東京地方裁判所 昭和39年(ワ)5172号 判決 1967年5月17日
主文
1 被告両名に対する原告の別紙記載の弁天丸乗組員三二名に訴訟上代位する海難救助料債権確認および給付の訴ならびに原告中村信夫自身の海難救助料債権確認の訴は、いずれもこれを却下する。
2 原告その余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(原告) (被告ら)
第一、求める裁判 第一、求める裁判
一、1 原告が被告三井不動産に対して金八三万三、三〇〇円の海難救助料債権を有することを確認する。 2 原告が被告パ社に対して金一、一六六万六、六〇〇円の海難救助料債権を有することを確認する。 一、原告の請求を棄却する。
二、1 被告三井不動産は原告に対し金八三万三、三〇〇円およびこれに対する昭和三九年一二月一二日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。 2 被告パ社は原告に対し金一、一六六万六、六〇〇円およびこれに対する昭和三九年一二月一二日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。 三、訴訟費用は被告らの連帯負担とする。 二、訴訟費用は原告の負担とする。
第二、請求原因 第二、答弁
一、原告は昭和三七年一一月ごろ、訴外株式会社岡田組(以下たんに岡田組という。)所有汽船弁天丸の船長として 一、認める。ただし、原告は当時後記被曳船の乗組員五名を含む総員三七名を指揮していたものである。
別紙記載の乗組員合計三二名を指揮して乗船していたものである(現在は下船退職している)。
二、右弁天丸は同月二八日被告パ社所有の大型浚渫船一基およびその附属品を積荷した被告三井不動産所有船舶第二三洋丸を曳航して、米国ロスアンゼルスを出港し太平洋を経由して日本相生港に向つた。 二、第二三洋丸が船舶であることは否認し、その余は認める。右曳船は独立の動力機関を備えない艀である。
三、右弁天丸は同年一二月七日強風(風力五ないし八)による高波に遭遇し、同月一一日被曳船第二三洋丸の船底に亀裂を生じて浸水しはじめ、同日午後四時同船尾左舷寄り船艙に約二〇〇トン浸水し、同日午後六時には同船艙内底部が全部浸水し浸水量は約五、六〇〇トンに達したために船体が傾斜するに至り、同船および積荷が沈没する危険を生じたので、原告は直ちに被曳船乗組員に対し同船備付けのポンプで排水作業を命じ、同時に弁天丸を転進してハワイ、ホノルル港に向つた。しかしながら、被曳船備付けのポンプ一台では浸水の排除が不可能であるので、同月一二日午前八時から同日午後三時三〇分までを要して弁天丸備付けのガソリンポンプ一台をうねりの高い洋上を綱渡しによつて送込み、同日午後五時より二台のガソリンポンプを 三、第二三洋丸の船底に浸水したこと、弁天丸をハワイ、ホノルル港に転進させ、主張のころホノルル港に到着したこと、ガソリンポンプ二台で排水したこと、甲板に穴を開けたことは認め、その余は否認する。 被曳船第二三洋丸に浸水のあつたのは主張のようにその船底に亀裂を生じたためではなく、雨水によるものである。
使用して排水を続行し、一旦はガソリン排気ガスが船艙内に充満して船員が中毒に罹患したので排水を中止し、甲板を焼切つて数か所穴を開けて通風腔を作つてから、排水を続行したうえ、同月一六日午後四時三〇分ホノルル港岸壁に被曳船を繋留してこれを救助した。
四、右海難救助は原告および別紙記載の乗組員(以下原告らという。)が義務なくしてなしたものであるから、被告三井不動産は被救助船第二三洋丸の所有者として、被告パ社はその積荷である大型浚渫船およびその附属品の所有者として商法八〇〇条により海難救助料を支払う義務がある。しかるに、被告らは原告らに対し右海難救助料支払義務があることを争つている。 四、被告三井不動産が第二三洋丸の、被告パ社が大型浚渫船およびその附属品の、それぞれ所有者であること、原告らに海難救助料請求権があることを争つていることは認め、被曳船が海難に遭遇し、原告ら弁天丸乗組員がこれを義務なくして救助したことはいずれも否認し、原告らが被告両名に対し海難救助料請求権があることは争う。
