除去し、皺伸の工程を全く必要とさざるものであつて、其の方法を詳述すれば……」以下の発明の目的とその方法を詳述する部分の各記載と特許請求の範囲の記載を総合して考察すれば、本件特許発明(二)は、コンビーフの殺菌に必要な摂氏一一五度の温度で加熱するときは、ケーシング内部に三〇ポンド内外の圧力が生じ、これによつて生ずるコンビーフの膨張にケーシングが耐え得ないことが破裂の原因であること、また膨張したコンビーフを冷却するときは、まずケーシングが収縮し、ついで内容物が収縮し、この収縮の時間差が皺の生ずる原因であることを認識し、殺菌工程に入る前に真空処理を行つてコンビーフおよびケーシングの中より空気を排除し、加熱の際コンビーフの内部に発生する圧力を極力低下させてケーシングの安全をはかるとともに、殺菌工程において加圧空気を、冷却工程において加圧空気および加圧冷水を送入することによつて、レトルト内の圧力をコンビーフの内圧を上廻る圧力に維持し、コンビーフの内圧による膨張を押さえ、コンビーフを原型のままで殺菌冷却することによつて、ケーシングの破裂と皺の発生を防止する方法であることを認定することができる。
以上認定の事実からすれば、本件特許発明(二)は、(イ)の要件において、真空処理を行つて内容物およびケーシング中より空気を排除すること、およびケーシングを膨張させることなく原型のままで殺菌と冷却を行うため、(ロ)の要件の殺菌工程において加圧空気を、(ハ)の要件の冷却工程において加圧空気および加圧冷水を送入すること、を必須の構成要件とし、これによつて、保護器等を使用する従来の方法の欠陥を除去し、その発明の詳細なる説明に記載されているとおり「斯様にしてコーンビーフは原型のままに於て加熱され、原型のままに於て冷却される結果、ケーシングの破裂する事全くなく、ケーシングの有する収縮性はそのまま有効に発揮せられてコーンビーフの内容物に密着してケーシングには全く皺を生ずることなく、光沢ある美麗な表面を有する製品が得られるのである。」との効果をもたらすものと認められる。
(三) 被告B方法の殺菌工程である(ロ)′が、加圧空気を送入せず、保護器に入れたケーシングをレトルト内に入れて加熱殺菌を行う点において、本件特許発明(二)の(ロ)の要件と相違し、冷却工程である(ハ)′が、加圧空気および加圧冷水を送入せず、レトルト内の圧力を徐々に下げて保護器をレトルトから取り出し、そのままこれを水槽で冷却する点において、本件特許発明の(二)の(ハ)の要件と相違することは、当事者間に争いがない。
原告は、前記殺菌および冷却工程において、被告B方法が保護器を使用しているのは、本件特許発明(二)が加圧空気を送入して、コンビーフの内圧に対抗する外部圧力を加えているのとその作用効果が同じであり、被告B方法は加圧空気の使用を保護器の使用に代えたにすぎないから、両者は同一または均等であると主張する。
しかしながら、コンビーフの殺菌冷却工程においてケーシングの破裂を防止するため保護器を使用する方法は、従来公知の方法であり、本件特許発明(二)がこの方法の欠陥を除去するためになされていることは、前記認定のとおりであつて、かような公知の方法に特許権の効力をおよぼすことのできないことは明らかである。のみならず証人Kの証言によれば、被告B方法において、コンビーフは、保護器に挿入された際その形が非常にまちまちであるが、加熱されることによつて保護器の枠一杯に膨張成形されることを認めることができる。これによれば、保護器が外部圧力として作用するとしても、それはコンビーフが保護器の枠外にまで膨張することを押さえるにすぎず、本件特許発明(二)の加圧空気ないし加圧冷水の送入によるように、コンビーフの膨張そのものを押さえ原型のままで殺菌冷却を行うという作用効果を有していないことが明らかである。以上のように、被告方法は、本件特許発明とその作用効果を異にし、しかも前記のようにその方法が顕著に相異しているのであるから、両者を同一または均等の方法であるとはとうていいうことができない。原告の主張は失当である。
以上のとおり、被告方法は、本件特許発明(二)の(ロ)および(ハ)の要件を具備していないから、他の要件について検討するまでもなく、その技術的範囲に属さない。(古関敏正 水田耕一 牧野利秋)