東京地方裁判所 昭和39年(ワ)5349号 判決
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〔判決理由〕そこで、適正賃料額について判断する。
(一) 建物の賃料は賃貸人が賃借人に建物およびその敷地を使用収益させる対価として支払われるものであるから、抽象的(純客観的)には
(イ) 建物に対する適正利潤(建物の適正時価を投下資本として、右時価に適正期待利まわりを乗じて得られる適正利潤、いわゆる建物資本利子)
(ロ) 建物に対する公租公課、建物減価償却費、管理費、等の諸経費
(ハ) 敷地の地代相当額(敷地に対する適正利潤および公租公課、諸経費の合算額)を合計したものである。
ところで本件賃料増額請求時における抽象的賃料額算出の前提として、<証拠―鑑定>を総合すれば、本件建物の復成現価は金七九〇、〇〇〇円、その相当利廻りは年一割二分、固定資産税課税標準額は本件建物を含む別紙物件目録記載の四戸建一棟について金四六四、九〇〇円、また火災保険料を建物復成現価の千分の七、減価償却費を同一三〇分の九、また本件建物の敷地部分19.25坪の坪当り更地価格を金二、五〇〇、〇〇〇円その相当利廻りを年六分、固定資産税課税標準額を坪当り金一一三、〇七〇円、また管理費は地代、家賃とも各百分の三をもつて算出するのを相当と認められ、これを動かすだけの証拠はない。そして、右各因子を用いて、抽象的賃料を計算すると、別紙計算表(イ)ないし(ホ)のとおりとなる。
(二) しかし、右の段階の賃料計算は、更地を賃借し、ここに建物復成現価に相当する資金を投じて建物を取得し、新規に賃貸する場合の利潤計算を抽象的に行なつたにすぎず、<証拠>によれば戦後土地価格が異常に騰貴したため、地代家賃統制令その他の社会的要因によつて土地価格の上昇率と地代したがつてこれを含む家賃の上昇率との間に大きな較差を生じ、昭和二五年七月以降の統制軽減後も右の傾向はいぜん持続し、(この較差がいわゆる借地権、借家権の価格として評価せられていることは公知の事実である)賃貸借契約が古くから継続しているものほど賃料は相当利廻りを基準にした計算額よりも低額に押えられ、その反動として、高額の敷金、権利金が授受される事例が多くなつたことが認められ、反対の証拠はない。そして本件においても、昭和三〇年五月から賃貸借契約が継続しており、原告は昭和三〇年五月金五〇〇万円、昭和三二年三月金三〇〇万円の合計八〇〇万円を敷金として受領していることは前示認定のとおりである。
したがつて、右事実、および前示認定の本件建物の賃料増額の経過とを考慮に入れるときは、本件建物の原被告間における適正賃料(以下継続賃料という)は前示の抽象的(純客観的)賃料より相当額を減じた額をもつて妥当な賃料額と定めるべきものである。この点につき、前掲三鑑定とも、根本的には右と同様の考え方に立つものであるが、その減額分の算定方法を異にしている。すなわち、影島鑑定は単純に四〇%を減じるが、石川鑑定は敷地の時価から右敷金の現在高(増額請求当時)を控除したものを土地の元本価額とし、それに、やや低率の期待利まわりを乗じていわゆる土地資本利子を算出し、建物についても低減した期待利まわりによつていわゆる建物資本利子を算出し、結果において継続賃料は抽象的(純客観的)賃料の七三%と算定している。また野崎鑑定では抽象的(純客観的)賃料から敷金の運用利益を控除した額と既定賃料との差額の二分の一を既定賃料に合算して継続賃料を算出し、純客観的賃料の三四%を減じる方法を採用している。
右に挙げたもののうち影島鑑定は、減額率と敷金運用利益との関連が必らずしも明確でなく、石川鑑定は敷金を土地に投資するとの前提においていささか独断にすぎる嫌いがあり、いずれにもにわかに採用し難いものがある。おもうに、抽象的建物賃料の計算において、増額の結果が生じるのは、減価償却があり得ない敷地の価格(もしくは借地権価格)の高騰に原因するところが大きいが、これは賃借建物所在地の経済的価格の増加にほかならず、しかも通常は地主の経済的出捐によつて招来されたものではないから、その利益は賃貸人賃借人双方で等しく享受するものとみるのが衡平に適うと考えられる。したがつて抽象的(純客観的)賃料と従前賃料との差額の二分の一を新らしい賃料額として従前賃料額に算入する前掲野崎鑑定の方法をおおむね採用することとし、なお、これによる賃料額から、本件敷金を運用して得られる利益は、それが、授受当時の賃料額に比して、きわめて巨額なことを考えれば、実質的には建前賃貸の対価の一部として、賃料決定に当つて斟酌するのが相当である。そこで、敷金合計八〇〇万円の運用利益は前掲野崎鑑定の結果中に用いられている年七分五厘は一般金利と比較して、高率にすぎるきらいがあるので、本件においては、その利まわりは年六分をもつて相当と認め、けつきよく別紙計算表(ヘ)項の算式により、算出された金一六三、四五〇円をもつて本件建物の継続賃料月額と認めるのが妥当である。したがつて、原告のなした賃料増額の意思表示は右の限度において効力を生じたものである。
(三) もつとも、被告は本件増額請求に係る賃料(計算3.3平方米あたり約三、七〇〇円)は横山町、馬喰町周辺の賃料実例と比較して高額にすぎ、不当であると主張し証人田中清の証言によれば本件建物所在地に近い横山町五番地所在、木造モルタル造瓦葺二階建家屋(奥野洋品店所有)延四〇坪(別紙家賃等、一覧表の番号1)は昭和三〇年以来の借家であるところ、その昭和三年現在の賃料は一カ月金七五、〇〇〇円(3.3平方米あたり約一、九〇〇円)であることが認められる。また、弁論の全趣旨によつて、本件建物の近隣の建物の昭和三八、九年ごろの賃料事例の調査結果であることが認められる別紙家賃等一覧表によれば、前記借家(番号1)を除くその余の横山町所在木造瓦葺店舗の賃料は相当額の敷金、権利金を徴した上で3.3平方米あたり約二、七〇〇円ないし約三、三〇〇円であることが認められる。しかし、証人長坂健二郎の証言によれば、原告を含む長坂家は本件建物の他横山町、堀留町、馬喰町一帯に約五〇軒ほどの貸家を所有しており、本件増額請求と時を同じうして一率五割の賃料値上げ請求を各借家人に対してなしたところ、被告を含む一〇人余の借家人を除いて、ことごとくこれを承諾したことが認められ他に反証はない。そうすると、本件建物の従前賃料額と近隣の賃料実例との間に顕著な較差が存するものとは言えないけれども、この一事をもつて直ちに本件増額請求を無効とするほどの事情とは認められない。(山本和敏)