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東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)21号 判決 1968年5月23日

原告 株式会社 今朝

被告 芝税務署長

訴訟代理人 川村俊雄 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

(原告)

「原告の昭和三六年八月一日から昭和三七年七月三一日までの事業年度の法人税について、被告が昭和三八年二月二七日付でした更正処分及び過少申告加算税の決定処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

(被告)

主文同旨の判決を求める。

第二原告の請求原因

一、原告は、昭和三七年一〇月一日、原告の昭和三六年八月一日から昭和三七年三一日までの事業年度(以下「本件係争事業年度」という。)の法人税について、所得金額一、〇五八万一、六一一円、法人税額三八七万七、七二〇円とする確定申告書を被告に提出したところ、被告は、昭和三八年二月二七日付で所得金額二、六五八万四、四九九円、留保所得金額八九四万七、五〇〇円、法人税額一、〇六六万七、六六〇円とする更正処分及び過少申告加算税三三万九、四五〇円の賦課決定(以下両者を合わせて「本件更正処分」という。)をした。これに対し、原告は、所定の期間内に所定の手続を経て東京国税局長に審査請求をしたが、昭和三八年一二月二七日右審査請求を棄却する旨の裁決がなされ、その裁決書謄本が昭和三九年一月二二日原告に送達された。

二、被告が本件更正処分において所得金額に加算した項目は、(イ)雑費中否認五万円、(ロ)減価償却超過額七七万三、五〇六円、(ハ)収用等による損金算入額否認五九二万九、〇六六円、(ニ)雑収入計上洩九二五万〇、三一六円であり、このうち(イ)(ロ)については原告も争わないが、(ハ)(ニ)を加算したことは後に述べるとおり誤りである。

よつて、本件更正処分の取消しを求める。

第三被告の答弁及び主張

一、請求原因事実は、本件更正処分が違法であるとの点を除き、すべて認める。

二、本件更正処分のうち原告の争う事項について更正の理由を明らかにすれば、次のとおりである。

(一)  原告は、東京都港区芝新橋二丁目一番地の二に宅地一六六坪三合二勺及びその地上に鉄筋ブロツク二階建建物一棟建坪七九坪七合一勺を所有し(以下これを「本件土地」及び「本件建物」という)、右建物の一部を他に賃貸し、他の一部で割烹料理店を営んでいたところ、東京都は、本件土地の一部が大田区馬込から京成押上駅間において建設中の都営地下鉄の路線(六坪八勺)及び工事区域(作業帯)にかかることとなつたため、原告から右路線の敷設部分について地上権等の権原を取得するほか、工事区域内において工事を行なうこと及び同工事の支障となる地上建物の一部、すなわち本件建物の工事区域内にある部分を工事期間中工事区域外に移転することについて原告の承諾を得る必要を生じ、昭和三六年二月末頃から原告と交渉を始めた。その結果、まず路線部分の権原の取得については、昭和三六年一一月二〇日に東京都と原告との間において、(イ)本件土地のうち右路線にかかる六坪八勺の地下約九米以下の部分につき地下鉄敷設の目的をもつて東京都のために地上権を設定する、(ロ)右地上権の存続期間は地下鉄営業期間中とする、(ハ)右地下使用に伴う震動、騒音等を含む一切の補償金として、東京都は原告に対し六〇八万円を支払う、(ニ)土地の使用料は無償とする、(ホ)東京都が工事施行のため地盤から地下を切り開き、鉄道構築物を築造し、その構築物頂面上部の埋め戻しを終るまで、原告は無償で土地の使用に応ずる、(ヘ)原告が右使用土地上に建築する建物その他の工作物の荷重は一平方米につき九屯以下とする等の内容の地上権設定契約(詳細は別紙記載のとおり)を締結し、昭和三七年一月一一日右補償金六〇八万円が東京都から原告に支払われた。次に、地上建物の一時移転については、東京都ははじめ工事区域にかかる部分だけを一時解体することを考えていたが、これは原告が承諾しなかつたので、やむなく右工事区域にかかる部分と一体になつている二階建の部分全体(一、二階合わせて延約八三坪六合七勺。但し原告の店舗としてはやはり一部)を取り壊すこととし、右取壊し及び工事期間中の工事区域の使用に伴う一切の補償として三、〇〇〇万円以上を支払うことで、昭和三六年一〇月末頃原告の仮承諾を得たうえ、その後更に右補償金額について最終的な積算を行なつた結果、昭和三七年一月二三日、原告は左記(イ)ないし(ヘ)のとおり合計三、〇八一万五、五二八円の補償金をもつて同年三月一日までに地上建物を工事区域外に移転することを承諾する旨の建物移転承諾書が取り交され、この補償金のうち一、五〇〇万円は昭和三七年二月一七日、残金一、五八一万五、五二八円は同年四月一三日原告に支払われた。

(イ) 建物補償金  一、五六一万四、〇七七円

(ロ) 工作物補償金   一二九万七、二〇〇円

(ハ) 家賃補償金    八四〇万八、一六〇円

(ニ) 営業補償金    四三九万九、九七四円

(ホ) 住宅補償金    一〇八万六、七一七円

(ヘ) 引越料          九、四〇〇円

(二)  収用等による損金算入額否認五九二万九、〇六六円について

原告は、本件係争事業年度の確定申告において、前項記載の補償金のうち、地上権設定に伴う土地使用補償金六〇八万円、建物補償金一、五六一万四、〇七七円及び工作物補償金一二九万七、二〇〇円、以上合計二、二九九万一、二七七円につき全額を特別勘定に経理し、昭和三七年法律第四六号による改正後の租税特別措置法(以下これを「新措置法」といい、右改正前のものを「旧措置法」という。)第六四条の二の規定によつて、右補償額から建物及び工作物の帳簿価額一、一一三万三、一四四円を控除した金額の二分の一に相当する五九二万九、〇六六円を損金に算入していた。しかし、前項記載の事実関係によれば、本件については旧措置法が適用されるものであるところ、(前記地上権設定契約にもとづく土地使用補償金は、資産の使用の補償であつて、同法第六四条第一項第一号の資産の収用の補償に当らぬことはもとより、同項第二号の資産の収用に代わる買取りの対価にも該当せず、また、建物補償金及び工作物補償金も、原告が建物及び工作物を工事期間中工事区域外に移転することに伴う補償、すなわち移転補償で、これまた資産の収用の補償又は収用に代わる買取りの対価でないことが明らかであるから、いずれについても同法第六四条第一項を前提とする損金算入の特例を認める余地はない。そこで、被告は原告の行なつた前記損金算入を否認し、これを所得金額に加算した。

