東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)20号 判決 1964年11月04日
原告
東京急行電鉄株式会社
原告
京浜急行電鉄株式会社
原告
京王帝都電鉄株式会社
原告
小田急バス株式会社
原告
関東乗合自動車株式会社
原告
国際興業株式会社
原告
京成電鉄株式会社
原告
東武鉄道株式会社
原告
西武自動車株式会社
右原告ら訴訟代理人
真野毅
同
山口信夫
同
鈴木富七郎
同
花岡隆治
同
斎藤兼也
同
田宮甫
同
向山義人
同
鈴木光春
被告
運輸大臣
右指定代理人
武藤英一
ほか七名
主文
原告らが昭和三六年七月二〇日にした一般乗合旅客自動車運送事業運賃変更認可申請に対し被告がなんらの処分をしないことは違法であることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
一、原告らの申立て
主文と同旨
二、被告の申立て
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二、原告らの主張
一、請求原因
(一) 原告らは、いずれも東京都内を中心とし、その周辺地域にまたがつて一般乗合旅客自動者運送事業(以下単にバス事業という。)を営んでいるものであるが昭和三六年七月二〇日原告らは各自被告に対し一般乗合旅客自動車運賃変更認可申請(以下単に本件申請という。)をした。元来、バス事業者が旅客運賃を変更しようとするときは、道路運送法(以下単に法という。)第八条第一項の規定によつて被告の認可を受けなければならないことになつており、運賃変更の認可申請がなされた場合、被告は相当の期間内にそれが同条第二項に規定する認可基準に適合するか否かを判断し、適合すると認めるときは認可の、適合しないと認めるときは認可しない旨の処分をなすべき義務がある。
ところが、原告らの旅客運賃は、昭和二六年一二月に改訂されただけでその後そのまますえ置かれているのに一方では経済情勢の変化に伴う諸物価の高騰、人件費その他諸経費の増大等により、原告らの収支の不均衡は年を追うごとにはなはだしくなり、事業の経営は一路悪化、不振の途をたどり、ついには破綻の悲境にもほう着しかねなくなつてきたので、やむをえず前記のように本件申請をした次第である。しかるに、被告は、本件申請受理後すでに三年余を経過するにもかかわらず、いまだに認可はもちろんのことなんらの処分をしない。
(二) しかして、原告らが本件申請によつて変更しようとしている運賃が、法第八条第二項に規定している認可基準に適合していることはもちろんであるが、被告もこれまでしばしば原告らに対する本件運賃変更の正当性並びに必要性を認め、昭和三九年一月一四日の新聞記者会見の席上において、あるいは同月一七日の経済関係閣僚懇談会において、また同年三月二七日の衆議院内閣委員会においてその旨の発言をしているのである。このような経緯からみて、被告が所管庁として多くの資料に基づいてすでに十分な調査を終え、原告らの窮状の実態をつぶさに把握し、本件運賃変更の必要性を痛感していることは疑いのない事実であるから、被告はすでに原告らの本件申請に対し認可をなしうる状態にあるものというべく、それにもかかわらず、いまだに許否いずれの処分をもしないのは相当の期間内になんらの処分をしないものとして違法である。
(三) さらに、原告が本件申請をした昭和三六年七月以降被告に対し全国でバス運賃変更の認可申請が三一〇件なされたが、そのうち約九割に当る二七三件の変更認可が昭和三九年一月までになされたのであり、また東京都及びその周辺地域のバス運賃変更認可申請に対し、被告が認可処分をするに要した日数は最短約一〇〇日から最長約五〇〇日(平均約三〇〇日)であるから、これらと比較しても、本件申請に対する被告の処分は著るしく遅延していること明らかであつて、被告の不作為は相当の期間を経過した違法のものである。
(四) 以上の次第で、原告らの本件申請に対し被告がなんらの処分をしないことは違法というべく、原告らは被告の右不作為を漫然とこれ以上放置しておくことができないので、請求の趣旨記載のような判決を求める次第である。
二、被告の主張に対する反論
