東京地方裁判所 昭和39年(ワ)5159号 判決 1965年3月29日
原告 宮沢節一
右訴訟代理人弁護士 駿河哲男
被告 阿部登
右訴訟代理人弁護士 榊原孝
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、原告は「被告は原告に対し金七二五、〇〇〇円及びこれに対する昭和三一年一月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因事実を次のとおり述べた。
(一) 被告は昭和二七年一〇月一日訴外日東木材株式会社他二名と共同して原告に対し額面金三五〇、〇〇〇円、支払期日同年一二月三一日、支払地振出地とも宮古市、支払場所岩手殖産銀行宮古支店なる約束手形一通を振出し、原告は右約束手形を訴外松浦雄資に裏書譲渡した。ところが松浦雄資は被告が右約束手形を支払わないので被告に対し約束手形金請求の訴を盛岡地方裁判所宮古支部に提起し(同庁昭和二八年(ワ)第一四号事件)、昭和二八年八月一〇日に「被告は約束手形金三五〇、〇〇〇円の支払義務あることを認め、これを昭和二八年八月より毎月末日限り金二〇、〇〇〇円宛松浦雄資の代理人方に持参または送金して支払うこと、被告において右割賦金の支払いを二回以上怠ったときは未済金については一時に請求を受けても異議はない」旨の裁判上の和解が成立した。
(二) また被告は訴外日東木材株式会社他二名と共同して昭和二七年七月一日に額面金二〇〇、〇〇〇円、支払期日同年八月三一日、昭和二七年七月一日に額面金二五〇、〇〇〇円、支払期日同年九月三〇日、昭和二七年九月一日に額面金三〇〇、〇〇〇円、支払期日同年一〇月三一日の約束手形合計三通(他の手形要件はいずれも前記約束手形と同じ)を原告に振出し、原告はこれを訴外川又録多に裏書譲渡した。ところが川又録多は右約束手形が不渡りとなったので、被告に対し約束手形金請求の訴を盛岡地方裁判所宮古支部に提起し(同庁昭和二八年(ワ)第一号事件)、昭和二八年八月一〇日に「被告は約束手形金合計金七五〇、〇〇〇円の支払義務あることを認め、昭和二八年八月末日までに金七〇、〇〇〇円を、残金については昭和二八年八月末日より毎月末日限り金三〇、〇〇〇円宛川又録多の代理人方に持参または送金して支払うこと、被告において右金七〇、〇〇〇円を期日に支払わないときまたは割賦金の支払いを二回以上怠ったときは未済金を一時に請求されても異議ない」旨の裁判上の和解が成立した。
(三) 被告は前項の債務について昭和三〇年五月迄に金一一五、〇〇〇円を支払い、同年五月末頃、訴外松浦雄資及び同川又録多は被告に対する前記各裁判上の和解に基く債権を原告に譲渡し、被告に対しその通知をなし被告もこれを諒承した。
(四) 原告は被告と昭和三〇年六月二六日右譲渡にかかる債権の支払いにつき「昭和三〇年六月二六日及び同年七月二五日に各金三〇、〇〇〇円、同年八月末日限り金二〇〇、〇〇〇円、昭和三〇年九月以降完済まで毎月二五日限り金三〇、〇〇〇円、宛支払うこと、右支払いを一回でも怠ったときは、残額全部について一括支払うこと」を約したが、被告は昭和三〇年六月二六日及び同年七月二五日に支払うべき各金三〇、〇〇〇円を支払ったのみでその余の支払いをしなかった。
そこで更らに昭和三〇年九月三日に原被告間において、右債権の支払いについて「昭和三〇年九月末日限り金二〇〇、〇〇〇円残金については同年一〇月以降毎月末日限り金三〇、〇〇〇円宛支払うこと、右支払いを一回でも怠ったときは残額を一括して支払う」旨を約したが、被告は右金二〇〇、〇〇〇円を支払ったのみでその余の支払いをしない。
(五) よって、原告は被告に対し、右和解金の残金である金七二五、〇〇〇円及びこれに対し被告が期限の利益を失った後であることが明らかな昭和三一年一月一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二、被告は第一次的に主文第一項同旨の判決を求め、本案前の抗弁として原告の本訴請求は原告の主張するようにすべて和解調書に基くものであるが、和解調書は確定判決と同一の効力を有し、承継人である原告は、執行文付与の手続を経て直ちに執行できるのであるから、債務者である被告に対し更らに給付の訴を提起する利益はないと述べた。
三、被告は第二次的に「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、本案に対する答弁として原告主張の請求原因事実第(一)、(二)項各記載の事実、第(三)項記載の事実のうち債権譲渡の通知及びこれを被告が諒承した点を除くその余の事実及び第(四)項記載の事実のうち昭和三〇年六月二六日及び同年七月二五日に各金三〇、〇〇〇円、同年九月末に金二〇〇、〇〇〇円支払った事実はいずれも認めるがその余の事実はすべて否認すると述べ、抗弁として原告は昭和三〇年九月末頃残債務を約束手形の共同振出人である訴外佐久間醇一、同増子正道に支払わせることとして被告に残債務の支払いを免除したものであると述べた。
四、(一)原告は被告の本案前の抗弁に対し次のように述べた。