(三)  雑収入計上洩九二五万〇、三一六円について

原告は、本件確定申告において、前記家賃補償金及び営業補償金の合計一、二八〇万八、一三四円につき、昭和三七年三月一日から昭和三八年八月三一日までの一八箇月間の工事期間中の休業に対する補償金として取得したものであるとして、このうち本件係争事業年度内の月数(五箇月)に対応する金額のみを決算に計上し、残り月数(一三箇月)に対応する金額九二五万〇、三一六円を仮受金として繰延計上を行なつていた。しかし、右補償金は一八箇月の工事期間中の休業に対する補償ではなく、建物等の移転に伴い通常受ける損失の補償として係争事業年度中に一時に支払われたものであるから、その全額を同年度の益金に計上すべきものである。そこで、被告は原告の右仮受金計上額を否認し、これを雑収入計上洩として所得金額に加算した。

以上のとおりであるから、本件更正処分にはなんら違法の点はない。

第四原告の認否及び反対主張

一  被告の主張する本件補償金取得の経過並びに原告の本件確定申告の内容は認める。

二  収用等による損金算入否認について

被告は、本件土地使用補償金、建物補償金及び工作物補償金が旧措置法第六四条第一項各号に定める資産の収用の補償金又は収用に代わる買取りの対価に当らないと主張するが、右補償金はいずれも同項第二号の資産の収用に代わる買取りの対価であるから、同法第六五条の二第一項の規定により、二分の一損金算入の課税の特例が認められるべきである。

(一)  土地使用補償金について

原告と東京都との間に締結された地上権設定契約によれば、東京都は地下鉄事業のため本件土地六坪八勺の地下にトンネルを所有し、これを維持するために右地下部分について地上権を設定するとともに、原告がその地上に所有する建物に荷重制限を加えたものであり(その結果原告は右土地部分につき地上二階までしか建物を建築できなくなつた)、しかも、地下鉄事業が存続するかぎり、右地下部分が原告に返還されることは永久にありえない約定になつているのであるから、これは単なる土地の使用にとどまらず、実質的には原告の土地の一部を東京都が取得したものとみるべきである。土地収用法(但し昭和四二年法律第七四号による改正前のもの。以下同じ)は、土地の「使用」と収用とを区別しているが(第七二条、第七三条)、そこにいう「使用」とは土地の現状を変更しないままで使用することを意味し、本件のように地下に永久的な構築物を設置するというような場合を含まないものであり、反面、「収用」とは必らずしも所有権の取得だけにかぎらないから、形式上土地所有権そのものの取得ではなく地下の使用であるからといつて、これを常に「収用」に当らぬものとし、ひいて旧措置法第六四条第一項第二号にいう資産の収用に代わる買取りがありえないとするのは正当でない。土地収用法上、土地を「収用」した場合には土地の取引価格相当額が補償され、その補償金は原則として一時払いであるのに対し、土地の「使用」による補償は、同法第七三条が「使用する土地に対しては、その土地及び近傍類地の地代、借賃等を考慮して相当な価格をもつて補償しなければならない。」と定めているとおり、使用期間に応じた使用料相当額が月又は年単位で支払われるのである。「収用」と「使用」との基本的な区別は、右のような損失補償の違いに求められなければならない。これを本件土地使用補償金についてみると、右補償金が将来の何年分かの使用料として算定されたものでないことは、本件地上権設定契約書に「この土地の使用料は無償とする。」とあることによつても明らかで、原告は使用料としてなんらの補償を受けていないし、また、六〇八万円という額も使用料相当額ではなく、地上権の取引価格相当額が一時に支払われたものであることなどからすれば、右補償金は、単なる土地の「使用」の補償ではなく、地上権という所有権以外の権利が土地収用法により「収用」された場合の損失補償に相当するものというべきである。更に、昭和三七年六月一九日閣議決定に係る「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」第二〇条第二項は、「当該空間又は地下の使用が長期にわたるときは、前項の規定にかかわらず、第八条(土地の収用)の規定により算出した当該土地の正常な取引価格に相当する額に、当該土地の利用を妨げられる程度に応じて適正に定められた割合を乗じて得た額を一時払として補償することができるものとする。」と定めているが、この趣旨からみても、本件土地使用補償のように、地下鉄という長期にわたる土地の利用のために新たに地上権を設定し、その取引価格相当額が一時に支払われた場合には、既存の地上権が「収用」の目的たりうるのと同様に、土地収用法上も旧措置法上も当然「収用」と同視し、同様に取り扱われるべきものである(したがつて、かような地下の使用については、土地収用法第八一条第一項但書の適用はありえない)。

要するに、東京都が本件地上権設定契約にもとづいて取得した本件地上権は、実質的には土地の所有権そのものに準ずるところの権利であつて、その新たな設定は所有権の一部の取得収用と異なるところがなく、もし原告が右契約の締結を拒むときは、土地収用法にもとづき「収用」が行なわれることとなつたのであるから、右契約による本件土地使用補償金は、まさに土地所有権に準ずる権利(地上権)という資産が収用に代えて買い取られたことの対価に外ならず、旧措置法第六四条第一項第二号の場合に該当するというべきである。