五、右救助料は、遺失物法四条によれば遺失物の拾得者は物件の価格の百分の五以上二〇の報労金請求権があり、水難救護法二四条によれば漂流物の届主は百分の一〇の請求権があることにかんがみ、少くとも救助物件の価格の百分の五の救助料請求権を有するので、百分の五と計算し、第二三洋丸の価格は金五、〇〇〇万円、その積荷である浚渫船一基およびその附属品一式の価格は金七億円であるから 五、第二三洋丸および浚渫船等の価額の点は否認し、その余は争う。 船舶の価額は保険価額によるべきでなく、時価によるべきである。(保険価額と時価とは大差がないのが通常であるが、本件においては、被告パ社の傭船料の保険が含まれているので、保険価額が時価を遙かに上廻つたものである。)。第二三洋丸の時価は金六、二七二万五、〇〇〇円、浚渫
(いずれも保険価額を基準としたものである。)、船長および船員の救助料請求権は商法八〇五条一項によりその三分の一として算出した額、すなわち被告三井不動産に対し金八三万三、三〇〇円、被告パ社に対し金一、一六六万六、六〇〇円の各請求権を有するところ、同法八〇五条一項により船長および海員は右各金額を折半した額、すなわち被告三井不動産に対し金四一万六、六五〇円、被告パ社に対し金五八三万三、三〇〇円の各請求権を有するものである。 船一基およびその附属品一式の時価は金二億九、六二〇万一、〇四四円である。
六、よつて、原告は自己の請求分および弁天丸船長として同船の海員である別紙記載の乗組員に訴訟上代位して右乗組員の請求分として、被告三井不動産に対し合計金八三万三、三〇〇円の海難救助料債権、被告パ社に対し合計金一、一六六万六、六〇〇円の各海難救助料債権を有することの確認と、被告三井不動産に対し右救助料金八三万三、三〇〇円、被告パ社に対し右救助料金一、一六六万六、六〇〇円および各これに対する本訴において請求した日の翌日である昭和三九年一二月一二日以降右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。 六、争う。
第三、答弁 第三、主張
一、 一、かりに、原告主張のように被曳船が海難に遭遇し、原告ら弁天丸乗組員がこれを救助したとしても、右救助は「義務なくして」なしたものではないから海難救助に該らない。すなわち、
(一) 訴外岡田組がロスアンゼルス港出港以後被曳船の耐航性を維持する義務があること、乙第七号証が被告主張のものであることは否認し、原告らに救助料請求権のないことは争う。その余は認める。 (一) 訴外岡田組が被告パ社間で昭和三七年九月二四日締結した曳航契約(訴外岡田組は曳船弁天丸により被曳船を日本相生港から米国ロスアンゼルス港に曳船し、被曳船に浚渫船および附属品を積込み、これを同港から日本玉港に曳船するもの。)を、右同日被告三井不動産、同パ社および訴外岡田組との間において被告三井不動産が訴外岡田組との間において被告パ社の地位を承継したところ、右曳航契約によれば、被告三井不動産は訴外岡田組に対し被曳船を耐航性のある状態において引渡すことを約し、右契約に基づき被告三井不動産はロスアンゼルス港出港に際しサーベイヤー(検査人)の耐航性証明書と共に被曳船を訴外岡田組に引渡し、被告三井不動産の被曳船耐航保持義務は完了したものである。それ故、それ以後被曳船の耐航性を維持する義務は訴外岡田組にあり(乙第七号証「第二三洋丸ビ
ルジ増加にともなう応急措置依頼の件」は右義務を両者間で確認したものである。)、右耐航性維持義務は被曳船が海難に遭遇した場合これを救助する義務を当然に包含するものであるから、右岡田組の使用人である原告らは右海難を救助する義務があり、右義務の履行として被曳船およびその積荷を救助したことになる。 よつて、原告ら弁天丸乗組員には海難救助料を請求する権利はない。