確定の給付判決等の債務名義ある債権の譲受人は承継執行文の付与を求められる場合でも給付の訴を債務者に提起できるのみならず、本件にあっては被告は原告の債権譲受を争うばかりでなく、(仮りに後日承継を認めたとしても以前争っていた以上何時またこれを飜えすかも知れない)、債務消滅の抗弁を提出して支払義務の不存在を極力主張しているのであるから、原告が別途承継執行文の付与を得てもこれに対する異議の訴、あるいは請求異議の訴を提起してこれに対抗して来ることは明白で原被告間における給付義務の存否は簡略に解決されるものでないから、原告が本件給付訴訟を提起する利益がある。
(二) 原告は被告主張の抗弁事実(免除)を否認すると述べた。
理由
原告が被告に対し、本件給付の訴を提起する利益が存するか否かについて判断する。
(一) 昭和二八年八月一〇日に盛岡地方裁判所宮古支部において、被告と訴外松浦雄資との間に被告が松浦雄資に対し約束手形金三五〇、〇〇〇円を支払う旨の裁判上の和解(同庁昭和二八年(ワ)第一四号)が成立した事実(請求原因第(一)項記載の事実)及び右同日盛岡地方裁判所宮古支部において被告と訴外川又録多との間に被告が川又録多に対し約束手形金七五〇、〇〇〇円を支払う旨の裁判上の和解が成立した事実(請求原因第(二)項記載の事実)はいずれも当事者間に争いがない。
そうして原告の主張事実によれば、原告は右和解成立の後である昭和三〇年五月末頃、右松浦雄資及び川又録多両名の被告に対する債権(但し川又録多は内金一一五、〇〇〇円については支払いを受けているので残金六三五、〇〇〇円)を譲受け(右事実も当事者間に争いがない)、右譲受債権(但し、原告は被告からその後合計金二三〇、〇〇〇円の支払いを受けている)について被告に対し本件給付の訴を提起しているのである。
(二) ところで裁判上の和解が成立し、これが調書に記載されたときは、その記載は確定判決と同一の効力を有するのであるから、このような債務名義に表示された債権の譲受けを主張して債務者に対して強制執行手続に着手しようとする者は、執行文の付与を受けて執行に着手すべきである。即ち法が特殊な方法(この場合は執行文付与の手続)を別途許容するときは特別な目的を達するため便宜、簡略且つ合目的であるとしてそれを設けたのであるから、その手続だけによらしめることが制度の趣旨で、右特殊な手続方法を以ってしては債権者の権利の実現が困難若しくは不可能な場合のみ(例えば時効を中断させるためとか債務名義の内容が不明確で且つ更正の手続が許されずそのままでは権利の確定と実現が不可能な場合等)他の方法、本件にあっては債務者に改めて直接給付の訴を提起できると解すべきである。またそうしなければ本件のような場合には債務名義が二重に存在する不都合と弊害も生ずるからである。
(三) 本件において、原告は、被告は原告の承継を争っているばかりでなく(被告が争うのは債権譲渡の通知の点だけであるが)、債務の消滅を主張しているのであるから、原告が承継執行文の付与を得てもこれに対する異議の訴(但し原告が民事訴訟法第五二一条によって執行文を得た場合を除く、以下同じ)、若しくは請求異議の訴を提起してこれに対抗することが明白であり、原被告間の給付義務の存否を簡略に解決するために和解調書に記載された権利と同一の権利の実現を求める給付の訴を提起することは許されると主張する。
しかし客観的には必ずしも被告がこのような異議の訴を提起するとは限らないのみならず、仮りに被告の危険負担において執行文付与に対する異議の訴若しくは請求異議の訴が提起されたならば、この時に原告はこれに応争すれば足りるのである。また、原告の主張するように、原告にとっては被告に直接給付の訴を提起するのが、具体的には執行文付与の手続によるより迅速且つ簡略である場合もあるであろうが、前述のとおり法が一般的に便宜、合目的性等を考慮のうえ特殊な手続を規定している以上個々の場合に当事者一方の利益のみを考慮すべきではない。
殊に本件にあっては、原告の住所は東京都内にあり、原告が執行文付与の手続を求めるためにも、また被告がこれに対し異議の訴、あるいは請求異議の訴を提起した場合にも、その専属管轄裁判所は原告主張の事実から明らかなとおり盛岡地方裁判所宮古支部であって、原告が当裁判所に対し被告に対する本件給付の訴を提起することは、法がこれらの手続について専属管轄を規定した趣旨並びに目的を没却、逸脱するのみならず、専属管轄の規定によって保護される当事者一方(被告)の訴訟上の利益を害する危険性があるものと謂わなければならない。(東京都と宮古市が相互に遠隔の地であることは公知の事実である)
最後に時効中断の点であるが、原告が請求原因第(四)項で主張するところによれば原告が本訴において請求する債権の消滅時効は昭和四〇年一〇月末日を以って完成するのであるが(被告が昭和三〇年九月末頃原告に金二〇〇、〇〇〇円を支払った事実は当事者間に争いがない)、それまではまだ六ヶ月以上の日時があるばかりでなく、原告がそれまでに被告に支払いの催告をする限り給付の訴は更らに六ヶ月以内に提起しても消滅時効の完成を中断させることができるのであるから、それまでに承継執行文の付与を得て差押に着手する充分な時間的余裕があるものと断ぜざるを得ない。
(四) 以上説示したとおり承継執行文の付与を求め得る場合にこれと選択的に直接債務者に対し給付の訴を提起できるとする原告の主張は理由がなく、従って、現在の段階では被告に対し給付を求める原告の本訴請求は訴の利益を欠き不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 定塚孝司)