被告は、新措置法第六四条が新たに第二項を設けたことにより、地下鉄事業等による地下の「使用」の補償金につきはじめて課税の特例が認められることになつたと主張するが、右第二項は、従来課税の特例を認められていなかつた本来の使用補償金、すなわち月又は年単位による使用料について特例を適用することとしたものであつて、本件土地使用補償金のような収用補償と同視すべきものについては従来から同条第一項の適用があつたものを右第二項において確認したのにすぎない。被告は、旧措置法第六四条第一項第二号の「資産」とは、土地等の所有権のみを意味し、地上権を含まないと解しているが、これは土地等の「使用」という用語の誤解にもとずくものである。もし被告主張のとおりであるとすると、旧措置法下においては、地上の鉄道ならば土地所有権の買取りであるから課税の特例を受けるが、地下鉄では制限物権である地上権の買取りであるからその適用を受けないということに不合理な結果を生ずることとなる。

よつて、本件地下使用補償金については、旧措置法第六四条第一項第二号、第六五条の二第一項の規定により、その二分の一に相当する三〇四万円の損金算入が認められるべきである。

(二)  建物補償金及び工作物補償金について

被告は、右補償金が移転料の補償であると主張する。この被告の主張に従えば、右補償金から建物及び工作物の帳簿価額一、一一三万三、一四四円を控除した残額五七七万八、一三三円の全額につき損金算入が認められるべきである。すなわち、原告は右補償金の全額をもつて本件土地上に現在の今朝ビルを建築したのであるから、右全額が移転費用として損金となるものであり、ただ右移転費用は直ちに支出されなかつたので、原告はこれを特別経理をして計上していたのである。

のみならず、右補償金はそもそも移転料の補償ではなく、東京都が地下鉄工事のために地上建物及び工作物を工事期間中一時取り壊し、工事終了後本件土地に復帰させるために右建物及び工作物を買い取つたことに対する補償である。このことは、本件建物の移転先がないこと、帳簿上原告が右補償額から控除した経費が建物及び工作物の帳簿価額のみで、移転費用ないし取壊費用を計上していないこと、別に引越料及び住宅補償金を補償されていること、建物移転承諾書のうちの「移転補償金は移転が完全に終つたときに請求いたします。」との不動文字による条項が抹消され、建物等の解体前に補償金が支払われていることなどからも明らかであり、右の建物移転承諾書という書面の表題は例文にすぎない。換言すれば、東京都は、本件地上権を設定するための附随的収用に代わるものとして、すなわち地下鉄工事をするために建物及び工作物の収用に相当する買取りをしたものであつて、原告はその対価として前記補償金を取得したのであるから、旧措置法第六四条第一項第二号の場合に該当するというべきである。建物等の移転の補償(同法第六四条第二項後段)と建物等の収用の補償(同項前段)とは明確に区別されなければならず、本件建物補償金及び工作物補償金はこの後者の収用に代わる買取りの対価なのである。

よつて、右補償金についても、(一)の土地使用補償金と同じく、旧措置法第六四条第一項第二号、第六五条の二第一項の規定により課税の特例が認められるべきである。

三  雑収入計上洩について

(一)  本件家賃補償及づ営業補償権は、前項で述べたとおり地上建物が買い取られたことに伴つて行なわれた補償である。すなわち、原告は本件建物の一部を賃貸し、他の一部で割烹料理店を営業していたところ、本件建物(一部)の買取りによつて所有権以外の権利である同建物の賃貸権及び営業権が消滅したので、その補償として右補償金が支払われたものである。したがつて、右補償金については、旧措置法第六四条第一項第六号、第六五条の二第一項の規定により、課税の特例の適用がある。元来同法第六四条以下が収用等の場合の課税の特例を規定したのは、収用等にもとづく補償が資産の譲渡による一時的なもので、強制的に実現された利益であることを考慮し、他面収用等を容易にするための政策的理由によるものであるから、土地所有者のみでなく、建物所有者や建物において営業している占有者等も右特例の適用を受けるべきことは当然である。

(二)  仮に右特例が認められないとしても、本件家賃補償金及び営業補償金については次のとおり期間計算をすべきである。

すなわち、東京都は、地下鉄工事のために昭和三七年三月一日から一八箇月間という約定で建物取壊後の本件土地のうち四五坪を使用し、その間原告は右土地に建物を再築して家賃及び営業収益を得られないこととなつたので、この一八箇月間という休業期間中の得べかりし利益を前払いによつて補償したのが本件家賃補償及び営業補償である。東京都から原告に差し入れた念書(甲第六号証)においても、工事期間が延長された場合にはその期間にかぎり追加補償する旨が明記されており、補償金と期間との対応性を示している。したがつて、もし右補償金が営業の廃止等永久的なものに対する補償であるならば、期間計算をすることは適当でないが、右のように一定の期間に応じてその間に発生すると見込まれる利益の補償である以上、これを右期間に対応する収入として期間計算すべきことは当然である。また、前記一八箇月の期間に対応する原告の三事業年度の損益をみると、次のとおり初年度に利益があつたのみで、第二年度及び第三年度には合計一、二六九万六、五九四円の損失を生じており、この損失合計は本件家賃補償金及び営業補償金の額と大体一致するのであるが、右補償金が期間計算されない場合には、第三年度につき繰戻しの特例が認められないので、繰越損失金は以後数年間穴埋めすることができなくなる。

自昭和三六年八月一日至昭和三七年七月三一日

利益 一、六五八万四、四九九円

自昭和三七年八月一日至昭和三八年七月三一日

損失   七二四万二、一九五円

自昭和三八年八月一日至昭和三九年七月三一日

損失   五四五万四、三九九円

更に、本件家賃補償金及び営業補償金は、実質的には東京都が使用した本件四五坪の土地の一八箇月間の使用料に相当するもので、使用期間を拠り所として計算されたものである。このことは、本件土地の所在場所からいつて東京都がこれを無償で使用しうるはずがなく、また、右補償金を一八箇月間に按分すると一箇月当り七一万一五六三円となつて使用料として相当であることからもわかることであり、これが家賃補償金及び営業補償金という名目で支払われたのは東京都側の都合によるものにすぎない。それゆえ、右補償金は、前払賃料と同様に期間に対応して計理されなければならない。