(一) 被告は、原告らの本件申請にかかるバス運賃変更は一千万都民の日常生活に密接な関連を有するものであるから、公共料金の値上げ抑制に関する閣議了解の方針を考慮して認可すべきか否かを決すべきであり、またかく解することは法第八条第二項第一号の趣旨にも合するものであると主張しているが、法第八条により被告のなす認可、不認可の処分は法規裁量に属するものであるから、被告は法規に従つてのみ行動すべく、たとえ公共料金値上げ抑制に関する閣議了解が存するとしても、これを考慮することは「法の支配」の原理に反することになる。それゆえ、前記閣議了解の存することは、被告の不作為をなんら正当化するものではない。
(二) 被告は、また本件申請に対する処分をなすには原告らの昭和三八年度の決算資料及び原価計算資料に基づいてなお慎重に検討する必要があり、それにさらに数か月の期間を要すると主張しているが、原告らの本件申請は昭和三六年七月にしたものであるから、その認可又は不認可の処分には昭和三八年度の決算資料等を必要とするものとは考えられず、昭和三六年度又は遅くとも昭和三七年度の決算資料等により十分処分をなしうるはずである。この点に関する被告の主張は全く言いのがれにすぎない。
第三、被告の答弁並びに主張
一、請求原因に対する答弁
原告らがいずれも東京都内を中心としその周辺地域にまたがつてバス事業を営んでいるものであること、原告らが昭和三六年七月二〇日各自被告に対し本件申請をしたこと被告が本件申請に対しいまだになんらの処分をしていないこと、バス事業者がその旅客運賃を変更しようとするときは法第八条第一項の規定するところに従い、被告の認可を受けなければならないこと、同条第二項が右認可の基準を規定していること、被告が昭和三八年ころから原告らに対するバス運賃変更の必要性を認め、昭和三九年一月一四日の新聞記者会見の席上及び同月一七日の経済関係閣僚懇談会においてその旨の発言をしたことはいずれも認めるが、その余の主張は争う。
二、被告の主張
(一) 昭和三五年ころから消費者物価が異常な値上がり傾向を示し、このまま放置すれば国民経済及び国民生活の安定をはなはだしく阻害することが予想されるに至つたことから、政府は、物価安全策を重要施策として取り上げ、昭和三五年九月三〇日の閣議了解をはじめとして、その後数次の閣議了解(別添資料1ないし6参照)により物価の安定に努めてきた。公共料金についても右物価安定策の一環として極力その値上を抑制することとしてきたのであるが、昭和三九年一月二四日の閣議においては更に公共料金の値上げは原則として同年中は認めないことを政府の方針として決定した。
(二) 東京都区部のバス運賃については、都営バスについて昭和三六年七月一三日東京都から運賃変更の認可申請があり、これに追随して同月二〇日原告らから本件申請がなされたのであるが、このような一千万都民の日常生活に密接な関連を有するバス運賃については、被告は前記政府の方針を考慮して認可すべきか否かを決する必要があるのである。もとより、法第八条に基づく運賃変更の認可処分は、閣議了解ないし閣議決定の存否にかかわらず、被告が法規の定めるところに従つて行うべきものであることはいうまでもないところであるが、同条第二項の定める認可基準は「能率的な経営の下における」「適正な原価を償い」「適正な利潤を含む」等その適用について相当広範囲の裁量が認められているのであるから、その限りで、被告が、国民生活の安定を目的とした公共料金の取扱いに関する内閣の方針を考慮し、国民経済全般のの見地から法第八条第二項に最もよく適合した適正運賃を査定することはむしろ当然のことである。
被告が本件認可申請に対し、認可すべきか否かを決しえないでいるのは次のような理由によるのである。
(三) 原告ら九社から本件認可申請がなされた昭和三六年七月ころ判明した原告らの昭和三五年度の乗合バス事業部門の収支状況は、都営バスが当時約一七〇万円の赤字であつたのに比し、最高約二億八、六〇〇万円、最低約一、二二〇万円平均約一億一、八〇〇万円、九社合計一〇億六、五〇〇万円の黒字であり、次の昭和三七年六月ころになつて判明した昭和三六年度の収支状況は、都営バスが約八億三、四〇〇万円の赤字であつたのに比し、原告らは、最高二億四、〇〇〇万円、最低約二、七〇〇万円、平均約八、八〇〇万円、九社合計約七億九、一〇〇万円の黒字であり、原告らの収支状況からみる限り、運賃変更の必要性は認められなかつた。しかし、都営バスは、右にみたように、当時すでに赤字であり、その運賃変更について慎重に検討する必要があつたのであり、もし都営バスの運賃変更を認可することになれば、都営バスと同一路線における原告らのバス運賃についても変更後の都営バス運賃と同一額に調整する必要があり、その限りで運賃変更を行わねばならなくなる関係上、本件申請を直ちに却下することも妥当でなかつた。
