東京地方裁判所 昭和39年(ワ)4529号 判決 1964年4月29日
理由
(証拠)によれば、河津道邦は昭和三七年四月頃から昭和三八年五月初頃迄、被告株式会社の取締役であつたが、昭和三七年一二月頃から昭和三八年四月頃迄の間に三興工業(その代表取締役は花輪欣之助)にあて、被告株式会社名義で約束手形を振出し、同株式会社の為に約束手形を割引き、又は融資し、或は、花輪欣之助個人に被告株式会社から仮払金名義で金員を交付したことが認められるけれども、被告株式会社訴訟代理人宮内厳夫が昭和三八年六月二五日の本件口頭弁論期日に於て陳述した、同年同月同日附答弁書には被告株式会社の金融の為、社印の使用を認められていた専務取締役河津道邦が、鋼材代金支払の為、係争約束手形二通を作成し、金融と異る目的を以て、三興工業の専務取締役花輪欣之助に交付した旨の記載がある。それらの記載及び事実と、証人杉山竜一の証言並びに弁論の全趣旨とを綜合すれば、被告株式会社の代表取締役木村千代は、自ら会社の資金工作を担当したことがなく、河津道邦にそれを任せ、同人が会社の記名印及び代表者印を使用して所要の約束手形等を振出していたと認めざるを得ない。そうすると、河津道邦が、係争約束手形二通を振出したことが結局に於ては、被告株式会社に対し、損害を蒙らしめる結果に終つたにせよ、振出の権限自体は、あつたものと認めざるを得ない。それは、証人江口敏の証言によつて認められる。被告株式会社が河津道邦を特別背任又は横領で告訴し、有価証券偽造行使によつて告訴しなかつた事実、及び甲第一第二号証の各一の記載によつて認められる。係争約束手形二通の支払拒絶の理由が「預金不足」であつて、「偽造」ではない事実によつても、首肯し得られる。
仮りに一歩を譲つて河津道邦の係争約束手形二通の振出が偽造を構成するとしても、当裁判所は、そのような場合にも、被告株式会社は、係争約束手形金の支払義務を免れ得ないと考える。蓋し原告は、後段に認定するように、係争約束手形を取得するに際し、それが河津道邦の偽造にかかるものとは、全く考えていなかつたことが認められるから、被告株式会社は民法第一一〇条の法理に基き、善意の第三者である原告に対し、その支払義務があると謂わなければならないからである(この点につき昭和八年九月一五日大審院民事第五部判決民集一二巻二一号二一六頁。判例民事法昭和八年度一四八事件評釈三参照)
甲第一第二号証の各一の裏面によればその裏面には原告主張のように、誠和鋼機の原告に対する白地裏書が為されていることが認められ、原告訴訟代理人が係争約束手形二通の振出日を昭和三八年三月二五日と補充して、同年七月四日の本件口頭弁論期日に於て、被告株式会社訴訟代理人に、支払の為これを呈示したことは、当事者間に争がない。
被告株式会社の悪意の抗弁につき判断する。
証人江口敏の証言によれば、被告株式会社は、昭和三八年三月二七日、誠和鋼機と後段判示の山形鋼及び丸鋼の売買契約を結んだことなく、又何人からもその引渡をうけたことがないことが認められるけれども、証人杉山竜一の証言その証言によつて真正に成立したと認める甲第三号証第四号証の一、二第五号証の各記載、原告本人尋問の結果によれば、三興工業の花輪欣之助は昭和三八年三月二五日頃誠和鋼機の代表取締役杉山竜一に対し同株式会社は被告株式会社に対し
山形鋼 数量省略
丸鋼 数量省略
いずれも屯あたり単価三八、〇〇〇円、代金合計一、四二八、八一二円で売渡されたい。その代金支払の為、係争約束二通外一通の約束手形を誠和鋼機に交付したい旨の申込をし、ついで、同年同月二八日、あらためて同人に対し、誠和鋼機から、右鉄鋼の現物の売却引渡をうける代りに、自分及び河津道邦がダンピングに放出された同種の鋼材を、屯当り三万円で入手できるから、係争約束手形を誠和鋼機で割引いて貰いたい。その対価で、右鋼材を入手する旨申込んだので、同人はこれを承諾し花輪欣之助から、同年三月二五日附で、被告株式会社が誠和鋼機から右鋼材を右代金で買受ける旨の注文書をとつた上、係争約束手形二通の割引の対価として、五三五、四四六円、及び手数料として二万円合計五五五、四四六円を花輪欣之助に交付し、同人から被告株式会社名義の後記鋼材の受領書の交付をうけた。杉山竜一は、同年三月三〇日頃、原告に被告株式会社名義の右鋼材買受の注文書、河津道邦が被告株式会社の社印を押捺した同年三月二七日附の右鋼材を受領した旨の受領書を示して係争約束手形の割引を依頼したので、原告は即日被告株式会社の会計係に電話し、係争約束手形の振出の真否を確かめ、間違ないという返答を得、取引銀行である平和相互銀行赤羽支店を通じて被告株式会社の信用調査をなし、月商三、〇〇〇万円程度の取引があるという回答を得たので翌三一日、杉山竜一に対し手形金額合計七三二、二一二円から満期迄、日歩一五銭の利息を差引いた金額を交付し、同人はその内五五五、四四六円を花輪欣之助に交付したことが認められる。
以上の事実関係に於て、三興工業の専務取締役花輪欣之助が、昭和三八年三月二五日頃誠和鋼機に対し被告株式会社の為鋼材を売渡されたい旨申込み、係争約束手形を交付し、かつ杉山竜一から前記割引の対価を受領したことは、被告株式会社のいかなる資格に於て為したものか必ずしも明でないが、弁論の全趣旨によれば、被告株式会社の代理人河津道邦が、花輪欣之助を復代理人として、係争約束手形の割引及びその対価の受領を委任したものと認めざるを得ない。
(証拠)によれば、訴外株式会社ア・ラ・デザイン社は、振出日を白地として、訴外三和研機鋼業株式会社(その代表取締役は杉山竜一)にあて、振出した金額を三〇万円、満期を昭和三八年四月一五日、金額を二〇万円、満期を同年同月一六日、いずれも、支払地及び振出地を東京都豊島区、支払場所を株式会社大和現行池袋支店とする約束手形各一通、合計二通を振出し、古橋正太郎を通じて、杉山竜一にその割引を依頼したところ、同人はア・ラ・デザイン社に割引の対価を交付せず、杉山竜一から原告に裏書譲渡されていた右約束手形二通は、その後、杉山竜一を通じてア・ラ・デザイン社に返還せられたことが認められるけれども、それだけの事実では、前記認定を覆し、原告が杉山竜一と共に、係争約束手形を悪意で取得したと認めることはできない。その他、原告が係争約束手形の悪意の取得者であることを認めるに足りる証拠資料はないから、被告株式会社の悪意の抗弁は、これを採用することができない。