第五被告の反論

一、収用等による損金算入否認について

(一)  本件土地使用補償金は、使用の補償であり、原告のいうように資産の収用に代わる買取りの対価ではない。

収用等の場合の課税の特例について定める旧措置法第六四条第一項の「収用」の意義は、土地収用法上の「収用」と同義に理解すべきであり、土地収用法上「収用」と「使用」とは明確に区別されている。すなわち、土地収用法の「収用」とは、所有権の取得と他の権利の消滅という効果を生ずるものであり(第一〇一条第一項)、「使用」とは、使用権利の取得と、これを妨げる権利に対し使用の期間中権利行使の禁止の効果を生ずるものである(第一〇一条第二項)。したがつて、旧措置法第六四条第一項にいう「収用」も、「使用」とは明らかに異なるものであつて同法の「収用」のなかに「使用」を含んでいるとはとうてい解されない。この解釈の正当なことは、次の立法経過からみても明らかである。最近地下鉄事業、高圧電線の架設のように土地の収用に代えその土地を長期にわたり使用することとして補償金を支払う場合が多くなつたので、課税立法上調整を図ることが必要となり、新措置法第六四条第二項(昭和三七年四月一日施行)において土地収用法等にもとづく「使用」の場合についても新しく特例規定が加えられ、これによつてはじめて「収用」の補償金のほかに「使用」の補償金も課税の特例を受けることとなつたのである。そして、右改正法附則第八項が、「新法第六四条から第六五条の三までの規定は、昭和三七年四月一日以後に、これらの規定に該当する資産の譲渡(新法第六四条第三項の規定により収用等による譲渡があつたものとされる行為その他これらの規定において譲渡に含まれるものとされる行為を含む。)が行なわれた資産に係る所得税又は法人税について適用し、同日前に当該譲渡が行なわれた資産に係る所得税又は法人税については、なお従前の例による。」と規定していることに徴すると、前記新措置法第六四条第二項の規定が創設的な規定であつて、確認的な規定でないことは疑いがない。原告は、土地収用法第七三条の「使用」の補償は、使用料として月又は年毎に支払われるもので、一時に支払われる補償は「収用」の補償であると主張するが、同条による補償はすべて一時払いであるから、補償金の支払方法によつて「収用」と「使用」とが区別されるものではない。

本件において、東京都は原告との間に締結した地上権設定契約にもとづき本件土地の地下部分に地下鉄を敷設することとなつたのであるから、これが土地の使用であつて、収用に代わる資産の買取りに当らないことはいうまでもない。原告は、地上権という資産が買い取られたものであると主張するけれども、既設の地上権が資産に該当するのとは異なり、新しく地上権を設定しようとするとき、すなわちまだ土地所有者が自らその土地を使用している段階においては、そこに土地所有権から独立した資産としての土地の利用権の存在を認めることはできない。したがつて、本件土地使用補償金につき旧措置法第六四条第一項第二号、第六五条の二の規定を適用する余地はない。

(二)  次に、本件建物補償金及び工作物補償金は、前記のとおり移転料の補償であり、右建物の収用に代わる買取りの対価ではない。原告は建物移転承諾書を東京都に差し入れたうえ(同承諾書第二項の「移転補償金は移転が完全に終つたときに請求します。」との文言が抹消されたのは半額前払いになつたためである)、新橋二丁目二番地にある原告所有の別の建物に移転し、営業を継続したのであるから、右補償金を建物等の買取りの対価であるというのは事実に反する。また、原告は、右補償金が移転料の補償であればその全額を移転費用として損金に算入すべきであると主張するが、原告は係事業年度中に現実に地上建物を再築し、その費用を支出したものではないから、これを同年度の損金に算入すべきいわれはない。

二  雑収入計上洩について

(一)  原告は、本件家賃補償金及び営業補償金について旧措置法第六四条第一項第六号、第六五条の二の規定により二分の一課税の適用を求めるというが、これについては、確定申告書に損金算入に関する申告の記載等がなされていなかつたから、右主張はこの点においてすでに失当である。のみならず、本件において建物の収用又は収用に代わる買取りが行なわれたものでないことは先に述べたとおりである。