ところで、都営バスの運賃変更についての審査は次のように、はなはだ困難を包蔵していたので、早急に結論を出すことはできなかつた。
(イ) まず、都営バスの運賃変更の申請があつた昭和三六年七月ころ以降全国の三〇〇社以上のバス事業者から運賃変更認可申請が集中的になされたため、これら多数の申請のうち収支状況の悪化が特に著しい地域にかかる申請から順次審査を行つたのであるが、東京都においては都営バスは当時すでに赤字であつたとはいえ民営バスの収支状況が良好であつた点にかんがみ、都営バスの申請については自然審査の着手が遅くなつた。
(ロ) また、都営バスの運賃変更のごとく社会的影響の大きい公共料金の変更について政府の公共料金抑制策との関連で極めて慎重な取扱いをする必要があるところ、当時公営交通事業の経営について民営交通事業に比し経費特に人件費が割高である等経営が非能率、不合理であるということが一般に指摘されていた折でもあり、原告らの民営バス事業の収支が黒字を示していることにかんがみると、都営バスについても赤字経営ということだけから軽々にその運賃変更を認めることはできなかつた。
(ハ) そして、公営交通事業の経営の非能率、不合理性についてその抜本的改善策を検討するため、昭和三八年四月に学識経験者、運輸省、経済企画庁、自治省、労働省等の行政機関及び地方公共図体の職員により構成される公営交通事業財政調査会が設けられて調査を開始したので、これを参考として慎重に検討する必要があつた。(同調査会は一〇数回にわたる審査を重ねた上同年一二月に結論を提示するに至つている。)
(四) その後、昭和三八年六月ころに判明した昭和三七年度の原告らの乗合バス事業部門における収支状況は、最高約一億八、六〇〇万円の黒字、最低約四、五〇〇万円の赤字、他に一社が約二、四〇〇万円の赤字となつたが、平均ではなお約五、二〇〇万円の黒字、九社合計では約四億七、二〇〇万円の黒字であり、しかも赤字の二社も他の事業部門を含めた収支は、それぞれ約五億二、九〇〇万円及び約七億一、一〇〇万円のいずれも黒字であつた。しかし、いずれにせよ乗合バス事業部門において二社が赤字を示す等その経営状況にやや悪化のきざしがうかがわれるようになつて、ここにはじめて都営バスの運賃変更との関連からのみではなく、原告ら自体の収支状況からみて運賃変更の可否を検討する必要性が生じてきた。とはいえ、原告らの昭和三七年度の乗合バス事業部門の収支状況は九社中二社のみが赤字で、他の七社が黒字であること、九社全体の乗合バス事業部門の合計収支は黒字であること、また、赤字の二社についても他の事業部門を含めた収支状況はいずれも相当の黒字であることを考慮すると、赤字の二社については、その兼営する鉄道、乗合バス等各事業部門にまたがる一般管理費等の関連経費の乗合バス事業部門への配賦が適正であるか否か、法第八条第二項第一号にいう能率的な経営を行つているか否か等についてなお問題があり、ことに政府の重要施策である公共料金の値上げ抑制の方針にかんがみると、いまだその運賃変更が必要であるとの結論には達しなかつた。
(五) ところが、昭和三八年末に提出された資料によると、原告らの同年度上期の乗合バス事業部門の収支状況は四社が赤字となり、昭和三七年に比しかなり悪化したことが認められるに至つた。しかし、それでもまだ九社中五社が黒字であり、九社全体の乗合バス事業部門の合計収支も黒字であり、また赤字の四社についても当該会社の他の事業部門を含めた収支は黒字なのであつて、赤字の四社についてはなお関連経費の乗合バス事業部門への配賦が適正に行われているかどうか、能率的な経営を行つているか否か等について慎重に審査する必要があり、赤字の会社が四社あるという点からすると軽々に却下するわけにもいかないが、さりとて黒字の会社が五社あり、九社全体でみれば黒字であるという状況では、さきに述べたように公共料金の値上げ抑制が国民経済及び国民生活の安定を維持するために現下の急務であるとされている今日、簡単に認可することもできない状況にある。
(六) 以上の次第で、本件申請にかかる運賃変更は、現段階においては非常に複雑微妙な困難な問題である。被告としてはさらに最近原告らから提出を求めた原告らの昭和三八年度上期下期を通じての決算に基づく収支状況、輸送実績、原価計算等の資料を基礎として法第八条第二項に適合する適正運賃について検討し本件申請に対する許否及び認可する場合の値上げの限度等を決定するため、各社ごとに次のような作業を行う必要がある。
