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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)9914号 判決 1965年8月23日

理由

一、手形金請求について

被告らが共同して原告主張のような手形要件の記載ある本件約束手形を振出したこと、右手形に原告主張のような裏書の記載があることは当事者間に争いがない。

被告は、右手形はその支払場所が不特定であるから手形要件を具備しない無効のものであるとの趣旨の主張をするけれども、支払場所記載は手形の必要的記載事項でないから、その記載のかしは手形の効力には何ら影響がない。本件手形には支払場所として自宅住所とあり、かつ、成立に争いのない甲第一号証の一(本件手形の表面)によれば共同振出人たる被告安藤亮、同坂本秀夫の肩書住所としてそれぞれ、東京都三鷹市北野七一四番地及び東京都中野区宮前町二五番地と表示されていることが認められるので、前記支払場所として自宅住所とあるは、振出行為をした被告らの肩書に附記された住所を指称するものとみるべきところ、その各肩書住所を異にしているけれども、共同振出人は合同して手形債務を負担するものであり、所持人はそのいずれに対しても手形債務の履行を求め得べきものであるから、右自宅住所とあるは所持人においてそのいずれか一方の住所地を選択してその場所において支払呈示をなすべきことを許容した趣旨と認めるのが相当であるから、支払場所の記載が不特定のものということはできない。以上いずれの点よりするも支払場所の記載のかしをいう被告らの主張は採用できない。

次に、本件手形の名宛人である荒井なる氏の表示は、第一裏書人である新井恵美子なる氏名の表示のうち新井なる氏の表示との間に、両者とも「あらい」と音読される点が共通であるに止まり、右手形面の記載のみによつて考察すれば、両者の間に同一性を認めることができない。従つて本件手形は裏書の形式的連続を欠くものと認めざるを得ない。しかし、原被告各本人尋問の結果(但し被告らの各供述中後記認定と牴触する部分は除く)を綜合すれば、「被告両名は昭和三七年三月中旬頃原告に対し洋酒の仕入資金に充てたいからといつて、金一五万円の借受方を申入れたところ、原告は近隣の訴外新井恵美子から金一五万円を借り受け該金員をそのまま被告ら両名に貸付けたのであるが、原告は右金員は右訴外人から融通を受けたものであるから、直接同人を名宛人として本件手形を振出すよう被告らに求めた。その際原告は新井恵美子の氏を荒井と誤解し単に荒井と記載するよう指示したので、被告安藤が原告の指示どおりに記載した上、該手形を原告に交付し、原告は前記新井恵美子のためこれを保管していた。ところが満期日を経過しても支払がなされなかつたので、原告は一且右新井に手形を交付した上、同人と相談して原告が右手形金の取立をすることとし、新井が原告にかくれたる取立委任の目的で、白地式裏書をして原告に右手形を交付したものである。」以上の事実が認定できる。被告らの各供述中右認定に牴触する部分は信用することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。上記の事実関係によると、本件手形は訴外新井恵美子を権利者として原告を介して右訴外人に交付された後、同人から原告に移転したものであつて、原告は実質上右手形の権利者であると認むべきである。

被告らは、「本件手形を振出すに至つたのは、原告の夫訴外中島敬太から同人が経営する中島商事の資金捻出の方法として、被告らが借りたようにして原告から金一五万円を持つて来て貰いたいとの依頼に基づくのであつて、右中島敬太と原告の夫婦間において後日解決さるべきものと理解していた。従つて、被告らとしては何ら債務負担の意思もなかつたし、対価を得たものでもないから手形振出の原因関係が存在しない。」との趣旨の主張をするけれども、右被告らの主張は原告と被告らの間に金員貸借の成立したことを否認するものでなく、その貸借につき心裡留保をいうにすぎない趣旨のものと認められるのであつて、それ自体原告に対抗しえないばかりでなく、仮りに右貸借に際し原告が右被告ら主張のような事実を知り又は知り得べきであつたとの主張を含む趣旨のものであつたとしても、当該事実は勿論、右貸借につき被告ら主張の事情があつたとの事実関係はこれらの点に関する被告らの各供述は前段認定事実並びに証人中島敬太の証言及び原告本人尋問の結果に照らして信用し難く、証人杉西勲の証言によつては被告主張の事実関係を認めるに充分でなく、他にこれを認め得る証拠がない。従つて原因関係の欠缺をいう被告らの抗弁は採用できない。

そして原告が本件手形を満期に支払場所に支払のため呈示したことは、これを認めるに足りる証拠がないけれども、本件訴状が遅くとも昭和三九年一〇月二六日までに被告らに送達されたことが記録により明らかであるから、被告らはこれにより遅滞に附せられたものと認むべきである。

そうすると、被告らは原告に対し合同して右手形金一五万円とこれに対する昭和三九年一〇月二七日から支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきである。

二、貸金(二万円)請求について

原告が被告両名及び訴外田原辰雄の三名に対し昭和三七年二月二日金二万円を弁済期同月末日、利息の定めなく貸付けたことは当事者間に争いがない。

原告は、以上の三名が連帯して返済を約したと主張するけれども、甲第二号証の記載並びに原告本人尋問の結果によるもこれを認めるに足らず、他に右原告主張事実を認め得る証拠はない。従つて被告らは訴外田原辰雄と共に三名平等の割合で金六六六六円(円未満切捨)の限度においてそれぞれ支払義務を負担すべきものといわねばならない。

三、結論

よつて、原告の本訴請求は被告らに対し合同して、一の手形金一五万円とこれに対する昭和三九年一〇月二七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金、及び各二、の貸金六六六六円とこれに対する前同日から支払ずみまで同様割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべきである。

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