大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和39年(合わ)264号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕(罪となるべき事実)被告人は、(中略)酔余劣情を催し就寝中の婦女を姦淫する目的で、昭和三九年七月二四日午前一時一五分頃、東京都新宿区矢来町八五番地甲方住居に故なく侵入したものである。

(一部公訴棄却の理由) 本件公訴事実中、被告人が判示日時場所において就寝中の乙(当五九年)を強いて姦淫しようとしたが、甲に発見されたためその目的を遂げなかつたとの事実は、告訴を待つて論ずべきものであるところ、被害者からの適法な告訴があつたものとは認められず、右事実に対する公訴提起はその規定に違反したため無効であるといわなければならないが、右は判示住居侵入の罪と牽連犯の関係にあるものとして起訴されたものと認められるから、主文において特に公訴棄却の言渡をしない。

(争点に対する判断) 二、告訴の有無に対する判断 本件公訴事実中準強姦未遂の事実につき、適法な告訴があつたか否かについて争いがあるので、次にこの点につき判断する。

(1) 検察官は、告訴存在の証拠として、右準強姦未遂事件の被害者乙作成名義にかかる昭和三九年七月二四日付警視庁牛込署々長宛の告訴状を提出した。右告訴状には、犯人として被告人の氏名及び犯罪事実として本件公訴事実とほぼ同様な事実の記載と共に、「よつて犯人を強姦未遂で告訴致します。」と記載され、乙の署名指印がある。従つて、本件は一応適法な告訴があつたような外観を呈しているのである。

しかしながら、告訴はもとより法律行為であるから、有効な告訴があるというためには、告訴の要件に合致した内容の表示行為があれば足りるというわけではなく、表示の内容に添う内心の効果意思が存在しなければならない。本件告訴状についてこれをいえば、右告訴状が告訴の意思表示として有効であるためには、作成名義人たる乙に、告訴状の記載に添う内心的効果意思、即ち犯人の処罰を求めるという意思が存在しなければならない。そこで、以下右意思の存否について検討する。

乙は、当裁判所の証人尋問に対し、「自分は、口をふさがれただけで格別ひどい目に会つたわけでもなく、被告人も酔つ払つて行なつたことであるから、被告人を憎いとも思つていないし、処罰してもらいたいという気持はなかつた。」旨供述し、更に告訴状作成の経過については、「警察官から牛込警察署まで来てくれといわれ、自分は行きたくなかつたが、主人が行けというので行つた。そして、警察官が本件告訴状を書いて自分に読み聞かせたうえ、署名してくれというので、署名して指印した。しかし、自分は告訴という言葉の意味を知らず、事件の直後でかなり興奮していたせいもあつて読み聞かされてもその意味や効果のわからぬまま、警察官の求めに応じて署名した。自分は、警察に出頭するのは今回がはじめてで、警察ではそのようにするものだと思つていた。」旨供述している。牛込警察署の巡査橋本久雄は、当公判廷で、「事件の当夜、被害者の乙を取調べて供述調書と被害届を作成し、本件は親告罪といつて告訴状がなければ取扱えない事件であるから告訴状を提出してくれといつたら、同女は自分では書けないというので、自分が同女に代り、先の取調から判明したところにより本件告訴状を作成し、これを同女に読み聞かせたうえ、署名してもらつた。告訴といえば当然わかるものと思い、告訴の意味については改めて説明しなかつた。」旨供述し、乙の夫甲は当公判廷(第三回公判)において、「妻は、裁判所の尋問が終つてから家人に告訴とは何んのことかと尋ねていた。妻には告訴ということの意味がわかつていない。」旨供述している。これらの供述を総合すると、被害者乙には、被告人の処罰を求める意思が存在せず、また本件告訴状に署名することにより、被告人の処罰を求める意思を表示するものであるとの認識が欠けていることが認められる。本件を起訴した検察官河上和雄は、当公判廷で、「本件告訴状作成の経過については知らながつた。乙を直接取調べ、告訴を維持するかあるいは取消すかを質したところ、同女は維持する趣旨の答えをした。同女には告訴ということの意味がわかつていないというような様子はなかつた。」旨の供述をしているが、右の供述からは、同検察官が同女に告訴を維持するかあるいは取消すかを尋ねたことは認められるものの、前掲各証拠に照らし同女がはたして告訴の意味を理解したうえでそれを維持する旨の明確なる意思を表示したものか否かも明らかではなく、同女が告訴状作成の当時犯人の処罰を求める意思を有しかつ告訴の意味を理解していたとは認められず、右供述によつても未だ前記認定を覆すことはできない。また、前記甲及び橋本久雄の当公判廷における供述によると、乙は事件直後にはかなり畏怖しており、被告人の寛大な処分または不処罰を望む旨の積極的な意思を表明してはいないことが認められるが、このことから直ちに同女が被告人の処罰を求めていたと推断することはできない。

そうだとすると、本件告訴状の作成名義人たる乙は、告訴状の記載内容に添う内心の効果意思を欠いていたものと認めざるを得ず、本件告訴状は告訴の意思表示としての効力を有しないものといわなければならない。

(2) もつとも、告訴状作成の当時には犯人の処罰を求める意思を欠き、かつ告訴ということの意味を知らなかつたとしても、公訴提起前において犯人の処罰を求める意思を生じ、かつ告訴の意味を理解したうえで、先の告訴状による意思表示を追認したことが告訴の方式を定めた刑事訴訟法二四一条一項の書面または同条二項の調書と同程度の方式を備えた文書によつて認証されるならば、適法な告訴があつたものと解してさしつかえない。

しかし、本件においては、そもそも右のような追認を認証する文書は存在しないし、また追認の意思も認められない。ただ、前記検察官河上和雄の、乙は同検察官に対し告訴を維持する趣旨の答えをしたとの証言がここで問題となるが、仮に同女の右供述が追認の意思と解されたとしても、右供述がなされたことを認証すべき文書が起訴前に作成されていない以上、これに追認としての効果を与えることができないのみか、前述の如く、同女が同検察官の取調の段階ではたして告訴の意味を理解しかつ先の告訴状を追認したものかどうかも疑わしい。

(3) 以上のように、本件告訴状は告訴の意思表示としての効力を有せず、右告訴状を除いては、起訴前において司法警察員ないし検察官に対し告訴があつたことを認証すべき文書が存在しないのであるから、本件は適法な告訴を欠くものといわなければならない。(裁判長裁判官江崎太郎 裁判官播本格一 泉徳治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!