(1) 乗合バス事業部門と他の事業部門に関連する収入及び経費の配賦の査定
原告らは、地方鉄道、貸切バス等他の事業を兼営しているので、原告らが提出した資料について一般管理費、営業外収益、営業外費用等他の事業部門と関連する収入及び経費が適正に配賦されているか否かを検討し、必要な場合には修正査定する。
(2) 平年度における輸送需要及び輸送力の査定
原告らが提出した資料に基づき、過去数年間の実績沿線の開発状況等を考慮して、平年度の輸送人員、総走行キロ数等を査定する。
(3) 運賃を変更しない場合の平年度の収入見込みの査定
原告らが提出した資料に基づき、輸送人員、定期旅客と定期外旅客の構成比の変動を考慮して、運賃を変更しない場合の平年度の収入見込みを査定する。
(4) 平年度の所要経費及び利潤の査定
原告らが提出した資料に基づき、能率的な経営のもとにおける平年度の適正な諸経費及び利潤を査定する。
(5) 平年度の所要増収額の査定
(3)、(4)の作業の結果を基礎として平年度に事業を適正に運営するには運賃変更によりどの程度の収入の増加を必要とするかを査定する。
(6) 運賃を変更した場合の平年度の収入見込みの査定
原告らが提出した資料に基づき、運賃制度の改訂による変動を考慮して、券種別(普通券、回数券、定期券の別)、乗車区間別の輸送人員を査定し、これに基づいて申請どおり運賃を変更した場合の平年度の収入見込みを査定する。
(7) (5)、(6)の作業の結果、申請どおり運賃を変更したとすると収入の増加見込額が所要増収額をこえることとなる場合は、所要増収額に見合うような適正な運賃率を査定する。
(8) 以上の通常の運賃査定のほかに、本件申請にかかる運賃変更は、単に値上げのみならず、従来の停留所間の距離に応じて運賃を算定する区間制運賃を、東京都区内及び武蔵野、三鷹、調布各市内を数地帯に分つて、その地帯内については距離に関係なく同一運賃とする地帯制運賃に変更しようとするものであるため、地帯制運賃の採用の適否、適用方法等についても検討する。
(9) 運賃表の審査
(7)の作業の結果、運賃率が定まると、これに基づいて、原告らの東京都を中心とする関東地方七都県の二千数百に及ぶ各運行系統ごとに、その運行系統内の各停各留所間の運賃を定める運賃表について、運賃の建て方(どの停留所までを一運賃区間として同一運賃を適用すべきか等)が適正か否か、定期券、回数券の運賃額が普通券の運賃に比し適正か否か、運賃額が鉄道等の交通機関、他のバス事業者、自社の他路線と調整がとれているか否かを審査し、必要な場合には修正査定する。
そして、右のような作業を行い、認可又は不認可の処分をするには、なお数か月の期間を必要とするのである。
(七) 以上の次第で、被告の不作為には正当な理由があるのであるから、それが違法として責められるべきではない。
よつて、原告らの本訴請求は失当として棄却されるべきである。
第四、証拠関係 ≪省略≫
理由
一、法第八条、第一項は、「自動車運送事業者は、旅客又は貨物の運賃その他運輸に関する料金を定め、運輸大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも同様とする。」と規定している。右規定によれば、バス事業者が旅客運賃を変更しようとするときは、被告に対し認可を申請しその認可を受けなければならないのであるから、運賃を変更しようとするバス事業者にとつて右認可の申請は法令に基づく申請(行政事件訴訟法第三条第五項)であるものというべく、バス事業者からの運賃変更認可申請があつた場合には、被告は、すみやかに審査を開始し、相当期間内にその申請が適法であるかどうかまた法第八条第二項に規定する認可基準に適合するものであるかどうかを審査して、申請を不適法として却下するかどうか、また申請が適法な場合は運賃変更を認可すべきか否かを決定すべき法律上の義務を申請人に対し負担するものと解すべきである。したがつて、運賃変更の認可申請後相当の期間が経過しているにもかかわらず、被告がなんらの処分をしないときは、被告の不作為は違法たるを免れないのである。
二、ところで、原告らがバス運賃の変更を求めて昭和三六年七月二〇日各自被告に対し本件申請をしたこと及び被告が本件申請に対しいまだになんらの処分をしていないことについては当事者間に争いがない。
原告らは、被告の右不作為は相当の期間を経過した違法のものであると主張し、被告はこれを争つているので、相当の期間経過の有無について判断する。