(二)  更に、原告は、右補償金につき期間按分をすべきことを主張する。しかし、本件家賃補償金及び営業補償金は、地下鉄工事のための土地使用に伴い地表約八坪(地上権設定部分六・〇八坪と作業帯約二坪)上にある建物を移転したので、右建物の移転により通常生ずる家賃収入及び営業所得の損失を、工事期間を拠り所にして算出し、これを補償したものであつて、土地収用法第八八条の「通常受ける損失の補償」と同一の性質のものである。すなわち、これらの補償金は、原告が将来給付すべき用役や労務の対価の前受けではなく、仮に工事が一八箇月内に終了しても(現に本件地下鉄工事は予定の一八箇月よりも早く昭和三八年七月五日以前に終了した)、その期間に対応する金額を返還すべき性質のものではないうえ、その全額を係争事業年度中に現実に収受したのであるから、これが同年度の益金に算入されるべきことは明らかであり、期間按分の考慮を払う必要は全然ない。原告は、右補償金が一八箇月の期間に対応するものであることの根拠として、東京都が原告に差し入れた念書(甲第六号証)をあげているが、右念書で「補償期限を昭和三七年三月一日から一八箇月とする。」としたのは、補償について一八箇月間の収益減を正確に見積つたものではない。これを家賃補償についていうと、本件建物の移転部分一階の賃借人日本遊覧航空株式会社は昭和三六年七月三日に、同二階の賃借人三信商事株式会社は同年四月二八日にそれぞれ原告の建物移転の承諾に先立つて東京都が直接交渉して立退かせ、原告の建物移転の承諾のときにはすでに家賃収入はなくなつていたのであり、昭和三八年八月三一日までの家賃収入減となつた期間は日本遊覧航空分が二六箇月間、三信商事分が二八箇月間であるから、原告が一八箇月間の補償であると主張するのとは相当の差異がある。また、営業補償については、右補償は、原告が移転後もとに戻つてその場所で営業を再開するという条件の下に算定されたものであるから、工事期間と営業休止期間とは必らずしも一致するものではない。したがつて、右補償金を一八箇月間に按分するのは根拠がないというべきである。また、原告は、本件家賃補償金及び営業補償金は東京都が工事のため本件土地のうち四五坪を使用したことに対する使用料であるとも主張するが、東京都の使用した土地は前記のとおり約八坪であり、しかもこの土地使用については地上権設定契約により無償とすることが定められているので、原告の右主張は事実と矛盾する。原告は本件の補償を契機として補償されなかつた建物部分をも全部取り壊し、本件土地に現在の今朝ビルの建築を計画し、昭和三八年一月一五日当時には東京都が工事に使用した前記約八坪以外の本件土地全部にわたつて右ビルの地下部分の工事を実施していたものであつて、原告のいう四五坪を空閑地としていたものでも、また東京都に賃貸借等により使用させていたものでもない。かように前記補償金を四五坪の土地の前払使用料であるとする原告の主張は全く根拠がないから、これを前提とする期間計算の主張も失当である。更に、原告は、前記一八箇月の期間に対応する三事業年度のうち第二、第三年度において本件家賃補償金及び営業補償金の額と大体同額の一、二八〇万八、一三四円の損失を生じたと主張するので、これについていえば、原告にその主張のとおりの損失が生じたことは認めるが、これは原告の前記今朝ビルの建設に伴う経費がたまたま補償額と近似しただけのことであつて、補償当時から当然予想されたものではなく、また補償額と対応関係があるものでもない。このような補償とは全然対応しない新たな営業活動によつて損失を生じ、これを操越し穴埋めする見込みがないからといつて、それとは別個の補償による収益を期間按分すべき理由はない。

第六証拠関係(省略)

理由

一  本件更正処分にいたるまでの経過

原告が東京都港区芝新橋二丁目一番地の二に本件土地及び建物を所有し、右建物の一部を他に賃貸すると共に、他の一部で割烹料理店を営んでいたところ、東京都は、本件土地の一部が都営地下鉄の路線(六坪八勺)及び工事区域にかかることとなつたため、原告から右路線部分について権原を取得するほか、工事区域内において工事を行なうこと及び同工事の支障となる本件建物の一部を工事期間中工事区域外に移転することについて原告の承諾を得る必要を生じ、昭和三六年二月末頃から原告と交渉を始めた。そして、種々折衝の末、まず路線部分の権原の取得については、同年一一月二〇日に、東京都と原告との間において、前記六坪八勺の地下約九米以下の部分につき地下鉄敷設を目的とする地上権設定契約を締結し(その内容は別紙のとおりであるが、主な条項としては、(イ)地上権の存続期間は地下鉄営業期間中とする、(ロ)東京都は原告に対し、右地下使用に伴う震動、騒音等を含む一切の補償金として六〇八万円を支払う、(ハ)土地の使用料は無償とする、(ニ)東京都が工事施行のため地盤から地下を切り開き、鉄道構築物を築造し、その構築物頂面上部の埋め戻しを終るまで、原告は無償で土地の使用に応ずる、(ホ)原告が地上に建築する建物等の荷重は一平方米につき九屯以下とすることなどであつた)、これにもとづく補償金六〇八万円は昭和三七年一月一一日原告に支払われた。また、前記建物の移転については、東京都ははじめ工事区域にかかる部分だけを一時解体することを考えていたが、これは原告が応じなかつたので、右工事区域にかかる部分と一体になつている二階建の部分全体(一、二階合わせて延約八三坪六合七勺。但し原告の店舗としてはやはり一部)を取壊すこととなり、これに伴う一切の補償金として三、〇〇〇万円以上を支払うことで昭和三六年一〇月末頃原告の仮承諾を得たのち、更に最終的な補償額を積算した結果、昭和三七年一月二三日、原告は補償金合計三、〇八一万五、五二八円(その内訳は、(イ)建物補償金一、五六一万四、〇七七円、(ロ)工作物補償金一二九万七、二〇〇円、(ハ)家賃補償金八四〇万八、一六〇円、(ニ)営業補償金四三九万九、九七四円、(ホ)住宅補償金一〇八万六、七一七円、(ヘ)引越料九、四〇〇円)で同年三月一日までに地上物件を工事区域外に移転することを承諾する旨の建物移転承諾書が取り交され、この補償金のうち、一、五〇〇万円は昭和三七年二月一七日、残金一、五八一万五、五二八円は同年四月一三日原告に支払われた。

原告は、昭和三七年一〇月一日、原告の昭和三六年八月一日から昭和三七年七月三一日までの本件係争事業年度の法人税について確定申告書を提出したが、この申告において、前記地上権設定に伴う土地使用補償金、建物補償金及び工作物補償金の合計額二、二九九万一、二七七円につき租税特別措置法の規定による課税の特例の適用を求めて五九二万九、〇六六円(右補償額から建物及び工作物の帳簿価額一、一一三万三、一四四円を控除した額の二分の一に相当する額)を損金に算入し、また前記家賃補償金及び営業補償金の合計額一、二八〇万八、一三四円については、これを昭和三七年三月一日から昭和三八年八月三一日までの一八箇月間の工事期間中の休業に対する補償金であるとして、そのうちの本件係争事業年度内の月数(五箇月)に対応する金額のみを決算に計上し、残り月数(一三箇月)に対応する金額九二五万〇、三一六円を仮受金として繰延計上を行なつていた。ところが、被告はこれらの処理をいずれも認めず、前者につき損金算入を否認し、後者については繰延分を雑収入計上洩として、昭和三八年二月二七日付で本件更正処分をした(このほか、右更正処分では雑費中否認五万円、減価償却超過額七七万三、五〇六円を所得金額に加算したが、この点は原告も争わない)。これに対し、原告は所定の手続に従い東京国税局長に審査請求をしたところ、昭和三八年一二月二七日棄却裁決がなされ、その謄本が昭和三九年一月二二日原告に送達された。