(二) 否認する。 (二) かりにしからずとするも、被告三井不動産は昭和三七年一二月一三日(発信地時間一二日)訴外岡田組から前記弁天丸の被曳船が海難に遭遇している旨の報告を受け、右同日被告三井不動産は訴外岡田組に対し右被曳船の救助および救助料は協議して定める旨を申込み、同日岡田組からその旨の承諾を得て両者間に右の救助契約が成立した。(前示乙第七号は前項の堪航性維持義務の再確認をしたものと認められないとしても、右契約の成立を立証するものである。)。したがつて、原告ら弁天丸乗組員は訴外岡田組の使用人として右契約の義務の履行として被曳船およびその積荷を救助したものであるから、原告らは被告に対して
救助料請求権を有しないものである。
(三) 被曳船が浚渫船を積送するための容器としてタンカーを一部改造したものであること、右被曳船が独立の動力機関を備えていないこと、被曳船にポンプ、索具を備えていたことはいずれも認めるが、被曳船に起居していた船員が弁天丸船員であることは否認する。右船員五名は被告三井不動産の使用人である。 被曳船が商法の船舶にあたらないことおよびその余の主張は争う。 (三) かりにまたしからずとするも、原告主張の被曳船は、浚渫船を積送するための容器として特にタンカーを一部改造した特殊建造物(航用艀)であつて商法の船舶に該らないものである。したがつて、右被曳船には独立の動力機関は備えず、弁天丸によつて曳航され、被曳航中の風浪その他の事故に対処するためポンプ、索具等を備え、弁天丸船員五名が右艀内に起居して弁天丸船長の指揮下におかれていたものである。よつて、被曳船は弁天丸と一体をなし、弁天丸船長および船員は自船およびその積荷を救助したものにほかならないから、義務なくして救助したものとはいえない。
(四) 岡田組が救助事業を一部としていることは認めるが、弁天丸による救助が右岡田組の救助事業としてなされたことは否認する。商法八〇五条の適用のないことは争う。 (四) かりにまたしからずとするも、訴外岡田組は救助事業を業とする会社であり、前記弁天丸は救助作業を営むことを目的とする船舶であり、右弁天丸は本来の目的の範囲内において救助事業をなしたものであるから、商法八〇五条の適用をみないものである。
二、争う。 二、かりに、原告らに海難救助料請求権があるとしても、原告の救助料算定の方法は違法である。すなわち、救助額
の決定について海難救助条約八条は、まず第一順位として、救助の結果、救助者の尽力および功績、被救助者側および救助者側の遭遇したる危難、救助者の費した時間および費用ならびに受けた損害、救助者の冒した危険、救助に供用された物件の価額、海難救助会社の所有する救助作業船であるか否かを斟酌すべきものとし、第二順位において救助された目的物の価額を斟酌すべきものと規定する。しかるに、原告は第二順位の基準によつて救助料を請求しているものである。
三、 三、かりにまた、原告らに海難救助請求権があるとしても、
(一) 訴外岡田組が主張の日被告三井不動産から金八〇〇万円の交付を受けたことは不知。その余は否認する。 (一) 被告三井不動産は自己および被告パ社の代理人として昭和三八年七月二五日船主である訴外岡田組および原告ら弁天丸乗組員との間で、右訴外人が原告ら弁天丸乗組員を代理して被告三井不動産が訴外岡田組に対し金八〇〇万円を交付し、右岡田組は被告三井不動産および同パ社に対する一切の請求権を放棄する旨を約して和解した。
(二) 訴外岡田組に対し主張の日金八〇〇万円が支払われたことは不知。船長および船員に対して被告主張の曳航手当 (二) 前示和解契約の成立により、昭和三八年七月二七日訴外岡田組に対し金八〇〇万円が支払われ、右八〇〇万円の
および慰労金が支払われたことは否認する。 中から船長および船員に対して第一〇号証のとおり各曳航手当および乙第一一号証のとおり各慰労金が支給されたものである。 よつて、被告両名は原告ら弁天丸乗組員に対し救助料支払義務を免れたものである。
第三、証拠関係(省略)
別紙
弁天丸乗組船員一覧表(ただし、船長は除く)
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