(一) 証人<省略>の証言によると、一般にバス事業者から運賃変更の認可申請がなされた場合、被告の右申請に対する処理は次のようにして行われることが認められる。被告が申請を受理すると、まず運輸省自動車局業務部旅客課(以下単に旅客課という。)において、申請の適否について審査がなされた後、バス事業者から提出された資料に基づいて被告の主張(六)記載(1)ないし(9)のような内容の作業が行われ、能率的な経営の下における適正な経費、利潤、そのための適正な運賃率の査定、運賃表の審査等がなされ(旅客課における右のような作業を、以下単に旅客課における審査という。)、それと同時に右の審査と並行して運輸審議会に対し申請についての諮問がなされる。(ただし、運輸審議会が軽微事項と認定した車両数三〇両未満のバス事業者からの申請については、諮問は省略される。)旅客課における審査が終り、その結果、運賃変更の必要性があると認められる場合には、消費者物価、特に公共料金の値上げ抑制に関する昭和三五年九月三〇日の閣議了解をはじめとする数次の閣議了解(右閣議了解の内容は、別添資料1ないし6記載のとおりである。)の方針に従い、物価安定上の見地から運賃変更の可否について経済企画庁と協議が行われる。そして、経済企画庁との右協議によつても運賃変更の必要性が確認された場合には、さらに前記閣議了解に従い、閣議に報告してその了承を求めることになる。(ただし、その値上げの影響が一地方小都市の範囲に局限されるものについては、昭和三六年七月一八日及び同月二五日の閣議の了承は不要となつた。別添資料3、及び4参照)そして、閣議の了承を得なお運輸審議会の答申を受けてはじめて、被告は運賃変更を認可することとなる。なお、旅客課における審査には通常三か月ないし四か月の期間を、また経済企画庁との協議には約一か月の期間を必要とする。以上の事実が認められる。
(二) また、成立に争いのない甲第七号証及び証人<省略>の証言によれば、原告らが本件申請をした昭和三六年七月以降において東京都及びその周辺地域のバス事業者からなされた運賃変更認可申請に対し被告が認可を与えた件数は三七件であり、その処理状況は別表記載のとおりであるが、これによると申請から認可までの処理日数は最短二九日、最長七〇二日、平均約三一二日であること、そして、右三七件の認可の経過はいずれも前記認定のような旅客課における審査、運輸審議会に対する諮問(ただし、二、三のものは車両数三〇両未満のバス事業者からの申請にかかるものであつたため、運輸審議会の諮問を省略した。)及び経済企画庁との協議という段階を経ているのであつて、ただ右申請にかかる運賃変更がいずれもその値上げの影響が一地方小都市に局限されるものであつたため、閣議の了承を得ていないことを認めることができる。
(三) 以上認定の諸事実によれば、バス事業者からの運賃変更認可申請に対する被告の認可処分は、原則として、旅客課における審査、運輸審議会に対する諮問、経済企画庁との協議及び閣議の了承の四段階を経てなされるわけである。そして、旅客課における審査には通常三、四か月、経済企画庁との協議には通常約一か月で足りるというのであり、運輸審議会が被告の諮問に対し答申を出すまでの所要時間については必ずしも明らかでないが、前記認定のとおり、東京都及びその周辺地域のバス事業者からの運賃変更認可申請に対し、被告は、旅客課における審査、運輸審議会に対する諮問(二三の例外を除く。)及び経済企画庁との協議という三段階を経た上、右申請後平均約一〇か月半(約三一二日)後に認可処分をしているのであるから、この事実を考慮すると、右三段階の手続をするに要する期間は通常一〇か月半あれば十分であると認められる。そうであるとすれば、さらに閣議の了承を得ることが必要であるとしても、申請後一年の期間があれば十分に認可すべきか否かを決しうるものというべきである。しかも、右の一年という期間は、被告が申請に対し認可をする場合に必要とする期間であり、申請が不適法な場合はもとより、運賃変更の必要がないものとして申請を却下する場合にも、たとえば旅客課における審査の段階で運賃変更の必要がないことが明らかとなれば、その後の手続である経済企画庁との協議及び閣議の了承を経ることが不要となり、また経済企画庁との協議の段階で運賃変更の必要が認められないことが明らかとなれば、閣議の了承を得ることが不要となることも考えられるのであるから、それだけ却下処分をするまでの期間は短縮されるはずである。したがつて、右の一年という期間は、被告がバス事業者からの運賃変更認可申請に対しなんらかの処分をするに通常必要とする最長の期間というべきである。