以上の事実は当事者間に争いがなく、争点は、本件更正処分が前記土地使用補償金、建物補償金及び工作物補償金の二分の一損金算入を否認したこと並びに家賃補償金及び営業補償金の全額を本件係争事業年度の所得としたことが適法かどうかの二点である。よつて、以下これについて順次判断する。

二  土地使用補償金、建物補償金及び工作物補償金の損金算入否認について

(一)  土地使用補償金

原告は、本件土地使用補償金六〇八万円は、前記六坪八勺の土地についての地上権という資産が収用に代えて買い取られたことの対価であるから、旧措置法(昭和三七年法律第四六号による改正前の租税特別措置法をいう。)第六四条第一項第二号、第六五条の二第一項の規定により課税の特例が認められるべきであると主張する。

旧措置法第六五条の二第一項は、法人の有する資産で同法第六四条第一項各号に規定するものが右各号の規定に該当することとなつた場合に、当該法人の取得した補償金等の額から右資産の帳簿価額を控除した金額の二分の一に相当する金額を損金に算入することを認めた規定であるが、同法第六四条第一項は、第一号において、「資産が土地収用法等の規定に基いて収用され、補償金を取得する場合」と規定したのに続き、第二号において、「資産について買収の申出を拒むときは土地収用法等の規定に基いて収用されることとなる場合において、当該資産が買い取られ、対価を取得するとき」と規定しているから、右第二号及び第六五条の二第一項の適用を受けるためには、土地収用法等によつて収用の対象となる資産につき収用に代わる買取りが行なわれた場合でなければならない。そして、同一の法律用語は格別の理由がないかぎり同一の意味に理解すべきであり、また、後記のような法改正の経過も合わせ考えると、右第六四条第一項第一、二号の規定にいわゆる「収用」とは、土地収用法上の「収用」と同義に解するのが相当である。ところで、土地収用法(但し昭和四二年法律第七四号による改正前のもの。以下同じ)は、公用徴収の目的物を土地等の物件そのものと、当該物件に関する所有権以外の権利とに分ち、そのそれぞれについて更に「収用」と「使用」とを区別している。すなわち、まず「収用」についていうと、土地自体の「収用」とは、その効果として、起業者が当該土地の所有権を取得し、同土地に関するその他の権利を消滅させるものであり(第一〇一条第一項本文。いわゆる取得収用)これに対し、所有権以外の権利の「収用」は、起業者が土地を事業の用に供するため当該土地に関する所有権以外の権利を消滅させることが必要かつ相当である場合に行なわれるもので(第五条)、これにより収用の時期において当該権利は消滅するものとされる(第一三八条第二項第一号、第一〇一条第一項本文。いわゆる消滅収用)。次に、「使用」についていえば、土地自体の「使用」とは、その効果として、起業者が使用の時期において当該土地を使用する権利を取得し、同土地に関するその他の権利は右使用の期間中行使することができなくなるものであり(第一〇一条第二項本文)、これに対し、所有権以外の権利の「使用」の場合には、使用の時期において当該権利は制限され、当該土地に関するその他の権利は右使用の期間中行使することができないこととなる(第一三八条第二項第一号、第一〇一条第二項本文)。このように、土地収用法上における「収用」は、目的物の所有権の取得又は所有権以外の権利の消滅という効果をきたす点において、目的物の使用権(この権利は、私法上の地上権や賃借権等とは異なる公法上の権利と解される。)の取得又は他の権利の制限をきたすところの「使用」と本質的に区別されるものであり、また、「収用」の対象となるもののうちでも、所有権以外の権利、たとえば地上権等はいわゆる消滅収用の対象となるのみであつて、起業者が地上権等の権原にもとづき土地を使用するために当該土地の所有者から新たにその地上権等を「収用(取得収用)」するというようなことはありえない。かかる土地収用法の建前を前提として旧措置法第六四条第一項第二号の規定をみると、同号は前記のとおり収用の対象となる資産について収用に代わる買取りが行なわれたことを要件とするものであるから、そこにいう資産の買取りとは、取得収用に相当する物件自体の買取り又は消滅収用に相当する所有権以外の権利の買取り(当該権利を消滅させるための買取り)を意味するものであつて、それ以外に、土地の利用権原を取得するために当該土地所有者との契約により地上権の設定を受けるというような場合は、右の資産の買取りには当らないといわなければならない。右地上権等の設定は、土地収用法上の「収用」に代わるものではなく、まさに同法の「使用」の効果として発生する使用権の取得に相当するものに外ならないからである。換言すれば、土地所有者以外の者のためにすでに設定されている地上権は、当該土地所有権から独立した資産として収用(ただし消滅収用)の対象となるが、当該土地を所有者が自ら使用している場合には、その使用は所有権そのものの行使であつて、これとは別に収用の対象となりうる独立の資産としての使用権のごときものの存在を認めることはできないのである。これを要するに、旧措置法第六四条第一項第一号は、「土地等が土地収用法の規定にもとづいて使用され、補償金を取得する場合」を含まず、これに対応して同項第二号の規定も、「土地等について使用の申出を拒むときは土地収用法等の規定にもとづいて使用されることとなる場合において、当該土地等が契約により使用され、対価を取得するとき」を含まないものと解すべきであり、したがつて、これらの使用に対する補償金又は対価については、旧措置法上、第六五条の二の規定による課税の特例の適用はないとするほかはない。もともと、旧措置法第六四条以下の規定は、収用等によつて強制的に実現せしめられた法人資産の譲渡の対価について税負担の軽減を図ろうとしたものであり、このことは、法人の場合に対応して個人の資産の収用等による補償金につき課税の特例を認めた同法第三一条以下の規定が、これを譲渡所得の特例としていることからも窺えるところである。もつとも、土地収用法等の規定による土地の「使用」もしくはこれに代わる契約による土地の使用の場合であつても、その使用期間、使用方法等の如何によつては、当該土地の価値が著しく減少し、経済的実質的にみれば、その減少部分につき「収用」もしくはこれに代わる買取りが行なわれたと同視しうる場合があるから、右の使用に対する補償金又は対価を収用による補償金等と課税上同様に取り扱うことは立法政策として不可能なわけではない。そこで、昭和三七年法律第四六号による改正後の新措置法においては近時、地下鉄の敷設や高圧線の架設などのために他人の土地を収用に代えて長期間使用し、補償金を支払う場合が増加したことにかんがみ、新たに「土地等が土地収用法等の規定にもとづいて使用され、補償金を取得する場合(土地等について使用の申出を拒むときは土地収用法等の規定にもとづいて使用されることとなる場合において、当該土地等が契約により使用され、対価を取得するときを含む。)において、当該使用に伴い当該土地等の価値が著しく減少する場合として政令で定める場合に該当するとき」は、前記第六四条第一項の規定の適用上当該土地等について収用等による譲渡があつたものとみなし、その使用に対する補償金又は対価の額をもつて右第一項に規定する補償金又は対価の額とみなす旨の規定を設け(新措置法第六四条第二項第一号)、これをうけた昭和三七年政令第一〇二号による改正後の祖税特別措置法施行令第三九条の二第六項及び昭和四〇年政令第九七号による改正前の法人税施行規則第一六条の三第一項の規定により、使用後の土地の価格が使用前の土地の価格の一〇分の五以下となる場合の使用の補償金又は対価について、収用による補償金又は買取りの対価と同様な課税の特例を認めることとした(これと対応して、個人の資産の使用に対する補償金等についても新措置法第三一条第三項第一号の規定が追加された。なお、右規定は昭和三七年四月一日以降に行なわれた使用についてのみ適用される。前記改正法附則第八項)。原告は、この改正は、年又は月単位で支払われる使用の補償金等につき課税を認めるためのもので、一時払いの使用補償金等については従来から第六四条第一項の適用があることを確認したものにすぎないと主張するが、規定の文言からしてもそのように区別して解釈すべき根拠はなく、右改正は、旧第六四条第一項が使用の場合に適用されないことを前提として、新たにこの場合にも課税の特例を認めるために行なわれた創設的なものであると解するのが相当である。結局、右改正前の旧措置法の下においては、土地収用法等の規定にもとづく土地の「使用」に対する補償金及びこれに相当する契約にもとずく土地の使用の対価については、同法第六五条の二第一項の規定による二分の一損金算入の特例の適用は認められていなかつたというほかはない。以上に反する原告の法律上の見解はいずれも独自のものであり、採用することができない。

