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東京地方裁判所 昭和39年(ヲ)310号 決定 1964年4月24日

申立人(債務者) 佐野文吾

右訴訟代理人弁護士 伊藤和夫

相手方(債権者) 門馬正治

右訴訟代理人弁護士 平井直行

主文

一、相手方より申立人に対する東京地方裁判所昭和三九年(ヨ)第五〇三号債権仮差押申請事件につき、同裁判所が同年一月三一日付仮差押決定により、別紙目録記載の債権に対してなした仮差押の執行は、金一二九、〇〇〇円から源泉徴収にかかる税金を控除した金額の四分の一を超える部分については、これを許さない。

二、申立費用は相手方の負担とする。

理由

本件異議の理由は、「東京地方裁判所は、相手方より申立人に対する同裁判所昭和三九年(ヨ)第五〇三号債権仮差押申請事件につき、同年一月三一日、別紙目録記載の申立人の第三債務者東京都に対する退職手当金債権(金二三六、〇〇〇円とあるが実際は一二九、〇〇〇円)について仮差押決定をなし、執行した。しかしながら(一)右退職手当金債権は、東京都条例(職員の退職手当に関する条例)に基き東京都の職員ないし遺族の退職後の一時の生活資料にあてる目的で生活保障の意味において支給されるものであるから、国家公務員の恩給にも比さるべく、性質上その給付をうけることは受給者の一身に専属する権利であつて、譲渡ないし差押の許されないものである。よつて本件仮差押の執行は全部違法である。(二)仮にしからずとするも、右退職手当金債権は民事訴訟法六一八条一項五号に規定する『官吏の職務上の収入』に準ずべきものであるから、同条二項によつて、その支払期にうくべき金額の四分の一を越えて差押えることは許されない。従つて、本件においては退職手当金債権総額一二九、〇〇〇円の四分の一にあたる三二、二五〇円を越える部分に対する仮差押の執行は違法である。」というにある。

これに対し相手方の主張は「本件被差押債権が申立人主張の条例に基くものであること、その債権の総額が金一二九、〇〇〇円であることは認める。申立人の法律上の主張は争う。」というのである。

そこで検討するに、まず申立人は本件退職手当金債権が性質上差押の全く許されない債権であるというのであるが、右退職手当金支給の根拠たる昭和三一年九月二二日東京都条例第六五号・職員の退職手当に関する条例には、地方公務員共済組合法による退職年金あるいは退職一時金の場合にあるような譲渡もしくは差押を禁止する規定が存在せず、また、地方公務員に対し、右共済組合法の規定による保護が与えられた現在、本件退職手当についてまでも当然に一身専属的なものとして全面的に差押が許されないと解する根拠も必要もない(かつて地方公務員に対する退職後の給付に一身専属性を認める解釈もあつたのは、右共済組合法のない時代に、官吏の恩給に準じた保護を与えるためであつたと思われる。)。よつて申立人の右主張は採用することができない。

そこで次に、本件退職手当債権が民事訴訟法六一八条にいう差押禁止債権にあたるかどうかについて判断する。思うに、同法条は債権者の犠牲において債務者を保護する規定であるから、同条一項五号にいう「官吏の職務上の収入」(五号は六号の規定とあいまつて主として給与生活者を対象としているので、地方公務員が保護から除外される理由はなく、これにも五号が類推適用されると解する。)とは、債務者の勤労の対価、一面からいえば、債務者の生活の保障のため支給される給付を意味すると解すべきである。その点を本件退職手当についてみるに、(一)この退職手当は、前記東京都条例にもとずき、退職した東京都職員であれば、特殊の例外を除いて一定基準により支給を受ける権利があること(同条例三条)、(二)右条例によれば、当該職員の在職中の功労や非違によつて右手当の支給の有無または額を左右する規定も存在する(例えば、同九条、一一条、一四条)けれども、一面、例えば、労働基準法二〇条、二一条にいう解雇予告手当は一般の退職手当に含まれるとしたうえ、一般の退職手当が右解雇予告手当の額に満たないときはその差額を退職手当として追加支給され、(同一二条)、退職の日の翌日から一年の期間内に失業している場合には既に支給をうけた退職手当の額が一定の方式により失業保険法の規定を適用した場合に同法の規定によりうける失業保険の額に満たないときはその差額を退職手当として追加支給される(同一三条)等生活保障金としての性格をうかがわせる規定も存在すること、(三)国税徴収法においても退職手当の性質を有する債権の差押について一定の制限をなし、しかもそこでは共済組合の退職一時金と本件のような退職手当を同等に取扱つていること(同法七六条、七七条)、(四)また労働基準法の解釈においても支給基準の明確な退職手当は同法一一条にいう「賃金」に含まれ、従つて労働法上賃金としての保護をうけるのが一般であること、等の諸点から考えて、本件退職手当は生活保障金としての性格を有し、これに在職中の功労もしくは忠実な勤務に報いる趣旨をも加味したものと解すべきである。

もつとも、前にふれたように、今日においては退職後の生活保障のためには地方公務員においても地方公務員共済組合法による退職年金または退職一時金の制度が存在し、本件申立人の場合も右退職一時金の給付をうける権利があると認められ、これについては同法五一条により明文で差押が禁止されているのであるが、それがあるからといつて本件退職手当が前記のような性格のものであることを否定し去ることはできないのであつて、かえつて、右共済組合法による給付だけでは退職後の生活を維持するに十分とはいえず、それとあいまつて本件退職手当による生活保障が与えられているというべきである。

ところで、ひるがえつて、退職手当のように勤務中以外の生活を保障するものまで民事訴訟法六一八条一項五号にいう職務上の収入というべきか、または右収入とは勤務中の生活の維持すなわち労働力再生産のための給付にかぎるか、について一応考えてみる必要がある。民事訴訟法六一八条一項五号には職務上の収入とは別に恩給ならびに遺族の扶助料をあげているところからみると文理上職務上の収入は勤務中のものに限るかのようにもみえる。しかし、右規定を全体としてみれば、生活保障的なすべての収入を一定限度で差押から保護しようとする趣旨であるから、退職後のためのものでも右規定の適用があると解して差支えない。

以上の理由により、本件退職手当金債権は民事訴訟法六一八条一項五号によつて、その支払期にうくべき金額(源泉徴収にかかる税金控除後の金額と解する。)の四分の一に限り(本件において同条二項但書により二分の一まで差押を認める資料はない)差押が許されるものと解すべきところ、申立人の退職手当金債権の全額は一二九、〇〇〇円であることは当事者間に争いないから、そのうち金一〇万円についてなした本件仮差押の執行は、前記限度を超える部分について違法である。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小堀勇 裁判官 吉永順作 安倍晴彦)

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