(四) ところで、被告はバス事業者からの運賃変更認可申請に対し相当期間内になんらかの処分をなすべき義務を負つているのであるが、そこにいう相当の期間経過の有無は、その処分をなすに通常必要とする期間を基準として判断し、通常の所要期間を経過した場合には原則として被告の不作為は違法となり、ただ右期間を経過したことを正当とするような特段の事情がある場合には違法たることを免れるものと解するのが相当である。
そこで、本件についてこれを見るに、被告は、原告らの本件申請に対し、その申請後三年余(一、一〇〇日以上)を経過するにもかかわらず、いまだになんらの処分をしていないというのであるから、通常の所要期間である一年をはるかに経過していることが明らかであり、したがつて右遅滞を正当とするような特段の事情が認められない限り、被告の右不作為は違法たることを免れないものといわねばならない。そこで、次に右特段の事情の有無について検討することとする。
三、被告は、本件申請に対する被告の処分が遅滞した理由として、本件申請と同時に提出された原告らの昭和三五年度の収支状況及び昭和三七年六月ころ判明した原告らの昭和三六年度の収支状況によれば、原告らの収支はいずれも黒字であつて原告ら自体については運賃変更の必要性が認められなかつたが、原告らが本件申請をする直前に運賃変更認可の申請の出された都営バスについて、その収支が赤字であつたため、それとの関連において運賃変更の要否について慎重に検討する必要があり、もし都営バスの運賃変更を認可することになれば、都営バスと同一路線を走る原告らのバス運賃も都営バスのそれと同一額に調整する必要があつたので、本件申請を直ちに却下することもしなかつた旨主張している。
(一) 同一路線に数社のバス路線が競合している場合に、その間に不当な競争をひきおこすことがないように配慮して運賃を定めることは、法第八条第二項第四号によつて被告に課せられた責務であるから、一方の運賃変更を認可するにあたつては、他方の運賃との調整を考慮すべきことは当然のことである。したがつて、たとえば同一路線を走る甲、乙二社から運賃変更の認可申請がなされた場合に、甲についてはその収支状況からみて運賃変更の必要性が認められないときにも、乙について運賃変更の必要がある場合には、その間の運賃調整をはかるため、甲からの申請を却下することなく、しばらく処分を留保しても必ずしも違法とはいえない。しかしながら、他方において被告は前述のように運賃変更の認可申請に対して相当期間内になんらかの処分をなすべき義務を負担しているのであるから、運賃調整の必要があるとしても、それを理由として申請に対する処分を留保することが許される場合には、おのずから限界があるものというべく、右の事例でいえば、甲の申請に対する却下処分を留保しうるのは、乙について運賃変更を要することが明らかであり、しかも短期日のうちにその認可処分をなしうる確実な見込みがある場合に限られるものというべきである。乙について運賃変更の要否も明らかでなく、短明日のうち認可処分をなしうる確実な見込もないのに、あるいは運賃変更の必要が生ずるかも知れず、その場合には運賃調整が必要になるからというばく然たる見込みだけで、すでに却下処分をなしうる状態にある甲からの申請に対し漫然と処分を留保することは許されないものといわなければならない。そのような場合にはすみやかに甲の申請を却下すべきであり、もし、その後乙からの申請を審査した結果乙について運賃変更が必要となつた場合には、その時改めて甲に対し行政指導によつて運賃変更の認可申請を促し、もつて競合路線における甲乙間の運賃を調整すれば足りるのである。
(二) ところで、本件申請と同時に提出された原告らの昭和三五年度の収支状況及び昭和三七年六月ころ判明した原告らの昭和三六年度の収支状況によれば、原告ら自体については運賃変更の必要性が認められなかつたことは、被告の自認するところである。そして、証人<省略>の証言によれば、本件申請当時には原告らの収支は良好であつたので、被告は本件申請に対する審査を放置していたこと、そして原告らの昭和三六年度の収支状況に関する資料が提出きれてからはじめて旅客課における審査が開始され、その審査は昭和三七年一一月末ころまでには終つたこと、当時の旅客課長須賀貞之助は右審査の結果に基づきそのころ経済企画庁と協議をしたこと、しかし右審査の結果によれば、原告らの運賃変更の必要性は認められなかつたので、経済企画庁との右協議も審査の結果を報告し原告らの本件申請について意見を交わすといつた程度のものであつて、積極的な運賃変更を前提としたものではなかつたことが認められる。