そこで、本件をみるのに、前記争いのない事実によれば、東京都は、本件土地六坪八勺の地下に地下鉄を敷設するため、原告との地上権設定契約により右地下部分につき地上権の設定を受け、これにもとづく地下使用に対し六〇八万円の補償金を支払つたものであつて、右地下部分の所有権を買い取つたのでないことはもとより、その部分につき原告の有していた地上権を消滅させるために買い取つたものでもないことが明らかである。そして、右の地上権設定契約書(甲第一号証)には、補償金に関する条項(二条)のほかに、「この土地の使用料は無償とする。」との条項(第六条)があるが、証人原雅夫、同深野文夫、同川口嘉文の各証言を参酌して契約書全体を通覧すれば、前記補償金六〇八万円は、震動、騒音等に対する補償を含む土地使用の対価として支払われたもので、右第六条の条項は、それ以外に今後使用料は支払わないということを明らかにしたものにすぎないと認められる。また、原告は、本件地上権は地下鉄という永久的な構築物の所有を目的とし、存続期間の定めがなくこれに対する補償金も一時払いとされたのであるから、右地上権の設定は所有権に準ずる資産の買取りとみるべきであると主張するが、無期限かつ使用料一時払いの地上権の設定を受けることもやはり使用に外ならないから、原告主張のような事情があるからといつて、これを資産の買取りと認めることはできない。

してみると、本件土地使用補償金六〇八万円は、新措置法第六四条第二項第一号にいわゆる「土地等について使用の申出を拒むときは土地収用法等の規定にもとづいて使用されることとなる場合において、当該土地等が契約により使用され、対価を取得するとき」のその対価に当るものというべきであつて、旧措置法上かかる対価について第六五条の二の規定による課税の特例の適用がないことは先に述べたとおりである。よつて、原告の主張は採用することができない。

(二)  建物補償金及び工作物補償金

原告は、右補償金も建物及び工作物の収用に代わる買取りの対価であるから、旧措置法第六四条第一項第二号、第六五条の二第一項の適用があると主張する。しかし、前記争いのない事実と成立に争いのない甲第二号証及び前掲各証人の証言を総合すれば、右補償金は、原告が東京都との契約により、本件建物のうち一、二階合わせて八三坪六合七勺の部分を昭和三七年三月一日から向う一八箇月間の本件地下鉄工事期間中他に移転するため、その建設部分とそこに設置してあつた冷暖房設備、ネオン設備等の工作物を取り壊し、工事終了後にこれを原状に復旧するのに要する費用として支払われたものであつて、東京都が右建物部分及び工作物を原告から買い取つたものではないことが認められ、これに反する原告代表者本人尋問の結果は採用することができない。したがつて、原告の主張は前提を欠き失当である。

