大判例

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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)7755号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕二、本件実用新案がラム・ジェット・エンジンを対象とするものであることは、登録の範囲に照らして明白であるが、原告は、本件物件もまたラム・ジェット・エンジンであると主張するので、この点について考えてみる。

<証拠>によれば、昭和二八年一〇月二三日共立出版株式会社発行の岩永光次著「ロケットとジェット」に、次の記述のあることが認められる。

ジェット・エンジンは、(1)往復動式ジェット・エンジン、(2)ターボ・ジェット・エンジン、(3)ラム・ジェットエンジンの三種に大別される。そして、(2)のターボ・ジェット・エンジンはさらに(イ)遠心圧縮器型ターボ・ジェット・エンジンと(ロ)軸流圧縮器型ターボ・ジェット・エン

ンとに区別される。ターボ・ジェット・エンジンは空気圧縮機を備え、それにより空気を圧縮したうえこれを燃焼室に供給するものであるのに対して、ラム・ジェット・エンジンは空気圧縮機を備えず、空気の動圧(速度を持つている空気の運動エネルギーを圧力エネルギーに転換した場合に生ずる圧力)のみを利用してこれを燃焼に用いるものである点に差異がある。

また、<証拠>によれば、社団法人日本航空整備協会発行の月刊誌「航空技術」昭和三〇年六月号所載の井原慶一執筆にかかる「航空機の推進装置について(3)」と題する論稿に、ラム・ジェット・エンジンは、エンジンに流れ込む空気の速度を減少させて静圧力を上昇させる採入空気絞管部で、空気圧縮作用のすべてを行なうものである旨の記述のあることが認められる。

前記各書物がこの種の技術を解説した通常の刊行物であること、それが本件実用新案の出願前に刊行されたものであることから考えれば、本件実用新案の出願当時において、「ラム・ジェット・エンジン」なる語は、一般に、これらの書物に記載されたような構造、すなわち、空気圧縮機を備えず、採入空気絞管部において、エンジンに流れ込む空気の速度(運動)エネルギーを圧力エネルギーに変換して、これを燃焼の用に供する構造のラム・ジェット・エンジンを意味するものとして用いられていたと認められる。

そればかりでなく、……本件実用新案公報によれば、本件実用新案は、燃料の燃焼に伴う最初のエンジン噴出を利用し、そのエジエクター作用によつて吸入される空気の一部をラム部に分流させ、ラム圧によつて、その圧力を逓増させて機体に推進力を与える構造をとることにより、空気圧縮機の類で空気を加圧する必要をなくし、それによつて構造の簡単な、安全かつ高能率のジェット・エンジンを提供する趣旨のものであることが明らかである。したがつて、考案者たる原告自身も、本件実用新案の対象として空気圧縮機を用いる必要のないジェット・エンジンを考えていたことが明白である。

ところが、本件物件は、低圧圧縮機(フアン部6および後段部3)および高圧圧縮機5を備え、これにより空気を圧縮したうえ燃焼室に供給していることは、原告の自認するところであり、これら各圧縮機が軸流圧縮機に属することはその構造上自明であるから、本件物件は、前記……ジェット・エンジンの分類によれば、ターボ・ジェット・エンジンのうち軸流圧縮器型ターボ・ジェット・エンジンに属し、本件実用新案の対象とするラム・ジェット・エンジンとはその構造を異にするものといわなければならない。

三、もつとも、本件物件は、圧縮機を出た空気を燃焼室に供給する前にディヒューザー部を通過させる構造を有し、ディヒューザー部において空気の速度エネルギーを圧力エネルギーに変換する作用を営んでいることは、当事者間に争いがない。

原告は、ジェット・エンジンにおいてディヒューザーにより空気の速度エネルギーを圧力エネルギーに変換して燃焼室に供給する作用を営む部分はラム部であるとし、本件物件のディヒューザー部はその作用からみてラム部にほかならず、したがつて本件物件はラム部を備えるからラム・ジェット・エンジンであると主張する。

なるほど、ラム・ジェット・エンジンにおいては、前記のように採入空気絞管部において、エンジンに流れ込む空気の速度エネルギーを圧力エネルギーに変換しているから、この採入空気絞管部はディヒューザーの一種であると認められ、また、この部分をラム部と呼んでもさしつかえないであろう。

しかしながら、<証拠>によれば、日本航空学会発行の「日本航空学会誌」昭和三〇年九月号に、軸流圧縮機を備えるジェット・エンジンにおいて、圧縮機を出た空気をディヒューザー部を経て燃焼室に供給する構造を有するものが存在する旨の記事が掲載されていることが認められる。また、<証拠>によれば、日本航空学会発行の「日本航空学会誌」昭和三一年二月号に、軸流圧縮機を備えるジェット・エンジンにおいて、低圧圧縮機を出た空気をディヒューザー部を経てバイパス通路と高圧圧縮機に送る構造を有するものが存在する旨の記事が掲載されていることが認められる。これらの刊行物は、いずれも本件実用新案出願前に刊行されたものであるから、出願当時において、かような構造のジェット・エンジンは公知であつたと考えられる。

このように、本件実用新案の出願当時軸流圧縮機を備えるジェット・エンジンであつてディヒューザー部を有するものがあるにもかかわらず、ラム・ジェット・エンジンの構造としては、一般に、圧縮機を備えず、空気の動圧のみによりこれを燃焼の用に供するものと考えられていたことはさきに認定したとおりである。そして、原告自身も本件実用新案の対象として空気圧縮機の類で空気を加圧する必要のないジェット・エンジンを考え、これをラム・ジェット・エンジンと呼んでいることはさきに述べたとおりである。してみれば、本件物件が、圧縮機を備え、これによつて空気を加圧している以上、たとえ、ディヒューザー部を備え、それによつて空気の速度エネルギーを圧力エネルギーに変換する作用を営んでいるとしても、この部分をラム部としたり、本件物件をラム・ジェット・エンジンとしたりすることはできないものといわなければならず、原告の主張は採用し難い。

殊に、<証拠>によれば、本件物件においては軸流圧縮機によつて空気の圧力を増加する作用の大部分が行なわれており、これを用いないで単にディヒューザー部の作用のみによつて燃焼に必要な空気圧力の増加を得ることは不可能であることが認められるから、原告の主張が失当であることはますます明らかである。

四、してみれば、本件物件は、本件実用新案とその対象を異にするから、この点においてすでにその技術的範囲に属しないことが明白である。

よつて、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく失当であるから棄却……する。(古関敏正 水田耕一 牧野利秋)

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