以上の事実によれば、被告は、遅くとも昭和三七年一二月ころ(この時までに、すでに本件申請後一年五か月以上経過している。)には、本件申請を却下しうる状態にあつたものと認めるのを相当とする。そうであるとすれば、被告が都営バスとの運賃調整を理由として本件申請の却下処分を留保しうるためには、遅くとも右当時までに都営バスにつき運賃変更の必要性が明らかであつて、しかも短期日のうちにその認可処分をなしうる確実な見込みがあつたことが必要である。しかるに、右の点についてはなんらの立証がないばかりか、かえつて被告は、都営バスの運賃変更については、当時都営バスを含め公営交通事業一般について経営の非能率性、不合理性が指摘されていた折であつて、都営バスについても経営が赤字であるということだけでは軽々に運賃変更を認めることができなかつたこと、そして公営交通事業の経営の抜本的改善策を検討するためにその後昭和三八年四月に至つて発足した公営交通事業財政調査会の調査結果をまつて慎重に検討する必要があつたことを自認しているのであるから、被告の主張する都営バスとの運賃調整の必要性ということは、なんら、本件申請に対する却下処分を留保したことを正当化するものではない。したがつて、本件申請に対する処分の遅滞は都営バスとの運賃調整の必要によるものであるから、正当な理由があるとの被告の主張は採用できない。(なお、証人<省略>は、従来の行政慣行として、運賃変更の認可申請に対して直ちに変更を認可できない場合であつても、時期が来れば認可することがありうるような場合には、申請を却下することなく、処分を留保しているのが例である旨述べているが、前述のように、被告は運賃変更認可申請に対し相当の期間内になんらかの処分をなすべき義務があるのであるから、申請を認可できない場合にはすみやかにこれを却下すべく、認可できるようになるまで漫然と処分を留保することは許されないものというべく、かりに右のような行政慣行があるとしても、それは違法のものであつて、かかる違法の行政慣行があるからといつて被告の不作為が正当化されるものでないことはいうまでもないところである。)
四、被告は、また本件申請に対する被告の処分の遅滞を正当とする理由として、昭和三八年六月ころ判明した原告らの昭和三七年度の収支状況によると、乗合バス事業部門における収支は原告らのうち二社がはじめて赤字となり、さらに昭和三八年末に明らかとなつた同年上期の原告らの収支状況によると四社が赤字を示すようになつたので、ここにおいてはじめて都営バスの運賃変更との関連からのみではなく、原告ら自体の立場から運賃変更の要否を検討する必要が生じてきたが、赤字の会社は原告ら九社のうちわずか二社又は四社にすぎず他は黒字であること、九社全体の乗合バス事業部門の合計収支は黒字であること、赤字の二社又は四社についても他の事業部門を含めた収支は黒字であることを考慮すると、赤字の二社又は四社については関連経費の乗合バス事業部門への配賦が適正に行われているか否か、能率的な経営が行われているか否か等についてなお問題があり、ことに政府の重要施策である公共料金の値上げ抑制の方針にかんがみると、本件申請にかかる運賃変更を認可すべきか否かは非常に複雑微妙で困難な問題であつて、被告としては、さらに最近原告らから提出を求めた原告らの昭和三八年度上期下期を通じての収支状況等の資料に基づいて、さらに慎重に検討する必要があり、それにはなお数か月を要すると主張している。
(一) 被告の主張によれば、原告らの昭和三七年度及び昭和三八年上期の収支状況が明らかとなり、その結果原告らの運賃変更について慎重に検討する必要が生じたのは、それぞれ昭和三八年六月ころ及び同年末以後のことであり、右の時期は本件申請のなされた昭和三六年七月二〇日からそれぞれ約一年一一か月及び約二年五か月以後であり、また本件申請に対しなんらかの処分をなすに通常必要な期間であると認められる一年を経過すること、それぞれ約一一か月及び約一年五か月以後である。そして被告はさらに最近原告らから提出を求めた昭和三八年度上期下期を通じての収支状況等の資料を検討するのになお数か月を要するというのである。しかしながら、このように、処分をなすにつき通常必要な期間を経過した後に発生した実事を理由として、右期間の経過を正当化することができるであろうか。