原告は、更に、右補償金が移転科の補償であるならば、その全額が損失になると主張するが、右各証言と弁論の全趣旨によれば、原告は本件係争事業年度中に現実に移転ないし再築の費用を支出したものではないことが認められる(建物等の取壊しは東京都側において行なつたし、また、そのあとに建てられた今朝ビルの新築は本件係争事業年度後のことである)から、これを同年度の損金に計上しえないことは当然である。

三  雑収入計上洩について

(一)  原告は、まず、本件家賃補償金及び営業補償金は、本件建物が収用に代えて買い取られたことにより、同建物に関して有する賃貸権及び営業権が消滅したことに対し支払われた補償金であるから、旧措置法第六四条第一項第六号、第六五条の二第一項の規定による課税の特例の適用があると主張する。しかしながら、本件建物の取壊部分について収用に代る買取りが行なわれたものでないことは前項(二)に認定したとおりであるから、右補償金の取得が同法第六四条第一項第六号所定の場合に当らないことは明らかである。のみならず、右補償金は、後記認定のように建物取壊しによる本件工事期間中の家賃収入及び営業所得の損失を補償したものであるが、元来、家賃収入及び営業所得は一般の収益として課税されるものであるから、建物の収用等によりこの家賃及び営業所得に相当する補償金を取得したからといつて、これについて課税の特例を認めるべきいわれはない。

(二)  次に、原告は、右補償金について期間按分をすべきことを主張する。しかし、成立に争いのない甲第二号証、乙第九号証、前記各証言及び原告代表者本人尋問の結果によると、右補償金は、原告が本件建物の一部を他に賃貸し、他の一部で割烹料理店を営んでいたところ(この点は当事者間に争いがない)、建物取壊しにより右賃貸及び営業ができなくなつたので、昭和三七年三月一日から一八箇月という工事期間を計算の基礎にして、その間に生ずべき賃料及び営業所得の損失を補償したものであり、換言すれば、右補償金は工事期間内の原告の得べかりし利益を損失額算定の基礎とはしているが、これは、補償の時点において、建物取壊しにより原告に通常生ずべき賃料及び営業所得上の損失を確定し、その損失を補償したものであつて、将来原告が提供すべき資産や役務の対価としての賃料や営業収益の前払いではなく、もし右工事期間内に工事が終了した場合でも、残期間に対応する補償金を返還すべき性質のものでないことが認められ、成立に争いのない甲第六号証はこの認定をくつがえすに足りず、他にこれに反する証拠はない。したがつて、かかる確定した権利としての補償金が現実にも本件係争年度中に支払われた以上、その全額を同年度の益金に計上すべきことはむしろ当然のことというべきであり、これを工事期間に按分して計理する理由はない。もつとも、弁論の全趣旨によれば、原告は青色申告法人であることが認められるから、前記補償金の全額を本件係争事業年度の所得として計上することにより、欠損繰戻しによる税額の還付(昭和四〇年法律第三四号による改正前の法人税法第二六条の四)や欠損繰越し(同法第九条第五項)の関係に影響を受ける場合がありうることは原告主張のとおりであるが、それだけで本件補償金を期間按分すべきであると解することはできない。なお、原告は、右補償金は、東京都が工事期間中本件土地のうち四五坪を使用することに対して支払われた使用料であるから、期間計算すべきであるとも主張するが、前認定の事実に徴し、右補償金が土地の使用料であるとは認められないので、この主張も失当である。

四  以上のとおり、本件更正処分の違法事由として原告の主張するところはすべて理由がなく、他に右処分を違法とすべき点はない。よつて、原告の本件請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 緒方節郎 小木曾競 佐藤繁)

別紙

地上権設定契約書

東京都(以下「甲」という。)と港区芝新橋二―一株式会社今朝(以下「乙」という。)との間において、つぎの条項により地上権設定契約を締結する。

第一条 乙は、つぎに表示する土地の地下部分を地下鉄道敷設の目的をもつて甲に使用させるものとする。

土地表示

港区芝新橋町二丁目一番地の内添付実測図に示す区域六坪〇合八勺の地下AP四米四八糎(現地表面下約九米〇糎)以下の部分

第二条 甲は、前条土地使用に伴う震動、騒音等を含む一切の補償金として、金六、〇八〇、〇〇〇円を乙に支払うものとする。

第三条 前条の補償金は、地上権設定登記後、甲から乙に支払うものとする。

第四条 地上権設定登記は、この契約締結後、甲の嘱託によりすみやかに行うものとする。

第五条 この土地の使用存続期間は、地上権設定の日から地下高速電車営業期間中とする。

第六条 この土地の使用料は無償とする。

第七条 この地上権設定地に対する公租公課はすべて乙の負担とする。

第八条 甲が、工事施行のため地盤から地下を切り開き鉄道構築物を築造し、その構築物頂面上部の埋め戻しを終るまで、乙は、無償で土地の使用に応ずるものとする。

第九条 乙は、この使用土地上に新たに建物その他工作物を築造しようとするときは、あらかじめ甲と協議するものとし、木造建築物の築造に対しては制限をもうけないが、その他の建物は次の制限による。

1、地下室を有し、地下鉄道構築物上に直接建物の基礎を築造するときは壱平方米につき九屯以下の荷重とする。

2、前号以外の場合は、上の重量を含み九屯以下とする。

第一〇条 この契約に、万一第三者から異議の申立または権利の主張等があつたときは、乙の責任において解決するものとする。

第一一条 この契約条項またはこの契約条項に記載のない事項について疑義のあるときは、甲乙協議のうえ決定する。

上記契約を証するため、本証書第二通を作成し、甲乙双方記名押印して各々その一通を保有する。

昭和三六年一一月二〇日

甲地上権者 東京都千代田区有楽町一三番地

東京都交通事業管理者

東京都交通局長 氏名 <印>

乙土地所有者

住所 港区芝新橋二丁目一番地の二

氏名 株式会社今朝

代表取締役 氏名 <印>

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