前述したように、被告の不作為が相当の期間を経過したものとして違法となるか否かは処分をなすにつき通常必要な期間を基準として判断すべく、右期間を経過した場合には原則として違法となり、ただ右期間の経過を正当とするような特段の事情がある場合にのみ違法たることを免れるのであるから、右特段の事情は処分をなすにつき通常必要な期間を経過するときまでに存在することを要するものというべく、右の期間を経過するときにそれを正当とするような特段の事情が認められない場合には、被告の不作為は右期間の経過と同時に違法となり、その後に発生した事実は、被告の不作為が解消されない限り、なんら不作為の違法性に影響を及ぼさないものと解すべきである。もつとも、被告が運賃変更認可申請に対して処分をなすには、処分当時の法規及び事実に基づいてなすべきはもちろんであるから、処分をなすに通常必要な期間を経過した後に新たな事実が発生した場合には、その事実に基づいて処分をなすことを要し、そのためにはさらにある程度の期間を必要とするに至ることも当然考えられることであるが、それだからといつて、処分をなすに通常必要な期間を特段の事情もないまま経過したことによつて違法となつた被告の不作為が、新たな事実の発生ということによつて違法でなくなるものと解することはできない。けだし、かく解するならば、不作為が長びけば長びくほど新たな事実の発生する可能性は増大するわけであるから、それにつれて不作為が違法でないという判断を受ける可能性も増大するという奇妙な結果となり、ひいては、行政庁の不作為によつて違法に不利をこうむつている者を救済することを目的とした不作為の違法確認の訴えの制度の趣旨を没却することになるからである。
したがつて、本件申請に対し被告がなんらかの処分をなすに通常必要な期間である一年を経過した後に明らかとなつた事実である原告らの昭和三七年度及び昭和三八年度の収支状況を理由として不作為の違法性を争う被告の前記主張は、主張自体失当である。
(二) のみならず、被告が運賃変更認可申請を認可するためには、前記認定のように、旅客課における審査、運輸審議会に対する諮問、経済企画庁との協議及び閣議の了承という手続を経、その結果運賃変更の必要性が認められることを要する取扱いとなつているのであるが、証拠<省略>の証言によれば、被告は原告らの昭和三七年度の収支状況に基づき旅客課における審査を行い、昭和三八年九月中旬ころまでには一応右審査を終えたこと、右審査の結果原告らにつき運賃変更の必要性があると認められたので旅客課長山上孝史が同年九月中旬ころ及び一〇月中旬ころ経済企画庁と運賃変更について協議したが、同庁の賛同を得るに至らなかつたこと、しかし、その後被告は昭和三九年一月一四日の新聞記者会見において、あるいは同月一七日の経済関係閣僚懇会において、あるいは同年三月二七日の衆議院内閣委員会において原告らの運賃変更の必要性を認める趣旨の発言をしていること、特に右の経済関係閣僚懇談会においてはバス運賃値上げの必要性について力説したが、首相はじめ関係閣僚の同意を得ることができず、かえつてバス運賃も公共料金として昭和三九年中は原則として値上げを認可しないことに決定されたことが認められるのであつて、右事実によれば原告らの運賃変更についてはその昭和三七年度の収支状況に基づいてもなお経済企画庁の同意及び閣議の了承を得ることができないことは昭和三九年はじめころまでにはすでに明らかになつたものと認めるのを相当とするから、被告は遅くともそのころまでには本件申請について許否いずれかの処分をなしうる状態にあつたものというべきである。そうであるとすれば、運賃変更を認可すべきか否かは複雑微妙な問題であつて、なお慎重に検討する必要があり、そのためにはさらに数か月を要するから、被告の不作為には正当な理由があるとする被告の前記主張は、この点においても失当である。
五、以上の理由により、被告の本件申請に対する不作為は正当な理由によるものであつて違法ではないとする被告の主張はいずれも採用することができず、他に右不作為が正当な理由によるものであることについてはなんら被告の主張立証しないところであるから、被告の右不作為は違法といわなければならない。よつて、右不作為の違法確認を求める原告らの本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官位野木益雄 裁判官高林克己 石井健吾)